LOVELY LIBRARY 第15回·サレジオ学院中高の図書館《特別編》
情報誌『shuTOMO』2024年4月14日号でご紹介したサレジオ学院中高「LOVELY LIBRARY」取材時に、司書教諭の澁谷博之先生と司書の藤原由美さんに伺ったお話を、特別編としてWebでお伝えします。〈取材・撮影・文/ブランニュー・金子裕美〉
気に入った作家の作品をすべて読むタイプ(澁谷先生)
-お二人の読書遍歴を教えていただけますか。
澁谷先生 僕が本を読むようになったのは、本校に入学したことがきっかけです。片道1時間くらい電車に乗るので、退屈しのぎに本を持ち歩くようになりました。最初に読んだのは「ぼくらの七日間戦争」(角川つばさ文庫)です。とても読みやすく、おもしろかったので、宗田理の作品を片っ端から読みました。気に入った作家の作品は、すべて読む、というのが私の読書スタイルになり、次にはまったのが筒井康隆です。「残像に口紅を」(中公文庫)の、世界からひらがなが一つずつ消えていく……という発想に、当時は驚かされました。そして、村上春樹にたどり着きました。ストーリーテリングのおもしろさに惹かれて、やはりすべての作品を読み、大学では村上春樹を題材に卒論を書きました。
-村上春樹作品との出会いにより、文学の道に進んだのですか。
澁谷先生 そうです。出会いは「はなきんデータランド」というテレビ番組でした。毎週、本の売上ランキングを発表していて、いつも上位にランキングされていたのが村上春樹の作品でした。「TVピープル」(文春文庫)という短編集や、「ダンス・ダンス・ダンス」(講談社文庫)、「ノルウェイの森」(講談社文庫)など、どれもベストセラーで、なぜこんなに売れているんだろう。何かあるに違いない、と思い、読んでみたくなったのです。大人が夢中になっているものに惹かれて、入っていったという感じです。
村上ワールドは、当時の自分とはかけ離れていました。わからないことだらけだったので、何度も読みました。世の中に音楽や映画など斬新なものがたくさんあるなかで、僕にとっては村上春樹が一番惹きつけられる存在でした。だから文学の道に進み、村上春樹の謎が解ければ、この世の謎が解けるのではないか、というくらい傾倒していたので、卒論の題材に選びました。夏目漱石もそうですが、頭脳明晰で、普通の人には見えないものを感知し、それを小説に落とし込める人だと思います。文面から人間としての魅力も伝わってきて、生き方の手本にもなりました。
出会った作品を手元に置いてじっくり楽しむタイプ(藤原さん)
藤原さん 私も、筒井康隆、村上春樹、夏目漱石が好きで、よく読んでいました。私は出会った作品を手元に置いて、じっくり楽しむタイプなので、澁谷先生のように、好きな作家の作品をすべて読むということはしていません。最近、夏目漱石の「こころ」をもう一度読んでみたいと思って読んだら、これまでとは違うところで感動しました。同じ作品でも、自分の年齢や経験値により感じ方が変わるので、生徒にも「子どもの頃に読んだ本を、大人になってからもう一度読むといいよ」と伝えています。
ストーリーを軽視してはいけない
-文学に触れることの意味をどのようにお考えですか。
澁谷先生 日本の評論には、伝統的に小説の要素がふくまれると思っています。厳密な論理だけでつながっているのではなく、ストーリーでつながっている部分がある気がします。プレゼンテーションでも「ストーリーを作れ」と、よく言いますよね。人を説得する上でもストーリーが重要であり、わかりやすく伝えるには小説で描かれるようなディティールが必要なのです。
そういう背景から、評論と文学の両方を学ばなければいけないと思っています。レトリック(効果的な表現)を入れて話す技術を身につけるためにも、小説は大事な教材の一つだと思います。今、ここに「おーいお茶」がありますが、ラベルに俳句が載っていますよね。詩歌のように、日本の伝統ある技術もレトリックとして身につけていく必要があると思います。
評論は読めばわかるように書かれています。一方、ぱっと読んだだけではわからない、ひっかかりを作るのが小説です。比喩を用いた段階で多様性が生まれ、読者の理解の幅が広がります。ですから、比喩を使える技術、物語で伝える技術、それを読解する力が大切であり、それらは国語の授業で養っていくものだと思っています。
-読書量と文章表現に関係性はあると思いますか。
澁谷先生 浅野中高から「図書部の部誌を出すので、寄稿をお願いできないか」という依頼をいただきました。テーマは「うそ」でした。そこで、図書委員会副委員長であり、最も図書館の本を読んでいるベストリーダーの生徒に声をかけ、「例えば、村上春樹が『風の歌を聴け』の中で、架空の作家であるデレク・ハートフィールドを紹介したように、架空の作家の架空の本を紹介したらどうだろう」と、軽い気持ちで提案してみたら、彼はまったく違うタイプの架空の本を3冊作り上げ、紹介する、という内容の文章を書いてきました。文章も上手でしたし、3冊の架空の本もおもしろかったです。読書量が豊富だからこそ、そうした文章も書けるのだと思いました。
-読書をすることにより、どのような力が養われていると思いますか。
澁谷先生 構成力だと思います。彼の文章からも、決められた文字数のなかで、きちんと構成立てて、言いたいことをしっかり書く力が養われていると感じました。加えて、ほんのり、わからない程度に「これは架空の本の紹介なんだよ」というサインを入れておくといった技術も、読書量がそれなりにないとできないことだと思いました。
【コラム】サレジオ学院の「探究」
情報誌『shuTOMO』の誌面でも紹介しましたが、高校3年間を通して行われる同校の「総合的な探究の時間(以下、「探究」)」は、「CS(クリスチャン・スピリット)」というキリスト教の精神に基づく価値観を学ぶ授業と、自分の興味から2000字・8000字の論文を書く授業の二本立てになっています。CSには「精神と健康」「環境問題」「ボランティア」「AI」など、複数のテーマが設けられており、テーマに関連のある話を専門家から聞いた上で、ディスカッションを行うなど、理解が深まる実践的な授業が行われています。
「例えば2024年度は、『精神と健康』の授業として、産婦人科医の善方裕美先生をお招きし、2週にわたって女性の生理や出産などについて話していただきました。その後、生徒が普段感じていることや、持っている疑問をぶつけて討論しました。男子校では女性の健康について学ぶ機会がないため、貴重な機会になったのではないかと思います」(澁谷先生)
宗教の枠を超えた対談も実施しました。
「本校はキリスト教(カトリック)の学校ですが、真宗大谷派住職の坂井祐円先生をお招きし、サレジオ会の阿部仲麻呂神父と対談していただきました。宗教の共通点や相違点、あるいはそれぞれの宗教における死生観など、話題は多岐にわたり、学びが多かったのではないかと思います。その後、生徒代表者とのパネルディスカッションを行いました」(澁谷先生)
CSの授業の目的は、様々な社会課題をキリスト教的な価値観によって捉え直し、自己の価値観をアップデートすることにあります。
「CSではテーマを設定していますが、各自で取り組む論文のテーマは自由です。自分の興味・関心を意識して、論文のテーマを決めてほしいからです。自分の興味・関心を『探究』で深めることにより、大学の総合型選抜に目が向く生徒が、これからも増えていくのではないかと考えています」(澁谷先生)
2022年度より「探究」は、CS担当の先生方を中心に、すべての先生が関わって、大学進学はもとより、将来につながるカリキュラムを目指しています。「そのために、図書館ではテーマを深める時に必要な本を揃えることによって支えていく」と、澁谷先生。学校を訪れた際には、ぜひ図書館に足を運んで、どのような本が並んでいるのか、書架に注目してください。
▶︎図書館 奥に自習スペースがあります
▶︎校舎