駒場東邦中学校2年生が、女子大生と無意識のバイアスを考える
第1回は昨年2月に行われ、中学1年生が女子大学生と、ディズニープリンセスやファーストジェントルマンを題材に無意識のジェンダーバイアスについて考えました。今回は「こんなとき、あなたならどう思う?」と「世の中の反応から見る固定概念の変化」をテーマに、中学2年生になった生徒が、ジェンダー、障碍など立場の違いで異なる考え方についてのオンライン授業に取り組みました。(取材・撮影・文 / 市川理香)
固定概念の変化を考える
この授業は、大学生が用意したトピックを通して、無意識のバイアスについて考えるというものです。見学したクラスでは、まず「世の中の反応から見る固定概念の変化」を、赤ちゃん用おむつのコマーシャルと化粧品のコマーシャルから考えていきました。おむつのコマーシャルは、子育てママに夫が「ママも1歳、おめでとう」というサプライズを用意するという内容で、感動したという声も多く寄せられたものですが、一方では、ワンオペではないかと物議を醸したストーリーです。中学2年生からは、父親が子育てに参加していないのは本当の幸せなのだろうかと疑問を呈する意見も出ました。大学生は、視点を増やすために、シングルファーザーや、ある調査では26.2%が経験しているというパタハラ(パタニティ・ハラスメント)の実態を示しました。
化粧品のコマーシャルは、女性の25歳という年齢とかわいらしさにフォーカスしたもので、違和感を覚えたか・覚えなかったか、いずれにしてもどう思ったか、という問いから入りましたが、中学生からは25歳になんの意味があるのだろうという素朴な疑問が出たり、コマーシャルにムカついたという女性の声に笑いも起こったりという中学生の反応は、大学生にとっては想定外だったかもしれません。
1時間目の最後は、コマーシャルの考察をとおして「固定概念の変化」が起こっていることへの気づきを確かめ、まとめとして「男だからこうあるべき」「男らしさ」にどんなものがあるかを書き出し、無意識にあるジェンダーハラスメントに気づくという流れですが、2回目にあたる今年の大きな狙いは、「立ち止まって考えてみよう」。つまり、どのような感想を持ったとしても、違う立場の人はどう感じるのかを考えようという問題提起です。違和感を感じるポイントは人それぞれで、自分にとっての正解も他者にとっては正解ではないことがある、SNSの普及で誰もが加害者にも被害者にもなる可能性がある、そういうことを立ち止まって考えてみようと大学生がまとめました。
人気アニメの主人公の「長男だから弱音を吐かない」という台詞や、木村花さんへの攻撃、マスク警察など実際に起こった身近な事例が大学生から示されるので、その都度、中学生も自分の立場に置き換えて考察ができたようで、「例から気づけることがある」と感想を述べていました。
共生社会を考える
2時間目のトピックは「こんな時、あなたならどう思う?」。
二条城二の丸御殿、エズ(地中海の絶景が有名なフランスの村)の石畳の坂道の写真を見て、もし骨折していたら、もしベビーカーを押していたら、もし妊婦と一緒にいたら、どう思うかを、1時間目と同様に、個人が考える→小グループで共有→クラスで共有の流れで進められました。その後、ユニバーサルデザインのハサミを見て、優れているところはどこかを出し合うパートでは、力が要らない、利き手を選ばない、指の数が違う人も使いやすいなどの意見が出ました。ここで大学生が示したのは、ユニバーサルデザインの日用品の例や、多様なマーベル作品の主人公たちです。またパラリンピック、イギリスやスウェーデンなどのインクルーシブ教育も紹介され、共生社会への取り組みにどのようなものがあるか、いま、自分たちは違いを尊重し認め合っているかを考える時間となりました。
「最も接点のないもの同士」だからできること
中学1年生だった昨年の授業について、「無意識のバイアスに気づくことができた」と生徒自身も話してくれましたが、「年代によって、そうした意識は変化しているのではないか」と考えているようです。話を聞いた生徒の家庭では、いわゆる男らしさを押し付けられることはないそうで、「誰もが多かれ少なかれ持っているジェンダーの意識は、不快に感じるレベルは問題だ」とも言います。今の気持ちを、3年続きのプロジェクトでどのように育てていけるか、楽しみになります。
クラス担任の先生も、「(昨年の授業後)無意識のバイアスという言葉が、日常でも自然に出るようになった」という変化を感じるそうです。
さて、ここまでお読みくださった皆さまは、東大合格実績のランキングにも名を連ねる男子難関校の生徒たちであれば相手が求める答えを用意するようなことはないか、という疑念が浮かぶかもしれません。担任は「それぞれの考えを素直に答えています」とキッパリ答えてくださいました。実際、全員が同じ答えになることはありませんでした。
男子中学生と女子大学生という「最も接点のない存在」同士によるプロジェクトは、現実と理想のギャップ、時代の変化、共生社会について考える貴重な取り組みといえるでしょう。