かえつ有明中のAL入試~「共感的コミュニケーション」が発揮される場~《後編》
かえつ有明のアクティブラーニング思考力特待入試(以後AL入試)が初めて実施されたのは、2016年2月のことです。当時かえつ有明は、カリキュラム改革の真っ只中で、学校全体で新しい学びを推進していました。そして、おそらく日本で最初にパフォーマンス評価の手法を中学入試に採り入れたのがこのAL入試(当時の名称は難関思考力入試)でした。〈取材・撮影・文/スタディーエクステンション代表・鈴木裕之)
話し合い 意思決定 (グループワーク)
さらに問いは続きます。 2つに分けたもののうち、実現が難しいグループから最もワクワクするアイディアを1つ選ぶというものです。
各チームのテーブルの背後には可動式のホワイトボードが置かれ、それをひっくり返すと自分たちの考えをまとめられるようになっています。
出されたアイディアを1つに絞り込むという事は、受験生にとってはいささか厄介な課題です。それぞれのメンバーが出してきたアイディアを否定するのは気が引けるでしょうし、どれがよいかという判断についても分かれることでしょう。そんななかで、あるときは譲り、あるときは主張し、またある時は妥協しながら、最終的にチームの合意を得るというプロセスがここで明らかになっていきます。
子どもたちはホワイトボードに一生懸命自分たちの考えを表現しようとします。このような参加する姿勢も非常によく見えてしまうパートです。
デザイン思考 コンセプトメイキング (グループ&個人ワー...
続いて、粘土や紐やハサミが入っている箱がチームに1つ配られました。これらを使って「未来の教室」を表現しようというのです。
ファシリテーターからは、作品の出来の良し悪しについては問われないので、出来栄えは気にしなくてよいとアナウンスがありました。つまり、工作がうまい子が高得点を上げるわけではなく、チームでコンセプトをよりよく表現しようとする部分が評価されるのです。
ただし、コンセプトは、作りながら出てくることもあるでしょう。そのようなデザイン思考を駆使して、自分たちの理想を形にしていきます。受験生たちはこれが入試であることを忘れていると思われるほど、熱中していきます。
プレゼンテーション リーダーシップ タイムマネジメント ...
作品が完成すると、隣のチーム同士が自分たちの作品を紹介するというタスクです。まずはチームで話し合う時間が与えられます。ここで、だれが発表するのか、あるいは全員が分担したところを発表するのかといったことを決定します。リーダーシップやフォロワーシップ、チームワークの良さなどが顕著に表れるパートです。
そして、片方のグループが隣のグループに移動し、2分間での作品紹介が行われました。短い制限時間で作品のコンセプトを伝えるプレゼンテーション力や時間管理スキルが要求されます。
発表が終わると、相手のチームから1分間の質問タイムがあります。質問によって相手の作品をよりよく理解しておくことが実は次のパートに大きく関わってきます。
クリティカルシンキング フィードバック
2つのチームがそれぞれ自分たちの作品を紹介し合うと、その後にはフィードバックの時間が来ました。それぞれのチームが相手の作品のより良くなるポイントを指摘しようというのです。
パートナーとなったチームの作品の前に移動し、デザインシートに改善アイディアについてコメントを書きます。
さらに、そのアイディアを相手チームに紹介していくプレゼンテーションタイムがあります。片方が終わるとフィードバックするチームが入れ替わり、気づいたことについて同様にプレゼンテーションを実施します。
フィードバックやアドバイスをする際に大切なことは、相手の意図やコンセプトを十分に理解しているかどうかです。ここでのフィードバックが実は、プレゼンテーションに耳を傾けていたかどうかが問われてしまう仕掛けになっているわけです。
リフレクション プロトタイプのアップグレード
フィードバックを受けたそれぞれのチームは、作品をより良いものにしていくという時間が与えられました。
隣のチームにもらったフィードバックを元にして、改善・アップグレードしていきます。ここではアドバイスや他者からの指摘に対する柔軟性が見られるのかもしれません。
ピア・レビュー リフレクション (個人ワーク)
続いてのパートでは、会場内のすべてのチームの作品を見て、コメントを置いていくという課題です。
「作品には手を触れないようにお願いします」というファシリテーターのアナウンスもあり、会場はすでにテスト会場というよりも、さながら美術品の品評会にでもいるかのようです。
受験生は一通り各グループの作品を見た後、「振り返りシート」に今日の活動で感じたことを書いていきます。
発想の転換 話し合い (グループワーク)
振り返りシートを書き終わった頃に、いろいろなアイディアの中で今の学校にも使えそうな内容について話し合うという時間が持たれました。
すでに「振り返りシート」を書いてしまった受験生からすると、余分なパートのように感じられたかもしれません。しかし、これまでの一連のアクティビティは「実現が難しい」という前提で出てきたアイディアに基づいていたわけです。それを「今の学校にも使えそうなアイディア」としたのは、現実の行動に変容を起こすという、アクティブラーニングの肝とも言えるトリガーです。入試としては、測定できないけれど、授業なら生徒の行動変容を促す、大切なパートなのかもしれません。
こうして試験は終了しました。長い間テストを受けてくれてありがとうというファシリテーターに、最後は受験生から拍手が起こります。そして小林先生からはメッセージが伝えられました。「人が想像できることは必ず実現できる」というジュール・ヴェルヌの言葉が紹介され、「ワクワクする未来をみんなと一緒に創っていけたら嬉しい」というメッセージが伝えられました。
共感的コミュニケーションが学びのベースにあるということ
「皆さんと一緒に創っていけたら」という言葉には、同じ地球で同時代に生まれた者同士の共感的コミュニケーションが溢れています。それは、誰か特定の人に対する感情移入なのではなく、すべての他者への、そして見返りを度外視した思いやり(Compassion)です。
かえつ有明の副教頭の佐野先生はそのような環境づくりのための活動を精力的に行っています。
NVC(= Nonviolent Communication)、マインドフルネス、U理論、システム思考…、こういった理論を外部団体と協力しながら実際の教育活動にどんどん取り込んでいるのです。
つい最近ではMITまで行ってピーター・センゲの主催する「Compassionate Systems Thinking」のワークショップに参加してきたということです。
合理性に偏り過ぎると、心が置き去りになり、幸福感もなくなってしまうことを私たちは経験的に理解します。しかし、そうかといって、共感ばかりで生きようとするのも、特にそれが期待される役割であればなおさら、自分がしんどくなってくるものです。そのバランスを考えながら、幸福な人間存在のあり方を考えようとするのが、Compassionate Systems Thinkingであるようです。
知的な活動ができるのは、安定した気持ちがあることが前提です。学校は勉強をする場所であるのは言うまでもないことですが、その学びをするうえで、それを支える根源的な部分への眼差しがかえつ有明にはあるのです。
終わってから「楽しかった」と受験生が話をするAL入試というのは、このような理論と実践の不断の努力から生まれています。