もはや英語だけでは足りない。トリリンガル教育で目指すものとは
教育ジャーナリスト 中曽根陽子
大学入試改革で英語の4技能育成が注目されているが、すでに社会である程度活躍するためには英語はできて当たり前の時代になってきている。そのような時代にさらにもう1ヶ国語使えればそれはさらなるアドバンテージになる。そんなトリリンガル(3つの言語で話せる能力を持つ人)を育てる教育を行なっているのが神田女学園だ。就任以来積極的に学校改革の旗を振る宗像諭副校長先生に、その狙いと実践について伺った。
第2外国語教育ではなく「トリリンガル教育」その意味は?
「英語が当たり前の時代で、何をアドバンテージとして社会で活躍するのかを考えた時、相手の国の言語でコミュニケーションを図れる言語力があればいいなと思いました。」と話すのは2018年から副校長に就任した宗像先生。
トリリンガル教育を行う理由について「10年前にはICT教育が最先端でしたが、今はあたりまえになっています。また現在注目を集める探究教育も、学問のベースですからいつかあたりまえになる。英語だってあたりまえの時代が来るはずです。その時に、生徒たちに何のアドバンテージを持たせるのか? ある学校では難関大学進学かもしれないですし、別の学校ではSTEM教育かもしれません。数ある選択肢の中で、本校は『トリリンガル教育』を選択しました。本校ではすでに10年前から、英語以外の言語も学べるプログラムを提供しています。その当時は、第2外国語教育でしたが、これからの時代を考えた時、母語を含めた3ヶ国語、すなわちトリリンガル教育をすることが、本当の言語教育ではないかと思ったのです。トリリンガル教育ですから、まず母語を大事にする、ここが大事なポイントです。」と続けます。
「言葉というのは、元々その人が伝えたい中身があって初めて機能するものです。伝えたい中身をまず母語で考えられなければ、何も伝わらないということです。そこで、母語で考えることを大事にしながら、日々の教育活動の中でランゲージアーツ(言語運用技術)を取り入れたアプローチを行い、生徒のコミュニケーション力を高め、リベラルアーツ教育(教科の枠を超えて実社会での最適解を教える学び)で教養を身につけ、社会に出た時に本当に必要な力を養うと同時に外国語も使えるようにしていく」のだそうです。トリリンガル教育は、単なる外国語教育ではなく母語も含めた言語教育です。
母語を基盤に英語、さらにもう1ヶ国語を順番に習得
では、どのようにして3つの言語を身につけていくのでしょうか?
それは次の3つのステップ。
① 中1・2年で母語の運用能力アップと英語の基盤作り
② 中3・高1で「学力としての英語力」と「コニュニケーションとしての英語力」を十分に使えるレベルに引き上げ、高2からは留学や大学受験に対応できるレベルへ
③ 第2外国語は中3からスタートし高3卒業までにネイティブとコミュニケーションがとれるレベルまで引き上げる。同時に母語と英語は、受験でもコミュニケーションでもスムーズに運用できるレベルにする
神田女学園には、専任の英語ネイティブ教員が8名いて、中学では週8時間の英語の授業のうち、半分がネイティブによるオールイングリッシ授業。授業以外もK-SALC(KANDA Self-Access Learning Centerの略)で行われる語学習得プログラムで、マンツーマンのレッスンなども実施しながら、生徒の会話力を高めます。
このK-SALCスペースでは、一年間通して英語でさまざまなワークショップを行ったり、国際交流で来校した留学生をスクールバディとしてアテンドしたり、協働プロジェクトを行ったりします。
目標としては、中2までに英検2級・CEFR B1の運用レベルを目指すそうですが、小学生から英語を学ぶ子供達にとっては十分到達可能だそうです。
また、語学研修の機会も多く、中3時には全員がNZで3週間のホームステイをするほか、希望者には短期(1ヶ月程度)語学研修、中長期(3か月~1年間)の海外留学制度があります。生徒も韓国・中国出身者がいる上に、国際交流では、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、フランス、台湾、北京、上海、アメリカ、アイルランドなど世界各国に姉妹校があり、随時相互交流や相互留学をおこなっているため、学校の生活の中で自然に異文化と多言語に触れる機会があるのが特徴です。こうした環境があるので、英語プラスもう1ヶ国語を習得するということも、自然に受け入れられるのかもしれません。
教養として言語を学ぶことで、世界に向けての視野がさらに広がる
英語の他にフランス語・中国語・韓国語のいずれかを選択し、言語学力の向上だけが目的でないアプローチで、その国で、ネイティブとコミュニケーションがとれるレベルまで、言語力を高める神田女学園。取材した日、フランス語の授業ではフランス映画を鑑賞後、その内容について英語とフランス語を交えてディスカションをしていました。講師のカルトン先生は、「ロールプレイを中心にした授業を行っています。さまざまな機会を設けて、言葉だけではなく、フランスの文化、歴史、ファッションなどを知ってもらいたい。そのことで、英語圏以外のグローバルな視点を持つことができる。」と言います。冬休みには、生徒を連れてフランスウインターキャンプでパリに行ったそうですが、ツアーに参加した生徒たちは大いに刺激を受け学習意欲もさらに高まったとか。高2で仏検5級取得を目指しています。
次に見学した中国語の授業では、ネイティブの孫先生とテンポよいやり取りを通して、発音の練習をしていました。日常生活で役立つ表現を身につけるとともに、文法もしっかりと学び、HSK中国語検定を全員受験。最上級である6級(英検1級程度で、GMARACHレベルの大学は合格できる)に合格して、中国語で大学入試を突破する生徒も出ています。また、母語として話せる生徒も在籍しているので、本物のグローバル環境といえるでしょう。
韓国語では、教材を使ってハングルでの日常生活で役立つ表現をていねいに学んでいました。週2時間の授業を中心に読み書きから検定試験対策まで行うので、初心者でも安心して検定合格に向けて勉強を進められるそうです。もちろん、日常的な韓国語でのコミュニケーションもスムーズに行われるレベルまで引き上げています。
「教科を超えた学び」と「実社会の最適解」を考えるリベラルアー...
変化が加速する社会では、コミュニケーションとしての言語能力だけでなく、「自分なりの考え」を持つことがとっても大切です。そのために、「母語を大切にする言語教育をベースにして、コミュニケーションとしての『英語』と相手の文化や考えを深く理解するための『教養としての第三言語』、そして『社会の最適解』を見つけるために、教科の枠を超えた学際的な学びが必要だ」と宗像先生。
授業の中では、多角的な疑問をもって考えていくことを重視。なぜなら、疑問を持たないと自分の考えを構築できないし、自分の考えがないと相手に伝えることもできないからです。疑問から仮説を立てて自分の考えを形成し、相手の意見に耳を傾け、違うなら自分の考えを相手に伝える・・・、そのプロセスはまさに探究型の学びです。実際、教科の枠を超えた学びとして、社会と家庭科がコラボして食料自給率について探究したり、数学と理科で影の長さから建物の高さを出したり…実社会での最適解を探究する授業も行っており、今後はもっと増えていく予定だそうです。
「目指すのは、ICUやAPUのような、多様性のあるリベラルアーツ型の学校。次世代の教育を担う革新的女子教育を行う学校にしたい」と熱い思いを語る宗像先生。
「学校生活の中で自己実現や自己肯定ができる環境を用意することで、自己成長実感を得られるような学校です」と言います。トリリンガル教育は、そのひとつなのでしょう。
中曽根陽子 [教育ジャーナリスト マザークエスト代表]
教育機関の取材やインタビュー経験が豊富で、紙媒体からWEB連載まで幅広く執筆。子育て中の女性に寄り添う視点に定評があり、テレビやラジオなどでもコメントを求められることも多い。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエイティブな力を育てる探求型の学びへのシフトを提唱し、講演活動も精力的に行っている。また、人材育成のプロジェクトである子育てをハッピーにしたいと、母親のための発見と成長の場「マザークエスト」を立ち上げて活動中。
『一歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『後悔しない中学受験』(晶文社出版)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)など著書多数。学研キッズネットfor parents で「AI時代を生き抜くために 失敗力を育てる6つの栄養素」ビジネスジャーナルで「中曽根陽子の教育最前線」を連載中。
オフィシャルサイトhttp://www.waiwainet.com/