居ながらにして2つの国の教育が受けられる、ダブルディプロマコース
日本にいながら、日本とカナダの高校の卒業資格が同時に取得できる学校がある。文化学園大学杉並中学・高等学校(以下文大杉並)のダブルディプロマコース(以下DDコース)だ。日本とカナダ両方の授業を受けて卒業した生徒たちは、国内・海外の大学に進学している。どのような授業を受けているのか、その内容を国際部長の窪田淳先生に聞いた。
カナダの高校卒業資格で難関大学にも合格
文大杉並のDDコースは、カナダ・ブリティッシュコロンビア(BC)州教育法によって正式に認定されたカリキュラムを提供することができる海外校で、卒業時には日本とカナダ両方の高校の卒業資格を取得することができます。コース開始から5年経ち、すでに卒業生がカナダの名門校ブリティッシュコロンビア大学はじめ海外大学や国内外のさまざまな大学に進学しています。早慶上智ICUなど日本のトップクラスの大学も、海外高校卒業資格で受験し合格しています。
もともと、英語に特化した「英語コース」があり、これまでもオールイングリッシュの授業を行ってきたそうですが、単に英語を学ぶだけでなくさらに進化させたいと、さまざまな海外のプログラムを研究。その中で出会ったのが、カナダの教育カリキュラムでした。
なぜカナダなのか・・・。それは、世界で最も移民の受け入れに成功し、多様性に寛容な国だからだそうです。その背景にある教育内容に共感し、これからの時代に必要な考え方や能力を取得できるという思いから、ブリティッシュコロンビア(BC)州の教育カリキュラムを導入することにしたのです。
DDコースには、 BC州が作ったテストを受けて入学します。評価の半分はエッセイで、例えば、「これまでの経験の中で失敗から学んだこと」や「日本にあるグローバルを1つ上げてそれについて論じる」というようなテーマについて自分の考えをまとめるのです。他には、リーディングセクション (長文読解)と1:1の英語による面談が行われます。入学時の英語力は、英検準2級程度の生徒が多いのですが、3年間でほぼ全員が英検準1級を取得。海外の大学進学にも対応できるほどの英語力が身につきます。
こうした実績から、中学受験でも年々DDコースへの関心が高まり、ダブルディプロマ準備コースをスタートしました。現高1生 40名中、10名が中学からの進学者です。中1入学時はコース分けはせず、中2からDD準備コースと中高一貫コースのどちらかを選択することになります。
中高一貫コースは、英語を学ぶコースで、8 時間の英語の授業中6時間を、ESLというプログラムで英語を学びます。DD準備コースは、英語で学ぶコース で、BC州のネイティブ教員が英語で授業を行い、BC州のカリキュラムのエッセンスを学び、高校から入学する生徒と合流します。現在DD準備コースの在籍者数は、中高一貫コースの倍で、このことからも、海外の教育への関心の高まりを感じます。
一つの教室に2つの学校が存在。
DDコースの生徒たちは、週46時間 (一般クラスは週36時間)、カナダと日本のカリキュラムをこなしています。当然BC州の授業はネイティブ教員が英語で行い、日本のカリキュラムは日本人教師が日本語で行います。生徒たちは混乱しないのでしょうか。実際見学をしたところ、生徒たちはごく自然に両方の授業を受け入れているようでした。
窪田先生によると「最初が肝心」だそうで、入学してすぐに3日間の軽井沢キャンプを行い、 英語でのコミュニケーションに慣れることから始めることで、英語の授業に対して不安をもっていた生徒が、積極的にコミュニケーションを取ろうとするマインドに変わるのだとか。
さらに、高校入学3ヶ月後には全員がBC州に短期留学し、5週間に渡ってカナダの学校で歴史や文化を学び、「Social Studies10」の単位を取得。ホームステイを体験することで、一気に英語に対するハードルが下がり、帰国後は抵抗なく英語による授業を受けられるようになります。
授業を見学すると、不思議なことに、英語で行われる授業ではリラックスした様子で自由に発言をしていた生徒たちが、日本語で行われる授業では静かに先生の話を聞いているのです。この違いは、日本とカナダの教育に対する考え方やアプローチの違いによるものが大きいのかもしれないと感じました。
この疑問を投げかけると「日本はまだまだ大学入試の呪縛から抜けられず、教育も知識の習得に寄っていて、教員も一定の範囲を終わらせなくてはという思考が強いが、カナダでは、教育の目標が知識の習得ではなく、コアコンピテンシーを身につけられるかに置かれている」と窪田先生。
コンピテンシーという言葉は聞きなれないかもしれませんが、この場合はいわゆる教育目標と考えればいいでしょうか。コアコンピテンシーとは、特に身につけさせたい能力で、BC州では「コミュニケーション・思考力・個人と社会の関わり」の3つをコアコンピテンシーとしています。
教え方も真逆。評価も「昨日の自分」より成長したかを重視
日本とカナダでは、能力を身につけさせるためのアプローチも違います。日本では、授業は教員が主導して教えるものという考え方が根強いですが、カナダでは、 生徒がつくったものをよりよくするためのアドバイスをするのが教員の役割という考え方をしているのです。
授業は探究・リサーチベースで、生徒が試行錯誤することを大切にしながら、最後は生徒自身がプレゼンするところまでもっていきます。補習も自分の意志次第。本人がやり直したければやるが、そうでなければ特に行いません。自主的に勉強することを大事にしているのです。親としては、言われなければ勉強しなくなるのではと心配になるかもしれませんが、実は逆で、主体的に勉強するようになるのです。「このアプローチの差が、生徒が教員の想定内に収まるか、想定を超えたものになるかという大きな差になっている」と窪田先生。今では、生徒に任せたほうが確実によいものができると確信しているそうです。
実際取材した生徒たちは、日本の教育との違いを、主体性が求められるかどうかだと言います。
評価も、3〜4年前からルーブリック評価を活用。経過も含めて今がどの状況にあるか、個々の学習の進捗を見える化。他者との比較ではなく、自己との比較を促し、結果ではなくプロセスを重視して評価します。
これによって、ペーパーベースでは光の当たらない部分に光を当て、多面的な視点で子供をみることができるそうです。
これらはまさに、日本で行われようとしている教育改革の狙いを先取りしている取り組みとも言えるでしょう。
新しい教育への保護者の関心が高まる
ネイティブの教員が授業だけでなく生徒指導も行いますが、その理由は、自分の価値観だけに縛られて判断することの怖さをわかって欲しいから。日本人と外国人の価値観の違いから生徒の間に疑問が起きることがあったとしても、あえてそうすることで、視点の切り替えを生徒自身にしてほしいという狙いがあるのです。
一つの教室を2つの学校がシェアしているような状態ですが、これはなかなか体験できることではありません。たとえ1年留学したとしても、帰国したら日本の環境に合わせなくてはならないので、そこで感じたことは定着しにくい。一方、DDコースでは、1日の間に目まぐるしく言語や思考様式が変わる体験を3年間毎日繰り返すことで、一つの価値観に偏らず複眼的視点で考えられるようになり、また異文化にもフレキシブルに対応できるようになるのです。
授業も複眼的で、教科の枠を超えたコラボレーション(教科横断型授業)も盛んです。例えば映画を鑑賞し、サイエンスの授業ではそのワンシーンをテーマに家を飛ばすためには風船が何個必要かを分析する、国語の授業ならその時の主人公の心理を考えるなど、共通のテーマを違う視点で捉えていきます。
また、English Language Artsという取り組みでは、絵や写真を使って6語で表現します。これは、英語圏の学校で広く取り入れられている手法で、英語で書かれた文章を読み、絵や写真など言語以外の要素を活用して伝わる表現方法を考えるというもの。言葉が通じない相手ともどうすればコミュニケーションが取れるかを考える訓練にもなります。
一貫して、「コミュニケーション・思考力・個人と社会の関わり」というコアコンピテンシーを軸に、さまざまなプログラムが組まれているのです。これこそが、バイリンガルになること以上の、このコースで学ぶ価値だと感じました。
新しい教育に対する保護者の期待値は高く、関心が高まっているようです。
●中曽根陽子/教育ジャーナリスト、マザークエスト代表
教育機関の取材やインタビュー経験が豊富で、紙媒体からWEB連載まで幅広く執筆。子育て中の女性に寄り添う視点に定評があり、テレビやラジオなどでもコメントを求められることも多い。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエイティブな力を育てる探求型の学びへのシフトを提唱し、講演活動も精力的に行っている。また、人材育成のプロジェクトである子育てをハッピーにしたいと、母親のための発見と成長の場「マザークエスト」を立ち上げて活動中。『一歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『後悔しない中学受験』(晶文社出版)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)など著書多数。ビジネスジャーナルで「中曽根陽子の教育最前線」を連載中。
オフィシャルサイト http://www.waiwainet.com/
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