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生活すべてが学びの場 海陽中等教育学校のハウス生活

海陽中等教育学校(愛知県蒲郡市)は、今までに19人もの首相を輩出してきたイギリスの全寮制パブリックスクール「イートン校(Eton College)」を参考にして、将来の日本を牽引する人材を育てるために2006年に開校した全寮制の男子中高一貫校です。その寮(ハウス)での生活に密着し、ハウスで生活することでどのような力が身につくのか取材しました。

全寮制の中高一貫校

「全寮制の中高一貫校」と聞いて、どのようなイメージを持たれますか?

「朝から晩まで勉強漬けにされてそう」
「厳しい規則に縛られていそう」
「監督者の目が届かず無法地帯になりそう」
「いじめられたら逃げ場がないのでは?」

正直なところ、このようなイメージを持つ方がすくなくないと思います。

中学受験で第一志望に合格できなかった生徒たちが大学でリベンジを果たすために、青春を犠牲にしてでも詰め込み教育をしている学校というイメージを持ってしまう方もいるかもしれません。

確かに寮のある学校の多くは、通学時間がかからないというメリットをいかして、十分な勉強時間が確保されています。学力を伸ばすために理想的な環境も整えられており、難関大学への合格実績も良い学校が多いのは事実です。

しかし、それは寮生活の副次的な産物にすぎません。寮生活をする最大のメリットは、共同生活そのものを通して、生きていくために求められる本質的な力が得られることなのです。

次代のリーダーを育てるために設立された学校

海陽中等教育学校は、全国に8校ある全寮制中高一貫校の一つです(一部連携校を含む)。将来の日本をけん引するリーダーを育てるために、トヨタ自動車・JR東海・中部電力が中心となり、80社以上の企業から200億円を超える寄附により設立されました。

生徒は全員、12棟あるハウスのいずれかに入居。一棟あたり約60名が共同生活を送ります。各ハウスには、ベテラン教員や社会人として長いキャリアを持つハウスマスター、日本の各分野を代表する企業の若手社員が派遣されるお兄さん的立場のフロアマスターがいます。授業を教える教員とはまた異なる立場で、精神面でもキャリア教育の面でも生徒の成長を支えています。


ハウス生活を通して得られる良い生活習慣とマルチタスク力


金曜日、夕方6時。

食堂棟に続々と生徒が集まり、夕食の時間が始まります。この日のメニューは「ビーフシチュー」「ねばねば丼」「醤油ラーメン」の3種類。使う食材の産地も明記されており、食に対する意識も自然と身につきます。食事が終わるとそれぞれのハウスに戻り、洗濯や入浴など身の回りのことをてきぱきとこなします。

7時45分からはハウスタイム。ハウス生全員がパブリックラウンジに集まり、ハウスイベントや生活についての伝達が手短に行われます。続けてハウスの清掃。ハウス生全員で公共スペースをきれいにします。

8時からは夜間学習。ハウスタイム終了直後は賑やかな雰囲気に包まれていたハウスが、一転して静かに。それぞれの個室で勉強する生徒も、プライベートラウンジで友人と一緒に勉強する生徒も、皆それぞれ学びに真剣に取り組みます。

良い生活習慣が身につくことは、寮生活の大きなメリットの一つです。勉強時間を確保しつつ十分な睡眠時間が得られることや食事の時間も一定していることによって、成長期に一番大切な健康的な生活を送ることができるだけでなく、生涯にわたる規則正しい生活の土台を築くことができます。また、自宅から通う生徒と違い掃除や洗濯も自分でやるため、時間の使い方が上手になり、一度に複数のことをこなせる、いわゆるマルチタスク力が自然と身につきます。

生徒会長を務めた古舘君(現6年生)はハウスでの生活についてこう話します。

「身の回りのことを自分ですることは意外と楽にできました。2年生の先輩が1対1で生活のことを教えてくれるバディー制度のおかげかもしれません。ただ時間配分は大切です。1日のうち自由な時間は6時から7時半までの1時間半程度。その間に食事も入浴も済ませるので、とにかく無駄なく動くことが自然に身につきました」

消灯時間は学年によって異なりますが、6年生でも24時が消灯時間。時間になると個室と廊下の電気は完全に消えます。起床時間は6時から6時40分。6年生でも最低6時間の睡眠時間があります。やることは多いですが集中して効率的に行い、休むべき時間はしっかり確保するという健康を第一に考えた生活パターンが実践されています。

翌朝、プライベートラウンジを見てみると、まだ日の出前から熱心に勉強する生徒がいました。ハウスの外では野球部員がハウスの前で素振りをする姿が見られました。多くの海外のエリートがそうであると言われるように、海陽の生徒たちは朝の時間を無駄なく使うことが習慣づいているようです。

ハウス内ではマンガやゲームは禁止。携帯電話も必要な時以外ハウスマスターに預けることになっています。厳しい規則かと思いきや、全然気にならないと古館君は話します。

「他の人と何かをすることが楽しいので、マンガがないこともゲームができないことも全然気になりません。自宅に帰るとついゲームをしてしまうこともありますが、時間を無駄にしてしまったと後から後悔するほどです」


共同生活とイベントを通してリーダーシップや協調性を育む


ハウスで共同生活するということそのものが、リーダーシップや仲間との協調性を育む最大の学びの機会です。

ハウスには、集団生活をするうえでのまとめ役としてハウス長・フロア長という役割があります。年次に関係なく下級生でも経験することがあるこの役は、様々なハウスイベントを企画・実行するなどして、ハウスでの生活を盛り上げます。これらの活動を通して学年を超えた協調性や仲間意識を育むとともに、リーダーシップとフォロワーシップの両方が養われます。下級生が上級生を率いる場面もあり、これは上級生にとっても下級生にとっても貴重な経験です。

各ハウスで1タームごとに行われるハウスイベントについては、ハウス長が中心となってハウス生にアンケートを取り、全員が楽しめるよう工夫しながらイベントの内容や運営方法を決定します。

「全員の希望を叶えることは難しく、イベントを企画すると必ず意見が割れてもめてしまいます。しかしそこから頑張って調整してイベントを成功させることにやりがいを感じます。今度は生徒会長として学校全体のイベントを企画することになりますが、生徒会役員だけで物事を進めるのではなく、いろんな人に参加してもらえる機会を増やしていきたいです(古館君)」

海陽学園の魅力の一つに「ソサエティ」があります。これは各企業から派遣されたフロアマスターがそれぞれの個性や特色を生かしたキャリア教育です。この日は自主参加の「大学生の日常ソサイエティ―」か開催され、京都大学、法政大学、名古屋大学を卒業したフロアマスターが、勉強面に限らずアルバイトや生活環境まで含めた大学生活の実際を包み隠さず紹介していました。生活の場で身近に接している難関大学出身のフロアマスターが自分自身の経験を紹介するため、生徒たちもそれらの大学をより身近に感じることができます。



土曜日の午後と日曜日はアクティブレストという名前の休日。その名の通り、積極的に休んで翌週に備えるための時間です。外出することも自由ですし、疲れていたらずっと寝ているのも自由。部活動で遠征する生徒たちもいますし、科学の甲子園やエコノミクス甲子園など、校外で行われる中高生向けの様々な知的大会に出場する生徒たちもいます。アクティブレストの時間を、自分の体力や興味と相談してどのように過ごすかということも、生活に根差した学びの一つです。

共に助け合い、成長し合えるライバルでもある仲間との濃密な時間

夜8時からの学習時間になると、しばしばハウスならではの光景が見られます。

理解が進んでいる生徒が、まだ十分に理解できていない生徒に教えたり、一緒に問題に取り組んだりするなど、自然発生的に生徒の間で教え合う空間が生まれます。長く一緒にいるからこそ、ライバルでありながらお互いの得意不得意を受け止め合い、学び合う姿勢が生まれるのです。ライバルでもある仲間が頑張る姿を目の当たりにすることは、お互いにとって良い刺激となります。健全な成長心・競争心が育まれ、全員がより高いレベルへと向かうことができる、ハウスにはそんな濃密な時間があふれています。

共に成長し合うのは勉強だけに限ったことではありません。この日、ハウスLでは夜間学習の時間を少し早く切り上げて、9時45分から、校外のボランティア活動で24時間テレビの募金に参加した生徒が、その経験を共有すべくハウス生の前でプレゼンする機会が設けられていました。ハウスのパブリックラウンジで、リラックスした雰囲気で行われたプレゼンでしたが、なぜボランティアに参加しようと思ったのか、実際に活動してみてどうだったのか、そこから何を感じたのか、きちんと自分の言葉で自分の考えを話す生徒。他のハウス生も真剣に耳を傾け、様々な質問が飛び交いました。このような機会が日常的にあり、多様な経験を共有できるのも、ハウス生活ならではのメリットです。


生徒の成長を支えるのは社会経験豊かなハウススタッフ


ハウス生活では、規則正しい健康的な生活をしながら様々な能力や経験を身につけることができますが、生徒だけで全てが運営できるわけではありません。

そこには、生徒の生活を精神面から支え、キャリア教育の面でも支援するハウススタッフという大きな存在があります。

各ハウスを統括するハウスマスターは、教員あるいは長い社会人経験があるベテランが務めます。勉強のことだけでなく、日々の生活のことから将来のことまでさまざまな面で相談にのり、全面的にサポートしてくれる存在です。ハウスの各フロアで生徒たちと共に暮らすフロアマスターは、海陽中等教育学校に協賛している企業から派遣された20代の社員が務めます。様々な分野の一流企業からきた彼らが生徒の身近なお兄さん的存在として積極的に言葉を交わし、生徒一人ひとりのなにげない様子をしっかりと観察しながら、勉強面、精神面、生活面全てにおいて、生徒をサポートします。

ハウスCの大見ハウスマスターはJR東海出身。教員とはまた違う、ハウススタッフとしての役割や使命についてこのように話してくださいました。

「ハウスマスターの第一の役割は、ハウス生の健康管理とハウスの円滑な運営です。保護者との連絡や面談にも対応するほか、生活の場を任される立場として、教員とは違う父親の代わりとしての役割を意識しています。こまめに部屋を回り、生徒の小さな変化も見逃さず、まめに声をかけるようにしています。ハウス生の個別の悩みや相談に乗るのはもちろん、ホームシックがひどい子がいたら、寝付くまで話を聞くなど、そばにいてあげることもあります」

社会人として多くの部下を育てた経験もある大見ハウスマスター。大人と子供は違うので、接し方にも気を付けていると話します。

「大人と話をするのとは違い、より丁寧に接するように心がけています。例えば挨拶一つにしても、自分から大人に挨拶することを恥ずかしがる生徒もいます。こちらか積極的に挨拶し、話しかけてあげることで、生徒が自発的に挨拶し、話をしやすい雰囲気を作って待ってあげるのです。生徒たちがそこに気づいて、自分から挨拶してくれるようになった時はとても嬉しいものです」

10代という多感な時期の男子が集団生活をする中で、当然喧嘩も起こります。

「多感な時期の子供同士なので、喧嘩は正直よく起こります。そこにはとにかく素早く対応します。喧嘩そのものをなくそうと抑圧するのではなく、成長の機会としてとらえています。基本的には両成敗。それぞれの言い分をよく聞き、お互いの言い分と落ち度に気づかせるようにしています」

ハウスでいつ何が起こってもすぐに対応できるように、あまり遠出をしないことを決意し、自家用車も売りに出したという大見ハウスマスター。ハウスマスターとして一番嬉しかったことは何ですか?との問いに対して、以下のように答えてくださいました。

「毎日が嬉しい体験の連続です。生徒が自分から挨拶をしてくれるようになったり、生徒と一緒に掃除をしていたら、『僕が運んでいきますよ』とゴミを持ってくれるようになったり、そういった生徒の成長をこの目で日々確認できることがこの仕事のやりがいです。そういう時には、生徒を思い切り褒めてあげます。そうすると生徒たちはすごく喜び、そこからさらに大きく伸びていきます」

さらに大見ハウスマスターはこう言葉を続けます。

「海陽中等教育学校の建学の精神は『将来の日本をけん引する、明るく希望に満ちた人材の育成』とあり、その筆頭に『高潔で明朗闊達な人材の育成』とあります。これはほかならぬハウス生活で育てるべき部分です。『時間を守る』『人を傷つけない』『うそをつかない』『他人に迷惑をかけない』『卑怯なことをしない』この5点は集団生活の中ではごまかしがききません。ハウス生活を通して徹底的に身につけてもらいます。

 ハウスで6年間共に生活した仲間との友情は、間違いなく一生の宝になります。卒業生の海陽への帰属意識は非常に強く、多くの卒業生が何度も海陽に遊びに来てくれます。キャンパス内で会えば前から知っているかのようにフランクに接することができます。海陽の卒業生がフロアマスターとして戻ってくれば、さらに海陽ならではのハウス生活を通した人間教育が充実すると楽しみにしています」

終わりに

全寮制で、初年度から高い進学実績が出ているということから、非常に厳しい環境で詰込み型の教育が行われているのではないかと思われがちな側面もある海陽中等教育学校ですが、実際にハウス生活に触れると、そのイメージは大きく変わります。

確かに、ある程度の自立が求められるという意味では、決して甘い環境ではありません。ゲームや漫画などが禁止されていることも、厳しすぎると考える人もいるかもしれません。しかし、逆に考えると、1人で非生産的な時間を過ごしてしまうモノから解放された、自由な空間という言い方もできるのではないでしょうか。人と協力して何かを創り出したり、努力して自分の可能性に挑戦したりという、成長期に一番大切なことに集中できるという意味では、これ以上ない素晴らしい環境が用意されています。

十分な睡眠や休息も含めた健康的で規則正しい生活。共に成長し合える仲間。トップクラスの大学を出て日本を代表するような企業で働く若手のフロアマスターと共に生活し、将来の生き方も含めて大きな影響を受けられる環境。そしてその生活を支えるハウスマスター。他校には決してない大きな刺激と成長の機会が、海陽中等教育学校にはあふれています。