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いま見直される「大学付属校という選択」の価値

いま見直される「大学付属校という選択」の価値
教育ジャーナリスト おおたとしまさ

全容がなかなかはっきりしない大学入試改革議論の一方で、ここ数年の中学受験では大学付属校に注目が集まっている。

中学受験で大学付属校の人気が上昇中

大学付属校であれば内部推薦で大学に進学できてしまうので、大学入試改革の混乱に巻き込まれなくてすむ。そう考える家庭が増えることは不思議ではない。 少子化の影響で大学入試が易化傾向にあることから、早い段階から大学付属校に行く利点は少ないとされ、中学受験における大学付属校人気は一時期低迷していたが、ここに来て盛り返しているのである。

大学付属校といえば、首都圏では早稲田・慶應・明治・青山学院・立教・中央・法政、関西では関西大・関西学院・同志社・立命館の系列が有名だ。実際の内部進学率が高いことでも他大学の付属校とは一線を画す。 二〇一四年以降、これらの付属中学校の入試倍率は軒並み上昇傾向にある。明治大学系列の学校で倍率の微減が目立つのは、「明治大学の人気上昇で以前から倍率が高止まりしておりその反動。二〇一七年度入試に向けては再び倍率が上昇する傾向にある」(首都圏模試センター北一成さん)とのことだ。

さらに、前向きな解釈もできる。 現在議論されている大学入試改革は、大学入試の仕組みを変えることが目的なのではない。大学入試のあり方を変えることで、高校以下の教育のあり方を根本から変えようという狙いがある。大学受験対策に規定されない教育への変換である。 その点、大学付属校ではもともと大学受験対策に規定されない教育を実践していた。大学入試改革の議論を横目で見ながら、「うちには影響がない。探究型学習にせよアクティブ・ラーニングにせよ国際交流にせよ、うちではずっと前からやっている」と大学付属校の教員たちは口を揃える。実際、大学付属校には、先進的な理数教育を行うスーパーサイエンスハイスクールや、国際教育に力を入れるスーパーグローバルハイスクールに指定されている学校が多い。 そのような贅沢な教育をするためには費用もかかるが、大学付属校には大学という巨大な資金的後ろ盾がある。大学付属校の場合、比較的都会にあっても校地が広く、美しい人工芝のグラウンドが整備されていることが多い。東京ドーム数個分ということもざらである。理科実験室やコンピュータルーム、少人数授業のための小教室などの設備も充実している。単体の私立中高一貫校ではおそらく設置も維持も難しい。

大学という巨大な母体が資金的に潤うことによって、その付属校の生徒たちにも恩恵が巡ってくる。「あまり大きな声では言えないが、手のかかる中学生ほど、支払った授業料以上のお金をかけてもらえる構造。その意味では大学付属校には早くから入れたほうがお得」と、とある付属校校長は言う。大学付属校の「トリクルダウン理論」である。 大学の人的資源を活用することもできる。大学の教員が付属校に来て授業を行うこともある。付属校の生徒が、大学の研究室を使用させてもらうこともある。聴講生として大学の授業に参加して高校生のうちに大学の卒業単位を取得できたり、大学生と一緒に資格試験の勉強ができたりもする。中には受験勉強の代わりに高一から公認会計士の勉強を始め、大学二年生で公務員試験に合格する強者もいる。 高三になっても部活や行事や趣味と学業を両立しながら、進路についてじっくり考える時間もある。

「どこの大学に行けるのか?」という不安ではなく「どの学部で何を学ぶべきか?」という自分の意思に焦点を当てることができる。受験勉強に時間を費やす代わりに、大学での学問につながる学びを、高校生のうちからかじってみることも歓迎される。大学入試改革およびその根底にある高大接続システム改革が思い描く理想の未来が、すでに大学付属校には実在しているのである。 だったらそこに行けばいいとなるのは自然な流れだ。


かつては「エスカレーター」などと揶揄されることも多かった大学付属校の価値が、大学入試改革とそれにともなう学力観の変化のおかげで見直されているのである。

6年後に開かれる多様な進路選択肢

内部進学と他大学受験の併願戦略中学受験の時点で大学を決めてしまっていいのかという批判は昔からある。しかし現在、その批判も時代遅れになりつつある。

少なくない大学付属校で、内部進学資格を保持したまま他大学受験を認める制度を設けるようになってきている。先に挙げた一一大学の中では、明治、中央、法政、関西大の付属校がこれに当たる。国公立大に限る、あるいは私大なら系列大学にない学部に限るなど学校によって条件は異なるが、一定の条件を満たせば他大学の受験が認められ、それが不合格であっても、系列の大学へは入学できる。 一般入試による他大学受験は認めていなくても、内部推薦審査が行われる高三の一二月までに結果がわかる推薦入試やAO入試などの特別入試であれば、受験してもかまわないというルールを設けている学校はさらに多い。

一般入試を受験するのであれば、普通の進学校の生徒と同じような受験勉強をしなければならない。場合によっては塾に行く必要もあるだろう。しかしAO入試のような特別入試を受験するであれば、必ずしもいわゆるガリガリの受験勉強をしなくていい。学校での勉強の延長線上でAO入試に応募して、ダメなら系列の大学に行けばいい。昨今は多くの大学でAO入試などの特別入試枠が増えており、他大学受験のハードルが下がっているのである。 今後はさらに、大学付属校生にとっての選択肢が増える可能性もある。

大学入試改革の流れの中で、各大学における個別選抜においては、「受験者一人一人の能力や経験を多面的・総合的に評価する入学者選抜に改革すること」が求められている。具体的には小論文や面接、集団討論、プレゼンテーションなどを入試に取り入れる方向性が打ち出されている。 その試行的意味もあるのだろう。二〇一六年には東大と京大が戦後初となる推薦入試を実施した。この流れが続けば、今後ますます推薦入試やAO入試といった入試形態が増えるはずなのだ。 しかも、もとより大学付属校では、大学受験対策に時間をとられない分、自らテーマを決めて取り組むプロジェクト型学習や、論文指導、ディスカッションやプレゼンテーションの機会に多くの時間を割いている。これが期せずしてそのままAO入試対策にもなっているのだ。卒業論文や自由研究などで時間をかけて取り組んだテーマを、そのまま小論文の題材にすることだって可能だ。大学進学後に必要になる力を養成するために行う指導が大学入試で高く評価されることは考えてみれば当然である。

一般入試での他大学受験を認めている法政大学女子高等学校においても、他大学進学者のうち約七割がAO入試や推薦入試を利用しているとのこと。他大学からの指定校推薦枠を多くもっている付属校もある。 主に定期試験の結果をもとに付けられる高校三年間の成績が重視されるのは、AO入試などの特別入試でも内部推薦入試でも同じである。塾での勉強を中心にするのではなく、学校の勉強をしっかりコツコツこなす生徒が有利になる点で、付属校生にとってAO入試などの特別入試との相性はいいわけだ。 中学校や高校の時点で大学付属校に入学したからといって、必ずしも将来の進路が固定されてしまう時代ではない。内部進学と他大学受験の併願戦略が可能なのだ。

内部推薦の条件は、各大学、各学校によって異なる。最もシンプルなのは、主に定期試験の点数によって付けられる高校三年間の成績のみを審査対象にする方法。その中にも、三年間の平均で審査する方法や各学年での成績に比重を付けて得点換算する方法があるなど細かい部分は学校によって様々だ。定期試験とは別に行う実力考査や予備校など外部業者による模試の結果を加味する場合は多い。高三で実施する実力考査を明確に内部推薦審査のための実力考査と位置付けている学校もある。卒業論文を審査の対象にする場合もある。最近では英語の資格・検定試験で一定の基準を満たすことを課す学校が増えている。

立教池袋高等学校の基準はユニークだ。高校三年間の成績が占める割合は五五%。二〇%は卒業論文。残りの二五%は「自己推薦」によって評価される。自己推薦では、部活や生徒会活動での活躍はもちろん学校外での奉仕活動や無遅刻無欠席をアピールしてもいい。 学業成績だけでなく、生徒一人ひとりの良いところを評価する姿勢の表れだ。コツコツと定期試験対策を頑張るべきなのか、実力考査で力を発揮しなければいけないのか、学業以外にもアピールのチャンスがあるのか。内部推薦審査の基準に各学校の学習観、学力観が表れている。拙著『大学付属校という選択』(日本経済新聞出版社)ではできる限り内部推薦の基準についても記したが、立教池袋のように明確に答えてくれる付属校は実は少数派だった。むしろできるだけ触れられたくないという雰囲気すら強かった。しかしこれはおかしいと私は思う。各付属校はもっと高らかに内部推薦基準を公言すべきだと思う。なぜなら、内部推薦基準こそ、その学校のディプロマポリシー(卒業認定・学位授与に関する方針)であり、その学校が育てたいと思っている人物像の象徴であるはずだからだ。

大学付属校は日本の教育における「ガラパゴス」

そもそもこの内部進学という仕組みは、世界的に見て希有な制度であるようだ。大学付属の学校は世界中に存在するが、身内であることを理由に付属校の卒業生を特別扱いして入学させる制度を公にしかも大規模に運用している大学は聞いたことがない。早稲田大学高等学院の山西廣司学院長は「アジアや欧米の中等教育関係者と話すといつでも驚かれるのは、内部進学という制度」と話す。 なぜ世界的に希有な仕組みが、日本では発展したのか。これこそ、日本のあまりに画一的な受験制度が、世界的に見て希有であることの裏返しであると私は思う。

現在日本で議論されている大学入試改革の目指す姿が、すでに海外の大学では標準的になっている。一発勝負の一点刻みの試験で合否を決めるようなことは少なく、小論文や面接が重視される。日本の大学付属校が、身内だけで実施している内部進学の仕組みが、海外ではどこの大学を受ける際にも通用するのである。要するに全部が内部進学のようなものだ。 逆に言えば、「立身出世」「勝ち組負け組」といった言葉に象徴されるように、日本の進学システムが過度に競争的で画一的で減点主義的であるがために、アンチテーゼとして内部進学制度が発達したのではないかと考えられる。 これは戦前からの傾向だ。大学への道があまりにも難関で、七年制高校という制度ができたくらいである。現在の大学教養学部と中高を接続し、中学受験さえすれば後は無試験で大学まで行けた。まさに付属校の考え方である。日本の教育 がどのようにして過度に競争的になっていったのかに関しては、拙著『名門校とは何か?』(朝日新聞出版)を参照されたい。

強大な受験競争圧力が学校教育のあり方をことごとく規定していく中で、あえて閉鎖性を高め、外圧がおよぶのを阻止し、独自の生態系を進化させたのが大学付属校だったのかもしれない。いわば受験競争の猛威を免れた「自然保護区」である。あるいは日本の教育におけるいい意味での「ガラパゴス」である。

『大学付属校という選択 早慶MARCH関関同立』

<関連書籍情報>
『大学付属校という選択 早慶MARCH関関同立』

おおたとしまさ著、日本経済新聞出版社刊 今大学付属校の人気が高まっている理由、早慶MARCH関関同立の付属中学校・高等学校全七七校の教育の実態、大学付属校で学ぶ利点と落とし穴を整理したうえで、迷走を続ける大学入試改革に大胆な提言をする。各大学の付属校の内部進学データはこの書籍でしか見られない保存版。


【編集部付記】
この2~3年の私立中学入試では「入試の多様化」が目立っていますが、大学付属校のなかにも、そうした新タイプ入試を導入するケースが出始めています。明治大学中野八王子は、2017年入試から2月5日午後に「B方式(4科総合型)入試」を新設。さらに2019年入試からは慶應義塾湘南藤沢中等部が、従来の「4科目入試」に加えて、「国・算・英」の3科目による「英語選択入試」を導入することを2016年9月に公表していることも、中学受験生にとって大きなニュースです。
おおたとしまさ氏の『大学付属校という選択』で取り上げられている大学ではありませんが、東洋大学京北は2017年入試から2月4に「『哲学教育』思考力・表現力入試」を新設。東京都市大学等々力、桜美林なども、やはり2017年から新しい形態の入試を新設しています。さらに日本大学豊山女子でも、2017年入試では2月5日と11日に、それぞれ「思考力型入試」を新設することを10月に公表しています。