(前編)英語以上のことを学べる県内唯一の英語科コース
教育ジャーナリスト おおたとしまさ
「未知との遭遇」の音楽をプログラミングで演奏する授業(筆者撮影)
オールイングリッシュで行うプログラミング授業
神奈川県逗子市にある聖和学院中学校・高等学校には、高校としては県内で唯一「英語科」のコースがある。英語科の生徒に関していえば、2020年3月の卒業生全員が英検2級以上を取得しており、しかも4人に1人は準1級である。
中1の英語の授業では、ネイティブ教員2人によるプログラミング授業が行われていた。「KOOV」というプログラミング教材とiPadを用いて、この日は音楽を演奏するプログラムづくりに挑戦するという。担当教員はショーン・マイケル・アンダーソンさんと、マクレナン・ブローウィンさんの2人。当然オールイングリッシュである。
「子どものころ、月に一度、夜に家族と映画を見に行くのが楽しみでした。カナダでは月に1回、週末に映画の日があるんです。いろいろな映画を見た思い出のなかで、よく覚えているのがこの映画です」とアンダーソンさん。電子黒板に映し出されたのは名画「未知との遭遇」のワンシーンだ。
「地球の科学者が、宇宙人と意思疎通をしようとします。でも英語で話すわけにもいかないし、宇宙人の言葉も知りません。そこで音楽を使ってみることにします。その様子をちょっと見てみましょう」。そう言って、あの有名な、宇宙人との交信シーンを上映した。「今日はこの音楽を演奏してもらいます」とのこと。
KOOVというプログラミング教材のキットには、音を発するスピーカーや、光を発するライトや、ブロックで制作した躯体を動かすモーターがある。それらをタブレット端末やコンピューターを使用して制御する。
まずは例の音楽に使われている6つの音の音階をネットで検索する。スタートボタンを押すことで、順番に6つの音が出力されるようにプログラムを組み立てていく。わからないところはアンダーソンさんやブローウィンさんに英語で聞く。友達同士で話すときには日本語も交じる。
「これからの時代、彼女たちがグローバルな企業で働くとしたら、組織上でのやりとりは英語でしなければいけないかもしれません。でも同僚に日本人がいたら、そこは日本語で話すのが自然でしょう。だから生徒同士の会話に日本語が交じるのはOKにしています」(アンダーソンさん)
「未知との遭遇」の音楽が完成した生徒は、プログラムの内容を入れ替えて好きな音楽を演奏してみる。ある生徒は「かえるのうた」を完成させていた。次回の授業でも音楽を演奏する練習をして、最終的にはブロックを用いて音や光が出るおもちゃを各自でつくる予定であるという。どんなアイディアが出てくるか、楽しみだ。
「英語によるプログラミングの授業は今年が2年目です。将来的には中1で基本的なスキルを学んで、中2でロボットのようなものを組み立てて意図通りに動かす訓練をして、中3で課題解決型のプログラミングができるようになカリキュラムを完成させたいと思っています。それにはもう少し時間が必要ですね」(アンダーソンさん)
実は中学入試にも「英語プログラミング」入試がある。採点基準は「プログラミングの指示を理解している」「タブレット端末を使用してKOOVアプリを操作することができる」「与えられた課題のロボットを作ることができる」「出題者の英語を理解し作業を進めることができる」である。
多くの生徒が在学中に留学するが……
1942年、太平洋戦争の最中に武藤功が湘南女学塾を創立。1943年に逗子楠葉学高等女学校が開校する。武藤はキリスト教信者であり、「温順・勤勉・愛」を校訓とした。戦後、聖和学院中学校・高等学校となる。1987年には県内唯一となる「英語科」を設置し、1988年には第1回のニュージーランド語学研修が実施されている。2005年にはコンピューターを利用した英語教育を始めている。
在学中に短中期の留学を経験する生徒も多い。しかしコロナ禍においてはそれもできない。そこで2020年度からは英語の授業に「バーチャル留学」を取り入れた。事前に決められたテーマについて下調べをし、自分の考えをまとめておき、オンラインでさまざまな国や地域のネイティブ・スピーカーとのフリートークを楽しむ。英語科の高1〜2の生徒たちに聞いた。
----バーチャル留学の感想は?
生徒A 中3のときに3カ月間、フィジーに短期留学しました。英語が大切なのは当然ですが、それ以上にその国の国民性や文化を理解することが留学の醍醐味だとわかりました。高校になったらもう一度海外に行きたいと思っていたのですが、コロナによってできなくなりました。ですからバーチャル留学の機会が貴重です。
生徒B 中1、中2、高1と、湘南国際村でのイングリッシュキャンプを経験しました。でも今年はそれができませんでした。だからバーチャル留学が貴重な時間です。学校内でもネイティブの先生とお話しすることはできますが、初対面の外国の先生と話すのはやっぱりちょっと違う緊張感があって楽しいです。
生徒C 高1のときに2週間カナダに行きました。英語力の向上が大きな目的であったことはもちろんなのですが、実際に行ってみると、日本との文化の違いに対する驚きの連続で、さらに海外に興味をもち、英語を学ぶ意欲が向上しました。今年も海外に行きたかったのですが、できないので、バーチャル留学はありがたいです。バーチャル留学では英語力以上に伝えようとする対話力が試されているような気がします。
生徒D 私は高校から聖和学院に入学し、これまでのバーチャル留学で、オーストラリア、カナダ、イギリス、アメリカなどいろいろな国の方と話すことができました。それぞれにアクセントも違うし、文化も違いました。短い時間でいろいろな国の方々とつながることができるのがリアルな留学にはないバーチャル留学のメリットだと思います。
生徒E この学校は留学するひとがとても多いので、私も高校生になったら絶対留学しようと決めていましたから、こんな状況になってとても残念だったんです。でもバーチャル留学を始めると聞いてすごく嬉しかったです。あるときなんて、時差のせいで向こうでは深夜2時ということがありました。なんだか申し訳ない気持ちがあったのですが、すごく楽しく話してくれて嬉しかったです。
生徒F 私は高校から聖和学院に入って、まだ外国にも行ったことがありません。外国に住んでいるひとと話すこと自体、バーチャル留学が初めての経験でした。実際に知らない国に留学するというのはとても勇気が要ることだと思いますが、バーチャル留学は、いずれ本当に留学するための勇気を後押ししてくれるしくみだと思います。
いつ話しかけてもちゃんと応えてくれるネイティブ教員
----現在の目標や将来の夢は?
生徒A 私は将来、海外の方たちを相手にするビジネスの経営者になりたいと思います。具体的には外資系企業の方々が商用で利用してくれるような飲食店をやりたいと思っています。この学校のネイティブの先生はとてもフレンドリーで、いつ話しかけてもちゃんと応えてくれます。おかげで、授業内での英語だけでなく、自分から話しに行く主体性が身についたと思います。
生徒B 具体的な職業のことはまだ何も考えられていないのですが、仕事を頑張って終えたあと、老後の楽しみとしていろんな国に行きたいと思っています。さきほどAさんも言っていましたが、この学校のネイティブの先生はとても気さくです。廊下ですれ違うだけのときでも、普通なら"Hello"と言い合うだけで終わってもいいのに、「最近どう?」みたいにこちらに興味をもって話しかけてくれます。だからこちらも英語で伝えたいという気持ちが強くなります。
生徒C 中学で3年間聖和学院にいて、高校では英語科にいますが、あまり他校と比べたことがなかったので、自分がどれだけ英語ができるのかを実感したことがあまりありませんでした。でも最近他校のひとと話す機会があって、この学校での当たり前は他校での当たり前ではないんだなと気づきました。だったら、将来は英語を使って、日本と外国を結ぶ架け橋のような役割を担えればいいなと思っています。
生徒D この学校なら私の夢を叶えられるんじゃないかと思って、聖和学院を選びました。将来は国連やJICA(国際協力機構)などの国際的な機関で働きたいと思っています。語学が好きなので、いまは英語と並行してスペイン語も学んでいます。卒業生がときどき学校にやってきて、「そういうことをしたいならこんな大学もあるよ」などとアドバイスをくれるのも嬉しいです。
生徒E 私は薬剤師になりたいと思っています。もともとは普通の製薬会社に入ることをイメージしていて、実は英語にはあまり興味がありませんでした。でもこの学校では、ネイティブの先生が私のまだ拙い英語を一生懸命聴き取ろうとしてくれて、楽しく話せるように気を配ってくれて、先生と話していると沈黙という時間がありません。それで英語に自信がついて、英語への興味がわいて、最近、英語を駆使する薬剤師になることを思いつきました。これからの時代では外国人の患者さんも増えると思います。外国人の方にとって、薬の説明を日本語で理解するのは難しいですよね。薬の誤用にもつながってしまって危険です。そこで英語で薬の説明ができて、安心して帰ってもらえたらいいなと思うんです。
生徒F 私は理系の大学に進みたいと思っています。私の叔父と叔母が理系の大学の研究員をやっていて、彼らから「論文は英語で書いたり読んだりしなくちゃいけないから、余計な時間がかかった」という話を聞いているので、いまのうちに将来理系の研究者として苦労しないだけの英語力を身につけたいなと思っています。
リアルな原体験なくしてバーチャルからの喜びは得られない
コロナ禍によって、オンラインですませられることが増えたのは事実である。大人の間では「Zoom飲み会」という言葉も一時期流行った。しかしそれは、ひととひととのリアルなコミュニケーションの実感を十分に知っている大人同士だからできること。オンラインのバーチャル空間に、リアルな居酒屋で盃を飲み交わすときの感覚を重ね合わせるからできることである。そもそもリアルな宴の席での楽しさを知らないひとには、Zoom飲み会の楽しさだってわかるはずがない。
オンライン英会話も同様だ。たとえ拙い英語であったとしてもお互いに伝え合い理解しようとする関わりのなかで生じるぬくもりの原体験がなければ、ネットを介してコミュニケーションをとる喜びも半減するであろう。リアルな原体験がないところで、いきなりiPadを持ってきて電源を入れ、画面の中に英語を話す見知らぬ外国人が出てきても、彼らと心を交わすことはおそらく難しい。それこそ「未知との遭遇」だ。
しかし、聖和学院の生徒たちは、バーチャル留学の効果として、英語力の向上よりも、異文化に暮らす人々との心と心のやりとりそのものを挙げていた。彼女たちのベースに、英語を使って相手に伝えよう理解しようと関わり合う原体験が豊富にある証拠だと思う。そして実際に、生徒たちの多くは、自分たちに対するネイティブ教員の姿勢そのものに感激と尊敬の念を抱いている。
アンダーソンさんとブローウィンさんが生徒たちに与えているものの価値は、英検でもTOEICでも測れない、何かそれ以上のものである。キリスト教の信者として、太平洋戦争中に聖和学院を興した武藤功の狙いも、そこにあったのではなかろうか。