湘南白百合学園中学・高等学校
湘南白百合学園中学・高等学校は、野鳥のさえずりが空に溶けていくような小高い丘の上にあります。校内のテラスからは江の島や湘南海岸を見下ろすことができ、晴れた日には富士山を望むこともできるという恵まれた環境の中で、生徒たちは都会の喧噪とは無縁の、豊かな思索の時間を過ごします。湘南白百合の生徒が主体的に探究活動に取り組み、知的好奇心を羽ばたかせることができるのは、こういった環境によるところが大きいのです。
(取材・文/スタディエクステンション代表・鈴木裕之)
このような気付きを得たのは、今年から広報部長に就任された水尾純子先生のお話を伺っていたときです。教頭でもある水尾先生は、学校のイベントをただ紹介するのではなく、そこに参加する生徒の様子や、そこから得られる学習の成果などを詳細に語ってくれます。ご自身も中高生時代から探究型の学びが大好きだったという水尾先生は、ハーバード大学や東京大学などに合格者を輩出する同校の実績を強調するよりも、生徒たちがどういう学びをして大学に進学していったかということについて目を輝かせてお話してくださいます。
例えば、東大の推薦入学に合格した生徒は、自分の好きなディズニーランドが東日本大震災で液状化を起こしたことに衝撃を受け、液状化のメカニズムを解明しようと、ホームセンターで砂などの材料一式を購入し、実験装置を自分で作り出したそうです。レポート作成のために実験を繰り返していましたが、どうしても仮説に合わない実験データを前にして何度も途方に暮れ、いっそのことデータを少し変えてしまいたいという気持ちもちらっと頭をかすめたそうです。しかし、ふだんの探究の授業で学んでいる研究倫理を思い返し、誘惑に負けることなく根気よく実験を繰り返したところ、徐々に当初の想定に近い法則性を見出すことができ、結果的に合格につながる提出書類になったということでした。
探究活動を支える非認知スキル
水尾先生は、このエピソードについて「『やりぬく力』という非認知スキル」と表現していました。こういった非認知スキルを育てているのが、自然豊かな環境と緩やかに流れる時間です。人間の力をはるかに越える自然の力を前にして、謙虚にそこから学ぼうする姿勢が、これまで科学を発展させてきたということは、誰もが理解するところだと思いますが、湘南白百合はそのような環境に恵まれています。
もちろんただ自然環境に任せているわけではありません。中学生段階で探究について体系的に学びます。中1では、一人一台ずつ渡されているChrome Bookで近隣の植物を写真に撮り、どのような観点で植物を分類したかについてプレゼンテーションします。また、学校近辺に生息する鵠沼ランという絶滅危惧種の観察も行い、自然を守る気持ちも育てます。
中2ではリサーチの方法にフォーカスします。歴史博物館で各自の好きなものをスケッチ、そこから分かることを推論します。湘南白百合オリジナルのワークシートで探究のプロセスを可視化しながら、一つのテーマに即した文系的なレポートの作成方法を学んでいくのです。
中3では、理系的なテーマや環境問題などに関する問いを自分で立てて、外部の研究者にアドバイスをもらいながら、探究テーマを深めていきます。生徒用にカスタマイズされた実験キットは200種類にも及ぶということですから、いかに本格的な実験環境を用意しているかがわかります。理系に強い同校の秘密はこういうところにあるのでしょう。
探究を進める上で、湘南白百合が特に重視しているのが、生徒自らが「問い」を立てることです。もやもやした疑問を、リサーチ可能な形の「問い」の形に変換するのが最も重要なポイントだと水尾先生は強調します。そのために、教師が生徒一人一人と対話をしながら、探究テーマを掘り下げられるようにサポートをしていくのです。
そうした研究の成果は、Googleスライドにまとめて発表するのですが、論文の要旨(Abstract)は英語でまとめるということです。将来大学に進んでからの研究論文を書く際の基礎がこのようにして出来上がるわけです。このようなこだわりが冒頭に紹介した、液状化を研究テーマとして選んだ生徒の成果などに繋がっていると言えるでしょう。
昨年からは、オンラインを活用した授業外の探究講座を開始しました。大学の研究者や、卒業生を招いて実施する講座が30種類ほどあり、学年の垣根を越えて在校生は無料で自由に参加できるそうです。
その講座に参加した研究者の一人として、水尾先生はハーバードの大学院に進学した卒業生の話にふれました。その生徒は現在ニュートリノの研究をしているそうですが、高校時代は物理を履修していなかったということです。帰国生でもなかった自分がどのように英語をマスターし、ハーバードでニュートリノの研究をするに至ったかという話は、講座に参加していた在校生に自分たちの可能性を感じさせてくれたはずです。このように、湘南白百合では、先輩の活躍が、後輩の可能性を拡げていくという好循環を作っているのです。
伝統的に議論に強い
探究に並んで、議論に強いのも同校の特長です。昨年度も即興型英語ディベート全国大会準優勝、世界交流大会ベストディベーター賞4位を獲得しました。「即興型」英語ディベートは、「準備型」とは違ってその場で考えていくのが特徴です。リサーチに時間をかけるよりも「論の組み立て」を重視し、日本語でも難しいような時事的な話題を英語で行います。
ディベートは、Yes/No どちらの立場であろうとも、説得力のある論を組み立てていくところに特徴があります。ディベートというと、ともすると相手をねじ伏せるような議論をイメージするかもしれまんが、むしろ相手の反論する権利を最大限に尊重する民主的な態度こそが求められる言論のゲームです。立場の違う人への傾聴力や、細部にとらわれない大局的視点、また、こだわりから自由なオープンマインドネスを持つことも、ディベートにおいて大切な要素となってきます。
模擬裁判も盛んで、高校生模擬裁判選手権などでは常勝チームの一つとしてその名を知られています。ホームぺージを見てみると、コロナ禍で学校での活動が思うように進められない中でも、オンラインで弁護士の指導を受けるなど、生徒たちが主体的に活動を進めていることがわかります。
水尾先生によれば生徒が自らやりたいと言ったことを教師が認めていくのが湘南白百合の特長だということです。ディベート同好会もそのような形で昨年設立されました。現在は校舎1階の「リリースペース」と呼ばれているスペースのリノベーションも生徒が主体的に進めていて、内装や空間デザインを生徒たちが手がけています。ジェンダー問題について他校の生徒と対話するイベントや、イエール大学のイベントなども生徒が自ら企画して進めているのだそうです。
帰国生入試における事前課題
湘南白百合の探究と議論に強い学びの伝統は、帰国生入試の実施スタイルにも表れています。A方式(英語+国算のいずれか選択)とB方式(国算2科)のどちらのタイプにおいても、事前の記述課題と口頭試問で選抜試験を実施します。事前課題においては、経験をもとに思考力を発揮する内容だったり、リサーチが必要なエッセイを書く内容だったり、どの科目も、プロジェクト型の学習スタイルで学んできた帰国生にとって、ふだんの学び方を発揮できる出題となっています。また提出まで5日間の時間が与えられていますから、じっくり取り組むことができます。
口頭試問は、受験生1人に対して先生2名で行われます。事前課題に関する質問に加えて、A方式では英語のリスニングやリーディングの力も試されることになります。選抜するということよりも学校に適応する子どもかどうかを見ているということで、理由をきちんと説明できる子どもかどうかがポイントになりそうです。オンラインで実施するということに対するサポートも充実していて、ヘルプデスクを設置するなど、海外の受験生に配慮した入試となっています。実際保護者からはこのスタイルの入試を歓迎する声が多かったということです。
オールイングリッシュの「Eクラス」
英語力の高い子は取り出しの少人数クラスでオールイングリッシュの授業を受けます。「E クラス」と呼ばれているこのクラスでは、帰国生に限らず英語資格試験などで入学してきた英語力の高い生徒たちが1クラスあたり7名ほどの少人数で学んでいます。
学年に2クラスあり、海外のテキストを使って全員がケンブリッジ英検を受験します。いわゆる日本型の英文法中心の授業とは違い、クリエイティブな思考を活性化する授業なので、生徒たちは休み時間も英語を使うほど楽しんでいるということです。
ちなみに英語資格入試(国語+算数+英検資格)では、英検準2級で70点、2級では90点が与えられるので、準2級以上を取得しているとかなり有利になると予想されます。Eクラスの基準は、だいたい英語資格入試で入学する生徒と同じくらいのレベルだというお話でしたので、入学時に英検準2級以上があれば、Eクラスに入れる可能性があります。
名門イートンとの連携プログラムや様々な国際交流
Eクラス以外でもオンライン英会話が必修となっており、自分のペースで様々な講師との英会話を楽しむ時間が与えられています。
さらに英語を強化する取り組みとして、今年からは「イートンX」 というプログラムが導入されました。イートンといえばイギリスの王室やエリートの子弟が通う名門パブリックスクールです。そんなイートンの教育の一端をオンラインで提供しようというのが「イートンX」ですが、湘南白百合ではこのイートンXに VR 留学を組み合わせたオリジナルのプログラムを作り上げたということです。コロナ禍で実際に海外に行くことは難しくても、自分のアバターを作り、ヴァーチャルで海外の学校の授業を受け、そこで生活しているような感覚を味わえるプログラムです。アフターコロナの時代においても手軽に海外留学を疑似体験できる学習として今後広がっていくでしょう。
他にも、湘南白百合では国際交流プログラムを盛んに行っています。昨年からのコロナ禍においても、日本の大学に通っている留学生を学校に招いてイベントを実施するという逆転の発想で国際交流を行いました。いずれのプログラムも一部の生徒だけではなく、全員が参加するイベントです。
また、学年によって国際交流のテーマも異なっていて、身近なところからグローバルイシューを論じる段階まで、ステップを踏んでいくような流れになっています。例えば中2では、アメリカ・カナダなど英語圏中心の留学生と生活の話題を中心に英会話を楽しむというコンセプトで交流。高1ではライフマップを作り、今までの人生で大変だったことや嬉しかったことなどを英語で説明。高2では、24ヵ国からの留学生と出身国の社会課題について討論し、SDGsと絡めて解決方法を考えるといった感じです。
一時は留学生が総勢100名くらい集まっていて、校内が国際的なイベント会場のようになっていたといいます。中にはシリアとかアフガニスタン、あるいは南米など、なかなか出会うことのない国の人たちの話を聞くこともでき、先進国とは異なる社会課題を認識する機会になったそうです。
医学部進学希望の多い湘南白百合において、特に医療事情についての開発途上国の状況を聞くことは貴重な経験となります。母国の医療状況が悪いために親族をなくし、それが医学を志すきっかけになったという留学生などは、日本での学びもそれだけ真剣で、日本で暮らしている自分たちがいかに恵まれているか、また医学を志すことの意義などを改めて考える機会にもなっているということです。
今年からは海外協定大学推薦制度(UPAA)に加盟し、海外進学が広がっていくことが予想されます。いよいよ湘南白百合がグローバル教育に大きく舵を切ったと感じられました。
取材を終えて
学校の学びの質を言葉に表現するのは非常に難しく一方で楽しい作業でもあります。湘南白百合のお話を伺い、一つ一つのエピソードや水尾先生のご説明を自分なりに消化するのにかなりの時間がかかってしまいましたが、私自身多くの気付きをいただきました。この取材を通して確信したことは、学校の教育の質は、建学者がどんな場所に学校を作ろうとしたかということに大きく関係しているということです。当然その建学の精神を守ってきた先生方の努力も見過ごすことはできませんが、この記事を読まれた方にはぜひ湘南白百合を実際に訪れていただければ、環境が生徒を育むということの意味が分かっていただけるのではないかと思います。