東京都中学校駅伝で私学が躍動。受験経験が長距離走に役立つ!?
2位駒場東邦、4位国学院大学久我山、12位芝、13位城北、18位早稲田実業、23位開成、28位日本大学第三、30位高輪、31位本郷、35位麻布、37位学習院、39位成城、41位成蹊、46位巣鴨、48位桐朋、50位攻玉社……。参加146校。
これ、何の成績だかわかりますか? 2016年度の東京都中学校駅伝競走大会(男子)です。男子は1区間3km×6区間(18km)で競います。この大会は全国・関東中学校駅伝競走東京都代表選考会(上位4校が出場権を獲得)を兼ねていて、2位の駒場東邦、4位の国学院大学久我山は関東大会に進出しました。
中学校のスポーツ大会で、これほど私学が活躍している競技はあまりありません。その理由を探るために、国学院大学久我山中学校陸上競技部で長距離チームを指導する中野眞未子先生(保健体育科)を訪ねました。(文:金子裕美)
長距離走は初心者でも始めやすい競技
冒頭の学校に、小学校時代、クラブチームなどで陸上競技(長距離走)に取り組んでいた子は少ないでしょう。国学院大学久我山にも「経験者はほとんどいない」と言います。
「しかも、長距離走を選ぶ子の理由は“なんとなく”が多いです。走ることなら自分にもできそう、と思うようです」
1年生の時から東京都駅伝競走大会に出場。2016年度の同大会では2年生ながらアンカー(6区)を任され、ごぼう抜きの快走(区間賞)で関東大会出場の立役者となった伊藤開くん(中3/2017年度キャプテン)も、入部の動機は「お父さんのススメ」でした。
それでも居心地がよかったり、気の合う先輩や仲間ができたり、走ることに興味が湧いたりすれば活動を続けていくことができるので、中野先生は縦割りのグループをつくり、先輩と一緒に走ることから始めています。
「学校の外周が850mなので、まずは約4周、3kmあまりを休まずに走ることを目標にしています。目安は15〜30分。上級生にはスローペースですが、1年生は走り終えた時に『先輩についていけた』『自分にもできる』という気持ちになります。グループで走るので一緒に走った上級生とも自然と会話が生まれます。長距離走に本気で取り組むためには足をつくることも大切なので、1年生には5月末頃までこの練習を中心に取り組ませています」
走り出したら誰も助けてくれない。だから自立を促す。
その3km走で中野先生の目に留まったのが伊藤くんでした。陸上競技では、公式戦で標準記録を切ると上位の大会の出場権を得られます。
「十分に狙える力をもっていると思い、6月の東京都中学校地域別陸上競技大会(1500m走)にエントリーしましたが、本人は自信がもてない様子でした」
そこで中野先生はこんな声かけをしました。「練習では1000mを3分20秒で走ってきたから、同じように走れれば大丈夫だよ」と。
「それがはまったんですよね。頭の回転が速い子なので、具体的な数字をあげると、5分(中1の1500m標準記録)を切るには1000mをこのくらいのタイムで走ればいいのか、だったらいけるかも、と自分の中でイメージができて、本番では想像以上の走りをしてくれました」
「走っている時に頼れるのは自分の息づかいと足音だけ」と中野先生。
「走り出したら誰にも助けてくれないので、自分でがんばる、なんとかするという気持ちを育てることに力を入れています」
うまくいかない時に、中学生は本心を知ってもらいたい気持ち半分、知られたくない気持ち半分。
「だから声かけには気を使います。一人ひとりに目をくばり、適切なタイミングで、適切な言葉がけをして、スイッチを入れることを心がけています」
スイッチの場所は一人ひとり違うので、練習日誌を通じて理解を深めています。
「『走り出した時に、自分でコンディションがわかるようになるとおもしろくなるよ』とよく話すのですが、走ることにやりがいを感じて、自分から進んで走れるようになった子は伸びていきます」
体をつくりながら、走れる距離を延ばしていく。
駅伝競争大会は秋から冬にかけて行われます。
「新入生の中には駅伝に興味のない子もいますが、時間があるので、ゆっくり興味を広げています」
春から秋の間は個別にメニューを作り、その日に同じ練習を行う部員とともに、それぞれが自分のメニューをこなします。
「グラウンドには複数のグループができることが多く、週のはじめに練習の流れを説明すると、3年生を中心にグループのリーダーを決めて練習がスタートします」
日々の練習の成果を確認できる場が、春から秋にかけて行われるさまざまな大会です。長距離走の部員は1500m走、3000m走に出場します。
6月頃から、1年生の走る距離も長くなります。
「活動日は週4日。そのうちの2日は井の頭公園に行きます。学校から公園までの約2.8kmをウォーミングアップがわりに走り、公園の中にある400mトラックで4000〜6000m走ります」
さらに1日、和田堀公園などのオールウェザーのトラックでも走ります。
「本格的なトラックで走る日を作ることにより、子どもたちはどこに合わせてコンディションを調整すればいいかがわかってきます。目標を達成したいという気持ちが高まると、活動のない日に自主練をする子が出てきます」
走ることと並行して、ミニハードルを使ったドリルやサーキットトレーニングも織り交ぜて、走れる体をつくっていきます。
「ミニハードルがあると足を上げることを意識しますよね。3種類のドリルを組み合わせて行うことにより、子どもたちは自分の動きに幅が出ていることに気づきます」
自分の走りが変わっていることを実感できるとトレーニングも楽しくなります。
「サーキットトレーニングは同じ場所でやっていると飽きるので、複数のトレーニングをジョギングでつないで行います。筋トレを1種目クリアしたら50m走る、という具合です」
通常は30回やったら次に進む、というノルマ達成型ですが、中野先生は時々ルールを変えて生徒のやる気を引き出します。
「たとえば、トレーニングの種目ごとに得意な子をリーダーに選び、そのリーダーがノルマを達成したら、他の子は達成してなくてもそのトレーニングを終えて次に進むというルールで取り組ませます。リーダーにつられて走ることになるので疲労感はありますが、みんなと一緒にトレーニングが進んでいくので、やり終えた時に達成感を味わえます」
きつい練習もみんなで取り組むことにより、苦手な子も引っ張られて、やり遂げることができます。こうした経験が、総力戦で戦う駅伝競走に生きていきます。
人のために走る尊さを学べる「駅伝競争」
「駅伝を一番の目標に掲げているのは、人のために走る尊さを教えたいという思いが強いからです」
エントリーは選手6名と補欠3名です。実力勝負なので、3年生がサポートメンバーにまわることも珍しくありません。
「その時点で陸上から離れる子がいてもおかしくないと思いますが、選手はきつい練習に取り組んでいます。その姿を観てきているので応援しようという気持ちが生まれるのだと思います」
中野先生も他校の分析を行い、戦略・戦術を考えて、駅伝競争に全員で取り組むことの意味を説きます。
「良いレースをするには、走る順番がとても大切です。スタートで出遅れると、2区以降のランナーが不安になりますから、1区には力のあるランナーを置きたいですよね。ただ、速い順がいいかというと、そうでもありません。後半の4区、5区、6区は、(誰が走るにしても)プランどおりに来てくれるかな、という精神的な負担を抱えながら待つことになるので、走る順番には知恵を絞ります」
サポートメンバーは、そうした選手の不安を受け止めて、支えて、送り出す重要な役割を担っています。選手はサポートメンバーの思いを力に変えて走る、それが駅伝競争の醍醐味です。
「2016年度は3年生8人のうち、選手が4人、サポートが4人でした。サポートの4人が辞めずに支えてくれたおかげで、関東大会出場という大きな目標を達成できたので、卒業式ではサポートを務めた3年生をほめました」
日々走り続けることが自信につながる
2017年度も駅伝シーズンが幕を開けました。11月19日(日)に行われた東京都中学校駅伝競走大会(男子)は、下記のような成績でした。
5位芝、9位国学院大学久我山、15位学習院、26位麻布、27位攻玉社、28位城北、30位東京農業大学第一、36位駒場東邦、38位早稲田実業、43位成城、44位中央大学附属、45位本郷、46位海城……。参加144校。
今年度も多くの私学が上位に入りました。国学院大学久我山は、2年連続の関東大会出場はなりませんでしたが、1区に伊藤くん、2区に次期エースの小林亮太くん(中2)を起用して、一時は2位につける快走を見せました。
自己流で走っていた子どもたちが、目標をもつことにより、フォームを整え、体力をつけて、颯爽と走れる力をつけていく、その過程は受験生が勉強と向き合う姿と重なります。つらいなと感じても、目標を達成するにはやるしかありません。自分をコントロールしながら、日々、勉強(練習)を積み重ねていく先には、喜びや達成感が待っています。そのことを、身をもって体験している私学の子どもたちにとって、長距離走はやりがいを実感しやすい競技と言えるかもしれません。
「この春、卒業した学年は、2人が高校で陸上競技を続けています。高校の陸上競技部は強化クラブなので、高みをめざして挑戦する生徒が増えることはとても嬉しいことですが、陸上競技ではなくても、その子にぴったりの部活動を選んでくれた時は同じように嬉しい気持ちになります。それは3年間の活動を通して自分と向き合い、自分をよく理解するとともに、自分でがんばるという心構えができた証だからです」
この春、ワンダーフォーゲル部に入った生徒(高1)もその一人でした。
「駅伝は走っていませんが、こつこつと頑張ることができる生徒。入部の動機を尋ねると『友だちに誘われた』と言うので、『一生の友だちだね』と言いました」
多感な中学生に伴走し、高校へつないでくれる指導者がいることも、東京の私学が長距離走で活躍する理由の一つ。しっかりとした活動をなくして上位争いはできない駅伝を入口に、学校を見てみるのもおもしろいかもしれません。