(前編)新学習指導要領のさらに先を行く斬新なグローバル教育が始動
教育ジャーナリスト おおたとしまさ
図書館での中2の社会の授業。調べたことはタブレット端末にまとめる(筆者撮影)
知識に関してはオンラインで凝縮伝達できる
図書館では、中2の社会の授業が行われていた。「もし○○が○○だったら」という形で奇想天外な歴史の「if」を設定し、そこからどんなことが生じるかを考えるという課題の最中だった。もちろんただの妄想ではダメだ。さまざまな資料にあたり、歴史上の実際の因果関係をもとにした「アナザー・ストーリー」を組み立てるのだ。
たとえばある生徒は「世界三大宗教の聖地の場所が別々だったら」という問いを立て、「十字軍遠征がなくなる。そうなると、十字軍のもたらす富によって生まれた裕福な市民も誕生しなかっただろうから、ルネッサンスも起こらなかったし、宗教改革も起こらなかったのではないか」という仮説を立てた。
またある生徒は、「鉄砲が伝来していなかったら」という問いを立て、「鉄砲と同時にネジをつくる技術が日本に伝わった。鉄砲が伝来しなければ技術発展が遅れただろうし、戦争の戦術も違ったはず」という仮説を立てた。それに対して担当教員の田中潤さんは、「軍隊の組織も変わっていたはずだよね」と付け加えた。
「資料の本は一字一句読む必要はありません。資料としては、パラパラ読みして必要なところを読めばいい。でも1つの資料にあたるとそこには参考文献も載っていて、さらにどんな資料をあたればいいかが見えてくるはずです」と田中さんがアドバイスする。私が学校や教育について資料にあたるときと同じだ。
中3の社会の授業では、「年金制度を持続可能にするためにどうすればいいかを批評家として語る」という課題に、4〜5人ずつのグループで取り組んでいた。「1時間をかけて準備をして、次の授業でチームごとに発表します」と担当教員の日野田昌士さん。1年間を通して基本的にこの形式で授業を進めるのだという。それで教科書の内容は網羅できるのか。
「コロナによる休校期間中にオンライン授業をやりました。知識に関することを伝えるだけなら、これまで50分間の授業でやっていたことを15分に短縮できることがわかりました。いまはご覧のように教室で授業を行っていますが、引き続き知識的なことに関しては事前に自宅で動画を見ておいてもらって、実際の授業は知識を活用する時間に使うことにしました」(日野田さん)
いわゆる「反転授業」である。必要な知識は事前に押さえておいて、実際の授業ではそれを活用することに時間を使うのだ。海外の大学で、「次の授業までにこの本とこの本とこの本を読んでおくように」という課題が出されて、次の授業ではそれらの本の知識を前提にディスカッションが行われるのと似ている。
中1の数学では、統計に関する授業が行われていた。担当の児浦良裕さんは冒頭、単元の目的として「図書館の利用者データを分析してさらに利用者を増やす方法を考えたり、サッカーワールドカップのデータを分析してサッカーチームを強化する方法を提案できるようになってもらいます」と述べた。
「この単元で学ぶ統計の知識と技能があれば、さまざまなことを分析し提案できるようになります。統計検定4級も取れるようになりますので、ぜひ挑戦してみてほしいと思います。テストでは『データから何が言えるか?』を問う問題を出します。数を言葉に置き直すことは数学をやるうえでとても大事なことです」(児浦さん)
しかしいきなり図書館の利用者データやサッカーチームの試合データをいじるわけではなく、まずはシンプルなデータの読み解き方から学んでいく。
使うデータは、奈良県で行われているという「鹿せんべい飛ばし大会」の優勝者の記録の度数分布表である。年代ごとのデータを見比べて、どんな変化があったといえるのかをディスカッションする。生徒たちは自由に発言し、児浦さんがそれを一つずつ丁寧に拾ってインタラクティブに授業を進行する。
4〜5回の授業でこの単元を終え、冒頭に述べられていた授業の目的を達成できるようにするとのこと。
コロナ禍でICT化とPBL化が一気に加速
上記の3つの授業には共通点がある。カナダで開発された「ICEモデル」と呼ばれる学習・評価方法に準じて設計されているのだ。いわゆるアクティブ・ラーニング形式の授業を組み立てるための理論の一つである。
「ICEモデル」では、学習のプロセスを「Idea(基礎的な知識の定着)」「Connections(知識と知識をつないで活用)」「Extensions(価値づくり課題の解決)」の3段階に分けて考える。はじめに「E」にあたる「どうなるのか?何をするのか?」を提示して、そのために必要な「I」を学び、「C」を経験し、「E」に到達するように授業をストーリー化する。
聖学院では基本的に全教科の授業をPBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)型にしている。その基本的な考え方としてICEモデルを採用した。ICEモデルをベースにした教員たちの共通認識が、コロナによる休校期間中にも役立った。いやむしろ、コロナ禍によって、ICEモデルとICT(情報通信技術を利用する)教育の融合が早まり、当初の狙い通りの学びのサイクルが一気に体系化できた。
「I」の段階については、オンラインでの動画配信、ライブ授業配信、課題配信を組み合わせて対応することにした。実際に、できた。学校として配信した自作動画の数はなんと1200本。「C」に関してはやはり教室でのほうがやりやすい。教室に集まっての授業はここに時間を割くことにした。「E」の領域に関しては、対面もしくはオンラインを活用した授業・課外活動と、多種多様なプロジェクト型の宿泊行事とが担う。
ICEモデルに当てはめて考えることで、オンラインなのかリアルなのかの二元論に陥ることなく、両方の利点を組み合わせた「学びのサイクル」が完成した。行事の位置づけも明確にできた。さらにそれらを教員間の共通認識にすることもできた。この聖学院独自の学びのサイクルを回転させてカリキュラム・マネジメントしていくことで、聖学院の教育がどんどんユニークに発展していくはずだ。すでに新学習指導要領の二歩も三歩も先を行っている。
「実はもっと時間がかかると思っていたんです。聖学院のICT化とPBL化を進めるフラッグシップ的なクラスとして、高校にGIC(グローバルイノベーションクラス)という少人数クラスを、2021年春から新設する予定です。そこで蓄積した知見を徐々に中学や高校のほかのクラスに広げていく予定でしたが、1年前倒しで、ICT化とPBL化は全校でほぼ実現できてしまったというのが正直なところです。コロナ禍による怪我の功名ですね」と児浦さんは苦笑いする。
日本の高校教育のフラッグシップが船出
もちろんGICは予定通りオープンする。定員30人のクラスだが、いわゆる特進クラスのようなものとはまったく違い、世界に対して「ものづくり」「ことづくり」を通して貢献できるグローバルイノベーターを育成する狙いがある。「怪我の功名」で足場がしっかり固まり、スタートダッシュが可能になっただけでなく、その後の加速にも期待ができる。
時間割のイメージを見れば、特徴が一目瞭然だ。通常の教科のほかに「Immersion(イマージョン)」が週3時間、「STEAM(スティーム)」が週6時間、「PROJECT(プロジェクト)」が週2〜4時間、「リベラルアーツ」が週2時間設けられる予定。
Immersionでは、SDGsを英語で学ぶ。SGDsとは2015年9月の国連サミットで採択された「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称。17の大きな目標とそれを達成するための169のターゲットが設定されている。これらを題材に、英語を使って国際人としての視点、思考、表現力を養う。
STEAMは「科学」「技術」「工学」「芸術」「数学」の頭文字を合わせた教育概念。もともとはSTEMといって理数系の総合教育を意味していたが、そこに芸術的観点を加えることで、より創造的に科学技術の発展に資する人材を育成する考え方を意味するようになった。聖学院では「デザイン」「サイエンス」「テクノロジー」の3領域の融合科目として開発している。
PROJECTは、ゼミ形式の授業。国際系、社会系、環境系など自分でテーマを選び、自ら課題を設定し、その課題解決に向けて学内外のリソースを自由に活用する。研究成果を発表するだけでなく、高2では実際に国内外でそれを実践し、探究論文としてまとめあげる。
リベラルアーツの授業では、新聞やニュース記事を題材にして、ロジカルシンキングやクリティカルシンキングの作法を学ぶ。
中学からの内進生がGICに進むには、中学生活の活動レポートの提出と英検準2級以上またはそれに相当する英語力を証明する学内テストの受験が必須。また、聖学院では、2020年から17年ぶりに高校募集を再開しており、2021年からはGICのみの募集となる。
尖っているがそれでいて骨太な教育だ。巷で議論される「これからの教育のあるべき姿」を実直に具現しているし、大学入試から逆算されたカリキュラムに対する強烈なカウンターでもある。聖学院のフラッグシップクラスに留まらず、日本の普通科高校のフラッグシップモデルとしての存在感をGICに期待したい。
●学校ホームページ→https://www.seig-boys.org