学校特集
獨協埼玉中学高等学校2023
掲載日:2023年9月16日(土)
「自ら考え、判断し、行動することのできる若者を育てる」を教育理念とする同校は、今からちょうど22年前に中学を開校。当時、開校準備に携わっていた校長の尾花信行先生は、中学生を迎えるにあたって「大地に深く根を張った、幹の太い子どもたち」の姿を思い描いたそうです。大学進学後に続く長い道のりで、生徒が「自分を生きる」ことができるようにと願い、そのための教育を展開する同校。今回は中学で展開される「知的土台」を築く実体験重視の教育とその意義について、尾花校長と入試広報担当の酒井直樹先生にお話を伺いました。
教科学習とともに、多様な実体験で人間力の基盤を作る
今から140年前。ドイツをはじめとした、ヨーロッパの文明文化を学ぶことを目的に獨逸学協会学校が設置されました。それが同校の源です。獨逸学協会学校の初代校長を務めたのは哲学者の西周(にし あまね)ですが、この「哲学」という言葉は西周が作ったものとされています。
中高6年間で「大地に深く根を張った、幹の太い子どもたち」に育て上げ、「自ら考え、判断できる若者」の戸口に立たせることは、同校の変わらぬ教育目標です。
尾花校長:「大木になるには時間もかかりますし、時には回り道もあるかもしれません。でも、自主性を尊重しながら生徒の持つ可能性を引き出し、一人ひとりが本当に自分に合った道を選び取っていく力を育てるためには必要なことだと思っています。我々教員は、いろいろな知識を入れて生徒を大人にしなければなりませんが、中学で知的土台をしっかりと作ることができれば、高校生になって主体性を持った時にどんどん伸びていきます」
成績によるクラス分けを行わず、一つの価値観だけに偏ることのない全教科履修主義を貫く同校。「学びは人間形成に資するもの」と、基礎学力の充実を図ると同時に、実体験を軸とした幅広い教養を身につけさせる全人教育を展開しています。
いつ、どこで目覚めるかは一人ひとり違います。ある時点での相対的な成績は価値基準の一つに過ぎません。だからこそ、成績でランク付けをすることはせず、さまざまな個性が共鳴しあう環境づくりを大切にしているのです。
校長が語る「知的土台」とは教科学習だけではなく、総合学習をはじめとするさまざまな実体験をも指します。例えば、総合学習としては中1の稲作体験、中2のキャリア教育、中3の福祉体験などです。
今春も、田植えを行い、秋には無事に収穫もすませました。
この稲作体験では田植え後も継続的に稲を観察し、農業や自然、食料自給率などを学びます。さらに収穫後には試食をし、わら縄でお正月飾りを作るなど、理科・社会科・家庭科という重層的かつ教科横断型の学びを行っています。
また、生徒たちは「お米は買うものではなく作るもの」であることを実感し、「田植えをした後、水をずっと張っているのではなく、途中で水をすべて抜いてカラカラにすると病害虫がいなくなる」といった農家の方のお話に、米作りの大変さを知るのです。
酒井先生:「当初は、稲刈りの際、生徒に鎌を持たせることを懸念する声もありました。でも、結果を見て『ああ、そうなんだ』で終わってしまうのではなく、肌で感じることが大切だと思っています。ですから、鎌の使い方もしっかりと教え、収穫する喜びを知ってほしいのです。農家の方の米作りの苦労を理解しはじめると、お母さんが作ってくれたお弁当を平気で残していた生徒が、お米の一粒も残さなくなりますね(笑)」
中3の福祉体験では講義をはじめ、障害者スポーツを体験したりボランティア活動を行いますが、それに留まらず、車椅子や白杖体験、また器具を装着して視野が狭く、体が思うように動かない老人体験なども実施します。
酒井先生:「車椅子の方に講演をしていただいたことがあるのですが、その方はスポーツカーを運転して来校されました。このように、固定観念を打ち破るような姿を実際に目にすることも、生徒たちにとっては意義深いことです」
今後の社会では農業や環境問題、福祉問題もますます重要になりますが、このように、同校では社会に直接触れ、社会と繋がる機会を数多く設けて、中学生のうちから「体験して実感させる」ことを大切にしています。
そして、これら一つひとつは、まさに「自ら考え、判断し、行動することのできる若者を育てる」という教育理念を実現するための通り道なのです。
尾花校長:「中学の3年間では体験を通して、いろいろなものに興味を持ってほしいのです。また、小さな失敗をしながら物事への耐性をつけさせたい。そうして知的土台を作れば、高校で大学受験のために大量の知識導入を行っても、主体的に自分の将来像を描き、自ら進んでいくようになりますから」
「語学の獨協」ならではの英語教育
「知的土台」を築くためには「知識」と「体験」の両翼が必要です。学校行事やクラブ活動、研修などの諸活動を大切にする同校ですが、「体験」を代表するのが総合学習とするなら、もう一方の「知識」を代表する教科学習について、今回は英語を例にご紹介していきましょう。
その成り立ちからも「語学の獨協」として語学教育に定評のある同校ですが、ネイティブの先生も多数在籍し、少人数制で「読む」「書く」「聞く」「話す」の4技能を高めるきめ細かな授業が展開されています。
また、生徒が英語に親しめるよう、「英単語カルタ大会」や「イングリッシュキャンプ(中2/国内)」「グローバルスタディーズプログラム(高1)」など、英語を使ったイベントも折々に実施。
さらに、長期休暇中にはネイティブの先生による「EAP(English for Academic Purposed/上級者向け英語講座/中2以上)」も開講。これはネイティブの先生と生徒、生徒同士が議論し発表し合う講座ですが、中高の学年の枠を外し、英語をツールに経済学や環境学などを学んでいます。
ちなみに、高校ではドイツ語を第2外国語として履修することもできます。
中学の英語授業では、「5ラウンドシステム」を導入。これは、英米で発行されている教科書を使い、ネイティブの先生と日本人の先生が連携しながら、英語圏の人々の考え方や表現法、英語の文法構造までを徹底的に、そして丁寧に学ぶ、英語力全般を獲得するためのプログラムです。
教科書で学んだ英語を生徒が自分で使いこなすことができるようになることを目的に、ラウンド5では「リテリング(教科書の内容を自分なりに英語で説明する)」を行います。
尾花校長:「実際に使える英語を楽しみながら身につけるため、ラウンド1〜4では教科書を何度も繰り返してインプットを積み重ね、それらをもとに5ラウンドでアウトプットする学習法です」
・ラウンド1...音声の認識(教科書の音声を聞き、絵を見ながら内容を理解する)
・ラウンド2...文字と音の一致(内容を理解したうえで、音と文字を一致させる)
・ラウンド3...音読による音声の再現(さまざまな方法で音読を行い、文字を音声化できるようにする)
・ラウンド4...文構造を意識した音声の再現(穴あき音読などを通して、フレーズや言語形式を意識する)
・ラウンド5...リテリングの実現(教科書のストーリーを学んだ表現や自分の言葉で伝える)
尾花校長:「本校は、何よりも生徒に多様な機会を与えたいと考えています。ですから英語学習についても、英語を道具の一つにできれば世界がさまざまに広がっていくんだと、そう実感できる展開になるよう意識しています」
高1で「グローバルスタディーズプログラム」がスタートしました。このプログラムは希望者対象で行う学校が多いのですが、300名以上の高1生全員が受講するのは、実体験を重視する同校ならでは。
公平な社会を実現するためにはどうすればいいのか。それを考え、意見を交し合うなかで多様性を体感するこのプログラムは、主体性や潜在能力を引き出すことを目的としています。
夏休み前の5日間、朝から夕方まで英語漬けの集中講座では、5〜6人のグループに分かれて「Don't be shy」を合言葉に、日本の大学への留学生とディスカッションやプロジェクトワークを行いました。
尾花校長:「さまざまな国からさまざまな考えを持った人たちが集まってくるので、その中に身を置き、直接触れ合うというのは非常に大きいですね。とくに、今はコロナ禍で海外研修や留学などが制限されていますので、生徒のモチベーションを途切れさせないようと導入しました。これも、挑戦するきっかけ作りのための種蒔きの一つです」
最初は、英語でコミュニケーションがとれるのだろうかと心配する生徒もいたそうですが、プログラムが進むにつれて英語が聞きとれるようになり、自分が伝えたいことが少しずつ英語で言えるようになってきて、プログラム終了時には「もう終わっちゃうのか......」と名残惜しそうな生徒も少なくなかったそうです。
酒井先生:「正しい英語を話すことよりも、面と向かって話し合うことで、相手の会話する時の表情だったり声のトーンなどに触れられる。それこそ『肌で感じる』機会は、すべてにわたって大事にしたいと思っています」
「本当に望む道を見つけてほしい」。それが、進路指導の根幹
全教科履修主義を貫く同校ですが、高2で志望の文理選択を行い、高3で高校からの入学生とクラスを混合して「文系Ⅰ」「文系Ⅱ」「理系Ⅰ」「理系Ⅱ」「獨協」の5コースに分かれます。
尾花校長:「じつは、今春の大学入試はコロナ禍の影響で厳しくなるだろうと思ったのですが、むしろ例年以上の頑張りを見せてくれました。培ってきた知的土台があるからこそ、高3生たちは自覚を持ち、主体性を持って自ら勉強したのだと思います。それが嬉しかったですね」
これも、中学で実体験を積んで知的土台を築く同校だからこその成果です。
高校では上位大学合格へと誘導するのではなく、生徒に自分の将来をしっかり考えさせ、そのために目標とする大学に進学できるようサポートする。その教育姿勢が、逆に難関大学合格実績の数字となって表れてくることは当然の結果といえるのかもしれません。
難関国公立をはじめ、早慶上理、GMARCHなどへの合格者を輩出する同校ですが、ここで重要なのは、生徒一人ひとりとの対話を重視した進路指導を行っていること。対話の焦点は「どの大学に行きたいか」ではなく、「どのような道に進みたいのか」という将来設計に及び、それに基づいて生徒と一緒に考え、背中を押していきます。
尾花校長:「教員は、与えはじめるとどんどん与えたくなるものですが、それを少し我慢して、後ろから見守ることが大切だと思っています」
その「生徒自らに進路を真剣に考えさせる」典型例として、校長はある卒業生の話を聞かせてくれました。
尾花校長:「以前、難関大学に合格できる力を持った生徒が、調理の専門学校に進学したいと言ってきたことがありました。自分が本当に目指す道を見つけたのです。その後、彼は一流ホテルのシェフになり、海外大使館の専属シェフにもなりました。見事に夢を実現させたのです。私たちの願いは、本当に進みたい道を見つけてほしい、ということに尽きます。そして、生徒たちにはどの道を選ぼうとも、自分なりの『何か』を自信を持って言えるようになってほしいと思っています」
好奇心や意欲を発揚するために、そして目標を見つけさせるために「刺激の種」を随所に散りばめている同校。「自分の人生を楽しめる人になってほしいのです。グローバル化、持続可能性、多様性と、さまざまに言われますが、自分で考え、判断し、行動することができれば、それらは実現できるはずです」と校長は語りますが、ある卒業生が言っていました。「在校中のさまざまな体験を通して身につけた主体性をこれからも持ち続け、初心を忘れず、人のためになる仕事をしていきたい」と。
同校で培われたマインドとスキルは、生徒たちにとって生涯にわたる指針になることは間違いないでしょう。
同校から獨協大学に進学する生徒は全体の約2割ですが、高大連携も強固です。2例のみですが、以下にご紹介しましょう。
「獨協コース」では、獨協大学進学を前提にした本格的な高大連携の下、主に次の3つのプログラムを実践しています。
❶対話中心の授業...討論に代表される各種の参加型授業
❷卒業論文の作成...人間の営み全般に正面から向き合い、問いを立て、妥協なき調査と考察により答えを出す。高大の先生がチェック
❸多くの読書...年間30冊の課題図書を読み、レポートを作成。同校の司書の先生の全面的サポートに加え、獨協大学図書館の年間利用が可能。高大の先生がチェック
このような教養教育を推進するなか、特筆すべきは全員が学園祭で劇を演じること。演技することは論文を書くのと同様、どう表現するのかを体で理解することに繋がることから毎年行われています。
2021年度より獨協医科大学への「系列校推薦枠制度」がスタートしました。推薦人数は、東京の獨協高と合わせて約10名。進学するためには校内成績、英語と数学の筆記試験、小論文、面接が課せられますが、「医師への道」を目指す生徒にとっては、部活動をはじめ「勉強以外」のことも継続しながら挑戦できる嬉しい制度です。継続校ならではの魅力が、また一つ増えました。
酒井先生:「これは、『獨協ブランド』をさらに強化するための施策の一つでもあります。ちなみに、コロナ禍に見舞われて以降、医療系や看護系の志望者が増加傾に向にあるのですが、社会貢献への志を芽吹かせている生徒たちを頼もしく思っています」
「獨協コース」のようなコース編成を取るわけではありませんが、オープンキャンパスはもちろんのこと、医師から話を聞き、手術を見学し、実習体験をするなど、中高生のうちから医療現場を「肌で感じる」機会を設ける予定です。
同校が用意するたくさんの選択肢の中に、さらに医師や看護師への道も用意されました。ぜひ、ご注目ください。
コロナ感染拡大防止のために一斉休校になった際、同校が新入生のために配信した動画は出色でした。
それは、先生がスクールバスの降り場から生徒昇降口に入り、廊下から教室へ行った後、校内各所を案内する流れで、実際に先生と一緒に歩いている感覚になることができるもの。入学式の翌日から休校になった新入生たちにとって、登校から下校まで、とてもリアルに学校生活を疑似体験できるものでした。
酒井先生:「入学式以来、新入生たちは学校に来ることができませんでしたので、学校を知ってほしいと思ったのと、『繋がっている』感覚を大事にしたかったので、あのような動画を作成しました。保護者の方々からも好評でしたね」
この手作り感あふれる動画のように、丁寧な心配りの一つひとつは同校の教育姿勢そのものです。