学校特集
十文字中学・高等学校2023
掲載日:2023年9月1日(金)
1922(大正11)年に開校した十文字。建学の精神は「たちてかひある人と生きなむ」。すなわち、世の中で役に立つ人として生きていけるようになることを目指しています。そのためには「自彊不息(じきょうやまず)」の精神で、自分を高め続けていくことを大切にしています。その長い歴史の中では、先進的な学びをいち早く導入。1978(昭和53)年には中学校で英・数の少人数制授業を開始。1979(昭和54)年にはアメリカへの海外語学研修プログラムを始めています。
2022(令和4)年度からは、独自の数学個別最適化学習「J-PALM(ジェーパル)」を開始しました。自ら学ぶことで身につく自己調整学習力の大切さについて、数学科副主任・星川潤先生と数学科教諭・打江絢乃先生に伺います。
生徒自らが学習プランを考えることで自己調整学習力を育む
十文字が独自に開発した数学個別最適化学習「J-PALM(ジェーパル)」は、2022年度から、中学1・2年生と高校の自己発信コースで導入されています。導入のきっかけについて、数学科副主任の星川潤先生と数学科教諭・打江絢乃先生は次のように語ります。
「数学はその特性上、得意な生徒と苦手な生徒の間で学力の開きが大きくなってしまいます。生徒それぞれの学力に合った学習環境を整えたい。その思いから、個別最適化学習の導入を始めました」(星川先生)
その前進となる取り組みが、2020年度にありました。十文字では、2年間の学習内容を高校生に向けて提示。将来に向けてどんな学習プランを練るべきか、自分たちで考えるよう促したそう。
「具体的には、教科書のどの部分までの勉強をいつまでに終えるかといった学習プランをそれぞれで考えていきました」(打江先生)
生徒たちが自分で学習プランを練った頃、コロナ禍と重なり学校は登校自粛に。いままでの学習を続けることが難しくなりましたが、生徒たちは学習プランを元にどんどん勉強していったと言います。
「これまでは、『今日は何を教えてくれるんですか』という受け身のマインドが生徒にあったように思います。それが自ら必要な学習を見出し学び続ける姿に変わりました。結果として、生徒たちの学力が底上げされ、本人たちが希望する大学へ合格することができました」(星川先生)
その成果の一つが、2022年度の早稲田大学合格数に現れています。英語科や社会科の教員らと共に、早稲田大学対策講座を実施した同年。これまでの合格者数の倍以上となる14名もの生徒が早稲田大学へ合格しました。
「数学個別最適化学習は、学習プランを生徒自らが考えて行動していきます。中学1年生のうちは、失敗することもたくさんあるでしょう。しかし失敗して、ベストな学習スタイルを自分で見出していくのが大切なんです。そうすれば中2、中3と進級するうちに、さらに自分で考える力を身につけ、社会でも通用する自己調整学習力を育んでいくことでしょう」(星川先生)
十文字独自の数学個別最適化学習は、「自ら」学ぶことができる人を育む大切な役目を担っています。
数学個別最適化学習の4つ構成と特徴
数学個別最適化学習「J-PALM」は、具体的に「概念導入」「J-PALMタイム」「チェックテスト&フィードバック」「数学探究」の4つの構成で進行します。中1の場合は週5時間の授業を使って、月曜日に概念導入、火~木曜日にJ-PALMタイム、金曜日にチェックテスト&フィードバックを行い、単元の終わりに数学探究を実施しているそう。それぞれの授業内容を詳しく見ていきましょう。
・概念導入
学ぶ意味を強調して伝える時間です。例えば、「なぜ数学で『a』や『b』といった文字を式に使う必要があるのか」という気づきを促す場面では、例題に「どの数字を選んでも、答えが1になる問題」を取り上げました。生徒たちは「例題を証明するためには、『a』や『b』といった文字を使って式を作るとよい。なぜなら、現象を一般化して説明できるからだ」ということに気づきます。
・J-PALMタイム
45分間の授業時間で達成すべき「目標」を生徒自らが設定。単元ごとに教科書や問題集、解説動画などがまとめられた独自のスプレッドシートを使って、勉強を進めていきます。授業の終了前には、「目標の達成度」「授業の振り返り」「家庭で行う学習計画」を考えます。
例えば、目標に「図形の形の理解」を据えたら、振り返りでは「角錐について理解できた」、家庭学習計画では「〇ページの問題集を解く」と書いていきます。
「振り返りでは、『授業中に友だちとのおしゃべりに夢中になってしまった』ということもあるでしょう。大切なのは、集中できなかった時間をどう取り戻すか、自分で考えて実行することにあります」(打江先生)
生徒たちの単元の進み具合はそれぞれ。先取り学習を進める生徒もいれば、じっくりと数学に向き合う生徒もいます。
・チェックテスト&フィードバック
毎週金曜日には、単元の理解度をチェックテストで確認します。翌週の月曜放課後には、再テストを行う「リトライ回」を実施。リトライ回は自由参加で、中学1年生の約8割が出席しているそう。
・数学探究
単元の終わりには、学びが実生活とどのように関わっているかを知るための数学探究が行われます。中学2年生では一次関数を学んだ後に、携帯電話のプランを使った探究を行いました。「教員が自分に合った携帯プランを探している」という設定から、「A社は基本料金3000円、通話料金1分30円」「B社は基本料金3500円、50分間通話無料、50分を過ぎると1分50円」と条件を示すことで、どれがお得かをグラフを作って考えます。
「数学個別最適化学習の特徴的な学びが数学探究です。日常生活で数学の知識がどのように役立つのか。その一端を知ることで、数学を深く学ぶきっかけに繋げています」(星川先生)
「狙いとしては、数学の単元が生活の中でどう存在するかを知ることにありますが、それ以上に得た知識を使って生徒たちが数学を楽しむ時間を大切にしています。数学が苦手な生徒からは、『みんなで教え合えるので、数学探究の授業は楽しい』という感想を耳にします」(打江先生)
教員はファシリテーターとして生徒に寄り添う
授業中、教員はどのように生徒たちと関わるのでしょうか。教員はJ-PALMの進み具合やチェックテストの結果などを常に観察。声掛けのほか、教科書や問題集の進み方で迷っている生徒へのアドバイス、学習プランへの助言などを行っています。大勢がつまずいている問題などは、黒板を使って全体に解説することもあるそう。
「私たちはファシリテーターとして生徒たちに寄り添います。授業中は常に『教員のアドバイスを待っている生徒はどこだ』と教室を見渡している状態。先取り学習している生徒には大事なところを飛ばしていないか確認して、進みが遅い生徒はどこでつまずいているか気に掛ける。一斉授業じゃなくなった分、一人ひとりに気を配る緊張感は、常にあります」(星川先生)
「J-PALMはAI教材を使った個別最適化学習ですから、状況をデータとして入力しないことには役割を果たせません。自分の進み方が的確か、入力忘れがないかどうか、中1の間は壁に進捗具合を貼り出し、確認できるようにしています」(打江先生)
また、生徒の数学力の底上げには、2020年度から継続して行っている同校独自の計算反復練習「ReMaSt検定(リマ検)」も影響しているそう。
「J-PALMは各自のペースで学習を進めますが、リマ検は小テスト形式で計算力とスピードを測る本校独自の検定。授業開始の5分間を使って、生徒は自分の級に合わせた問題に取り組みます」(星川先生)
個別最適化学習と合わせて計算力をアップすることで、数学の理解度や学ぶ力を深めています。
生徒のモチベーション向上にもつながっている
数学個別最適化学習を始めてから、生徒たちにはどのような変化が起こっているのでしょう。
「数学が苦手な生徒は、これまであきらめた様子を見せることもありました。しかし、個別最適化学習を始めてからは苦手な単元も自分で計画を立てて進め、『どうすればできるようになるだろう』と努力するように変わりました。モチベーションが格段に上がっている実感があります」(星川先生)
一方、数学が得意な生徒はその力を最大限に伸ばし、先取り学習を進めます。中2の夏休み明けには、中3の教科書を進めている生徒も出てくる見込みです。
「中2の夏になると、『もっと難しい問題に挑戦したい』と意欲的な生徒が全体の約1割に見られるようになりました。友だち同士でJ-PALMの進捗具合を競う生徒もいるようです」(打江先生)
数学の習熟度別クラスがなくなったことも大きな変化と言えるでしょう。
「個別最適化学習では習熟度で生徒を分けること自体、当てはまらないように感じます。例えば、静かに学習したい生徒と、教員に聞きやすい環境がいい生徒でクラスを分ける。比例や反比例はその後の関数の学びに影響がありますから、しっかりと学ぶために学力の要素を入れたクラス分けにする。生徒たちからアンケートを取り、本人たちの希望と単元の相性を見ながら、柔軟に取り組んでいく予定です」(星川先生)
生徒のモチベーション向上と自己計画力の向上
実際の授業では、どのように学習を進めているのでしょうか。夏休み前の中1・数学の授業を取材しました。同授業では、数学科の教員と面談を行い、生徒が考えた夏休みの学習プランの改善点などを話し合いました。
「夏休みはおよそ50日間。普段から1週間分の学習計画を立てていますが、長期の学習計画を立てる練習も兼ねて、今回の宿題を『1冊のノートの学習内容を自分で決め、実行してくる』に定めました。面談ではJ-PALMのデータから本人の学習記録を確認し、そこから見えてくる課題を教員ととともに読み解きながら、夏休みの学習計画を再度練り直していきました」(星川先生)
学習計画は生徒によって異なります。弱い単元を繰り返し学ぶ生徒がいる一方、部活動が忙しくなる2学期を見据えて、先取り学習を進める生徒もいるそう。
「生徒たちの考える学習プランは、まだ見込みが甘いものがほとんど。大人から見て難しそうに見えるスケジュールでも、まずは否定せずに『やってみよう』と促します。それで失敗したら、もう一度話し合います。そうやって自分の学習スタイルを見出していくのです」(星川先生)
「面談では、自分の立てた計画通りに学習が終わらないという相談がありました。私からは『数学の勉強時間を確保したんだけどできなかったのか、そうではなかったのか、どっちだった?』と尋ねました。生徒は『ほかの宿題を優先して、自分で宿題を決める数学は後回しにしていた。もっと時間を作れたかもしれない』と自ら振り返りをしていました」(打江先生)
その生徒は、「1日にどれくらい数学の勉強時間が作れるか」を打江先生と一緒に考え直したそう。チェックテストまでの期間はどれくらいか、準備期間にどのくらい勉強すべきか、それを1日に分けると、必要な勉強時間は何時間か。一つひとつ見直すことで、自分の計画を見直すことにつながっていきます。
自己調整学習力の育成と能動的な学びの実現
星川先生は「数学個別最適化学習によって、生徒たちが受け身の姿勢を脱し、すべての教科で能動的な学びへ変わってほしい」と願いを語ります。
「自己調整学習力を数学科の授業で身に付けることで、『自分で考える学び』が自ずと育まれていきます。その力はきっと、大学の進路選択や大学受験、彼女たちの未来で、大きな力を発揮するでしょう。個別最適化学習は数学の学力を上げることをもちろんですが、それと等しいぐらいに自己調整学習力を磨き、生徒たちの将来に役立つ力を育てたいと考えています」(星川先生)
同校は高校で「リベラルアーツコース」「特選(人文・理数)コース」「自己発信コース」に分かれ、自分の将来に向けて意識的に学びを深めていきます。数学の個別最適化学習で自ら学ぶ力を身に付けた生徒たちは、「あなたはどうなりたいの?」と尋ねられただけで、自分の将来に必要な道筋を見つけられる大人へと育っていくことでしょう。自分の将来を、ほかの誰かに任せない。自らの力で道を切り開く生徒たちの姿からは、まさしく十文字の大切にする「自彊不息」の精神が感じられました。