学校特集
鷗友学園女子中学高等学校2023
掲載日:2023年12月2日(土)
同校のカリキュラム・ポリシーは次の3つ。①キリスト教精神・自由教育②全人教育・リベラルアーツ③グローバル教育。実践される教育のすべては、校訓の「慈愛(あい)と誠実(まこと)と創造」に集約されます。同校はミッション校ではありません。でも、「学問や教育は、どのような立場に立つせよ、理念を持つことなしには不可能である」と、創立者の市川源三は教育の礎をキリスト教精神に求め、以来、多くの経験をもとに心と知を磨く教育を展開してきました。そして今、同校で展開される学びは「幕の内弁当のようなもの」と校長は語ります。その「幕内弁当のような学び」について、校長の大井正智先生と入試広報部部長の若井由佳先生に伺いました。
大学実績に見る難関校たる所以は、
人としてのトータルバランスを目指す理念にある
いわゆる難関校では、やはり「勉強三昧」なのでしょうか。答えは「No」です。3日に一度の席替えをはじめ、物事を固定せず、さまざまな場面で組み合わせをスクランブルしながら可能な限りの出会いを創出し、トータルバランスのとれた人を育む同校。そのルーツもまた、気迫に満ちたものでした。
1935年、東京府立第一高等女学校(現・東京都立白鷗高等学校)の同窓会・鷗友会によって創立。女子教育の先覚者である市川源三と、内村鑑三・津田梅子の薫陶を受けた石川志づが鷗友学園の基礎を築きました。
大井校長:「市川源三は、女性は良妻賢母であれと言われた時代に、『女性である前に一人の人間たれ』と教え、『なんでも思ったことは言いなさい』と、授業でもコミュニケーションを大切に、今でいうアクティブラーニングを行っていました。また、石川志づは第二次世界大戦中も英語の授業を行い、また授業ができなくなった時には学徒動員先へ行き、生徒たちを集めて英語の詩を詠んで聞かせました。当時、敵国語を学ぶのはご法度とされる風潮がありましたが、世の中の動きがどうあろうとも、生徒のためを思ってやるべきことを貫く。これが、本校の根幹だと思います」
校訓「慈愛と誠実と創造」の「慈愛」は、相手を尊重し、共に成長する力。「誠実」は、自らを見つめ意欲を持って学ぶ力。「創造」は、自由な発想で新しいものを生み出す力を意味し、創立以来の同校の礎です。
二人の先人たちの決意は、まさに校訓を具現化したものです。そして、もちろん、この精神は今に生きています。
コロナ禍により緊急事態宣言が初めて発令された2020年4月。ほとんどの学校の門は閉ざされ、6月からのスタートとなりましたが、クラブ活動は実施していない状況でした。しかし、このような中で公立校を中心に「大会があるクラブ」には活動許可が下りるケースが多くあったのです。この「クラブ間格差」に疑問を感じた校長は、安全対策を綿密に講じたうえで、同校のすべてのクラブ活動を認めました。
また、多くの学校が修学旅行を中止や延期にする一方、同校ではコロナの罹患者数が減少傾向を見せた同年の11月に実施。
大井校長:「当時、文部科学省は修学旅行に関して『子どもたちの思い出作りのために実施してほしい』と言っていましたが、修学旅行は『思い出作り』のためではなく、『生徒が成長する大切な場』だから行うのです」
修学旅行の行き先は中3は沖縄、高2は奈良・京都。
リモートワークも始まっていたため、高校生の集合場所である東京駅には通勤客はあまりおらず、閑散としていました。集合する場所を分散させてはいたものの、大勢の生徒たちが集まる光景に、通りがかる大人の中には厳しい眼差しを向けた人もいたそうです。
大井校長:「もちろん、学校としては覚悟がいりました。でも、生徒たちは節度を保ち、私たちの思いに応えてくれるのがわかっていたから実現できたのです」
その結果、沖縄から帰ってきた中学生が言ったそうです。「友達と一緒にきれいな景色を見たり、戦争の手記を読みながら『悲しいね』と言い合えたことがとても良かった」と。
また、高校生は帰りの新幹線の中で、学年主任の先生のところにやってきて「修学旅行に連れてきてくれて、ありがとうございます」と言ったそうです。
若井先生:「私は高校の修学旅行を引率したのですが、コロナ禍のため滞在先の旅館はほぼ貸し切り状態、他の修学旅行客もいませんでした。約250人が揃って食事しているのに、黙食ですので聞こえるのは食器の音だけです。でも、帰り際、生徒が『友達と、美味しいねとワイワイおしゃべりしながら食べたかったのですが、黙食だったのでできませんでした。でも、本当に美味しいお食事をありがとうございました』と宿の女将さんに挨拶していて、女将さんは涙されていました」
お話を伺っているこちらまで泣きそうになりました。生徒たちは与えられた状況の中に留まることなく、それぞれ自らが大切なものを得て、気持ちを伝えてお返ししようとしたのです。
そのような一つひとつが、「慈愛」や「誠実」、「創造」に繋がっていくことは言うまでもありません。
学校生活の中でのコミュニケーションはもちろんのこと、多様なタイプの人と交わることは、これから続く長い道のりで欠かせないこと。そのための地盤作りとして、中1・2で導入しているものに「アサーショントレーニング」があります。これは年間5回ほど実施される「相手に配慮しながら自分の意見を率直に表現する」、つまり、コミュニケーションを円滑にするための能力を身につけるプログラムです。
この授業では、さまざまな場面を想定し、ペアワークやグループワークで意見を交わします。
大井校長:「トレーナーはいますが、コミュニケーションについて勉強するのではなく、実際に練習する機会です。授業では、『ドラえもん』に登場する3人のパターンになぞらえたりしながら行っています」
例えば、以下のようにです。
・のび太くんのパターン(相手の言うままに受け入れる)
・しずかちゃんのパターン(相手のことも配慮しながら自分の意見を発言する)
・ジャイアンのパターン(自分の気持ちだけをガンガン言う)
若井先生:「『友達と遊びに行く約束をしたけれど、友達は待ち合わせ場所に来なかった。翌日、あなたはその人になんて言う?』というテーマだとすれば、のび太くんなら、何があったんだろうと気になりながらも自分からは何も言わない。ジャイアンは『なんで? きみなんかもう絶交!』と。そして、しずかちゃんは『どうしたの?』と相手に配慮しつつ、忘れられたのかと思って寂しかったなど、アサーティブに自分の気持ちも表現する。このように、それぞれ意見を交わしていくのですが、最も大切なのは、それをクラスで共有することです」
この時、のび太くんのパターンについて、生徒たちの意見は二分したそうです。
「のび太くんには、自分さえ我慢すれば相手を傷つけなくてすむと考える優しさがある」
「でも、そのパターンは一番傷つく。もし、自分がその約束を忘れていたとしたら、相手が言ってくれないと気がつかない。ジャイアンのようにキツイ言葉でもいいから言ってもらえると、その人が大切な友達なら、私は何度でも謝って許してもらおうと思う」
若井先生:「『これが正解』ということはなく、クラスで共有することで、人によって感じ方、考え方は違うのだと知る機会になるのです。時には、自分の中にもいろいろな顔があることを知ります。そして、このトレーニングは上級生になって、部活動などで後輩に厳しいひと言を言わなくてはならない場面にも活きているようですね。生徒たちが楽しみにしている授業の一つでもあります」
女子にありがちな、「メンバーが決まった仲良しグループ」は決して悪いことではありませんが、同校の様子は少し違います。若井先生は、席替えやペアワーク、グループワークの際、生徒たちは「誰と一緒か」は気にしていないようだと語ります。
若井先生:「生徒たちにとって重要なのは『誰と一緒か』ではなく、『何をやるか』です。高校の修学旅行で4日目に行う自主研修の班を組む時も、行きたいお寺など、それぞれ希望することがバラバラなので、できる限りみんなの希望を生かすための班作りに苦心していましたね」
広いレンジで物事を深く学び、
自立心を養いながら、真の教養を身につけていく
同校では学習指導と生活指導を学校教育の両輪としていますが、勉強面では、以下のような学びが展開されています(抜粋)。
【英語】知識先行ではなく、コミュニケーションツールとして身につける必要性を意識させるため、中1からオールイングリッシュの授業を実施。
【国語】中1から百人一首の暗唱や古典の学習をスタート。また、「丸本」(本1冊を丸ごと教材とする)の授業では生徒と先生が意見を交換し合い、クラスで一つの読み方を作り上げる。
【数学】「試行し、思考する」をくり返し、論理的思考力を高める。
【社会】中3の現代社会では、「自分でテーマを決める→その問題の構造や背景を理解する→解決法を考えてレポートや小論文を書く→研究成果をクラスで発表→討論する」という探究的学びを実施。
一方、いわゆる主要教科と呼ばれるものだけではなく、一人ずつ区画を割り当てられて野菜を育てる「園芸」や、人との関わり方や自分と社会の関わり方を学ぶ「情報」、身体の軸を作り、心身を自分でコントロールできるようになるために全学年でリトミックを行う「体育」など、実に豊かな学びが実践されています。
知性と感性、精神性と身体性といった、バランスのとれた人の育成を目指しているためです。
ここで若井先生が担当する理科を例に、授業の様子をお伝えしましょう。
若井先生:「本物を見て、実物に触れる大切さはどの教科にも共通しますが、中学の理科では特に実験を重視しています。失敗と考察を繰り返しながら、科学への最初の一歩を経験してほしいので、2時間続きの授業はすべて実験に充てています。中1・2では、ガスバーナーをつけ、電流計や電圧計を組み立て、顕微鏡のピントを合わせるなど、指示された実験操作を全部一人できちんとできるように徹底して指導します。ですから、本校の理科の定期考査には実技テストもあります」
そのような過程を経て、中2の後半からは、物理系の探究的授業に移行。「スーパーボールが一回跳ねた後、必ず同じ場所に着地する装置を作る」「斜めにした板に缶を転がし、必ず途中で止まるようにするためには缶の中に何をどう入れるか」などといった課題について、グループで意見を交しながら実験するのです。
若井先生:「ここで大切なことは、それまでに学んだ適正な考察の仕方や実験手順、操作ができるかです。実験では、お互いに『ああでもない、こうでもない』と言い合えるから次のステップに進めるわけですが、それが比較的スムーズにできるのは、3日に一度の席替えなどをしながら、誰とでもコミュニケーションをとることに慣れている土壌があるからかもしれません」
そして、中3では「配布された10種類の白い粉末が何なのかを調べる」など化学系の探究的授業を、高1では生物系の探究的授業を行います。
若井先生:「高1ではカエルの解剖を行うのですが、生命をいただく解剖によって何を学ぶのか、どう解剖するのかを考えます。例えば、人の体重と臓器の重さの比率とカエルでは違うのか、血液は人と違うのかなどについて自分たちで考え、手順を組んでいきます」
ちなみに、中1ではイカの解剖を行いますが、その時、イカの口にスポイトで醤油を流し込み、体の中をどう流れるのかを観察します。その経験があるからでしょう、カエルの解剖の際、口から醤油を入れて、肛門から出てくるかどうか調べようとした班がありました。
若井先生:「いやいや、肛門からではなく、口から出てくるでしょうと(笑)。イカの消化管のつくりは極めて単純なのでストレートに肛門から出てきますが、哺乳類や両生類には筋肉があり、逆流しないようになっていますので、そのまま口から出てきます。でも、『やってごらんなさい』と思いながら見守りました」
このように好奇心を喚起し、かつ主体性を重んじる授業が行われていますが、22年度の同校の理系現役進学率は47.2%です。文系・理系の比率は、ほぼ半々。このバランスもまた、同校ならではなのかもしれません。
「幕の内弁当」とは、つまり、品数が豊富で、良質な食材を使って丁寧に調理された美味しい食事を、6年間たっぷりと味わうという意味です。そうして、これから先の土台となる心身を鍛え、調えるのです。
大井校長:「スポーツに力を入れたり、勉強に力を入れたり、私立の学校にはいろいろな学校がありますが、我々は学園内にあるものはすべて等しく大切だと考えています。これは、創立者の市川源三が掲げた『全人教育』にも繋がります。教科の勉強は当然大切ですが、畑で野菜を育て、3日に一度の席替えでさまざまなタイプの人と出会い、主体的に行動する修学旅行も運動会も学園祭も、そして日常の友達とのおしゃべりも大切にする。このようなものが、全部そろっているのが当たり前の学校でありたいと思っています」
若井先生:「なんでも、やってみて初めてその意味やおもしろさに気づくものです。ですから、生徒たちには食わず嫌いをせず、全部やってみて『これが好き』『これはあまり興味がない』ときちんとわかったうえで進む道を決めてほしい。それが、私たち教員の願いです」
ところで、校長は毎月、中1を対象に「お誕生日会」を開き、一緒にケーキを食べるのだそうです。生徒たちの声を一つひとつ直接聞くために。ただ、コロナ禍で20年、21年はできなかったので、昨年は中3から順に、3学年分を一気に実施したのだとか。
大井校長:「お誕生日会には、クラスの垣根を越えていろいろな人が集まるのですが、初めて会った生徒同士でも、臆することなく何でも言える雰囲気があるのは嬉しいですね」
「本校が学校として一番大切にしているのは、一人ひとりにとっての『居場所作り』です」と校長。そして、生徒たちは「日曜日になると、月曜日が待ち遠しくてしたかがない」と言うそうです。この呼応が、同校の教育風景と、その空気感をすべて物語っているように思います。
最後に、3例のみですが、卒業生の方からのメッセージをご紹介しましょう。
「大学受験の勉強を意識するというよりも、純粋に勉強の楽しさを感じることができた6年間でした。さらに、ソフトボールの班活動(部活動)が何よりも刺激的で、仲間と一緒に限界に挑戦することができ、自分自身のいろいろなキャパシティを広げることができたと感じています」
「鷗友での6年間は、主体性と協調性を身につけられた貴重な時間でした。互いに尊重し合い、刺激し合い、高め合った友達は一生の宝物です」
「豊富な授業形態と校友会活動(生徒会活動)により、自分の可能性を最大限に広げてくれた環境への感謝を忘れず、これからに活かしていきたいです」