学校特集
東海大学菅生高等学校中等部2023(2)
掲載日:2023年12月7日(木)
教育目標は「Dream ALL」。ALLのAは「Act」、最初のLは「Learn」、次のLは「Live together」。この目標をより具現化するために、今、同校はダイナミックな改革を推進中です。「21世紀、気迫を持って生き抜ける人材を育てるために、目指すのは世界標準の力の獲得」とし、2021年には特進コースを「医学・難関大コース」に、そして今年、総合進学コースを「一貫進学コース」に改編しました。「気迫を持って生き抜く人」になるための学校生活のすべてを「しあわせ探しの旅」とする同校の教育哲学について、中等部校長に就任したばかりの布村浩二先生に、「医学・難関大コース」について広報室主任の田口薫先生に伺いました。
「医学・難関大コース」と「一貫進学コース」。
進路を考える道標として2コースを改編
同校が育成を目指す「世界標準の力」とは、次の4つです。
① 未知の事柄に立ち向かう能力とマインド
② チームで協力できるコミュニケーション力
③ 自分の意見を構築し、表現し、伝える力
④ 英語を自在に操る力
1983年に高校、1995年に中等部、そして2007年に小学校を開校。開校以来、「自然が教科書だ。」を建学の精神に、恵まれた自然環境を生かした「環境教育」と、次代に必須の「異文化理解教育」を2本柱に教育を展開してきました。
そして今、生徒たちが生きる次代の様相を見据えながら、さらなる改革を進めています。
改革の一つであるコース改編は、新機軸を打ち出したというより、これまで同校が実践してきた教育を集約し、象徴的存在として位置づけたもの。東海大学医学部や国公立医学部、また難関大学への進学を目指す「医学・難関大コース」、そして主に東海大学(23学部62学科・専攻)への進学を目指す「一貫進学コース」(希望者の約9割が東海大学へ進学)と、進路をより具体的にイメージできるよう体制を再構築したのです。
ちなみに、両コースのカリキュラムは原則共通で、希望と成績により「一貫進学コース」から「医学・難関大コース」への編入も可としています。
布村校長:「中高時代は、自分の将来像を具体的に描き始める時期です。そのためにはたくさんの体験をし、『学んで楽しいな』と思える興味・関心の種を自分で見つけることが大切です。ですから、私たち教員はその種を蒔き続けなければいけません。生徒たちは、何者にでもなれる可能性を秘めているのですから」
ここでは、2021年から始まった「医学・難関大コース」についてご紹介しますが、その教育実践は、今年から新たにスタートした「一貫進学コース」に波及させていく予定です。
※「一貫進学コース」の詳細はコチラ
→https://www.tokaisugao-jhs.ed.jp/course/sogo/
「医学・難関大コース」と、名称に「医学」が入ってはいますが、医学部進学に特化した教育を行うのではなく、教育目標の「Dream ALL」をさらにプラグマティックに実践し、世界標準の力を獲得するためのコースです。
田口先生:「このコースの1期生は今中3ですので、まだ大学実績は出ていませんが、夢がないと目標は持てないものです。ですから、中等部のうちから大学進学の目的をより明確にし、さらに大学卒業後、社会で生きていくためには『何が必要なのか』『何を学ぶべきか』という気づきを得られる場でありたい。そのためにも、必要な情報は伝えながら、たくさんの経験の場を用意して触発したいと思っています」
「医学・難関大コース」には以下の6つのプログラムがありますが、ここで同コースの特徴と教育内容の概要をお伝えしましょう。
① 学習サポートプログラム「Sugaoアフタースクール」
放課後、個別対応が可能なオンライン授業を専門の予備校が行う一方、同校の先生方が対面で補習授業や自習をサポート。さらに、部活動との両立を可能にするために、オンラインの特徴を活かして、家庭でもオンライン個別授業が受けられます。
② STEAM教育プログラム
世界標準の力の象徴でもある「グローバルSTEAM」教育を実施。「グローバルSTEAM」は、すべての科目と連携させるものです。現代社会のIoT技術を理解したり、SDGsに取り組むツールとしてプログラミングなどのデータサイエンスを学び、世界課題にチャレンジする力を培うとともに、落語やクラシック音楽、ミュージカルなど質の高い芸術にも触れます。
③ 英語運用力向上プログラム
「日本語と同じように英語を操れる力」を獲得するために、世界的に通用する英語検定「ケンブリッジ英検」(対話形式がメイン)の取得を目指した学習を実施。オンライン英会話も導入し、実践的な英語力を養成します。
④ 異文化理解プログラム
オーストラリアへの海外研修(希望者)や、横田基地内のミドルスクールとの交流を通して異文化への理解を深めます。
⑤ 環境教育プログラム
東海大学の教授など現役の研究者の指導の下、学校の立地を活かした「フィールドワーク→課題発見→研究→論文作成」を実施。また、実際に研究機関を見学したり、体験学習も行います。そして、最終的にはこれらの体験を研究レベルにまで引き上げ、SDGs論文を作成します。
⑥ 未来計画プログラム
昨年度よりキャリアサポートプログラム「ENAGEED」を採用。自分が希望する生き方や職業を設定し、そこに向けて今やるべきことを見出していきます。中学校では東海大学のキャンパスや研究室を訪問、高校では難関大学や研究機関を訪問し、自らの目標を明確化していきます。また、キャリア教育についてはOB・OGを招く「夢育て講座」など、さまざまな取り組みを実施します。
田口先生:「私は今、中1の数学を受け持っているのですが、数学は単に公式を覚えたり計算することではなく、物事を順序立てて幅広く考えるための学びだと思っています。『これをやるためには何をすればいいのか』『なぜそうなるのか』と考えるには、物事を論理的に捉え、話せるようになることが重要です。ですから、授業でも『なぜ?』と突っ込み続けるので、生徒からは煙たがられているかもしれませんね(笑)」
ちなみに、田口先生は大学では数学ではなく工学を専門としていたそうです。だからこそ、数学の教員になって以降、よりいっそう数学の勉強そのものと社会の繋がりを考えるようになったと言います。当然のことかもしれませんが、先生方自らも学び続け、進化を目指しているのです。
田口先生:「人間力を高め、世界に向けて活躍できる人材を育てるためには、教員自身が自らの可能性をかけて学び、前進しなければなりません。我々も無我夢中ですが、良いと思ったことをやっていくのみです。授業を行う際には『生徒が楽しんで学ぶ』というテーマがありますが、ある程度の学力がないと楽しむことはできませんので、そこは生徒たちに頑張ってほしいところです(笑)」
2021年から「Google for Education事例校」の認定を受け、同時に日本工学協会より「学校情報化優良校」としても認定されるなど、同校はICT活用力の高さにも定評があります。全員がiPadを所持し、各教科の授業やプログラミング学習などで活用していますが、さらに高校ではタッチタイピングの授業も設けるなど、情報活用能力を「学習の基本」と位置づけています。
ところで、高度な文章生成が可能なChatGTPの利用には年齢制限がありますが、 10 月のある日、「医学・難関大コース」の2・3年生を対象に「ChatGTPとは?」「ChatGTPを体験」「AIの使い方を考える」というテーマで研究授業が行われました。
質問を投げかけたり文章作成を指示し、ChatGTPが記したものを見ながら、 ChatGTPに「できること」と「できないこと」を考えたり、ChatGTPに向いている内容の確認や課題の発見、また、「自分がどう感じたか」「どう考えるか」についてワークシートにまとめました。「講義・体験・議論・グループでの振り返り」を行い、活発な意見交換が繰り広げられたそうです。
布村校長:「授業の後、生徒たちに『どうだった?』と感想を聞いてみました。将来、生徒たちはAIと共生していかなくてはなりませんが、『AIに使われない自信があるか』と。すると、一番多かった答えが『怖い』でした。それだけでも、この授業をやってよかったと思っています。すごすぎて怖いというのもあるでしょうし、使われるのではなく、使いこなすために自分たちはどうするべきかという不安もあるでしょう。そういったことを悩みながら真剣に考えることは、本当の学びを知ることに繋がっていくと思います」
だからこそ、校長は哲学を学ぶことが重要と、外部から論語研究を専門とする先生を招聘して話してもらうことなども考えているそうです。
布村校長:「哲学的視点を持つことで物事の本質が見えてきますし、哲学は生きる力そのものですから」
「本当の学力」を身につけるということは、
「生きる力=人間力」を涵養するということ
変わらざるものをもって、変えるべきを変えていく。同校の変わらざるものとは、人としての尊厳や生き方を学ぶこと。人、自然、物事、すべてとコミュニケーションを図りながら、真の思考力を磨いていくのです。
布村校長:「生徒を信じない教育は『指示・命令』になってしまいますが、教育で大切なのは『疑問・提示』だと思っています」
それは、どういうことでしょうか。同校には小学校もありますが、その例を引きながら説明しましょう。
ある日、同じ敷地内にある小学校の低学年の児童たちが自然散策から帰ってきました。すると、ある児童が校長の姿を見かけて「校長せんせ〜い!」と抱きついてきたそうです。その時、校長は付き添っていたお母さん方と話さなくてはいけない用事があったのですが、その児童に「今は忙しいからダメ!」と言うのではなく、このようなやり取りをしたのだそうです。
「校長先生と遊びたい?」
「うん」
「でも、校長先生はお母さんとお話ししなくちゃいけないんだ。どうしよう?」
「うーん......。じゃあ、もう1周してくるから、その後で遊んでね」
これは小学生の例ですが、中高生も基本は同じです。「指示・命令」をするのではなく、自分で考えさせる。ちなみに、校長は以前から「小学校までにどう過ごしてきたか」にその後のヒントがあると思っているそうです。校長は昨年まで、奈良の名門男子校・東大寺学園で教鞭を執っていましたが、その当時、中1・2の段階で「この子は東大に行くな」「この子は京大に行くな」となんとなくわかったそうです。なぜか?
布村校長:「醸し出す雰囲気や取り組む姿勢はもちろんですが、一番は親御さんとの関係ですね。たっぷり愛情をかけて育てられた子どもは、圧倒的な安心感があるため素直ですし、素直であれば物事をよく吸収し、伸びるのです。ですから、私は『溺愛、大賛成』と言っています(笑)。もちろん、溺愛された子は幼かったり甘えん坊の一面もありますし、なかには途中でヤンチャする生徒もいます。でも、『愛されている』という精神的基盤があるため、つまずいたとしても自分で軌道修正をして戻る力があるのです。そういう生徒が大学3〜4年生になって会いに来てくれると、ちゃんとした好青年の姿を見せてくれていましたね」
同校で最も大切にしているのは、生徒の「自己有用感」を育て、「人らしい人」になる基盤を作ることだと校長は語ります。
布村校長:「生徒たちには、想像力や頑張る力、忍耐力などを備えた人になってほしいのです。思いやりの心は想像力から生まれますし、自己有用感、つまり人の役に立てる喜びを知れば頑張りもききます。ですから、『頑張れ!』と発破をかけるのではなく、まずは自己有用感を育てたいと思っています。『人らしい人』というのは、自己有用感があり、それをもとに他者を尊重し、協働していく力を自分でも育んでいける人のことです」
さらに、これはベースさえ作れば、それほどハードルの高いことではないとも言います。そのベースとは、偏差値や受験力ではなく「本物の学力」のこと。そして、「本物の学力」は「生きる力」に直結すると。
「本物の学力」「生きる力」にはさまざまな要素が含まれますが、自分の言葉を持つこともその一つ。ある哲学者は「思考の限界は言語にある」というようなことを言っていますが、言語力を高めるためには本を読むことはもちろん、対話を重ねることも有効です。先の校長と児童のやり取りは、対話の大切さを示す好例かもしれません。
また、「人らしい人」というのは、バランス感覚を備えた人とも言えます。そのためには、「陽」だけではなく「陰」の側面、例えば、焦燥感に駆られたり理不尽さを味わう経験をし、簡単には折れない「心」を育てることも重要になります。
布村校長:「ですから、理不尽なことをするわけではありませんが(笑)、学校には理不尽さを教える責任もあると思っています。世の中には理不尽さがあふれていますから、それに対する免疫力をつけておかないと『生きていく力』が脆弱になってしまいますので」
「21世紀、気迫を持って生き抜ける人材を育てるために、目指すのは世界標準の力の獲得」という、まさに気迫あふれるスローガンには、「しあわせ探しの旅」という意味が込められている。同校は、自分はどう生きていくか、人とどう共生していくかを真摯に考えることのできる、つまりウェルビーイングを希求し、行動に繋げようとする人を育てる学校なのです。
●圧倒的な自然環境
教育の2本柱の一つに「環境教育」を挙げるように、同校は恵まれた自然も大きな教育資源としています。創立以来、「一木一草から謙虚に学ぶ」という姿勢で野草観察や野鳥観察などの自然体験学習も実施。校長は赴任してすぐの頃、「先生、クツワムシがいたよ」と小学生から声をかけられたそうです。
また、小学校で俳句の創作も行っていることから、テレビ番組が取材に訪れたことがありますが、その際、児童たちの作品を見て「この環境だからでしょうか、都会の子は使わない表現がある」と評されたそうです。これもまた、自然とコミュニケーションを交わすことが児童・生徒たちの日常になっている証でしょう。
●「食」と「空間」も心を育てる
同校の最上階6階には、遠くに山並みを望む展望ラウンジがありますが、そこは中学生が給食をいただく場所でもあります。調理するのは、元一流ホテルのシェフ。その日に採れた新鮮な有機野菜など地元の食材を取り入れながら、栄養バランスを考えた食事を週に6日提供しています(事前アンケートにより、食物アレルギーがある生徒には個別に対応)。また、2時間目と3時間目の間には「軽食タイム」まで。朝ご飯が足りなかったなど、育ち盛りの健康を考えたきめ細かな心配りです。
同校の校舎は、外資系の大手IT企業の建物だったものを活かしているため、天井が高く、廊下が広いことも大きな魅力。その廊下にはベンチやテーブルが置かれていますが、これもコミュニケーションを大切にする同校らしさの一つです。