学校特集
和洋九段女子中学校高等学校2022
掲載日:2022年10月20日(木)
2022年、創立125周年を迎えた和洋九段女子。歴史と伝統がある同校ですが、2017年には大胆な教育改革を行い、ICT教育やPBL型のアクティブラーニングの手法を取り入れるなど、常にアップデートを重ねています。
今年度は高校のサイエンスコースを刷新し、「サイエンスクラス」を設置。理系の学びをよりじっくりと取り組める体制を整えました。
高校のサイエンスクラスで行われている「理数探究」について、数学科主任の辛島 恵先生に伺いました。
日常生活をサイエンスの視点で
切り取り、考える理数探究
総合学習の一環で「自主活動」に取り組み、中学段階から探究活動を行っている和洋九段女子中学校高等学校。高校から「グローバル」、「本科」、「サイエンス」の3コースに分かれますが、「サイエンスクラス」は、高1で「理数探究基礎」を週1時間、高2では「理数探究」として週2時間のより理系に特化した個人探究の時間を設けています。
2020年度より実施されているこの授業は、今年2022年度の高校の学習指導要領改訂を見越したもの。
校長の中込 真先生は化学の教諭ということもあり、同校肝入のプログラムです。
高1の段階から数学科と理科のスペシャリストである6人の先生方による輪講形式で行われます。1学期の最初には数学や理科の知識を生かした「理系探究とは」というところから捉え直し、探究を行う楽しさや心構えを再認識・再定義します。
高1の「理数探究基礎」では、PBL(Project Based Learning/課題解決)型の授業を行い、グループワークでさまざまなテーマに挑みます。
例えば今年の1学期に取り組んだテーマの一つは「未来の乗り物を考えよう」。この授業について数学科主任の辛島 恵先生はこう教えてくれました。
「ブレインストーミングとKJ法という手法を用いて行いました。まずは理想でいいと生徒たちに伝えると、『シャボン玉の中に住んでみたい』ですとか、いろいろなアイディアが出てきました。最終のプレゼンテーションはイラストと組み合わせて発表するなど、とても興味深い内容でしたね」
夏休みの課題では、実際に今自分が不便に思っていること、困っていることを解決するべく、家にあるものを使ったものづくりが課されました。
「手芸が好きな女の子は多いのですが、例えばハンガーの針金を切ったり、段ボールを分解したりして、何かをやってみようという発想はあまりないように見受けられます。
課題を達成するために何かを新たに購入するのではなく、捨ててしまうものを使って、工夫して作ろうという条件付けをしました」(以下、辛島先生)
同校はSGDsにも積極的に取り組んでいますが、趣向を凝らすことで自分の身の回りで持続可能なものづくりができることを学びました。これらの学びも発表を行い、共有していきます。
「一人ひとりがいろいろなことを考えていますし、人のアイディアを聞いて、自分の考えをブラッシュアップしていく様が伺えます。
生徒たちの様子を見ているととても楽しそうに取り組んでいて、話がどんどん盛り上がっていくんです。そうした部分を大切にすることも大事だと思っています」
こうした学びを経て、2学期の後半頃からは、高2の1年間をかけて自分は何を研究するのかを模索していきます。
興味のある身近なものを題材に、
楽しみながら取り組む「理数探究」
高2の「理数探究」では、生徒はそれぞれ好きな探究テーマを選びますが、テーマ選定にあたり、担当の先生全員との面談が行われます。
「生徒は全員の先生から、生物や化学などそれぞれの知見に基づいた視点からコメントをもらいます。それぞれの探究について、先生方が自身の経験も交えてお話しくださるので、生徒たちは自分のテーマや将来を考える大きなきっかけになっているでしょう。中には探究活動としてちょっと難しいかなというテーマを掲げる生徒もいますが、少し視点をずらしてみるようアドバイスすると、俄然おもしろくなります」
こうして高2で1年間の「理数探究」が始まりますが、生徒たちはどんなテーマに取り組んでいるのでしょうか。
「花の色がどのように変化するのかを研究している生徒は、受粉のときに何らかの要因があるのではと考えました。さまざまな仮説を立てて条件付けしながら、自分で花を育てどうしたら色を変えられるのかに取り組んでいます。
チョコレートをいかに美味しくするかを考えている生徒は、カカオの含有量を変えてみたり、いろいろな成分を試す中で、なぜか漬物にたどり着いていたり。
また、ユムシという虫は雌雄同体らしいのですが、どう繁殖するのかなど生態がわかっていないんです。基本はメスで、触れた個体がオスになるという説があるそうなのですが、解剖するなどいろいろな角度から探究しています」
その他、人の歩く速さは何によって変わるのかという探究に取り組んでいる生徒は、友だちだけでなく先生方も巻き込んでデータを取ったり、柔軟剤による乾き方の違いについて探究している生徒は、周りの友だちから柔軟剤をもらって成分を調べたりしています。
また、自身の経験を生かして「困っている子どもを助けたい」という思いから、音声認識と音楽などをプログラミングして、ガジェットロボットを制作しようと企画している生徒も。
「この生徒は、ロボットの見た目にもこだわって考えていて、できれば実用化を目指せたらと考えています。
生徒たちそれぞれの視点がユニークなんです。『なぜ"かわいい""きれい"と思うのか』を探求している生徒がいますが、一般的に言われているのは黄金比。しかし、その生徒は『それは本当か』と疑問を持って取り組んでいます。当たり前を疑ってみること、生徒たち自身が自分の思考を動かしてみること、試してみるという姿勢はとても大事です」
模範解答でなくていい、上手でなくてもいいから自分の頭と言葉で考える大切さを生徒たちに伝えている辛島先生たち。
生徒たちが協働しながら学びを深めているところにも同校らしさが表れています。
スキルの蓄積で
磨きがかかった探究の学び
今年度の「理数探究基礎」、「理数探究」にバージョンアップしたことで、どんな変化が生じたのでしょうか。
「これまでの『自主活動』に比べると、数学の教員がしっかり見られることで統計学的なものの見方も学び、データサイエンスにも力を入れるようになりました。
データに基づいた推測が可能になり、より論理的な視点が持てるようになったことが利点です。
今後、データの分析や解析をする上で、数学の重要性も増しています。私の専門が情報系なので、検索の基本やパソコンの使い方などもあわせて教えています」
さらに、化学実験や生物の解剖など、より専門性の高い実験ができる環境も整いました。
この授業が始まる前の1年半ほどの間、どんな学びを行うのかという検討を重ねた先生方。
「例えば私は、生徒たちに実際にものづくりをさせたいと考えていたのですが、といってもどんなものがあるのかなどを何度も議論しました。
ちょうどPBLが始まった直後のタイミングだったこともあり、レゴやIoT開発ができるラズベリーではどうかなど、さまざまな方向性を探りました」
生徒と日々接している先生方が出した結論は、彼女たちがやりたいこと、できるもので教員がサポートできることは、徹底的にやっていこうということ。
「今の子どもたちはいろいろなことを経験してきています。実際に『理数探究』が始まってみると、想定以上のレベルのことを聞いてきて、こちらももっと勉強しなければと刺激を受けることもあります。
何より、じっくりと探究に取り組む時間を取ってあげられることがすごくいいのだと思っています」
同校が最も大切にしていることは、学校でいろいろな友だちなどと触れ合い、それぞれの意見を聞き、さまざまな発想や考え方に触れること。そして、それを生徒自身が自分の中に吸収し、消化して、表出できる機会を多く設けることです。
「こうした学びの形は『理数探究』に限ったことではありません。本校はSDGsにも力を入れていますが、理数的な観点からSDGsに貢献できるような視野も養っていけたらと思っています」
一つひとつの学びは、日々の生活や思考のすべてへと有機的につながっているのです。
「理数探究」を通じて、
生徒たちへ伝えていきたいこととは
辛島先生に改めて、「理数探究」をなぜ学ぶのかを伺ってみました。
「普段の生活の中でも、疑問を持つことが大切です。特に受験を経てきた子どもたちは与えられることが当たり前になっています。学校や家庭は与えがちですが、与えられたことがすべてではないということに気づいてほしいのです。
社会に出たら必要なのは、変化に気づけることや何かがおかしいと感じ取れること、そしてその違和感を形にし、変えられる力です。そこにアプローチできる力を、この『理数探究』などを通じてつけさせています」
アプローチの方法は人によってさまざまです。同年代の中で、そうした多様な考え方や方法に触れること、そしてそれぞれが思考を深めることが大事なのだと辛島先生は言います。
辛島先生は「生徒たちは私たちも見えていないスキルを持っています」と話します。例えば、デジタルネイティブ世代である生徒たちの検索スキルの高さは先生方も驚くほどです。
「しかしその情報が本当かという疑問や危機感は、大人のほうが持っていると思うのです。
子どもたちは与えられることに素直に育っているので、例えばSNSなどで得た情報のすべてが正しいと信じてしまいがちです。
常に疑問を持っていなければ、騙されてしまうこともあるでしょうし、自分が望んでいない答えが出てきたときに対応が困難になってしまうこともあるでしょう。
情報を得るためのきっかけとしてインターネットを使うこと自体は問題ありませんが、それが本当かという視点を少しでも持っておくことは生きていく上で大切ですし、危機管理能力も養われます。
本当のことって何?ということを考える意味で、探究は今の生徒に必要なのかなと思っています」
「理数探究」は高1・高2共に、中間発表を挟みながら3学期に最終発表を行います。
「中間発表で先生や友だちから意見をもらい、何をプラスし、どこをブラッシュアップしたらもっとおもしろくなるのかを考えます。視点を変えてみることで、自分の中で飽和してしまうのではなく、変化していくことが必要ですよね。
世の中は変化の繰り返しなので、臨機応変に考えて変えてという姿勢を大切にしています。変化をすることがいかに楽しいのかを生徒たちに伝えたいですね」
生徒たちにさまざまな角度からものごとを見ることの大切さ、変容を遂げることの喜びを伝えている先生方。
真摯に取り組むことの重要性とあわせて、俯瞰することで見えてくる世界や広い視野を持つことを大事にしているのです。
PBL型授業により、
ボトムアップされる教育
なお、先にも触れた通り、和洋九段女子の教育の特徴の一つにPBL型の授業があります。
「PBLは答えのない課題に取り組む学びです。そういう意味では、『理数探究』でも答えのない問題を探しています。
PBLで慣れているせいか、思っていた以上にすんなりと探究に入ることができたようです」
同校のPBL型授業で重視しているのが、他者の意見を受け入れ、自分自身も尊重すること。
「否定しないというのはとても大事なことで、受け入れて考えることで、生徒一人ひとりの思考の方向性やあり方が大きく変わってきていると感じています。
PBLの時間以外でも、まずは受け入れようという姿勢が普通になってきています。
探究やPBLをやっている時の生徒たちは、論争になっている時があっても喧嘩にはならないんです。
きっちりと議論ができていて、自分たちで最適解を探っていく姿勢が育ってきています。我々教員はその様子を見守っているだけということが増えていますね」
寛容性が求められる社会では、こうした姿勢を持っていることはとても大事なこと。
「中高生の時期というのはとにかく成長が早くて、声のかけ方ひとつで子どもたちは変わってきます。我々教員は何をその時に与えてあげられるかをいつも考えています」
困っていることや疑問に思っている課題を見つけ、うまくいかないときでも視点を少し変えてみれば新たな道が拓けていきます。
「うちの学校がやっていることって、一見してわかりにくいし、目立たないんです」と笑う辛島先生。
生徒たちが将来、大きく花開くための土壌を耕すような和洋九段女子の教育。蒔かれた種は確実に実を結ぶことでしょう。