学校特集
自修館中等教育学校2022
掲載日:2022年10月4日(火)
昨年から中学校で、今年から高校で実施が始まった「新学習指導要領」。変更点の目玉は、「探究型学習」に重点を置くことです。今でこそ「探究」という言葉は広く認知されていますが、1999年の創立時から、教育の中軸に「探究」を据えたのが自修館。「ザ・探究」とも言える同校ですが、その学びは今、「C-AIR(Change and Coexistence oriented Agency through Inquiry and Research)」へと深化しています。たくましく、しなやかに生きていくことのできる人を育てる同校の教育について、今年校長に就任した小河亨先生と、研究開発室(探究力開発センター)長の海老名豊昭先生にお話を伺いました。
生徒の良いところを「伸ばす」以上に、
「潰さないようにする」ことが大切
「先日、中1の『書写』の授業を覗いてみたのですが、みんなすごく楽しそうなんですよ」と小河校長。「今は小学校教育も大きく変わってきていますので、主体的に取り組む生徒が多いように思いますが、本校の生徒は素直で、どの場面でも仲間と一緒に取り組むことを楽しんでいますね」
家庭はもちろんのこと、保育園や幼稚園、小学校の先生方が一人ひとりをここまで育ててくれた。中高一貫校は、そのバトンを受け継いでいるのだ......。校長は、いつもそう思うのだそうです。
小河校長:「かなり昔に制定された『学校教育法』には、学びの目的は『人格の形成』にあると書いてあります。それは当然ですが、今は、さらにその先にある世の中の幸せを考えていくことが必要です。私共は12歳から預かり、18歳で社会に戻していくわけですから、生徒を自立させなければなりません。そのためには、何より生徒を『励ます』ことが重要だと思っています。ですから、私は日頃から教員に『生徒に寄り添ってください』と伝えています」
1学年約120名という少人数制を敷く同校は、先生と生徒の心の距離が近く、先生方は生徒一人ひとりに向き合い、時期を見計らいながら背中を押していきます。
小河校長:「強制的に押しつけられたものは忘れてしまいますが、自分で気づいたものは、忘れたとしても何かをきっかけに蘇るものです。自分で感じたり、見つけたりしながら前に進むことができれば、その時々の経験をプラスして新しいものを生み出していくことができるでしょう。ですから、私たちは生徒の良いところを伸ばすというより、潰さないようにと心がけています。今、短所に見えても、何かが加われば長所になるかもしれません。可能性というのは、いつ花開くかわかりません。40歳かもしれないし、50歳かもしれない。だから、良いところを潰さない。余計な手を入れて、芽を摘んでしまわないように。これが一番重要なことだと思っています」
この校長の言葉からは、校名にある通り、「自学(何を学び)・自修(何を身につけ)・実践(何をするか)」を教育目標とする、同校の風土がうかがい知れます。
同校の「探究」は、以前は1年生から4年生までの4年間の学びでした。でも、その推進力をさらに高めようと、2020年から「C-AIR」として再構築。「C-AIR」プログラムをスタートさせるにあたり、準備・開発のための分掌として各教科8名の先生からなる「研究開発室」を立ち上げました。探究プログラムを開発し、生徒の探究力を引き出し、伸ばしていく部署です。
そして今、5年生も「必修」、6年生は「選択」とし、ますます学びを深化させています。
「探究」から「C-AIR」へ。
「C-AIR」は、そこにドキドキ・ワクワクがある全人教育
「C-AIR」とは「Change and Coexistence oriented Agency through Inquiry and Research」の頭文字からとったもので、「変化と共存に向け、探究を通じて社会を動かす力」を育成するプログラムのこと。私たちが暮らす「社会」に積極的に関わり、働きかけることを活動のベースとするものです。
社会では何が起きていて、この先どうなるのか。自分には、何ができるのか。それを自分で考え、発信するのです。社会との関わりを見つめながら、自分の興味や関心を掘り下げ、プレゼンテーションや論文という形で学内外で発表します。
海老名先生:「『C-AIR』では6年間を通して、発達段階に合わせて徐々に能力を引き上げていくことを目指していますが、始めたばかりですので、今は内容を見直しながら軌道に乗せているところです」
1〜4年生の探究活動は、「理論編」「実践編」に分かれています。
「理論編」は探究の手法や進め方を学ぶもので、一人の先生が全クラスを教えて基礎をつくり、それを踏まえたうえで担当の先生が「実践編」を受け持ち、探究活動を進めていくのです。
1・2年:経験型【社会の見方を学ぶ●地元を素材にグループで学習・発表】
1年...人文・社会系を学習(テーマ例:伊勢原市役所と連携した「伊勢原のまちづくり」)
2年...理工・生物系を学習(テーマ例:大学・研究機関と連携した「科学の力で生活の質を高める」)
3・4年:学術ゼミ型【社会とつながる●ゼミで思考を深め、4年生で「探究論文」を執筆】
12学術分野(人文・社会系4、理工・生物系6、総合系2)を基盤とするゼミ活動を実施。
各ゼミは2名の先生が担当する
5年:自律型【社会に働きかける●個人やグループで自律的に探究活動】
テーマや形態は自由で、自律的な探究活動を実施
6年:選択型【社会を見通す●大学での学びに接続するキャリアを形成】
大学進学後も視野に入れ、テーマを深めて自主研究を実施
1・2年生で基礎を積み、3・4年生では12のカテゴリーに分かれてゼミ活動を実施。
社会科学系、自然科学系、総合系と、学問分野を網羅した12のゼミは、それぞれ約10名の生徒と2名の先生で構成されます。
海老名先生:「ゼミを担当する教員は教科をベースとして組んでおり、教員が交替する場合にも同じ教科内で変更することができます。そういう意味では、以前よりも『持続可能なゼミ活動』ができるようになったと思いますね。また、普段からそれぞれ教科会の中でも話し合いができますので、探究を軸に、各教科の授業のプログラム開発ができる環境も整いつつあります」
各教科の授業で教科の基本を学びながら、探究では世の中に出た時に必要になる考え方やスキルを身につけていきますが、同時に、例えば「英文の資料しかないから英語を勉強しなくちゃ」と視界が広がっていくことも、探究学習のおもしろさだと海老名先生は言います。
テーマは自分が興味を惹かれたこと、それを中心にとことん追究していく。これまでも、これからも、そこは変わりません。
探究活動を基軸に「思考力・判断力・表現力」という普遍的な学力と、コミュニケーション力や協働力などの人間力を身につけていく。つまり「C-AIR」は全人教育であり、一番の特徴はそこにワクワク・ドキドキがあることです。
同校の探究活動は、校内だけではなく、地元の伊勢原市や大学、企業などとの関わりも欠かせません。実際に社会とのつながりを持ってこそ、生徒の思考や行動も具体的なものになるのです。
コロナ禍のため、以前よりも外に出かけていくことは難しくなったものの、反面、Zoomなどを使うことに慣れたり、昨年から3・4年生はゼミ活動のために自分専用のメールアドレスを持ったりと、オンラインで社会とつながる機会は広がりました。そして、生徒たちは自分が探究するテーマの専門家に積極的にアプローチし始めました。
海老名先生:「Zoomでいいから対面で話がしたいと、専門家の方に連絡し、時間を合わせてインタビューしていますね。なかには『成果発表も聞いてください』とお願いする生徒もいて、コメントをいただいたりしています」
また、今年から電子図書館もスタートしました。ネットを通じて、探究のための資料となる本を借りられることはもちろんですが、ここには、探究の成果発表であるポスター作品も掲載しています。そして、この電子図書館をきっかけに嬉しい出来事があったと言います。
海老名先生:「外部の方もアクセスできるようにしたところ、科学技術振興機構の方から連絡をいただいたのです。その方は、『気象に外的なコントロールを加え、雲を作って雨を降らせられないか』と、気象をテーマに探究している生徒のポスターを見て、気象関連のシンポジウムに参加してみないかと誘ってくださいました。このように、生徒を外に連れ出してくれるお声がけは非常にありがたいですね」
ほかにも、食品ロスについて探究している生徒は、フードバンクでのボランティア活動に参加するなど、まさに生徒と社会がつながる道筋は、コロナ禍でも増え続けています。
知識を享受している者もまた新たな知識を生み出し、
知識のバトンをつないでいく
ところで、「C-AIR」プログラムの開発・実践を牽引する海老名先生に、探究学習を指導する立場として何を大切にしているか伺ってみました。
海老名先生:「知識は人間が生み出すものです。実際、私たちも誰かが作り出した知識のもとに便利な生活をしているわけですが、その恩恵を受けた身として、自分も何かを生み出し、次世代につなげていかなければいけないのではないか。そうすることが、おそらく、生まれてきた意味であり、生きた証になるのではないでしょうか。知識を注入され再生するだけでは、何も作り出せません。身の回りのことでも、未来につながる大きなことでも、『知』を生み出すこと、これが生きることの基本にあると思うのです」
海老名先生は、良質な知識を「美味しい知識」と表現しました。
探究活動の中で、「先人たちは、こうやって知識を作ってくれたんだ」と実感できるのが「美味しい知識」。このようなストーリー性を持った学びを継続して自ら新たなものを生み出し、バトンを渡していく。海老名先生自身、改めて気づいたと言います。「生きること」は「学ぶこと」だと。
海老名先生:「ですから、ちゃんと美味しく作られた知識を生徒に食べさせることが大切だと思っています。そして、自分でも知識を作り出せることを知っていくと、膨大な知識の中から美味しい知識を見分けられるようにもなります」
「探究」と同様、創立以来、同校で続けられているものに、1〜3年で週に一回実施される「SS」という授業があります。自分の心や行動の特性を科学的に解析することで、コミュニケーション能力や感情をコントロールする力を育み、より良い行動へつなげていくためのカリキュラムです。
授業の中で、生徒たちは自分でも知らなかった自分と出会い、そのことに客観的に向き合ううちに、「性格だから仕方がない」と思っていたことも変えていくことができるようになるのだそうです。
これは、「EQ(心の知能指数)」をもとにしたもの。「EQ(Emotional Intelligence Quotient)」とは、1990年にアメリカの心理学者が提唱した理論で、「人と仲良く付き合っていくには相手の感情を読み取り、自分の感情をうまく表現する能力が必要」という考え方に基づくものです。
企業の社員教育にも活用されていて、良好な社会生活を営むために不可欠なコミュニケーション力を、感情と行動の中間にあるEQを高めることで伸ばしていくのです。
小河校長:「EQ(SSの授業)は、探究と連動するものでもあります。自分の思いや考えを相手に伝えるだけでは頭ごなしになり、コミュニケーションとは言えませんよね。良い社会を築いていくためには、まずは相手を知り、さらに相手の背景をも理解しないと、自分のことも理解してもらえません」
タイトルにあるように、同校には「一人ひとりが自修館」という合言葉があります。生徒も、先生も、決して大上段に構えるのではなく、日々、「何を学び・何を身につけ・何をするか」を心に留めておこうということを意味する言葉です。
小河校長:「生徒たちには、たくましく、優しい人になってほしい。そして、幸せに、生き抜いていってほしいと願っています。私は若くして親になったのですが、校長になった時、初めて親になった時の感覚を思い出しました。親が未熟なために、子どもに損はさせたくない、と。ですから、教員や保護者の方々のお力を大いに借りながら、これからも生徒たちに寄り添っていきたいと思っています」
もうずいぶん長いこと、3年生の「国語」の授業で、芥川龍之介の『羅生門』の続きを創作する取り組みが続けられているなど、同校では、創造性や感性を育む教育も充実しています。
そして、「授業プラスα」の学習機会として「土曜セミナー」と「土曜講座」(ともに希望制)があります。
ここでは、過去に実施したものですが、「土曜講座」の数学講座の2例をご紹介しましょう。机上の「学問」が、実生活にリアルに直結していることがわかるものばかりです。
●「バリアフリーを数学で考える」
普段何気なく通っている道も、平らではありません。そこで、「スロープはバリアフリーと言えるのか」をテーマに、検証することに。保健室から車椅子を借りてきて、校内のスロープを実際に上り下りしてみました。自力では上がるのがきついスロープもあり、ならば、どのくらいの角度なら難なく上れるのかを調べるために、角度を測る道具を作成して考察しました。
●「チョロQは何センチ引いたら、どのくらい走るのか」
どれくらい紐を引っ張れば、どのくらいチョロQは走るのか、変数の相関関係を検証しました。