学校特集
女子聖学院中学校・高等学校2022
掲載日:2022年9月1日(木)
1905年に創立された女子聖学院は、キリスト教教育と女子教育という2つのアイデンティティを土台に、「自らの賜物を用いて、他者と共に歩む事のできる女性」を育んできました。116年に及ぶ長い歴史の中では、中高6年間を通して培う「神を仰ぎ人に仕う」人間教育が揺るぎなく継承されています。こうした創立以来の理念を大切にしながら、同時に未来を見据えた取り組みも充実。その一つが、中学の「総合学習」の時間に行っている探究学習です。同校の探究学習を牽引する、探究委員会委員長の川村明子先生(数学科)と広報室の中井嘉子先生(社会科)にお話を伺いました。
「自律した学習者」として自ら発信し、表現できる人になる
同校では昨年から、中学の「総合学習」(週2時間)で探究学習をスタートさせました。建学の精神である「神を仰ぎ人に仕う」を土台に、「仕える人になる」をテーマに掲げ、中高6年間で「生徒一人ひとりが自律した学習者となり、自らの考えを自らの言葉で表現し、社会に貢献する市民意識を育てる」ことを最終目標としています。
キリスト教主義に基づいた学びの文化が根づいているため、他者を敬い、協働する喜びを理解している生徒たちですが、多様な価値観が混在する今、「社会に貢献できる女性」となるには、自己肯定感を高め、主体的に学ぶ姿勢が不可欠です。
そこで、中学3年間の探究学習は、自分軸(自分の指針)を獲得する「マイ・コンパスプロジェクト」に取り組み、学年ごとに学びのテーマを設定しています。
中1=「学びとは?」 →効果的な学習方法(学習方略)を探究する
中2=「本物に触れ、視野を広げる」→さまざまな社会課題を知り、自分事としての探究を開始
中3=「未来社会を創る視点に立つ」→ 「自分が理想とする未来を描く」ポスターや作品を作り、
「未来の◯◯展」を実施
次に、各学年の具体的な内容を見ていきましょう。
中1の4〜9月は探究学習の導入として、「学びとは何か?」という根源的な問いから始めます。
中学受験を突破してきた中1生の多くは、「入試に合格するための勉強」に追われてきたことで、学びに対するワクワク感が薄れていることが少なくありません。そこで、生徒たちのマインドセットを促すために、生徒にとって最も身近な課題である「学習方法」について探究し、「自分に合った学び方」を見つけていくのです。
授業ではまず、記録シートに自分の学習方法を書き出すことから始めました。「習ったことを自分のことばでまとめる」「理解したことを説明できるようにする」「丸付けは問題を解いた直後にやる」「声に出して繰り返し読む」など、それぞれの学習法をクラスで共有することで、生徒たちはいろいろな学び方があることに気づきます。次に進む足がかりとしたのは、学習効果の高い学び方(学習方略)の探究でした。
川村先生:「『学習方略』と言うと難しく聞こえるかもしれませんが、学習方法は一つだけではなく多様であること、そして、自分にふさわしい学び方があることに気づいてほしいと考えました」
■学習方略
認知心理学の自己調整学習理論で使用される専門用語で、「学習効果を高めるための意図的な工夫」を指す言葉。主要方略として、以下の3つが知られている。
・精緻化方略...経験や知識などの情報を結びつける
・体制化方略...複数の事柄をバラバラに捉えるのではなく、共通点などで整理・分類する
・反復方略......繰り返し書いたり、声に出したりなど、同じ作業を繰り返す
そして、中間・期末試験が終わった後に、4月から変化したと思うことは何かと問うと、「どんなに他の人に合った方略でも、自分に合わなければ意味がないと思うようになった」「こういう振り返りも大切だと思った」と言う生徒が出てきました。
川村先生:「苦手だと思い込んでいた教科も、実は学習方法がわかっていなかったのだと気づけば、自分に合ったやり方で克服できると思えるようになります。『自分には向いていない』と決めつけるのではなく、自分にふさわしい『学習方略』を知ることは、自分を知ることにもつながっていきます」
最初は戸惑っていた生徒たちも、「秋ぐらいになってようやく意味がわかってきた」と言い、授業中にも「あれって、精緻化方略だよね」という言葉がパッと出てくるようになったそうです。こうした意識変容を達成するには、それぞれに検証と振り返りを継続していくことが大切です。自分を知り、日々の学びから自分なりに効果的な「私の学習方略」を探究し、10月にポスターにまとめて発表します。
川村先生:「探究というとすぐに社会課題を取り上げがちですが、自分と接点のない課題を自分事とするには、まだ生徒の経験も実感も足りません。本校ではいきなりそこに向かうのではなく、中1段階ではむしろ、生徒が日々向き合う『学びとは何か』を考え、自分の個性や適性を客観視(メタ認知)するところから始めたいと思いました。自分はこうだから、これが合っている、と。主体的に学ぶためには納得感が必要だからです」
中1の11月以降は、中2の探究学習につながる下準備として、「システム思考」のツールを使った地域課題の探究に取り組みました。
■システム思考
「システム思考」とは、問題が起きた時にそこに関わるさまざまな要素どうしの繋がりを把握して、多面的な見方で原因を探り、問題解決を目指す思考法のこと。
問題の原因を分析して、その一つひとつを解決しようとする考え方に対して、システム思考は、問題に関わる事柄の繋がりを見ることで解決法を考えるのです。そこで、システム思考教育家の福谷彰鴻さんを招いて、システム思考で用いられるツールの一つ「氷山モデル」を学ぶワークショップを行いました。
ここで扱った例題は、「熊が出た!」というある地方都市のニュースでした。原因は、山で働く猟師が減った、里山が少なくなった、熊の食糧が減った、過疎化、人口減少などいろいろ考えられます。「熊が出た!」というニュースが目に見える氷山だとすれば、水面下には複層的要因が隠れていることを生徒たちは理解します。
このワークショップを経て、生徒たちには「東京とそれ以外の地域を一つ選び、統計データをもとに違いを比較して、その水面下の情報を調べてみよう」という課題が与えられました。
生徒たちが提出した「氷山モデル」を紹介してみましょう。
■富山県には「私立の小学校が1校しかない」
・人口が県の中心部に集まりやすくなる
・距離的な問題で通える人と通えない人の差が開く
・県外の引越しを考える
・若い人が減る
・過疎化が進む
・地域活動が減る
■静岡県には「外国人労働者が少ない」
・国の中心ではない
・働く環境が整っているところが少ない
・最低賃金が安い
・仕事を求めて東京に出る人が多い
・職業選択の幅が少ない
川村先生:「生徒たちは、教員が気づかなかったようなデータも見つけてきました。ご両親の実家がある町、親戚がいる所など、自分に身近な場所を選んで、真剣に課題と向き合っていました。少し難しそうな課題でも、自分で決めたテーマなので意欲も興味も高まります。こうした思考法は、社会問題を考える『視点』の獲得に役立ちます」
中2の探究テーマは、本物に触れて視野を広げ、社会に目を向けることです。コロナ禍で校外学習や行事が実施できなかったため、オンラインも活用しながら卒業生ともつながり、社会課題に向き合う探究学習に取り組んでいます。
一方で、中1での「学び方」の探究をさらに深化させる活動も進めています。学習方略の有効性を体験的に学ぶトレーニングを始めました。
数学の例では、方程式が書かれたプリントを配って「学習方略の精緻化方略を使って、計算方法を説明してみよう」というトレーニングを実施。学びの定着を図るために、2人1組となってお互いに解き方を説明するという、自分の理解を「言語化」するアプローチです。
川村先生:「解き方はわかっているのに、言葉で説明しようとするとなかなかできない。それはなぜかと考えた時に、正しい用語の使い方を理解していないからという理由に気づきます。常に『なぜ?』という問いを意識するように仕向けていきました」
記録シートには、「精緻化方略が歴史に応用できる」と書いた生徒がいました。「歴史的な出来事がなぜ起きたのかを調べていくうちに、出来事の範囲だけでなく前後の内容も復習できると思いました」と。
その生徒は、さまざまな出来事の繋がりが歴史を作っていくことに気づいたのです。それは、年号を暗記するだけでは得られない「物事のつながりを捉える広い視野の獲得」であり、学びの本質を知る経験にもなっています。
中3では、高校での探究授業につながるように「社会を知る」「社会を創造する」段階へとステップアップし、ゼミ形式の探究活動で興味・関心のある分野を深掘りしていきます。先生方が開講するゼミは文系から理系まで幅広く揃い、じつに多種多様ですが、生徒たちは自分が受けたいゼミを第3希望まで選び、エントリーシートに書き込んで提出します。
中井先生:「ゼミでは、教員は基本的に課題や疑問を発する知の伴走者、ファシリテーターに徹して、生徒自身で興味・関心のあるテーマを突き詰めていきます。そして、 『あなたが社会を変えたいと思うなら、その風景はどういうもの?』と問いかけ、ここがこうだったらいいのにという改善点を見つけるところまで進めていきたいと思っています」
ゼミ内で共通の課題図書を決めたり、地域取材や専門家にインタビューする課外活動なども行いながら、「未来社会を作る視点に立つ」という観点から学びを進めます。そして3年間の集大成として、冬にはポスター制作やプレゼンテーション形式で「私たちが望む未来の◯◯展」を開催する予定です。
探究活動を支える「デジタル・シティズンシップ教育」と「リーダーシップ教育」
一人1台タブレットを所持する生徒たちがICTの「善き使い手」となるため、同校では「デジタル・シティズンシップ教育」を行っています。これは、個人の安全な利用のためだけではなく、人権と民主主義のための情報社会を構築する善き市民になるために、安全にかつ『責任をもって行動するための理由と方法』を学ぶものです。
これまでのように、先生が「◯◯してはいけない」「◯◯すること」と規定のルールを伝えるのではなく、常に「この場合、あなたならどうする?」と問いかけていきます。重要なのは、「自分で考える時間を与えること」と、川村先生。話し合いなどを通して、生徒が主体となってデジタル技術や思考方法を身につけ、社会を主体的に作る力を培っていくのです。
「授業に関係のないアプリを授業内に開かない」と書かれた大きな紙が、黒板の横に貼られています。「総合学習」の時間に、生徒たちが話し合って決めたルールの一つでした。自分たちで決めたルールなので、責任を持って守ろうという意識が強いそうです。
同校が考えるリーダーシップとは、誰か一人が大勢を率いるのではなく、状況に応じてそれぞれの生徒がそれぞれの能力を発揮すること。生徒一人ひとりが他者との関わりを通して自己理解を深め、自分らしさを活かしたリーダーシップを発揮する意義を共有する「シェアド・リーダーシップ」の考えに基づいた教育を行っています。
そして、中高大の連携教育の一環として、今年度はまず中3を対象に、立教大学経営学部の舘野泰一准教授による「リーダーシップ・ワークショップ」を行いました。
一般的に、リーダーシップは「引っ張る」「カリスマ性」というイメージで考えがちですが、舘野准教授のワークショップの課題は、クラブ活動で「1カ月で部員を結束させよ! あなたはどう動く?」というミッションでした。
チームごとに分かれて、生徒たちは協働しながら解決方法を考えて発表していきます。このワークショップのポイントは、発表の後に仲間の行動に対して良かった点、改善すべき点を互いにフィードバックし合うことでした。他者に指摘されることで、自分をより深く理解し、自分らしさを知ることにつなげていくのです。
ワークショップの実施前と後で、リフレクションシートに書かれたリーダー像が変化していることがわかりました。
実施前:物事を率先して決めていく人、積極的にみんなをまとめる人
実施後:みんなで場を作っていくこと、お互いの良いところを引き出す人、人の話をしっかり聞く人、人の意見を引き出す人
「リーダーシップとは特別な能力ではなく学習可能なものであること、それぞれの役割に応じて自分の強みを発揮することで、良い結果が生まれる」というのが、「シェアド・リーダーシップ」の考え方です。
中井先生:「こうしたワークショップを何度も繰り返し行うことで、自分の持ち味を活かした、その場に応じたリーダーシップを高めることにつなげたいと思っています」
川村先生:「こうした探究学習の学びが、他の教科に伝播して良い連鎖反応を起こすことを願い、各教科でもさまざまな工夫をしていきたいと思っています」
「自律した学習者に」「生涯、学び続ける人に」という文言はよく見聞きしますが、では、どうすればそうなれるのか。同校では「学び方」そのものを探究の一つのテーマとして、構造的に理解する知識を与え、さらに考えさせることを丁寧に繰り返します。先生方のお話を伺いながら、学びの根源的な意義を継続して思考し実践していくことで、「自律した学習者」は生まれるのだと腑に落ちました。