学校特集
昭和学院中学校・高等学校2022
サイエンスアカデミーコースを創設
掲載日:2022年6月20日(月)
「明敏謙譲」を校訓に掲げ、知・徳・体の全人教育を行っている昭和学院(千葉・市川市)は、2016年度から毎年さまざまな改革を断行しています。これまでも入試制度改革や個性を伸ばすコース制導入などを行ってきましたが、2023年度から新たに「科学のロマンを追え」をコンセプトにした「サイエンスアカデミーコース」が創設されます。コースを主導するのは、他校でサイエンスコースの立ち上げを牽引した実績を誇る榎本裕介先生です。どんな生徒を育てていくのか、榎本先生に新コースの展望や授業内容について伺いました。
中1からゼミ形式で研究に取り組む
1940年に創立された昭和学院は、2015年に就任した校長・大井俊博先生の下で順次、学校改革を進めてきました。入試改革や新コース制導入により人気が高まって毎年多彩な力を秘めた生徒や帰国生が続々と入学しており、その勢いは今も衰えを知りません。
昭和学院中学校では2020年度からIA(International Academyインターナショナルアカデミー)コース、Ad(Advanced Academyアドバンストアカデミー)コース、GA(General Academyジェネラルアカデミー)コースの3コース制を実施しています。IAは英語力や国際感覚を磨くコース、Adは難関国立大や難関私立大への進学に対応するコース、GAは興味関心に合わせた授業を選択できる柔軟なカリキュラムで個性を伸ばします。
この3コース制に2023年度から新たに「サイエンスアカデミーコース」が加わり、中1は4コース制に変わります。2020年度から施行された改訂学習指導要領では小中学校でプログラミング教育が義務付けられ、私たちの身の回りでもAI(人工知能)やロボットなど先端技術が身近に使われるようになりました。こうした社会情勢に合わせ、サイエンスの知見や科学的・論理的思考を磨き、科学のロマンを追いながら将来のキャリアにつなげていくのがサイエンスアカデミー(SA)コースです。
SAコースの募集は30人程度で、通常の入試と同じ試験でこのコースを志望できます。このコースの一番の特徴は、週1時間の授業と放課後などを使って「研究活動」に取り組むことです。「生徒はそれぞれ研究テーマを決め、理科教員が数人ずつ生徒を担当するゼミ形式で研究内容を深めていきます。生徒の興味を最大限に尊重しますが、教員の専門性とかけ離れた研究は難しいので、すり合わせをしながらテーマを決めていく予定です」(榎本先生)。
科学の分野にはたとえば次のようなものがあり、その中から自分の興味のあるテーマを掘り下げて研究していきます。
・風力発電
・発生学
・地域環境生物学
・スポーツ科学
・動物行動学
・食品化学
・量子力学
・植物遺伝学
「私の専門は植物遺伝学なので、"未知の遺伝子を解析する"といったテーマが考えられます。遺伝子解析は中学生のカリキュラムに合わせた内容にはならないので、学校で導入しているスタディサプリなどの自学システムも活用し、自分で新しい知識をとりいれて学ぶことになるでしょう。教科書通りの順番で授業を聞く受け身の姿勢ではなく、興味関心に沿って自分でどんどん知識を深めるという能動的な学びの姿勢も教えて行きたいですね」(榎本先生)。
先生も答えを知らない課題に取り組む中1の理科
植物や昆虫が好き、宇宙に興味があるなど、理科や算数が好きだったり1つのことを突き詰めて調べるのが好きな子どもはいますが、そうはいっても中1からテーマを決めて探究し続けるのは大変なことです。そもそも研究テーマを見つけるだけでも難しいし、「現段階ではこれは未知の領域だ」ということを調べるだけでも至難の業です。テーマを決めるまでに1~2年かかる生徒もいるかもしれません。
「中1だと、ネットなどで調べればすぐ答えが見つかると思っている生徒がたくさんいます。でも、実は答えがないことのほうが多い。まず、そこに気づくことが、科学の探究のスタート地点です」と榎本先生は話します。
それを実証しているのが、榎本先生の中1の理科の授業です。今年の中1は4月からグループで「パラシュートコンテスト」に取り組んでいます。およそ2か月にわたって行われるこの授業では3人1組のチームでパラシュートを作り、滞空時間などを競うコンテストを実施します。
●使用できるもの
金属ワッシャー1~3個/木綿糸/A4用紙10枚/道具(のり、セロハンテープ、はさみなど)
●制限時間 50分以内で製作する
●コンテストのやり方、判定
・6mの高さから真下の的に向けて落とす
・投下回数は5回
・滞空時間(70点)、的の中心に落ちる正確性(30点)で判定
生徒たちには全員にiPadが配布されているので、タブレットを手にしたとたんに「これを見れば、すぐ作り方が分かる。簡単だよね」と思う生徒も多いそうです。先生が「何が最適かは分からないから、いろいろ試して、実際に作って飛ばしながら作ってみて」と話しても、まだ「先生は正解を知っているんですよね?」と聞いてくる生徒もいます。
パラシュート作りには流体力学という専門知識が適用されますが、榎本先生は専門外だし、そもそもパラシュートを作ったことがないので正解は知りません。そこで先生は昨年の中1のパラシュート作りの授業でも実際に作って飛ばし、その経験を踏まえて改良を図り、今年も自分の作品を作っています。先生が「このほうがいいかな」「おかしいなぁ」と試行錯誤する姿を見て、初めて生徒たちは「本当に答えが分からないんだ」「先生も作り方を知らないんだ」と気づくのです。
この日は3回目の授業で、これまでに1回、チーム替えも行っています。ネットで調べるだけでなく昨年この授業を受けた先輩に話を聞いたり、中にはゴールデンウィーク中に自宅で試作したという生徒もいます。そうして皆の情報や経験を持ち寄って共有したうえでチームをシャッフルすることで、さらにアイデアが広がるからです。
ネットの画像を見てパラシュートに穴をあけてみたり、「1回目の試作でパラシュートの辺の長さは5:3がいちばん滞空時間が長かった」と比率にこだわるチームもあります。榎本先生がコピー用紙をクシャクシャにして作るのを見て生徒が「どうして、しわをつけるんですか?」と質問する姿もありました。先生が「紙の形状がペラペラだと色々な方向に折れてしまう。クシャクシャに加工すると折れにくいという特性があるから、そのほうが滞空時間が長くなると思ったんだ」と説明すると、生徒も「なるほど!」とさっそく自分のチームでも試していました。ネットで拾った情報とは違う生きた情報を手に入れることの大切さを、こうして生徒たちは身をもって学ぶことができるのです。
1時間の授業の中で、生徒たちはチームで話し合い、試作してさっそく教室の外の吹き抜けで試作品を落としてみます。
1人が1つ上の階に上がって「落とすよ。3、2、1、ゼロ!」と掛け声をかけながらパラシュートを的に向かって落とします。吹き抜けの下ではチームメイトが落下の様子を動画撮影したり、ストップウォッチ機能を使って滞空時間を測定して記録します。
投下が終わるとすぐに生徒たちは動画を見ながら「さっきはひっくり返ったけど今回は大丈夫だったね」「滞空時間をもっと正確に測れないかな」と振り返り、また教室に戻って改良に取りかかっていました。
授業の最後に榎本先生は「Google Classroomクラスルーム(オンライン学習ツール)に白紙の設計図を載せてあるから、今日の試作を踏まえて設計図をかいてください。落下の様子や滞空時間なども記録して、レポートを書いてもらいます」と話して締めくくりました。
学外コンテストや学会発表も視野に
この中1の授業では、コンテストの結果はほとんど成績には反映されません「順位を競うとエンターテインメント要素が入って生徒も楽しめるから、コンテスト形式にしています。実際、保護者会でも"家でも楽しそうにパラシュートを試作しています"といった声も聞かれました。でも、この授業を通して本当に身につけてほしいのは、科学的な思考サイクルや実験レポートの書き方です。情報収集はネットだけではなく書籍やニュース、先生やチームメイトの言葉、そして他のチームとの情報共有など、引き出しが多いほどいい。また、原因と結果があること、失敗を活かして次のチャレンジに進むことなどを身をもって体験してほしいですね」(榎本先生)。
また、生徒たちに自由にレポートを書かせると「落ちるまでの時間は意外と長かった」「長方形にしたら滞空時間が延びた」など、あいまいな表現も多いと言います。榎本先生は「レポートに書いてある文章を見れば、誰でもその実験を再現できることが重要。科学というのは再現性がポイントだから、誰が見ても同じもの、つまり数字やデータなどを盛り込んでレポートを仕上げる練習をしていきます」と話します。
来年度からスタートするSAコースでも、こんな風に生徒の興味関心を引き出す授業を組み込んでいきます。他教科との連携も予定しており、国語や音楽などでも「この生徒たちはサイエンスに興味がある」という前提を踏まえて、サイエンスにつながる話題を振ったり生徒に質問を投げかけたりしてもらう予定です。
また、SAコースの生徒は6年を通して研究を続けますが、卒業論文執筆など画一のゴールは定めていません。「というのも、ゴールが決まっているとそれに向けて、まとめやすいテーマを決めてしまったり、逆算して"これなら完成させられる"と小手先のゴールでまとめるのはもったいないからです。
他の生徒の研究内容を見聞きすることは刺激にもなるし、興味関心を広げるきっかけにもなるので、1月末に学校全体で行う「探究フェス」で発表の場を設けます。ただしそこで発表するのはきれなデータや結論とは限らず「失敗を繰り返している」「テーマを決めるためにこれを調べている」といった、途中経過でも構いません。
ただし、成果の出た研究に関しては学外のコンクールへの出場や学会発表への参加も視野に入れています。「実際に広尾学園の医進・サイエンスコースの生徒たちは学会で大人と同じ一般発表をしたことがあるし、大学の研究室見学なども行ってきました。学会も大学も、意欲の高い中高生の育成には積極的なので、そうした場もどんどん体験させたい」と榎本先生は力強く話します。
来年度からのスタートに向けて、準備は着々と進んでいます。理科の実験や研究には実験環境もポイントになるので、特殊な実験機器類の整備も少しずつ進めています。
「高校生科学教育大賞で優秀賞をいただき、いただいた研究費活用し、コロナワクチンの保管でニュースになったマイナス80度のディープフリーザーも購入しました。80万円ほどの高額な機械ですが、遺伝子組み換え体の保管に必要だからです。こうした外部の研究費や公的な補助金なども活用しながら、必要な機器類を整備していく予定です」(榎本先生)。
毎年新たな展開を見せる昭和学院の次なる一手として、2023年度に新設されるサイエンスアカデミーコース。興味関心を深堀りし、別のテーマを研究するクラスメートからも刺激を受けて、大学や将来のキャリアにつなげていく生徒も多いでしょう。どんな授業や研究が展開され、どんな生徒が育つのか、注目が集まると同時に期待も高まっています。