学校特集
中村中学校・高等学校2022
掲載日:2022年10月20日(木)
「機に応じて活動できる女性の育成」を建学の精神とする中村中学校・高等学校。少人数制で穏やかな校風として知られる、1909年創立の女子伝統校です。その同校が2022年春、学校推薦型選抜(旧・推薦入試)により、学園初の東京大学への合格者を輩出しました。「寄り添う教育」を実践する同校では、この生徒をはじめ、多くの生徒たちが自分自身の夢をその手で掴んでいます。同校の教育について、教頭で入学対策部部長の江藤 健先生に伺いました。
時代に対応できる、
柔軟で寛容な姿勢を育む
生徒一人ひとりの「なりたい自分」に近づくためのキャリア教育を実践している中村中学校・高等学校。将来を見据えた際に大学受験をゴールとせず、30歳からの自分を思い描くことが同校のキャリア教育の特徴です。
教頭で入学対策部部長の江藤 健先生はこう話します。
「世の中が変わってきたとはいえ、女性は30歳くらいになると結婚や出産といった、さまざまな転機を迎えることが多いと思います。
職種などによっては未だに、そのライフステージの変化により、離職を強いられることもあります。そのため30歳からの先の生き方を考えてみようというのが本校のキャリア教育です」(以下、江藤 健先生)
人生100年時代を生きる今の子どもたち。働き方も多様になっており、さらに変化の激しい時代の中で、自分の人生は自らの手で掴み取るしかありません。
「未来を予測することに力を割くよりも、どんな状況下に置かれても、柔軟に対応できる力があれば、何歳になっても自分の力で進んでいけるのではないかと思っています。
本校の建学の精神は『機に応じて活動できる女性の育成』。これはまさに、状況に応じた判断や対応ができることです。
不安や不満を感じた時、人や世の中、国のせいなどにすることは楽で簡単です。しかし、それでは何も解決しません。だったら自分が変わる、自分でできるところは変えられるといった臨機応変さを持つ人になってほしいのです」
中1・中2のキャリア教育は、道徳や特別活動の時間に行われています。オリジナルテキストを使って書いたり、グループワークやリフレクションなどを通じて、自分とは?という部分を徹底して見つめます。
「自分がどういう人間なのかを知るだけでなく、認めたくない自分自身が見えてしまうこともあるでしょう。しかしそれができないと自分の適性も見えてきませんし、他者との距離感を掴むこともできません。そこで、本校ではこれでもかというくらい、自分に対してものすごいベクトルを向けるんです。生徒たちは自分自身としっかり向き合っていて、本当に感心します」と江藤先生は生徒たちを慮ります。
さまざまな切り口から取り組みが行われますが、大人でも自分自身を的確に捉え、すべてを受け入れるのは難しいこと。こうした活動をサポートしているのが、スクールカウンセラーの存在です。
「本校は『寄り添う教育』を標榜しています。自分の姿を深掘りすることが辛い子もいると思います。だからこそスクールカウンセラーがいますし、すぐ面談できるように整えています」
自分の個性や特性、得手不得手や嫌いなことなどを知ることでアイデンティティを確立し、己の適性を把握したら、中3以降は「探究活動」のひとつとして、社会の仕組みを学びつつ、さまざまな職業調べを行います。
「中1・中2の活動を素地として、中3では適性を見た職業とのマッチングを行っていきます。あんな仕事があるんだ、こんなに面白そうなことがあるんだと、びっくり箱を開けた瞬間にいろいろなものが飛び出してくるような感覚で、生徒たちの興味関心が湧き出してくるのがうれしいですね。
ただし、職業への関心を持つことは大切ですが、目先のきらびやかさなどだけではなく、30歳から先のキャリア形成もあわせて考えます。
どんな仕事をしたいのか、その職業に就くためにどんな進路はあるのか。スキルや資格を取るためには何が必要なのかを逆算して、現状に対応していきます」
もちろん、まだ将来や進路を決められないという生徒もいます。また夢や希望がたくさんありすぎて絞りきれないという生徒もいるでしょう。同校の先生方はどんなときにも生徒たちにも寄り添い、彼女たちが希望を叶えられるよう、準備しているのです。
他者や大人も巻き込みながら、
思考するための種蒔きを行う探究活動
同校で力を入れている教育のひとつである探究活動は、若い先生方を中心として熱心に行われています。「探究活動では、外部の方をいい意味で巻き込んでいます」と江藤先生が話す通り、例えば今夏はヒューレットパッカードやミクシー、朝日新聞社などへの企業訪問を行いました。
これは企画当初は高校生向けのイベントでしたが、中学生も早いうちにさまざまな知見に触れてほしいという思いから参加OKとしました。生徒たちは各社でいろいろな話を聞いたり、インタビューをしたり、問いを立てたり課題を探ったりと、高校生と中学生が互いに刺激を受けながら、共に考え合える機会を多く設けました。
「能動的に活動して思考するきっかけを作っていく、PBLのひとつの形です。考えなければ問いというのは生まれません。自分の中から湧き上がるような問いを見つけるきっかけになっています」
また高1では2005年より行われている「クエストエデュケーション」という、現実社会と教育を結ぶプログラムに昨年から参加しています。
「このプログラムでは、さまざまな企業から社会貢献できるようなミッションをいただき、生徒たちが考え、研究し、プレゼンテーションを行います。去年は大正製薬やパナソニック、吉野家、ダイワハウスといった企業さんとコラボレーションしました。
本校は初出場かつ半年間という短い準備期間でしたが、プレゼンを評価していただき、2チームが決勝に進み、全国大会への出場を果たしました」
生徒たちの活躍ぶりに先生方は頬を緩めますが、こうした躍進を支えているのは日常的に行われている、発表やそれに伴うリフレクションです。これらの成果を試すために2021年から始まったのが、探究活動の発表会「NQ(中村Quest)フェスタ」。
「年に1回の成果発表会として、各学年で行っている探究活動や中1・中2の研究活動を発表する場としました。
高2は各自で探究活動に取り組んでいますが、その集大成として行いました。昨年はポスターセッション形式にし、校内のあちこちで高2生が発表している様子をみんなで聞きに行くというスタイルを取りました。それぞれがしっかりとプレゼンし、それをまたリフレクションしてもらうことで、また次につながる学びとなり、とても見応えがありました」
テーマは生徒たちがそれぞれ自分で考えて設定します。「イケメンは何故イケメンと認識されるのか」というユニークな切り口をきちんと分析したものから「ゲーテの愛と死について」という哲学的な視点に取り組む生徒も。
「探究活動は、まだまだ発展途上ですが、年々ブラッシュアップしてより良くしていきたいことのひとつです」
知的好奇心をしっかりと芽生えさせ、自分自身の興味関心が大学入試やその先々へと繋がりが見いだせるような学びを期待しています。
教員が一丸となって支える
「キャリアサポーター制度」
中村のキャリア教育・進路指導を語る上での大きな特徴に、同校ならではの「キャリアサポーター制度」があります。総合型選抜入試などを希望する高3の生徒一人に対して、一人の教員がマンツーマンで寄り添い、面接や小論文の対策、エントリーシートの作成などに対応する仕組みです。
「『キャリアサポーター制度』は10年以上前から取り組んでいますが、これらの実践が実を結んできているように感じます」と江藤先生は話します。
2022年春は先に触れた東京大学教育学部や東京都立大学理学部、上智大学総合グローバル学部といった錚々たる大学へ、生徒たちは自分の夢を叶えるべく進学していきました。
例えば東京大学教育学部へ進学した生徒は、国際コースに所属していましたが、彼女が志していたのはヤングケアラーについての研究。
「経済的な格差の中で教育を受けられないような子どもたちに関心を持っていました。ただし、日本では比較的新しい研究分野のため、研究が進んでいる大学は東京大や早稲田大など。そこで東大の教育学部を目指したいと進路を絞りました」
この生徒へは上位校への進路指導を行っていたベテラン教諭や自身も東大卒といった3人の先生方がチームを組み、徹底的にサポート。
「ヤングケアラー問題は先ほども申した通り、分野としては新しい概念なので、データと論文がまだ少ないのです。推薦入試に対応できるような論文を書く上でエビデンスに乏しいものになってしまう危険性がありました。そこで彼女と担当教員で相談し、自身も経験したコロナ禍の留学について、クラスメートからヒアリングをしてデータを収集し、客観的に論じることにしました。網羅性と説得力のある論文に仕上げられたと思います。実はこのテーマ設定に至るまでが、いちばん時間を要しましたが、結果的にこの選択が良かったのではないでしょうか」
先に触れたように、表現力を鍛えるための取り組みを中1から熱心に行っている同校。文章の共有だけではなく、言葉での発表も含めて豊富な機会を持ち、リフレクションを繰り返してブラッシュアップをし、表現力を磨き上げています。
「私は日本史が担当ですが、とにかく考えさせ、論じさせ、書かせることに重点を置いている授業もあります。他の科目やさまざまな機会でも、表現する機会は多く、生徒たちがどんどんスキルアップしていく様子を目の当たりにしています。
みんなで発表や学び合う中で、気づきや真似るべき部分、生かすところを多々感じているのだと思います」
なお、ドラスティックに変化する大学入試事情ですが、同校では進路指導をするにあたって先生方は小論文や面接の作法、入試自体の仕組みなどを理解・共有する研修を実施しています。
寄り添う教育の集大成
EQを高める中村の学びとは
こうした教育を行う一方で、同校で大切にされているのが、心の知能指数と呼ばれる「EQ(Emotional Intelligence Quotient)」です。
「認知型の学力も非認知型の智力のどちらも大事です。その両輪を育てるために日々生徒たちと向き合っていますが、その両輪をより良く育てるための土台が必要だと強く感じています。
その土台となるのはEQであり、これが高いと人生の満足度はかなり上がるはずです。EQの構成要素を見ると、本校の学びや学校生活と結びつく部分がかなりあります」
EQを構成する5つの要素には、「自己認識」、「動機付け」、「社会的スキル」、「共感」「自己規制」があります。
「『自己認識』というのは、自分の性格や感情の動きを理解することです。『動機付け』は、自分がどう生きたいか、どういった人間になりたいかという本質的な願望を動機付けとして、モチベーションを保つ力です。これらは本校のキャリア教育で重視している力です」
中学生は1学年80名ほどの小規模校である同校では、人と人が向き合う機会は多く、一人ひとりの付き合いが密になります。こうした人間関係を円滑にする秘訣は、他人とうまくコミュニケーション取りながら、自分と他者の利害を調整し、合意点を見出す力である「社会的スキル」。加えて「共感」「自己規制」も重要になってきます。
「もちろん必要以上に苦しむことがないよう、カウンセラーや我々教員も生徒たちをつぶさに見守っています。いざというときの逃げ道の確保は前提となりますが、人が集まればトラブルは付きものです。互いに向き合って、ときにはぶつかり合ったり、泣きたくなったりすることもあるでしょう。そうしたトラブルから常に逃げるという手もありますが、お互いに折り合いをつけたり、落としどころを一緒に探りながら、深く理解し合うことができれば、人間関係・信頼関係をより強固にしていけるのだと思います」
温かな校風の中、先生方に見守られながら、切磋琢磨して生涯の宝となる友人を見つけ、EQを高めている同校の生徒たち。思い描く未来へ邁進しながらも、機に応じて対応できる柔軟性や人を思いやる優しさ、そしてさまざまなことを思い、考えることで育まれるたくましさ、人と人の中で揉まれて培われた強さも持ち合わせた人間形成につながっているのが、中村中学校・高等学校の教育なのです。