学校特集
東京家政大学附属女子中学校・高等学校2022
掲載日:2022年8月10日(水)
1881(明治14)年、本郷湯島に「和洋裁縫伝習所」を開いたことから始まった東京家政大学附属女子。建学の精神に「自主自律」を掲げ、愛情・勤勉・聡明の生活信条を実現するために、人間力の育成と学力の向上に取り組んでいます。そんな同校では、ランチルームで生徒一同が会食するスクールランチ(完全給食)を中学3年間実施しています。生きる上で要となる食を通して、自分たちの健康や将来の進路、食品ロスなどの社会問題に目を向けているのです。
生きる力に直結する食事だからこそ、正しい知識が不可欠
同校のランチルームは、もともと好きなものを選んで食べる学園食堂でした。2004年度からスクールランチを開始。食育に力を入れる現在のスタイルが確立しました。
ランチルームは調理施設との一体型で、提供までの時間を短くできるよう工夫された設計。提供カウンターは適温機器設備が整っているため、いつでも温かい食事が楽しめます。
管理栄養士で栄養教諭でもある村上まさ子先生は、スクールランチで身につく力について、次のように語ります。
「現代の日本では飽食の中、過度なダイエットやひどい偏食持ちの子どもが増えてきました。食事は生きる力と直結しています。正しい知識を身につけることで、摂食障害などを避けることにもつながるのです。また、現代は自分の好きな物ばかりを食べる傾向にありますが、幅広い食の経験はおいしく食べ物をいただくだけでなく、旬の食材や食事マナーを知り、食品ロスなどの社会問題を学ぶきっかけにもなるのです」(村上先生)
スクールランチは豊洲市場直送の食材を使って、1年間すべて違うメニューを提供しています。野菜がたっぷり入った食事で、ご飯を主食とした一汁三菜+乳製品の日本型食生活を意識。とくに気を付けているのは、和え物や酢の物などの和風献立を取り入れ、昨今の家庭の食卓に登場しにくくなった伝統的な料理や行事食を提供することです。
「日本には酸味や苦みのある食材がありますが、苦手な生徒が多いようですね。これは腐ったものや毒を食べないために、本能的に避けているもの。食の経験を積むことで、おいしく感じられるようになります」と村上先生。
家族の歴史ともいえる食事。外部から指摘するにはデリケートな部分ではありますが、学校は苦手なメニューも「ひと口だけ食べてみたら」と促せる環境です。村上先生は、
「スクールランチでは、苦手な食べ物でもさまざまな味付けで工夫していますから、『いつの間にか食べられるようになった』と生徒たちが成長を自覚できる日がやってくると思います」
と話します。
スクールランチを重ねることで、生徒たちは「ランチルームはレストランじゃない。食育の場所なんだ」と理解できるようになっていきます。
食事マナーや食の知識を身につけるきっかけにも
ランチルームには、旬の食材や食事マナーなどを知る仕掛けづくりが随所に施されています。その一つが、ポスターの掲示です。ランチルームに入る前の廊下には、保健委員が書いた月間食生活目標や「食事と健康」に関するポスターが掲示され、スクールランチに並ぶ間、食に関する知識を自然と得られるようになっています。
また、入室してすぐの所にあるホワイトボードには、食材の産地や献立のポイントなどが書かれています。毎日繰り返し目にすることで、産地の違いや旬の食材にも気が付くようになるでしょう。
このような仕掛けをきっかけに、生徒たちは食への興味・関心を伸ばしていきます。入学時は食の知識が乏しくても、卒業するころには「苦手な食べ物が食べられるようになった」「完食できた」「魚の種類がわかるようになった」と感想を述べるそうです。
14年ほど前からは保健委員の生徒発案のもと、月に1度「食べ残し0(ゼロ)day」にも挑戦しています。
「中1生はまだ食が細い生徒が多く、食べきるのは難しい場合もあります。それでも、少なめ、普通盛り(=約180グラム)、多めからご飯を選ぶなど、自分で適量を調節して完食を目指しています」と村上先生。
スクールランチは人生で初めて食べる食材と出会う場にもなっています。食と健康だけでなく、食品ロスの社会問題やさまざまな食材に目を向ける機会は、スクールランチに力を入れる同校ならではの取り組みです。
女子教育で培った経験をもとに食事を指導
同校では、食事マナーについて学ぶ時間も大切にしています。これまでの女子教育の経験を活かした配慮を行いつつ、主菜・副菜などの食器の位置や食べる姿勢、食器の持ち方、お箸の使い方まで、指導しているのです。
「女子はみんなの前で注意されると、『恥ずかしい』という思いを抱くものです。時にはそれがトラウマにつながり、憂鬱に感じられるようになるかもしれません。ですから、ちょっとした声掛けでも、配慮が重要なのです。スクールランチでは大勢の中でひとりだけを注意するのは避けて、『ちゃんと食べてね』と全体に向かって呼びかけるようにしています。全体に向かって言えば、本人も気が付いて自ら直そうとするでしょうから」(村上先生)
野菜を残しがちであれば「野菜が泣いているよ」、食べたことのない食材に二の足を踏む様子を見せれば「ひと口だけでも食べてごらん」と優しく促す先生たち。食事を楽しむ生徒の中には完食をアピールする姿もあり、先生との間に信頼に基づくコミュニケーションが生まれていることが伝わってきます。
取材した日は、赤魚の醤油こうじ焼きに玄米入りご飯、野菜たっぷりのナムルに、じゃこと切干大根の炒め煮、和風スープ、夏ミカンの牛乳寒というメニューが提供されていました。コロナ禍のため黙食を実施していますが、それでもクラスメートと並んでとる食事は格別。そのおいしさに、生徒たちからは笑みがこぼれます。
「この年頃は鉄分とカルシウムの摂取が特に大切です。鉄分はレバーに多く含まれていますが、なかなか食べなれない味で、苦手な生徒が多いでしょう。また、カルシウムの摂取のためには牛乳も欠かせませんが、毎日飲むのは不得手な生徒にとってつらいもの。本校では時にレバーや牛乳以外の食材や調理法を用いて鉄分とカルシウムを補い、栄養バランスが取れた食事を提供しています」(村上先生)
体調が悪い生徒には煮込みうどんを提供するなど、体調に合わせたメニューにも対応。また、食物アレルギーがある生徒には、代替食や除去食を実施しています。現在はコロナ禍のため休止していますが、好きな主菜を2種類から選べるセレクトメニューを週2回行い、生徒たちのコミュニケーションづくりのきっかけにも一役買っています。
メディアの情報に翻弄されない、自分の体を守る正しい知識
食事に対する意識は若い世代で低下傾向にあります。現在、朝食を摂らないと体の代謝異常などに影響することがわかっていますが、朝食を抜く年代は、20代が最も多く、その割合は男性で30.6%、女性で23.6%といわれています。(出典:厚生労働省 平成29年国民健康・栄養調査結果の概要)
自分の健康を守るためには、食に関する正しい知識が不可欠。そのために同校では栄養教諭指導のもと、年に2回、学年ごとに異なるテーマで食育教室を実施しています。テーマは中1生が「和食文化と食事マナー」「朝食摂取の重要性」、中2生が「日本型食生活で副菜の役割を知る」「丈夫な骨を作るための食事と生活習慣」、中3生が「栄養バランスのコツをつかもう!−夏休み中の食生活での工夫と注意点−」「健康的な食習慣とダイエットの正しい知識」です。
「中3生の時に取り上げるダイエットの講義は、生徒たちの印象に残るようです。ダイエットは、正しい情報も、そうでない情報も、SNSやインターネット、雑誌などに山積しています。どうすれば自分の体を守れるのか。正しい知識を得ることが重要になってきます」(村上先生)
ダイエットに関する食育教室では、まず適正体重を計算し、自分が本当に太っているのかを数字から読み解きます。その後は、メディアの情報に惑わされないために、栄養バランスの取れた太りにくい食事について考えていくのです。
このほかにも村上先生は「『夏休み中の食生活での工夫と注意点』では、ファストフード店で注文する際に、どうすれば足りない栄養素を補えるかなど、リアルな食生活に基づいた指導を行っています。現代は、料理に時間をかける生活が難しくなりつつあります。生徒たちが自立した時、中食や外食に頼る場合はどういうことに気を付ければ良いのか。もちろん家庭科の授業では調理に関しても勉強しますが、これからの社会に必要な知識として、ランチルームの現場で学んでいきます」と教えてくれました。
食育の授業は保護者の世代には受けたことのない学びです。地区家政会などの保護者が集まる機会には、保護者向けの食育講座を開くこともあるそうです。
「生徒たちの食に関する現実や食事を提供する際のポイントなどを伝えています。保護者からは『栄養バランスについて改めて勉強できた』と好評です」(村上先生)
食育は生徒たちが自立して、いつか自分の子どもを育てる時に必要となる知識でもあります。その時に、これまで学んできた食育の知識と、自分の食の歴史が実を結ぶのです。
食育を通して自分の将来を見据える生徒たち
食育教室は同校が実施するヴァンサンカン・プランのひとつでもあります。ヴァンサンカン・プランとは理想の「25歳」を目指すために、今すべきことを積み重ねる中高一貫のキャリア教育プログラム。OG講演会やマナー教室、ボランティア体験などを通して、中学では自分を知り人間力を磨き、高校では自己実現のための具体的な取り組みについて考えます。
入試広報部の諸坂喜美先生は、豊かな食育教育が生徒の進路保障に影響を及ぼすこともあると言います。
「スクールランチの試食会(現在はミニ学校説明会で実施)を機に本校へ入学。中学校では調理部に、高校では食物研究部に所属して食を研究の域まで高め、管理栄養士を目指す生徒もいます」(諸坂先生)
同校では、大学の学部選択でミスマッチが起きないよう、慎重に指導しています。
「将来はどんな職業に就きたいか、そのためには何を専攻すればいいか。同じ敷地内で過ごす大学生の姿を目にすることで、将来を考えるきっかけにもつながっています」と諸坂先生。
2022年度には東京家政大学の家政学部にあった栄養学科が独立し、栄養学部となりました。食と健康に関わる仕事のニーズはますます高まってくるでしょう。
同校の在校生の中には、管理栄養士、栄養教諭、フードスペシャリスト等を目指して、栄養学部へ内部進学する生徒が毎年数十名程度います。
「管理栄養士だけでなく、食育をきっかけに健康へ興味・関心を伸ばし、薬剤師を目指す生徒も毎年数名います。現代は医療現場で患者様の症状に合った食事(臨床栄養)の大切さが見直され、医師等と管理栄養士がプロジェクトチームを組んで仕事をする機会も生まれてきました。これからの子どもたちにとって、食育教育はより重要なものになっていくのではないでしょうか」(諸坂先生)
食事は日常生活の身近な一コマですが、身体の健康にも直結することです。同校では生徒たちを大切に見守り、優しく導いてきた実績があるからこそ、いち早く食育教育の大切さを見出すことができたのではないでしょうか。
スクールランチは、土曜日のミニ学校説明会で試食(1食=500円)することもできます。建学の精神である「自主自律」を根付かせる学校生活。その一端を覗いてみてはいかがでしょうか。