学校特集
聖学院中学校・高等学校2021
掲載日:2021年12月1日(水)
同校のスクールモットーは「Only One for Others」。キリスト教精神に基づき、「自分らしさ(神様から頂いた賜物)を自ら見出し、その賜物を用いて他者のため、世界のために貢献する」ことを目指すものです。あらゆる分野を繋ぎ、自分なりの価値観を築く教育を実践するため、ダイナミックな改革を更新し続ける同校。今回は、教育の3つの柱である「オンリーワン教育」「探究・PBL型教育」「グローバル教育」のうち、「探究・PBL型教育」のSTEAM関連に焦点を絞ってご紹介します。そこには、さまざまなチャンスを自らの手でつかみ、成長していく生徒たちの姿がありました。情報科・STEAM担当の山本周先生と、中2の岡田和真君、中1の永井健太君にお話を伺いました。
取材が始まる前、早くも二人の熱量がダイレクトに伝わってきた
岡田君と永井君が待つ部屋のドアを開けると、PCを操作する永井君とそれを見守る岡田君の姿がありました。何をしているのか尋ねたら、私たちに見せてくれるために、永井君が3Dプリンターで作った公衆電話のミニチュア版のCADデータを開いているところでした。
3Dプリンターで作った公衆電話のミニチュア版......3Dプリンターで作った作品は初めて見るし、そもそも3Dプリンターについては名称しか知らないという体たらくぶり。「あの、理系がまったく不得手なもので、今日はいろいろ教えてくださいね」と言うと、すかさず岡田君がつぶやきました。「理系、ですかね?」と。極めて素直な、でも鋭いひと言でした。
永井君:「街中にあるものをミニチュア化したいなと思ったんです。本当は便器を作りたかったんですけど、曲線が難しくて。私は以前からPCが得意で、小学校でPCの授業があると友達に教えたりもしていたんですが、この学校で3Dプリンターに出会って、好きなように物作りができるのがとても楽しいです」
岡田君:「もともとゲームが好きで、ゲームを通じて外国の人ともコミュニケーションできるのは魅力的だと思っていたんですが、ガンダムが出てくる、スティーブン・スピルバーグ監督の映画『Ready Player One』を見た時、『将来、こういうゲームを作りたい!』と強く思いました。今でも、その映画は週に1回見ています」
将来について「プログラミングが好きで鉄オタでもあるので、鉄道関係の仕事に就きたい」という永井君と、「ゲームを作る人になりたい」という岡田君。
なんとなく夢を抱いているレベルではなく、二人は聖学院という環境の中で、とことん「好き」に熱中し、深掘りして、自分の興味・関心のエネルギーを拡張させています。
学校生活について尋ねると、こんな答えが返ってきました。
岡田君:「おもしろそうなことができると思ってこの学校に入ったんですけど、ここまでとは」
永井君:「『やらなきゃいけない』はなく、『やりたい!』がいっぱいです」
キラキラが止まらない表情で話す二人の言葉が、同校の教育を如実に物語っています。
教科入試に見る価値基準、つまり旧来の「学力方程式」というべきものを超えて、多様な「Only One」に目を向けたいと数多くの入り口を設けている同校ですが、岡田君は「思考力入試(※)」、永井君は「4科目入試」で入学しました。
※同校は8年前から、他に先駆けて「思考力入試」を開設。「M型思考力入試」「ものづくり思考力入試」「難関思考力入試(2022年度からは「グローバル思考力特待入試」に名称変更)」の3種を実施している。
このように、多様な「Only One」を育てる教育の先には「ものづくり(問題解決策の創造)」「ことづくり(新たな価値の創造)」ができる人物像があり、それでこそ「for Others」へと繋がっていくのだという同校の教育哲学があるのです。
中1「情報プログラミング」の授業は、ワクワクが止まらない
今年度の中1から、学校設定科目「情報プログラミング」の授業がスタートしました。
インターネット活用の土台としての「情報リテラシー」や、課題解決のために「プログラミング」や「データ解析」を学んでいますが、さらに、授業で獲得した力を他教科や土曜日に行われる課外活動「Global Innovation Lab(GIL)」での創作や応用に活かしていくことを目指しています。
ちなみに、「情報プログラミング」の年間授業目標は「情報にワクワクする」です。楽しくなければ学びには向かえません。
山本先生:「授業では『伝わるって、なんだろう?』『わかりやすいって、なんだろう?』という問いからスタートし、最初の5〜10分間はマインドセットに当てています。そして基本的なことを説明したあとは自分たちで進めさせ、わからないところだけサポートする形で行っています」
1学期にはKeynoteを使って自己紹介動画を制作し、自分が好きなものをわかりやすく伝えることに取り組みました。「自分が好きなものについてはひたすら熱く語ってしまいがちですが、人に伝えるときには、わかりやすく伝えなければ意味がありません。そういったスキルも、これからの情報化社会を生きていく彼らには、中1から身につけてほしいのです」と、山本先生。
ところで、2007年に初めてiPhoneを世界に公開する際、スティーブ・ジョブスは「ワイド画面タッチ操作のiPod」「革命的携帯電話」「画期的ネット通信機器」という3つの言葉を繰り返しました。つまり、「音楽」「電話」「メール・ネット」です。そして、これらが一体化した革命的機器が、世界最高のデバイスである「指」で全操作できることを簡潔にプレゼンしました。
このような話題も、山本先生は積極的に取り上げて生徒たちに紹介しています。
山本先生:「YouTubeを見ることも許可していますし、素晴らしい学習教材ですから、むしろ良いものをたくさん見てほしいです。SNSなども取り組んでいる課題とそのコンテンツが合っていれば、見ても問題ありません。情報リテラシーを育てることが前提にはなりますが、規制するのではなく、学びに繋がる例をたくさん示してあげるほうがプラスになると思うからです」
では、生徒たち主体の授業はどのように進むのでしょうか。そこには、まさに「教え合い」「共有し合い」がありました。
山本先生:「スキル的な教え合いもありますが、例えば動画作成などの時に音楽好きな生徒がBGMの曲を提案してあげるなど、授業中のいろいろな場面でお互いに学び合う姿が見られます。みんなで高め合っているというか。また、iPadは文房具ですから、使ってこそ身につきます。自分たちで可能性をどんどん見つけて使い方を広げていってほしいですね」
「情報プログラミング」では、目に見える成果物ができることも生徒たちのモチベーションになっているようだと山本先生は言います。「それ、どうやったの?」と言われれば「もっと知りたい、もっと良いものを作りたい」という思いが湧き上がり、「じゃあ、こうしたらいいんじゃない?」という教え合いも自然に行われるようになる。
各自の作品はオンライン上でシェアしますが、そのような経験が積み重なっていくと、授業中、手が止まっている生徒はいなくなるそうです。
先生も生徒も「主体的な学習者」になることを目指す。同校では、2020度から「Student(教えられる存在)からLearner(主体的に学ぶ存在)へ」という教育コンセプトを掲げていますが、だからこそ、学びを中心に学校生活が活性化していくのでしょう。
ここで、また永井君がPC画面をこちらに向けてくれました。2学期に取り組んだCM制作の映像です。永井君が作ったCMのテーマは「アレルギーに関して」。
永井君:「私自身、食物アレルギーを持っています。日本国民の2人に1人は何らかのアレルギーを持っていると言われますが、それでもまだまだ『アレルギーのある人はかわいそう』と思っている人もいます。そういうのが、少しでもなくなればと思って。15秒間に収めるのは大変でしたが、テーマを決めて、そのための素材を集めてすべて編集ソフトに落とし、そこから削っていって、入れた動画は8倍速にして15秒間ぴったりにしました」
21世紀型教育の先駆けでもある同校はすべての授業設計に、カナダ・クイーンズ大学のスー・ヤング博士が提唱する「ICEモデル」を使用しています。「ICE」とは、知識(Ideas)、知識の活用(Connections)、課題解決(Extensions)の頭文字をとったもので、それに基づいた「問いのストーリー」を単元ごとに策定します。「単元の学習ゴール」として「生徒たちが他者や世界に貢献するための価値づくりや課題解決」を設定し、その課題解決に向けた知識や知識の活用を、授業の中で「問い」として投げかけていくのです。
また、横軸に「ICE(知識・知識の活用・課題解決)」をとり、縦軸に「for自分・for他者・for社会」をとった9つのマトリックスで授業構造を可視化し、授業デザインやシラバス策定にも活用しています。
GILは、高度な学びとともに「遊びの場」でもある
今年度、同校ではこれまで進めてきた学びの発展版として、高校に「グローバルイノベーションクラス(GIC)」を新設しました。GICでは「ものづくり・ことづくりを通して世界に貢献できる人材を育てる」というコンセプトの下、徹底した英語教育やSTEAM教育などを行っています。
※「GIC」の詳細はコチラ→https://www.seig-boys.org/global/senior/
同時に、このGICの学習手法を中学にも波及させようと、先述の「情報プログラミング」を経て「Global Innovation Lab(GIL)」を展開。GILとは校内外でSTEAM分野・グローバル分野のワークショップを行うもので、昨年まで行われていた「思考力ラボ」の進化版です。
中2の岡田君と中1の永井君が出会ったのもこのGILでしたが、蛇足ながら、中学では先輩・後輩関係なく、タメ口なのだそうです。
永井君:「先輩って呼んでいると堅苦しいからやめよう、みたいな。自然にそうなっていますね」
山本先生:「でも、端から見ていると、先輩も後輩も、お互いにちゃんと尊敬し合っているというのが節々で感じられて、それはすごいことだなと思っています」
今年度から始まった中1の「情報プログラミング」や「ファブラボ」など、情報に関係することにさらに興味を持ったり、伸ばしてもらいたいという思いから、山本先生はオンラインで「情報科からの招待状」という素敵なネーミングでさまざまなプログラムを告知しています。
このように、「こういうのがあるよ。行ってみない?」と声をかけると、手を挙げる生徒がどんどん増えて常に定員オーバーに。そのため、プログラム自体の種類も増加の一途です。
山本先生:「そこで、もっと大きな枠組みでやれたらと思い、GIT(Global Innovation Technology)も立ち上げました。こういうことについては、本校はストッパーがかからないんです(笑)。GILは3回1セットなどで行う短期的なものですが、GITは『もっとやりたい!』という生徒向けのものです。中1〜高1が対象で、今は40人くらい参加していますが、ここでも『入りたい』と職員室にやって来る生徒が増えています(笑)」
もちろん、岡田君も永井君もGITに参加しています。
永井君:「今、創立記念祭(文化祭)に向けて幼稚園、小学校、女子聖学院、聖学院すべてを含めた聖学院のジオラマを3Dプリンターで再現しようと計画していて、先輩ともメールでやり取りしています」
中1の永井君は、今は校内でのプログラムを中心に頑張っていますが、中2の岡田君は校外プログラムにも積極的に参加。例えば、最新の3D技術を活用して海洋生物を研究する「海洋研究3Dスーパーサイエンスプロジェクト(※)」に応募して研究メンバーに選ばれ、この秋から活動を開始しています。
※次世代に海を引き継ぐために海を介して人と繋がる日本財団「海と日本プロジェクト」の一環。物事を深く追求できる人材の育成を目指すもので、関東エリアの中学生を対象にオンライン・対面・発表など、合計15コマの授業を実施する。
岡田君:「GILで一番おもしろかったのはスクラッチトースター(プログラミングでトースターを動かす)ですが、その時に来校されていたパナソニックの方に自分から名刺をもらいに行って、その後もパナソニックのイベントに参加したりしています。あと、この海洋研究3Dスーパーサイエンスプロジェクトに選ばれたのは9人ですが、入学式では、他のみんなは海洋を学びたい人たちだったので、僕一人だけ3Dを学びに来た人になっていました」
岡田君は、海洋動物の動きについて学べるチャンスだと思い、その意気込みを「シロナガスクジラの骨格を学び、3Dで研究をしてゲーム作りに活かしたい」と語ったそうです。動物の動きをなるべくリアルに再現できるようになるために。ここでも、ゲーム制作への夢はブレていません。
山本先生:「東京海洋大学の教授や3D映像のプロの方々から技術指導を受けながら海洋研究を行うプログラムですが、事務局の方と話したら『岡田君の熱量は圧倒的にすごくて、他の生徒と違う視点を持っているのがおもしろく、即決で選ばせていただきました』とおっしゃっていました」
「ものづくり」「ことづくり」ができる人を育てる6年間
最初に岡田君に「理系、ですかね?」と言われましたが、お話を伺っていると、「情報プログラミング」や「GIL」で実践していることはリベラルアーツの一環なのかもしれない、と思い至りました。
つまり、技術的な面以上に汎用性の高い思考力を培うとともに、自分の思いや考えを人にわかりやすく伝えるための力を育成する場なのだと。
山本先生:「このような経験を重ねて、高校生くらいになるとはっきりした成果が出てきます。例えばレゴで作品を作る時、一人で作るなら自分の考えを表現するだけでいいのですが、みんなの作品を繋げて班ごとに一つの作品にするというのは難しいものです。いわゆる統合型の高度な思考力が必要になりますから。でも、高校生になると『これは、こういう意味だよね』などお互いの作品を確認し合い、ディスカッションを経て、一つの作品としての完成度が上がります」
最後に、岡田君と永井君に近い将来への思いを聞いてみました。
永井君:「最終的には鉄道関連の仕事に就きたいと思っていますが、大学に行くにあたって、中学段階から好きなこと、やりたいことをとことん突き詰めて、自分の『好き』を啓(ひら)いていきたいなと思っています。『好きを啓く』というのは、中1の学年テーマなんです」
岡田君:「ゲームを作る人にはなりたいんですけど、直近の希望は......早く高校生になりたい! 高校生になると企業助成プログラムに参加できるので、そのコンテストに出たいです」
大学進学のことはまだ考えていないという岡田君。岡田君のように「好き」が明確で、大人でも難しい専門書を夢中になって読み、努力を努力と思わずに「もっと、もっと」と前進できるのなら、あえて言えば、大学へ行く道を選ばなくてもいいのかもしれない。そんな思いがよぎりました。
そして、岡田君は「雑談、大事です」とも言いました。中学生なのに、こう言える。経験からわかっている。ここからも、「聖学院という学びの場」の空気が伝わってきます。
山本先生:「最初は下手でもいいので、たくさんアウトプットしていくことが重要です。岡田君や永井君が高校生になった時には、大人顔負けのプレゼンをする姿が想像できます。ですから、このような経験の機会をたくさん用意してあげて、生徒たちが自分の手でつかめるようにすること。それが、教育効果を最大化するために最も大切なことだと思っています」
あふれる「好き」をさらに大きくしてくれる。また、あふれる「好き」がまだなくても、随所に散りばめられた種を自分で見つけることができる。それが、聖学院です。
岡田君と永井君の話は止まりませんでした。自分の「好き」を人に伝えることが楽しくて仕方がないのです。このような生徒たちを前にしてその未来を思い描く時、こちら側のワクワク感も止まりません。