学校特集
芝浦工業大学柏中学高等学校2024
掲載日:2024年7月2日(火)
2024年、第Ⅲ期目のスーパーサイエンスハイスクールに指定された芝浦工業大学柏中学高等学校。定評のある理数教育だけでなく、世界標準の教育を実践する同校では、文理の枠を超えた探究的な学びに心を躍らせている生徒と先生方の様子が見られます。
広報部長の辻 奈美恵先生、探究科主任の越野 貴嗣先生に同校の探究学習について伺いました。
世界に新たな価値を創造する人材育成のための
資質・能力「SSコンピテンシー」を設定
1980(昭和55)年、「創造性の開発と個性の発揮」を建学の精神とし、芝浦工業大学の併設校として設立された芝浦工業大学柏(以下、シバカシ)。
詰め込み教育が主流だった昭和の時代に、創立時から現在の「総合的な学習の時間(以下、総学)」にあたる学びを実践してきました。第Ⅰ期2004〜2008年、第Ⅱ期2018〜2022年を経て、今年度より第Ⅲ期目となるスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定されました。
「SSHの第Ⅲ期に入り、もう一段ギアが上がるような形での探究がスタートしています」と広報部長の辻 奈美恵先生が話す通り、学校全体でより高い次元の学びへと突入しました。
SSH第Ⅲ期においては、課題研究を軸とする中高6年間の教育プログラムに取り組みます。これまでの同校の課題研究に関わるさまざまな取り組みを精選し、中学の総学が高校の課題研究を行う教科『SS(芝浦サイエンス)』に有機的につながるような形でプログラムを構築しています。
新しい文化を創造し、社会に貢献できる人材の育成に向けて、それに必要な資質・能力を「SSコンピテンシー」として重視。複雑な現代社会を生き抜くために大切な生涯学び続けられる資質の育成を目指し、4つから構成され、下位因子を持っています。
・研究基礎力―――教科の知識・技能、教科等横断的な知識・技能、手続き的知識
・問題発見力―――仮説構築力、批判的思考力、メタ認知能力
・問題解決力―――協働する力、表現力、情報活用能力
・自律的活動力――未知への好奇心、粘り強さ、社会に開かれた姿勢
これらの資質・能力を学校の教育活動全体を通して育成していくために、シバカシではすべての教科学習や探究学習、学校行事などを結びつけています。
「本校の探究学習で大事にしているのは、自分の興味関心に基づいた課題研究です。社会・学術の諸問題と自己との関わりから問いを見出し、自己のあり方や生き方を考えながら、それぞれ探究しています」と話すのは、探究科主任の越野 貴嗣先生です。
課題研究や日々の授業だけでなく、行事でも体験後は必ず振り返りを行い、体験したことを言語化することに努めています。その上で自分自身の将来とのつながりを意識できるようなプログラムが推進されています。
探究プログラムの開発において大切にしたことは、
具体的な体験から学び、自分ごととして捉えられるようになること
まず中1で取り組むのは、自分の興味関心に基づいて日々の気づきを言語化すること。
「本校では、『探究メモ』と呼んでいるのですが、日々の気づきを言語化させています。生徒は日々考えていることがあるのに、言語化しなければ忘れていってしまいます。ですから、日常の小さなことでも言語化して、それらが探究につながるように意識させています。日々のことから考えることで、自己の生き方につなげていく。こうした積み重ねが将来のキャリアに結びついていくと考えています」と越野先生。
中1生にとって、ふとした体験を言語化するというのは少し大変なことかもしれません。それでも自分の感覚を磨き、自分自身の問題へと意識することから深い学びへとつなげている同校。興味関心があることから視座を高めていく経験を通じて、ぼんやりとでも自分自身のキャリアへの道筋を見据えることが目標です。
中2以降で挑戦するのは「全国中学高校Webコンテスト」です。新たに立ち上げた探究科で試行錯誤を続けているのは、学び方の本質についてです。越野先生が教えてくれました。
「これまでの総学の授業では、副教材を使用して探究の手法を教えてからそれぞれのテーマで探究させていました。しかし、具体的な文脈のつながりが見えにくいために、生徒の反応が芳しくありませんでした。具体的な生活文脈とのつながりが見えるように教えなければ、という気づきは生徒たちから得ました」
例えば23年度の「Webコンテスト」で金賞を受賞した生徒の作品は『地域創生〜農業は人と人を結ぶ〜』。道の駅に寄った時に地域の魅力を感じ、農業の視点から地域創生を探究したものです。道の駅に寄るという、日常の具体的な経験から展開されています。机上の学びをいかに実践につなげて取り組むかということに挑戦しているのです。
こうした視野を持って取り組んでいるのが、中2の5月に実施する「芝浦創造の森」(福島県)での「グリーンスクール」です。16年前に生徒が植林した木を後輩たちが地域の方の協力のもと、枝打ちや間伐など土や木に触れながら、森をつくる一役を担います。製材見学や飯盒炊さん、自然観察プログラムなど、高原ならではの体験型の学びで自然科学への興味関心を養っています。
「生徒たちが直面するのは、日本の林業が抱えている課題です。それは社会の課題として大人にとっても難しいこと。こうした社会の課題を自分ごととして捉えるためには、日々の具体的な経験とつながらなければ捉えられないと思います。例えば、林業従事者の方にお話を伺ったときに、その方が話されていたあの言葉が自分の心に残ったということから入り、自分が感じた気持ちに目を向け、それを言語化することで自分の気持ちと社会の課題がつながる可能性を見出すというようなことです。
課題を抱えているさまざまな方々の話を聞くことで、もしその方たちが抱かれた思いと、自分の過去の出来事で抱いた気持ちで重なる部分があると、より自然に自分ごととして捉えられるようになっていくのではと思うのです」(越野先生)
そうした気づきというのは、自分の心の声にきちんと耳を傾け、日々の生活を大事にしていないと、なかなかできないこと。
またこの学びを進めるメリットは、抽象から具体でも、具体から抽象でも、双方から思考できるスキルを得られることです。生徒それぞれが臨機応変に自分の考えやすい形で取り組む姿勢を培えます。ですから、ちょっと物事が行き詰まってしまった場合でも視点の切り替えを行うことができる上、さまざまな角度から物事を見られる訓練にもなるのです。
興味関心の芽はあらゆるところに。
視野を広げ思考を深めるシバカシの探究教育
生徒たちの興味関心や視野をさらに広げるために、外部とのつながりもより強化しているシバカシ。山階鳥類研究所などとの教育提携のほか、取材に訪れた日も中学科学部の生徒たちが「柏ホタルの会」という地域の方々と、前年から大切に育成・観察していたヘイケボタルの幼虫を放流していました。
昨夏、越野先生が顧問を務める数学研究サークルの部員たちは、近隣の柏市立土小学校で「算数だいすき教室」を開催。集まった約20人の小学生に対して生徒が先生役を担い、共に算数を愉しむ有意義な時間を過ごしました。生徒たちにとっては、教える楽しさや難しさに直面し、大きく成長する機会にもなりました。
越野先生は昨年、月1回ほど土小学校の先生方と一緒に同校で算数の授業を探究的にする研修を行っていました。
「小学校の探究学習のサポートをさせていただき、1時間ですが授業をするという機会にも恵まれました。中高の教員は中高の教員免許しか持っていないケースが多いので、小学校での学びを知り、中学への接続を考えられたのは有益な経験でした」
シバカシで昨年、もう一つ大きく動いたのが教員研修です。
「各教科の先生方は、これまでも探究的な取り組みを個々ではやってこられていました。ただそれを共有する機会が少なかったことが学校の課題だったので、研修の場を設定したことは大きかったと思います。
また、評価をどのようにすれば生徒の学習改善、教師の授業改善につながるかという研修を通して、それぞれの先生方の実践を伺えたことも、意義のある時間になりました。
今後は学校全体でもっと広げていくことで教育実践を共有し、生徒たちの力を伸ばすだけでなく、教員たちのスキルアップにも役立てていきます」と越野先生が教えてくれました。
こうした活動などもあり、探究学習に関わる先生方の意識も変わりました。
「実技教科の先生方も関わるようになって全教員体制で探究に取り組むようになりました。教員は自分の専門分野だけでなく、例えば私は化学の教諭ですが美術も大好きなんです。今の専門はあくまで過去の自分が選び取ったもので、興味関心はさまざま広がり続けていきますよね。生徒たちには文理にとらわれずに学びを深めていってほしいですね」(辻先生)
例えば和算について、数学や国語、英語、社会、美術の教員で共に作った特別講座に参加した生徒が、和算書等の和本に興味を持ったケースがあります。
あるOGは、教室に貼られていた曼荼羅展のポスターをきっかけに曼荼羅をテーマにして、課題研究を行い、「高校生国際シンポジウム」で優良賞を受賞するに至りました。彼女はサンスクリット語をもっと学びたいと国立大学に進みました。
今春の卒業生に、上記シンポジウムで全国一位の最優秀賞を獲ったOBもいます。彼は課題研究で取り組んだドイツ文学のテーマに導かれ、ドイツの大学へ進学しました。
彼らだけでなく、シバカシの生徒たちは各種コンテストで優秀な成績を収めています。理系に強い印象はそのままに、人文・社会科学分野でも評価される生徒も多く、 "探究のシバカシ"として認知が広がっています。23年度の「Webコンテスト」では、現高3の生徒たちが最優秀賞・文部科学大臣賞を受賞。また別の現高3の生徒3名は、タイで開催された国際フォーラムに「生物学・バイオテクノロジー」と「環境科学・静学」の分野でエントリー。英語で研究発表を行い、金賞を獲得しました。これらの輝かしい実績は、学内の活性化の一助となっています。
なお、高1の課題研究に関わっている先生は総勢30名ほど。1教室に複数人の先生が入ることもあり、他の教科の先生方の声のかけ方なども大いに参考になるのだそう。
「その専門だからこそ、当たり前だと思って見えなくなってしまうことって結構あるものです。ですが、違う教科の先生と話したり、授業を聞いたりすると、これまでとは異なる視野に気づくことが多々あります。
長く自走していくために、先生方からも探究を楽しもう、生徒たちと一緒に学んでいこうという心意気を感じて刺激になります。我々教員も学び続けている姿勢を生徒たちに見せられますし、先生たちも伴走しているのだと感じてくれるといいですね」と辻先生。
越野先生は「研修も増えたので、いろいろな先生方と話す機会も多く新たな発見があります。まさに教員自身も探究を続けているという感じです」と笑います。
湧き出るような知的好奇心の源泉を湛え、師弟同行の思いで先生方も生徒と共に日々学び、成長を続けているのがシバカシの探究学習なのです。
学びたい意欲に徹底的に応える
安心してオタクになれる場所
例年、高い大学合格実績を誇るシバカシ。23年度の卒業生たちも、東大に4名が現役合格を果たし、その他国公立医学部へは計5名が合格(現役は3名)、一橋大2名など、国公立大学への現役合格者は68名を輩出しました。
同校でのキャリア形成において優位性が高いのは、芝浦工大への推薦枠があることです。
芝浦工大への進学を希望し、志望が固まっている生徒は、高3次から週1回大学に通い大学生と机を並べて授業を受け、テストを受けることで単位の習得ができます。
後期は大学の研究室で高校では叶わない高度な学びを、大学生や大学院生と共にできるのです。その他の受験勉強をしている生徒たちにも、その学ぶ姿勢はいい刺激となっています。それはまさに高大連携のたまものです。
高度な学びといえば、今年度から始動したのが越野先生が顧問を務める「サイエンス研究会」です。
「SSだけでは飽きたらない生徒に対して、課外活動で突き詰められるのがこの研究会です。科学部やコンピュータ部、数学研究サークル、文系では現代史部や文芸サークルなどが参加しています。それぞれの部は普段から研究活動を行っているので、年に数回、『サイエンス研究会』として集まり、それぞれが取り組んでいる研究の成果を発表・共有する場を設定しようと考えています」
このように学ぶことに貪欲になれる環境が整っているシバカシ。
なお、今年7月には「高校生国際シンポジウム」で最優秀賞を受賞した生徒がシンガポールで行われる世界大会に出場します。「サイエンス研究会」の活動もこの夏から本格始動する予定です。
進化を続けるシバカシに目が離せません。毎年2月中旬に実施されている「SSH生徒探究発表会」はもちろん、学校説明会などへ実際に学校へ足を運び、生徒たちの活躍ぶりをぜひご覧ください。