学校特集
武蔵野東中学校2021
掲載日:2021年7月12日(月)
高校を併設せずに、密度の濃い3年間の中学教育を行っている武蔵野東。3学年の全生徒数は約300人。少人数教育を掲げ、学校内の指導だけで約6割が国公立や私立の難関高校(偏差値65以上)へ、約8割の生徒が第1志望高校へ進学しています。教科の枠を越えて本質的な学びを追求する「探究科」授業を核に据えた教育を展開し、自分たちで生徒会の改革・組織再編成を行うなど、自立心旺盛な生徒を育てています。創造的な新しい学びの実践について、校長の菊地知恵子先生、副教頭の岩田英明先生、「探究科」の菊地武王先生に、お話を伺いました。
「2030アジェンダ」(※)を生きる生徒たちを育む先進教育
※ 正式名称は「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」
現在の中学生が社会に出る2030年から先の時代へ向け、世界規模の問題を読み解き、物事の本質を見抜いて「最善解」を出して道を拓く。そういった力を身につけることが未来を生きる世代の教育に必要とされています。そうした「2030アジェンダ」、さらにその先を見据え、同校は「探究科」を教育の中核に据えています。10年以上前から探究活動を進めていた同校では、4年前から「探究科」を中1・2の正課授業としました。
「探究科」で目指すのは、疑問に思ったことを調べ、その先に生徒自身で「問い」を立て、オリジナルな「答え」を導き出していく学びです。
中1の5月から中2の1月までの期間、週1回「探究科」の授業に取り組みます。まず「考える」ことの大切さを先生が教えるところから始め、入門段階から高校レベルのテキストを使って、主に思考方法や調べ方の基礎を学びます。
そして、中1の秋までに「自然科学」「人文・社会科学」「創作(文芸・美術・音楽)」の各分野から興味のある「ゼミ」を選択し、情報の信頼度や資料の価値、引用の仕方などの情報リテラシーを学んで探究の基礎力を養います。
その後、中1の冬から中2にかけて、各自がテーマを定めて「個人探究」を実践。個人探究に関しては、生徒一人ひとりにアドバイザーの先生がつきますが、ここで大切なことは「教師は、教えてしまわないこと」とのこと。生徒に試行錯誤を整理させ、深めるための対話をしながら生徒自身の潜在力を導き出していくのです。
菊地先生:「小学校時代の自由研究のように、好きなことをやればいいという姿勢ではなく、常にオリジナルな『問い』を立て、そしてオリジナルな『答え』を導きだすことを重視しています。そして何より、誰かの役に立つことをテーマに設定することが求められます。そのために大事なのは、教員が生徒と常に話していくことです。物事を多角的に批判的に見ることができるように、いろいろな例を引き合いに出して、常に問いかけていきます」
生徒のさまざまな「問い」を受け止めるために、先生方が常に自身の引き出しを増やすことに努めている。だからこそ、生徒たちもトライ&エラーを繰り返しながら、自らが「問い」を深め、オリジナルな「答え」を導き出していくことができるのです。
校長先生:「世界が求めるのは、ゼロから物事を生み出す能力を持った人材です。さまざまな観点から物事の本質を見極める力を養う中で、学びの気づきとさまざまな問題が絡み合っている仕組みを学んでほしい。本校では、『問い』を持って主体的に活動できる人材を育てています」
一例を挙げれば、「英語の上達法」をテーマに個人探究をした生徒がいました。
帰国生だったその生徒が同級生に英語スピーチコンテスト対策のコーチをしたことをきっかけに、どうすれば英語を上達させることができるかという「問い」を見出し、コーチングのノウハウを「探究」して「検証」した結果、コーチをした同級生がコンテストに入賞するという「成果」をあげたのです。ちなみに、その生徒は高校生の時に翻訳の仕事を起業したそうです。
校長先生:「そのように将来に繋げていってくれるのは、とても嬉しいことです。探究的な意識から社会や世界への視野を持ち、社会に貢献できる発信力をつけてほしいと思っています」
一昨年、「全国学芸サイエンスコンクール」(旺文社主催)に初めて参加し、理科自由研究部門と社会科研究部門に3作品が上位入賞という快挙を成し遂げた同校。続く昨年度も、社会科自由研究部門で銅賞を獲得しました。
「銅賞を獲得した男子生徒は小さい頃から飛行機が好きで、将来は国産機の開発に携わりたいという夢を抱いています。そうした将来に繋がる内容も高い評価を得たようです」(菊地先生)
→https://www.musashino-higashi.org/chugaku/?page_id=36
探究科の手法を全教科の授業に波及させて生まれたのが、「教科横断型(コラボ)授業」です。
未来を生きる世代には、新しい価値観を創造する能力と、価値観の違いにぶつかった時に相手の立場に立って最適解を作っていく能力です。中学生時代には多様な価値観があることを知ること、まずは多くの視点やものの見方の幅や角度を持たせることが必要になります。そうした資質を育てるために、複数の教科の先生方がそれぞれの専門性を生かして、あるテーマについて一緒に授業を展開しているのがコラボ授業です。
今年で3年目となり、以下の例にあるように新しい試みが次々に行われています。「教員にとってもさまざまな発想から新しい試みが生まれ、新鮮です。多くの教員が授業を見学に来て、時には教室に7~8人の教員がいることもあるほど」と、探究科の菊地先生。
岩田先生:「同じテーマについて異なる教科の教員がコラボ授業をすることで、生徒も点と点だった知識が繋がり、『ああ、そうか』と、理解に深みが増しているように感じます。多角的な視点が養われ、物事の本質を見極める思考力も深まっていますね」
校長先生:「もともと本校の教員は授業研究が好きですね。こうした自由な発想が生まれるのも、2001年に設置した『生命科』の授業が根底にあると思います。生命科は探究科と同様、全人教育を目指すものですが、本校では自分だけでなく他人の存在も等しく認め合うことを学び、何事にも正面から向き合う校風を培ってきました。生徒も『自分が自分でいられる学校』と言っています」
「多様性の中で認め合い、協働していく実社会はコラボそのもの。ですから、コラボ授業はそのための練習問題でもあります」と校長が言う通り、生徒たちは教科の枠を越えて思考し、新しい視点を見出すコラボ授業に、学びの楽しさとおもしろさを感じています。
※「コラボ授業」についてはコチラ→https://www.musashino-higashi.org/chugaku/?page_id=13078
●理科×数学:「物質の密度と比例」
「一次方程式」の知識を使った「密度の計算」や、「比例・反比例」の考え方をもとにして「定比例の法則」を考察。理科と数学が密接に結びついていることを体感する。
●社会×音楽:「イタリアの気候とバロック音楽」
イタリアの気候とバロック音楽を絡め、「四季」(ヴィヴァルディ)の曲調を理解する。
●保健体育×技術家庭:「理想的なコンディションを作る食生活」
栄養素の知識をもとに、筋力アップや疲労回復など目的に合わせたオリジナル献立表を作成。体作りや、部活動の大会などでベストパフォーマンスを生むための食生活を探る。
●英語×国語:「英文法と国文法、どこが異なる」
日本語の「主語・述語の関係」と英語の「be/一般動詞」に注目し、両者を併せて比較・理解し、グループで話し合いながら日本語訳・英訳の適切な表現を見つける。
●社会×理科:「季節風はなぜ向きを変えるのか?」
季節風の向きが変わる理由を中部地方の気候を例に天気図や衛星写真から読み取り、解き明かす。
常に新しいものを生み出す生徒会活動
学校生活や行事は生徒会(友愛会)を中心に各専門委員会・プロジェクトが協力しあって、生徒たちが計画・運営しています。同校の委員会活動の大きな特色は、男女別やクラスごとに何名までという制限の枠がないことです。
岩田先生:「それは2年前の、生徒からの『委員会活動をより主体的に積極的に動かすにはどうするべきか』という問題提起に始まりました。そして、『いっそ会則を変えてしまえば?』という発想から、自ら組織改編を行うことになったのです」
そして2020年度から、希望する委員会にどこでも入れるように人数制限をなくすことや、前年度の活動内容にかかわらず毎年活動内容を更新する、などの生徒会のビジョンのもと、それまで8つあった委員会は6つに改編され、新たに有志によるプロジェクト枠が設置されたとのこと。
岩田先生:「当然、委員会の構成人数にバラつきはあるのですが、運営に当たって人数が足りない時は委員長同士が交渉し、応援を頼むなど工夫して運営しています。生徒たちは委員会同士の連携を、よく『コラボする』と言っていますね。第一希望の委員会に必ず所属できるため、生徒たちの意欲的で主体的な活動に繋がっています」
コロナ禍での行事も、生徒たちの主体的な発想で行われました。
スポーツ推進委員会が企画・運営したスポーツ大会では、全員リレーをどう安全にやりきるかを考え、バレーボールのパス回しで競うというユニークな競技も。これは予想以上にスリリングで大変盛り上がったそうです。 コロナ禍だからただ中止にするのではなく、自分たちが創意工夫して行事を作り上げたい。そうした生徒たちの行動を、先生方はアドバイスしながら温かく見守っています。
生徒会のビジョンの一つに「未来そして世界的規模の問題への意識を持つ」ということがあります。そこから新たに作られたのが「SDGs プロジェクト」です。全校生徒が SDGs について深く知り、17 項目 の目標を一人ひとりが理解し、その理想を実現するために啓蒙活動を行っていこうというプロジェクトです。
具体的には SDGs ボードを設置して、プロジェクトの情報を発信。年に2回「SDGs DAY」を設け、講演会なども プロジェクトメンバーの生徒たちが企画・準備・運営を行っていきます。
発足から1年。自分たちが話し合ったアイデアが一つひとつ具体化していくことに、生徒たちはやりがいを深めています。
校長先生:「SDGsのテーマの中には、例えば貧困問題や人口問題でも先進国と途上国では立場の違いがあり、グローバルな視点で考えればさまざまな矛盾を孕んでいます。そうした課題点を見つけたり批判的な思考を持つことで、本質が何かを気づかせることが大切だと考えています」
高い英語力も身につけ、8割の生徒が第1志望高校へ進学
同校の英語教育の目標は「生きた英語」を身につけること。中1・2では3段階の習熟度別授業を行い、週6時間の授業の中で英語4技能をバランスよく学習していきます。
授業ではリーディングを重視し、ライティングはALTの先生が一人ひとりの英文を添削するなど、少人数ならではの利点が生かされています。ショートスピーチの積み重ねは、年度末に行われる英語スピーチコンテストに結実されます。
その結果、同校の英検準2級以上取得者はなんと 70.3% (2016~2020年の平均)にものぼります。東京都の中3 の英検3級取得率が 51.6%(2020 年データ)に対して、 同校は95%と、その水準の高さを示しています。
この実績から、日本英語検定協会の「優秀団体賞(取得率部門)」を 3 回受賞しています。
→https://www.musashino-higashi.org/chugaku/?page_id=52
同校での進路選択は、中3の9月から本格化します。それまでの学びの体験の蓄積をもとに、高校受験に際しても、自分の志望を明確に意識して臨むようになります。例年、約8割の生徒が第1志望高校に進学し、約6割の生徒が難関高校(偏差値65以上)に合格しています。コロナ禍という状況にあっても、2020年度は例年以上に高い進学実績を残していますが、それは同校の学びの質と生徒たちの意識の高さの表れです。
併設高校を持たない同校の高校受験のためのシステムは万全で、生徒たちは塾に通う必要はありません。少人数制ならではのきめ細かな指導の下、主要科目で習熟度別授業を実施。中3時には、全員を対象として週3回、英・数・国を軸に弱点補強や過去問分析、志望校対策などの受験対策講習も設けられています。
しかし、同校の進学実績を支える進路指導の根幹は、中学3年間で培ってきた「自分で伸びる力」と「先生との信頼関係の下にある学びの環境」です。
全校にWi-Fi環境が整備され、1 人に 1 台 Chromebook を貸与 している同校ですが、「自主学習プランノート」や「自主学習ノート」など、ノートにまとめたり、書いて考えることも重視しています。このノートで自学自習が習慣づいている中2・3は、コロナ禍の休校期間中も自ら学習プランを立てて学びを進めることができていました。
近年は高校受験でも面接が重視され、集団討論や理・社の融合問題などが増えていますが、このような同校で培った多角的・多面的な素養がアドバンテージとなって、進学実績にも反映されているに違いありません。
校長先生:「中1から中3の3 年間の経験の重みと自我の伸びは、その後の人生の礎となるものです。受験を控えていても、委員会活動も部活動も中3が一番真剣に取り組んでいます。併設高校がないからこそ、二度とない15 歳の時間を完全燃焼させる。高校受験ができることは、本校ではプラスの経験です。その体験と精神的成長があるからこそ、進路に関しても、自分を客観視して将来を見据えた選択ができているのだと思います。本校の生徒たちの将来へのスタートは、15 歳から始まるのです。本校が目指すものは、新しい価値観を創造する新しい学びです。いずれコロナ禍から立ち直っていく世界では新たな社会を構築するために、柔軟な、温かい心を持った時代の担い手が望まれるでしょう。多様な価値観を認め合える本校の生徒だからこそ、アフターコロナの世界で新たな連帯を築くリーダーになると信じています」