学校特集
森村学園中等部・高等部2019
掲載日:2019年11月16日(土)
1910年に開校。創立時からグローバル人財の育成を掲げ、その教育目標は100年を超えて受け継がれています。そして今、同校が推進する「未来志向型教育」は、「外国語(英語)教育」「PBL(課題解決)型授業」「ICT環境」の3要素で成り立つ独自の教育システムですが、これらすべての基盤になる学びが2012年に導入した「言語技術(ランゲージ・アーツ)教育」です。予測不能な時代をたくましく生き抜くために、自国社会はもとより国際社会に貢献する人財を育む「未来志向型教育」について、校長の江川昭夫先生に伺いました。
「未来志向型教育」をエネルギッシュに推進
AIやロボットが仕事場では多くの事務処理を担い、家庭ではさまざまな家事をこなしてくれる。そのように加速度的に変化する時代のなか、AIやロボットにはできない、人間だからこそできることが模索されています。
グローバル化、ボーダーレス化、さらにはAI化が進むなか、私たちはどのような力を身につけなくてはならないのか。また、どのように人と関わって協働していくのか。そのことを追求し続け、自ら前進していくことができる人を育てるため、同校では「未来志向型教育」を展開しています。
江川校長:「思考力や判断力、表現力はもちろんですが、直感やセンス、コミュニケーション、発想、身体性などをも磨くことが『未来志向型教育』の目的です」
TOTOやノリタケなど、日本のセラミック産業の創始者であり、同校の創立者である森村市左衛門が自らの礎としていた「独立自営」を建学の精神とし、「正直・親切・勤勉」を行動指針とする同校。教科学習や多彩な体験学習、そして諸活動を大切にしながら、「社会を変革することに貢献できる人間の育成」を目指します。
そして、江川校長が考える「グローバル人財に必要な資質」は、以下の3つです。
❶どんな状況でも「自分で考えて課題を解決できる力」
❷世界共通言語である「英語力」
❸どんな場所でも眠れて、好き嫌いなく何でも食べられる「たくましさ」
❶と❷はよく目にすることですが、❸には大きくうなずきつつも、あまり明文化されているものは見かけません。そこに込めた、江川校長の思いを尋ねました。
江川校長:「これは、私自身の経験が元になっています。教員になりたての頃、旅行代理店が主催するアメリカ研修旅行に北は北海道、南は沖縄まで全国から応募してきた高校生28人を、私が引率したことがあったのです」
現在のように、各学校が独自に海外研修を実施するようになったのは約30年前。それ以前は旅行代理店が全国から参加希望者を募り、参加者が通ういずれかの学校の先生が代表して引率するケースが珍しくなかったのだそうです。しかも、日本を発つまではスタッフの方がいても、飛行機に乗り込んでからは、先生が一人で添乗員の役目も果たしたのだとか。
江川校長:「1カ月間の研修だったのですが、生徒はそれぞれホームステイ先に散らばり、私自身もホームステイをしました。ですから、慣れない環境の中で意思疎通が上手くいかない、パスポートを失くしたなど、さまざまな問題が起こるたびに、携帯電話もない時代でしたから、あちらに走りこちらに走り、それはそれは大変でした。私がお世話になっていた家のご主人に協力していただいたりしながら、なんとか無事に1カ月間を乗り切ることができたのです。その経験から、とにもかくにも『どんな場所でも眠れて、好き嫌いなく何でも食べられる』ことさえできれば、何事も何とかなると実感したのです(笑)」
国際理解教育の草創期に、海外研修を体験したその時の高校生たちはもう52歳。今も交流は続いていて、2年に一度は集まっているそうです。
江川校長:「やんちゃだった生徒もすっかり立派になっていて、感慨深いですね(笑)。当時は海外研修も一般的ではありませんでしたから、生徒たちにとっても忘れがたい思い出でしょう。教師として若かった私にとって、この時の体験は強烈なものでしたし、今に続く原体験にもなっています」
グローバルな視野で社会貢献を考えた時、例えば医療活動やボランティア活動をイメージすればわかりやすいように、どこでも眠れて何でも食べることができるだけの精神力と体力がなければ、困っている人を助けることはできないと江川校長。
論理的思考力や批判的思考力、創造的思考力などを磨くことはもちろんながら、どのような困難な状況においても適応できるだけの「たくましさ」を養うこと、それを、「未来志向型教育」を大きく支える根幹に据えているのです。
「行事が人をつくる」と、江川校長が行事を特に重要なものと位置づけているのは、そのためでもあります。さまざまな個性を持つ仲間と共に力を合わせ、一つの目標を成し遂げようとする時、個々の意見が対立することもあります。そのような経験を重ねていくなかで、それぞれの個性を認め合い、尊重し合い、他者との関係の築き方を学びながら、強靱な心身を培っていくのです。
「言語技術」をいち早く導入し、進化し続けている
この「未来志向型教育」の中核を担っているのが「言語技術」です。
ここで、江川校長が「言語技術」に出会う前のことをお伝えしておきましょう。江川校長は長年、都内の仏教系の男女別学伝統校で英語教育に携わり、その後、大阪のカトリック系の女子校の改革に校長として赴任して、校名変更、共学化、
21世紀型教育を導入するなど、教育改革に取り組んできました。そして今春、森村学園の校長に着任しました。
江川校長:「これまでも、グローバル社会で生きていくために生徒たちに必要なことは、まずは自分で考え、課題を解決するための論理的思考力を身につけることだと考えていました。そのためにPBL(課題解決)型授業など、さまざまに工夫しながら行ってきました。その中で、主体的で深い学びとは具体的にどうすればできるのかと模索し続けてきました。生徒に知識や応用力はあるものの、もう一段階上げるにはどうすればいいのか、ファシリテーターとしての教員の発話力をもっと上げるにはどうしたらいいのか、と。そんな時に、森村学園からお話をいただき、『言語技術』に出会ったのです。生徒と教員双方の論理的思考力を高めるこの取り組みを知って、『これだ!』と突破口を見出した思いでした」
生徒たちをグローバル人財に育て上げるためには、共通言語としての英語力育成も欠かせませんが、それ以前に、対話やプレゼンテーションをするために必要な論理的思考力、批判的思考力、そして創造的思考力を育てなくてはなりません。まずは、母語である日本語で。それを行うのが「言語技術」です。
では、同校で実践される「言語技術」についてご紹介しましょう。
同校では2012年にいち早く「言語技術」を導入し、改良を重ねてきました。「言語技術」の授業は中学3年間、週に1回行われます。
母語による「読む」「書く」「聞く」「話す」の4技能に加え、表現力などの言語運用力を伸ばすもの。欧米などでは初等教育段階から取り入れられているプログラムです。
例えば、日本の国語では、読解力や情緒的な部分が重視される傾向にありますが、「言語技術」では「結論を先に述べる」「必ず根拠を示す」といった、物事を論理的に説明する力や分析・解釈する力、表現力などを培います。この技術は、小論文や英語のエッセイライティングにも役立つものです。
■具体的な学習内容は?
以下は例になりますが、学習内容は多岐にわたります。
「問答ゲーム」...「あなたは○○が好きですか」という問いに対して「主題文+展開文+まとめ文」のパラグラフ構成で簡潔に話せるよう(書けるよう)に、明確な根拠をもとに意見を組み立てる力を養う。
「空間配列の説明」...「フランス国旗を言葉だけで相手が正確にイメージできるように説明してください」という課題に対して、伝えるべき項目を整理し、説明順序を分析し、簡潔で明快な説明文を組み立てる。
「再話」...「物語」を素材に、聞き取った話を忠実に文章化する。
他にも、「要約」や「創作」、「丸本」などがあります。
「言語技術」は文理不問の、すべての学力を根底から支えるもの
江川校長:「日本人は諸外国の人々とのディスカッションが苦手だとよく言われます。それは英語力不足というよりも、論理的かつ創造的思考力等が不足しているからです。それらがなければ、たとえ英語が話せても、実践的なコミュニケーションはとれません。この『言語技術』で世界標準の表現形式を学ぶことは、コミュニケーションにおける共通基盤を作ることであり、自分の意見を明確に伝える力を獲得するとともに、英語を習得する際にも効力を発揮します」
この、英語習得の際にも役立つことについて、入試広報部長の小澤宗夫先生が説明してくれました。
小澤先生:「右の図のような『思考レベル』を考えた時、従来の基礎学力(知識・理解力・応用力)を、『言語技術』を学ぶことによって、活用し、論理的思考力、批判的思考力、創造的思考力へとトルネード効果を誘発し、世界で活躍できる人財となっていくわけです」
江川校長:「日本語で論理的な物の見方ができない人は、英語を話すことは不得手と言えます。そこで『言語技術』を学んでいれば、論理性の高い言語である英語をはじめとする多言語も習得しやすいということになります」
小澤先生は、言語技術の型の特徴についても、わかりやすい例を引き合いに教えてくれました。
小澤先生:「例えば、ケーキ屋さんに行って注文をする時、『ショートケーキと、モンブランと、それから、え〜と......』というのはよくある光景ですよね。でも、注文を受ける側の店員さんからすれば、お客さんが迷っている間、ただ待っていなくてはなりません。でも、先に5個なら5個と言ってくれれば、箱を用意することができるわけです。このように、結論から先に話す『Large to Small』(大きな情報から小さな情報へと話す説明の仕方)は『言語技術』の手法で、論理的思考力実践の一例です」
自分の意思を順序立てて明確に伝えることは、相手を尊重することにもつながるコミュニケーション法です。日本語でそれができなければ、外国語でもできないのは当然のこと。企業やプロスポーツの世界で「言語技術」を学んでいる例があることもうなずけます。
さらに、『言語技術』を学んだ生徒たちの変化や成長について、小澤先生はこう語ります。
小澤先生:「以前、私が中1の担任をしていた時のことです。ある男子が1学期の終わりに『先生、財布が、財布が......』と言うのです。本人はあわてていますし、察してあげることは容易なのですが、『言語技術で習ったように話してみて』と言ったところ、ハッとしたように生徒にスイッチが入ったのです。普段から口下手な生徒でしたが、『財布を落としたらしいのですが、その形は横長の長方形で、色は紺色、右上にはこのようなマークがついていました』と、『Large to Small』で説明することができたのです。『言語技術』の学びを通してこのようなスイッチを持つのと持たないのとでは、大きく違ってきます。たった1学期間でも、その生徒にスイッチが備わったことが見て取れて嬉しかったですね」
ここで、中等部で3年間「言語技術」を学んだ感想を、中高生のアンケートから抜粋してご紹介しましょう。
「パラグラフの構成に従って文章が書けるようになった」......85%
「『大→小』の法則に従って描写・説明ができるようになった」......89%
「テクスト内に根拠を求めて分析できるようになった」......81%
■高3終了時
「自分の意見をまとめる力がついた」......82%
「言語技術のスキルを高等部の授業や大学受験でも使った」......84%
「大学や社会でも学んだスキルは使えそうだ」......91%
このように、「言語技術」は文理不問のすべての学力を、そして人と人の関わり方を根底から支える学びなのです。
小澤先生:「とはいえ、『察し合い』や『阿吽の呼吸』を否定しているのではありません。日本人特有の表現方法と、誰が聞いても何語に翻訳しても伝わる表現方法、この両方の表現文化を大事にしたいと思っています」
※同校では、つくば言語技術教育研究所と提携しています。
多種多彩な「海外研修」を中高で実施
英語教育では、中等部の初期段階は音読を徹底し、グループワークでスピーチする機会を豊富に設けるなど、人前で自分の意見を発表できるようになることを目指します。また、週に1時間、ネイティブの先生による「国際理解」の授業も。これは、通常の授業で学んだ表現を使って対話したり、異文化を学ぶものです。さらに、高1〜3は週に1時間、大学入試を見据えて、ネイティブの先生によるライティング授業も実施しています。
「放課後イマージョンプログラム」(週1回/中等部生・希望制)も実施されますが、英語だけを使うこのプログラムでは、与えられたテーマについて話し合い、解決しながら英語4技能の向上を図ります。
また、海外大学進学をサポートする "Study Abroad Preparationプログラム"を高等部生の希望者に開講しています。そして、言語技術や英語で学んだことを実践する場として「異文化体験プログラム」も豊富に設けています。
全員参加のものとしては、中3でニュージーランド修学旅行(5泊7日/うち2泊はファームステイ)が、中2ではその事前学習の意味合いも込めて「イングリッシュキャンプ」(国内/2泊3日の英語漬けの宿泊研修)が実施されます。イングリッシュキャンプでは、成田空港近くの宿泊施設で、海外のフライトクルーと一緒に食事を楽しむ機会も用意。
希望制研修としては、生徒一人ひとりが一家庭にホームステイをする「オーストラリア語学研修」(中2〜高2/3週間)や、オーストラリアへの「ターム留学」(高1・2/約3カ月間/6名)、旧イギリス領マルタ島での「グローバル研修」(高1・2/約2週間/多国籍空間で英語と異文化を学ぶ)などがあります。
このように、同校では志望する道に進むための学力をつけながら、併行してグローバル・コミュニケーション力の下地を作り、日本語でも英語でも、学んだスキルを実際に使えることができるように導いているのです。
そして、さらなる進化を目指して。「未来志向型教育」改革は続行中
来年度から「国際交流・多言語教育センター」がスタートする予定です。これは、現在行っている交流プログラムをより推進していくもので、学校内のダイバーシティ化を狙いとするものでもあります。
江川校長:「海外に出て行くことも重要ですが、本校には英語圏だけではなく世界各国から留学生がやってきます。来てもらうからこそできることもたくさんありますので、そういった『受け入れる』ことをかなり意識したものになります。『言語技術』を学んでいるからこそ、生徒たちには英語以外にもさまざまな言語に興味を持ち、学んでほしいですね」
また、2022年の高校の指導要領改訂に伴い、現在は中等部のみで実施している「言語技術」を高1まで継続させることも検討中だとか。そうなれば、同校の「言語技術」は、さらにクリティカルに、クリエイティブに発展していくに違いありません。
「言語技術」を土台とした学びで物事を構造的にとらえる論理的思考力と確かな判断力、そして表現力を身につけ、さらに学校生活のさまざまな場面で「たくましさ」をも培う同校。育ちの良いイメージのある同校の生徒たちですが、このようなタフな学力と行動力、そして柔軟な心を携えて、積極果敢に未来へと羽ばたいていくのです。
進路を広げる改革も進行中
同校では、生徒たちの描く未来を実現するために、夢の方向性を探る「進路指導」と、その夢を実現させる「進学指導」を両輪としてバックアップしています。ここでは、「進学」面のトピックを2つご紹介します。
■海外大学 協定校推薦入試制度に加盟
「指定校推薦入試制度」とは、海外の大学が自校の多様性を高めるために、優秀な日本人を受け入れる目的で設けた特別入学制度で、アメリカをはじめ世界各国40大学が協定校として参加しています。同校がこれに加盟したことにより、生徒たちは各大学が設ける成績基準を満たし、学校推薦を受けることで、協定大学に出願できます。
また、協定大学の一部では、各大学の奨学金受給基準を満たし、これを在籍中維持することで、卒業まで奨学金制度が適用されます。
【協定大学例】
アメリカ:アイオワウェスリアン大学(私立リベラルアーツ大学)
サンフランシスコ州立大学(州立総合大学)
ノースイースタン大学(私立総合大学)
イギリス:ロンドン大学シティ校(公立総合大学)
カナダ:サイモンフレーザー大学(州立総合大学)
オーストラリア:ウーロンゴン大学(公立総合大学)
■医系総合大学・昭和大学と特別協定校として協定を締結
同校では、昭和大学と高大連携の実現を図るため、以下のような相互交流を実施することが決定しました。
・大学教育の一端を理解させるためのプログラム提供を行う
・高校の正規授業、課外授業等に対する支援を行う
・双方に有益なものと判断される教育活動を展開する
・同校から昭和大学への受験希望者に対して、特別な入学試験制度を適用する
・その他、相互に交流と協力を図ることで理解を深める