学校特集
東海大学菅生高等学校中等部2024
掲載日:2024年6月4日(火)
2021年に特進コースを「医学・難関大コース」に、2023年には総合進学コースを「一貫進学コース」に改編。次代に向けてダイナミックな改革を推進中の中等部は、「医学・難関大コース」から卒業生が巣立つ2年後を以って完全な中高一貫体制に移行します。今回は、その体制強化のための改革の一つである「菅生DX」について、中等部校長の布村浩二先生にお話を伺いました。
「菅生DX」の一歩目はChatGPTと友達になり、
上手に付き合っていくこと
「物知りな友達」になったChatGPT
布村校長:「教員が教え、生徒が教えられる『教育』ではなく、これからは教員が自身の視界を広げて生徒の可能性を啓(ひら)く『啓育』こそが大切だと思っています」
この校長の言葉が、今の同校の教育風景を表しています。
数多くの体験をすることは、興味・関心を引き出す源です。「楽しい」と思える学びを自分で見つけることが肝心ですが、それが結果的にどこに繋がっていくのかはわかりません。だからこそ、同校はさまざまな体験の機会を用意し、種を撒き続けています。
教育目標は「Dream ALL」。ALLのAは「Act」、最初のLは「Learn」、次のLは「Live together」。
この目標を具現化するためには「世界標準の力」が必要と、同校は次の4つの力の育成を目指しています。
①未知の事柄に立ち向かう能力とマインド
②チームで協力できるコミュニケーション力
③自分の意見を構築し、表現し、伝える力
④英語を自在に操る力
これらを包括するものの一例が「菅生DX」ですが、DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、デジタル技術を浸透させることで学びや仕事はもちろん、人々の生活をより良いものへと変革すること。そして、今のところ生成AIの中で唯一中高生が利用可能なのがChatGPTなのです。
AIの台頭などで価値観が大きく変化しているなか、求められるスキルも高度化しています。生徒たちが社会に出ていった時にベースになる能力を、どこまで養うことができるのか。それが、中等教育の真価が問われるところと言えるでしょう。
同校ではさまざまな場面でDXを試行していますが、昨年、「医学・難関大コース」の2・3年生を対象に「ChatGPTとは?」「ChatGPTを体験」「AIの使い方を考える」というテーマで研究授業を行った際、生徒の感想として一番多かったのが「怖い」でした。
布村校長:「将来、生徒たちはAIと共生していかなくてはなりません。『怖い』という感想が多かっただけでも、この授業をやってよかったと思いました。すごすぎて怖いというのもあるでしょうし、使われるのではなく、使いこなすために自分たちはどうするべきかという不安もあるでしょう。そういったことを悩みながら真剣に考えることは、本当の学びに繋がっていくと思います」
ChatGPTを使ったトライアルは、昨年は「医学・難関大コース」だけでしたが、今年は中学全体で実施しています。そのなかで、生徒たちは「AIを活用することで、自分たちの世界観が広がるんだ」ということを徐々に感じ始めているそうです。
同校が所在する、あきる野市の隣にある羽村市の中学校では、2025年から先生が部活動を指導することはなくなり、すべて地域移行となります。そこで、ある日、生徒たちはChatGPTを使って「部員募集をしたいけれど、どうすれば人数を獲得できるか」「他の学校はどうしているのか」などについて調べてみました。自分たちの身の回りにある情報をきちんと把握し、扱っていけるようになるために。
グループ分けをし、1グループに4人いるとすれば5人目がChatGPTという位置づけです。そして、最初に「他校の○○の様子を知りたいのだけれど、何を調べればいい?」とChatGPTに相談をします。答えてくれたところから調べ学習が始まるのですが、ChatGPTの答えが自分の意図したものと違った場合、何がズレているのかを考え、別の言葉で問い直さなくてはなりません。このように、生徒たちとChatGPTが会話の応酬を重ねていくため、いわゆる調べ学習よりも格段に能動的な学習になったそうです。
布村校長:「『ここをもっと重点的に』の『ここ』を見つけなくてはなりませんから、思考力とともに文章力も鍛えられます。TransformationのTransには交差するという意味があり、それを一文字で表したのがXなわけですが、私は交わるというよりも『ネットワークが広がることで世界観が広がる』のではないかと思っています。ですから、人格を与えて会話をするChatGPTは生徒にとって物知りな友達である、と」
授業のあり方を新たな視点で見直す機会に
活用の戸口に立ったばかりとはいえ、校長のお話を聞きながら、生成AIは「あれもできる」「これもできる」ではなく、それを超えて、学習方法はもちろんのこと学習姿勢などに波及する、きわめて汎用性の高いものではないかと思わされます。
布村校長:「各授業でどう活用していくかはこれからの課題ですが、今、外部からICTの専門家の方を招いて研修を行っています。授業を見ていただき、『こういう部分にはChatGPTが活きるのではないか』などのアドバイスをいただきながら進めているところです。生徒たちの学びの変容はもちろんですが、教員の校務を軽減するためにも本格的に導入するつもりです。事務的文書はもちろん、例えば大学の推薦書などにも有効です。ChatGPTが示す文章はあくまでもヒントですが、似たタイプの生徒でも異なる語彙を使って表現できるなど、教員自身の労力はかなり減りますから。教員も、全力で勉強中です(笑)」
「社会人にも言えることですが」と前置きしながら、校長はこう語ります。「生徒のすごいところは、教員がよけいな手出し口出しせずに信じてやらせてみると、ものすごく頑張り、自分で伸びていくことです」と。主体性は、このように引き出されていくのです。自分で考え、やってみて、また考えるのですから当然かもしれませんが、それが容易ではないことは言うまでもありません。
布村校長:「教員にとって重要なのは、自分自身は経験してこなかったことを、強い思いを持っていかに生徒にやらせることができるか、です。そのためには教員自身が世の中の現況を理解し、新しいスキルを学ばなければなりませんが、そのうえで生徒の成長を信じる『勇気』と、うまくいかなかった時の『覚悟』を持つことが必要です」
「医学・難関大コース」で行っていたSTEAM教育やプログラム学習は、今年度から「一貫進学コース」でも同様に実施しています。STEAMは年間8時間、プログラム学習は年間9時間。現時点では、この計17時間がDX絡みの学習時間となっています。
布村校長:「この17時間のうちプログラム学習は数学や理科の授業に替えて、STEAMは各教科の中で確保していますので、できるだけその教科の要素を取り入れるようにしています。例えば、近隣にはサンショウウオが生息していますが、生息地の水質調査をして結果をプログラムすれば成分データが出てきます。そして、その成分データを可視化するには関数グラフが必要になる、といった具合です。データサイエンスをベースに、理科と数学が繋がっていくわけです」
「環境教育」も「異文化理解教育」も、そしてDXも、
すべて「キャリア教育」
布村校長:「本校の教育の柱である『環境教育』も『異文化理解教育』も、また探究やSTEAMも、すべて『キャリア教育』、つまり『生きていく力』をつけるためのものです。その一環としてのDXです」
やる気や忍耐力、協調性、自制心など、いわゆる数値で測ることのできない力を指す「非認知能力」の獲得は4〜5歳までであり、その後、その能力を育てていくことが初等教育の中核と言われますが、実は、中学も同じだと校長は言います。教育の柱の一つである「環境教育」は、その意味でも重要なものとなっています。
布村校長:「本校は恵まれた自然も大きな教育資源としていますが、自然と会話しながら自分も自然の一部であることを実感したり、自然へ畏敬の念を持つことは生きていく力の大きな基盤になるものです」
思いやる気持ちは人と人だけではなく、動物に対しても植物に対しても持つべきもの。同校では創立以来、「一木一草から謙虚に学ぶ」という姿勢で野草観察や野鳥観察などの自然体験学習を行っています。また、東海大学の教授や研究者による指導の下、同校の立地を活かした「フィールドワーク→課題発見→研究→論文作成」という一連の学習や、研究機関を見学するなどの体験学習も実施。学校周辺の山や川で野鳥や水中生物の観察などを行う部活動「エコクラブ」も人気で、この部活に入部するために入学を希望する生徒もいるのだとか。
ちなみに、あるテレビ番組で、同じ敷地内にある小学校で実施する俳句創作の様子が紹介されたことがありますが、その際、児童たちの作品を見て「この環境だからでしょうか、都会の子は使わない表現がある」と評されたそうです。これもまた、自然とコミュニケーションを交わすことが児童・生徒たちの日常になっている証でしょう。
そして、もう一つの柱が「異文化理解教育」です。
「世界標準の力」を獲得するためにも、そのベースとなる英語教育では英語4技能5領域を強化しています。5領域とは、「聞く・読む・話す(やりとりする・発表する)・書く」です。
布村校長:「今や、英語ができることは当たり前の時代です。インバウンドもコロナ禍以前に近づく数字になっていますので、飲食業界のアルバイトにも英語力が求められています。では、どのレベルでできるのか、そこが重要になってきます」
そこで、同校では「日本語と同じように英語を自在に操る力」を身につけるため、対話形式をメインとするケンブリッジ英検に沿った学習を推進。また、近隣のインターナショナルスクールやオーストラリアの姉妹校との異文化交流、そしてオーストラリア語学研修(中2〜高3)や各種の留学など多様なプログラムを用意するなど、実体験を通してトランスナショナルな思考回路を醸成するための体制を整えています。
布村校長:「生徒一人ひとりが今持っている力をどう伸ばし、どう『生きていく力』に繋げていくか。その道筋として環境教育や異文化理解教育、DXがあるわけですが、なかでも喫緊の課題である『数理・データサイエンス・AI』をはじめとした総合力をしっかり身につけておけば、生徒がやりたいことを見つけた時、確実にチャンスをつかみやすくなるはずです」
●成り立ち
1983年に高校、1995年に中等部、そして2007年に小学校を開校。開校以来、「自然が教科書だ。」を建学の精神に、恵まれた自然環境を生かした「環境教育」と、次代に必須の「異文化理解教育」を2本柱に教育を展開しています。
●2コース制
2021年に特進コースを「医学・難関大コース」に、2023年に総合進学コースを「一貫進学コース」に改編しましたが、これは体制刷新ではなく、これまで同校が実践してきた教育を集約し、象徴的存在として位置づけたものです。東海大学医学部や国公立医学部、また難関大学への進学を目指す「医学・難関大コース」、そして主に東海大学(23学部62学科・専攻)への進学を目指す「一貫進学コース」(希望者の約9割が東海大学へ進学)と、進路をより具体的にイメージできるよう再構築したのです。
ちなみに、両コースのカリキュラムは原則的に共通であり、希望と成績によって「一貫進学コース」から「医学・難関大コース」への編入も可としています。
高台にそびえるキャンパスは「学びの城」と呼ばれ、その広さは東京ドーム約1.2個分。Jリーグの公式戦も開催できるJFA公認の本格的な人工芝グラウンドなど、充実した施設が揃っています。また、地上6階・地下2階からなる校舎は外資系の大手IT企業の建物だったものを活かしているため、天井が高く、廊下が広いことも大きな魅力。その廊下にはベンチやテーブルがそこかしこに置かれていますが、これも普段からコミュニケーションを大切にする同校らしさの一つです。
校舎最上階の6階には、遠くに山並みを望む展望ラウンジがありますが、そこは中学生が給食をいただく場所でもあります。調理するのは、元一流ホテルのシェフ。その日に採れた新鮮な有機野菜など地元の食材を取り入れながら、栄養バランスを考えた食事を週に5日提供しています(事前アンケートにより、食物アレルギーがある生徒には個別に対応)。
また、2時間目と3時間目の間には「軽食タイム」も。朝ご飯が足りなかったなど、育ち盛りの生徒たちの健康を考えたきめ細かな心配りです。