学校特集
聖学院中学校・高等学校2020
掲載日:2020年11月1日(日)
同校のスクールモットーは「Only One for Others」。「自分らしさ(神様から頂いた賜物)を自ら見出し、その賜物を用いて他者のため、世界のために貢献する」という意味です。その精神を教育基盤とし、思考力・判断力・表現力はもちろんのこと、それ以上に主体性や協働性を育むために21世紀型教育を推進する同校。その教育姿勢はコロナ禍に際しても揺らぐことなく、それどころかアップグレードして、ますますの深化を見せています。また、これまで実践してきた教育の一つの結実であるとともに、次のステージへの新たなステップとして、来年度からは高校に「グローバルイノベーションクラス」も新設されます。21教育企画部部長であり、広報部部長の児浦良裕先生にお話を伺いました。
3日間で計100本の授業動画を作成し、速やかにオンライン授業を開始
1906年創立のミッション系男子伝統校の聖学院。「男子の特性をとらえて活かす教育」と「キリスト教に基づく人間教育」を柱にして、社会に貢献する担い手としての自覚を養っています。
「Only One for Others」の精神を丁寧に育むために、同校は「誰一人取り残さない」教育姿勢を貫いていますが、コロナ禍に際しての先生方の迅速な動きは目を見張るものでした。
児浦先生:「学びを止めないために、何をするべきか。それがコロナ禍に際しての我々の一番の課題でしたので、職員会議を重ねて準備を急ぎました。そして、若手の教員が技術的なサポートに入りながら、各学年、各教科の教員が3日間で授業動画を計100本用意し、4月13日からの配信にこぎ着けました」
動画1本あたりの時間は15〜20分ですが、編集作業までを含めると完成させるのに8〜10時間はかかり、その作業時間は相当なものになります。
ゴールデンウィーク明けからは学習アプリも併用し始めたため、そこまでの数の授業動画は必要なかったと言いますが、それでも、先生方は動画作りを止めず、その後も3週連続で100本の動画を配信し続けました。
児浦先生:「今も(9月中旬現在)週に20〜30本のペースで授業動画を作っていますから、累計で1200本くらいになりますね。これからも対面授業とオンライン授業の併用は続きますので、年間で2000本近くになるかもしれません」
オンラインをどう活用するか、どういう問いを投げかければ生徒たちの関心を引くか。生徒たちのモチベーションを途切れさせないように、先生方が一丸となって方策を練り実践を重ねた結果、対面になってからの授業のレベルもさらに上がったそうです。この先生方の熱量は、まさに「Only One」を見据え、誰一人取り残さないという教育指針の表れでもあります。
児浦先生:「これまでも授業がおもしろい教員は多かったのですが、点と点が結ばれて面になったと言いますか、『聖学院の授業ってこうだよね』と言える共通のアウトラインができたことも、コロナ禍における一つの大きな財産になったと思っています」
教科を越え、学年を超えて先生方が協議し、指導ノウハウを共有できたことで、これまで基本的にはそれぞれに委ねられていた授業法がブラッシュアップされ、学校全体として改めて1本の太い柱が立ったわけです。
ちなみに、夏休み前までの学習は主に以下のような流れで行われました。
3月2日〜4月5日:臨時休校
4月6日:始業式を挙行
4月7日:緊急事態宣言が発令。5月末までの休校延長を決定
4月13日〜:オンライン授業の動画配信をスタートすると同時に学習アプリを導入し、生徒が自学できる体制も構築
6月1日〜:分散登校にして、対面授業とオンライン授業を併用
7月20日〜:期末考査を実施
ところで、これまでタブレット端末の使用については授業中のみで行われていたため、休校期間中に生徒の保護者の方々には通信機器の用意と通信環境を整えることをお願いしなければなりませんでした。そこで、急遽、2学期からは全学年で1人1台iPadを所持することに。
児浦先生:「これまで課題としていた、さらなる『授業の質』と『ICT活用力』の向上が、期せずしてコロナ禍を契機に大きく前進しました。教員もどんどんアップグレードしています(笑)」
分散登校ではなく、「4+2」の体制でスタート
生徒たちにとって、休校期間は自分で学ぶ機会でもありました。同校はもともと、自学の姿勢の確立に力を注いでいるためダメージは少なかったと児浦先生は言いますが、思わぬ効果もあったそうです。
その一例は、自分で前に踏み出すことが苦手な生徒が、自ら意欲的に学習に取り組むきっかけをつかんだことです。
児浦先生:「言われたことはきちんとこなすし、ノートもきれいにとる。でも、意見を戦わせることに尻込みをするおとなしいタイプの生徒もいます。ところが、そういった生徒がオンライン授業で急成長したのです。自分のペースでやりたいことに集中し、新たな視点を持てたのでしょう。おもしろいことに、学校再開後も休校期間中の学習姿勢を継続し、活発に発言するし、さまざまなことに進んで参加するなど積極的になったのです」
そして、夏休みを経て、9月6日からは分散登校ではなく、新しい体制の学校生活が始まりました。つねに状況を柔軟にとらえ、その時々に応じた体制を構築して更新を続ける。これもまた、同校らしい一面です。
児浦先生:「それを、私たちは『4+2』と呼んでいます。我々にとっても新しいチャレンジでしたが、全員が週に4日間一斉登校し、2日間は自宅でオンライン授業を受けるというものです。名簿で奇数・偶数と分けで分散登校をすると、クラスの半分とは会えないままです。また、6日間全員登校では感染回避の点でまだ危険です。そこで、思い切ってこの『4+2』の体制で行うことを決めたのですが、2日間のオンライン授業では自分のペースで取り戻しもできますし、まずまず順調なスタートが切れたと思っています」
世界中と対話し、協働するためにグローバル教育にも注力
「Only One for Others」は学内や国内に留まらず、世界中で活かされるべき普遍的精神。ですから、当然、同校のグローバル教育には歴史があります。
世界中と対話するために英語力の向上を目指し、各種海外研修で実体験を重ねますが、それらはすべて「英語という視点」「海外研修という視点」ではなく、「聖学院での学びという視点」で展開するのが同校のグローバル教育です。
つまり、「何のために」という意識を持たせることを重視しているのです。英語の4技能を磨くのは世界とつながるためのツールとしての英語力を獲得するため。また、海外を訪れて知見を広げることは、文化や宗教、国境を越えて他者を受け入れ、世界を俯瞰する広い視野を養う力を獲得するためです。
英語は各学年とも習熟度別にコース編成されます。帰国生や英語を得意とする生徒を対象とする「SSコース」ではオールイングリッシュでグローバル・イシューについてディスカッションなどを行っていますが、日本語も堪能なネイティブの先生を起用して指導体制をさらに強化し、帰国生も「楽しい!」と目を輝かせています。
そしてまた、「Sコース」「Aコース」「Bコース」でも楽しく学んで英語を好きにさせることを第一に、最初は単語や文章、そして文法事項まで音楽や映像に乗せて身体でリズムをとりながら発声するなど、段階を踏んで丁寧に4技能を鍛え、英語力獲得へと向かっていきます。
また、希望者参加の海外研修も多彩ですが、英語圏でのホームステイ・プログラムのほか、同校独自のPBL型プログラムも出色です。
PBL型プログラムとしては「タイ研修旅行(中3〜高2)」と「カンボジアMoG(Mission on the Ground/高1〜3)」などがありますが、同校がグローバル教育で最も大切にしていることは、文化や言葉の壁を越え、同じ時代を共に生きる隣人として互いを認め合うこと。だからこそ、『グローバル・シチズンシップ』の醸成に向けたプログラムを実施しているのです。
児浦先生:「『タイ研修旅行』は、タイ北部の山岳少数民族との交流や現地でのボランティア活動を主な目的としたものです。親と共に暮らすことができない子どもたちと寝食を共にしながら、生徒たちの視線は社会的背景にも向けられていきます。また、この研修旅行は力の弱い人たちに奉仕する大人と出会う旅でもあります。開始から32年が経つ、本校で一番人気のあるプログラムですが、現地の受け入れ事情のため約30名くらいしか参加できません。ですから、昨年度から『カンボジアMoG』も新設しました。こちらはカンボジアの社会問題の現場を訪れ、現地で活躍する社会起業家の方たちと問題解決にチャレンジします」
リアルに世界課題と向き合い、SDGsや社会貢献の意義を追求する学びを通して、これからの人生の原体験を獲得することを目指しますが、これらはまさに、同校の揺るがぬ精神「Only One for Others」に照準を合わせたプログラムです。
次世代型教育の象徴、「グローバルイノベーションクラス」がいよいよ始動
中学で「探究・PBL型授業」や多様な「グローバル教育」を展開してきた同校が、その学びを継続し、さらに深化させるために、来年度から高校に「グローバルイノベーションクラス(GIC)」を新設します。このクラスに入るための条件は、英検準2級以上の取得。
グローバル課題やSDGsを自分事としてとらえ、高次の研究力・協働力・創造力を育成するこのクラスは、以下を3本柱とする教育を展開しますが、これらを支える土台として一般教科とリベラルアーツを学びます。
❶ Immersion(週3時間)
現代社会や家庭科などの内容を中心にSDGsを英語で学び、英語でプレゼンテーションやディスカッションを実施。思考戦略やリーダーシップなど、世界課題を解決するために重要なスキルとマインドを「英語で獲得する」プログラムです。
児浦先生:「家庭科や保健体育などもイマージョンで行います。SDGsの活動の中には家庭科に関することも少なくありませんが、現状の家庭科にはイノベーションが必要だと感じていたので、イマージョンの授業に入れることにしました。ところが、SDGsと家庭科の両方を教えられる教員がいない。そこで、私が日本女子大学の通信教育を受けて家庭科教員の免許を取りました(笑)」
❷ STEAM(週6時間)
「サイエンス」「デザイン」を軸に、ICTスキルを活用しながら「ものづくり」「ことづくり」(「問題の解決策の創造」「新たな価値の創造」を意味する同校独自の言葉)に必要なツールを学び、論理と感性の両面から創造力を育てます。授業はすべて探究・PBL型で行われ、課題解決・価値創造のための問いからスタート(後述のコラム「ICEモデル」を参照)。設定したテーマに基づき、知識や思考スキルを習得していく構成になります。
児浦先生:「生徒たちには『ものづくり』『ことづくり』のための技を持たせたいと思っていますが、今の授業体系ではなかなか難しい点もあります。ですから『STEAM』という教科を立ち上げ、3人の教員のチームティーチングで行います。授業ごとに教科の異なる教員が2人と、情報科の教員(全時間を受け持つ)が担当します」
❸ PROJECT(週2〜4時間)
ゼミ形式で授業を行い、国際系・社会系・環境系などのテーマから任意に一つ選び、課題を設定し、学内外で連携しながら協働・研究活動を行います。高2ではプロジェクト実践のための「MoG(Mission on the Ground)」を海外で行いますが、この「PROJECT」がGICの集大成となります。
児浦先生:「GICは、世界に貢献できる『グローバルイノベーター』を育成するためのクラスです。『Only One for Others』を真に具現化できる人財の育成を目指していますので、聖学院の次世代教育の象徴的なクラスになるだろうと思っています。新設初年度の定員は約30名(一貫生と高入生の合計)ですが、現中3生に聞いてみたところ、2/3に当たる約100名が『行きたい』『迷っている』と答えました。今後、このクラスが拡大・発展していくことがとても楽しみですね」
このように、同校の生徒たちは中高6年間をかけて課題突破力の獲得を目指していくと同時に、他者を認め、協働する姿勢を育みながらさまざまにチャレンジを重ねて、次代を担う若者としての責任を自覚していくのです。
教科入試に見る価値基準、つまり旧来の「学力方程式」というべきものを超えて、多様な「Only One」に目を向けたいと、同校が7年前にいち早く始めたのが「思考力入試」です。その種類は「M型思考力入試」「ものづくり思考力入試」「難関思考力入試」の3つ。
※「思考力入試」の詳細はこちら→
https://www.seig-boys.org/wordpress/wp-content/uploads/2020/09/20200910-5f59a6d308310.pdf
その思考力入試で入学した生徒たちが目覚ましい成長を遂げている例が同校には数多くありますが、ここで、その一例をご紹介しましょう。
「難関思考力入試」で合格したA君は入学当初こそ、そこそこの成績でしたが、中3になる頃からみるみる頭角を現しました。海外からの大学留学生とのワークショップでも、英語でどんどん発言していたそうです。
児浦先生:「A君の伸びは並外れていますが、何よりすごいところは、その積極性です。ラグビー部の部長でもあるのですが、とにかく機会をつかまえては手を挙げ、いろいろなことに挑戦しています。海外からの大学留学生とのワークショップでも英語でプレゼンし、その視点がまたおもしろい。レジュメも英語で書いているのですが、その彼、じつは英検は3級しか持っていないのです。でも、単語はたくさん知っているし、瞬発力があるので一瞬、『帰国生?』と思うくらい的確な英語を話す。授業はもちろんですが、思考力Lab(※)やさまざまな学校行事、部活などすべてを含めて『聖学院での学びが楽しくてしようがない』と言っていますが、ここまでの伸びを見せてくれるとは想像していませんでした」
※「思考力Lab」の詳細はこちら→https://www.seig-boys.org/quest_pbl/lego/
このA君のエピソードはあくまでも一例ですが、生徒たちの関心を引く扉を各所に設ける同校の教育体制の下で、生徒たちがその扉を自分で次々と開けていく様子がよくわかります。
「糸魚川農村体験学習」(中3)で田植えを体験し、地域課題を考える
「公民」(中3)ではiPadを活用しながらワークショップを展開
21世紀型教育の先駆けでもある同校はすべての授業設計に、カナダ・クイーンズ大学のスー・ヤング博士が提唱する「ICEモデル」を使用しています。「ICE」とは、知識(Ideas)、知識の活用(Connections)、課題解決(Extensions)の頭文字をとったもので、それに基づいた「問いのストーリー」を単元ごとに策定します。
「単元の学習ゴール」として「生徒たちが他者や世界に貢献するための価値づくりや課題解決」を設定し、その課題解決に向けた知識や知識の活用を、授業の中で「問い」として投げかけていくのです。
また、横軸に「ICE(知識・知識の活用・課題解決)」をとり、縦軸に「for自分・for他者・for社会」をとった9つのマトリックスで授業構造を可視化し、授業デザインやシラバス策定にも活用しています。