学校特集
大妻中野中学校・高等学校2020
掲載日:2020年11月17日(火)
2021年には「帰国生教育」を開始して20年目を迎える同校。全校生徒の11%が帰国生、さらに海外在住経験者を含めると約16%にも上りますが、帰国生と一般生を分けるのではなく一貫して混合する教育を実践しています。このコロナ禍で海外研修や留学などが軒並み中止(または延期)になる学校が多いなか、同校は豊富な交流先と連携し、夏休みには「オンライン留学」を実施。教育実践のあり方が変化せざるをえない今の状況下でも、長年蓄積してきた財産を活かしながら新たな展開を見せています。そしてグローバル教育のさらなる深化を目指し、そのすべてを統括する部署として今年度から「グローバル・センター」が始動。グローバル・センター長の水澤孝順先生にお話を伺いました。
グローバル教育を一元化する「グローバル・センター(GC)」とは?
同校が初めて海外の学校と教育提携を結んだのはちょうど30年前。それ以降、着実に経験と実績を積み重ねてきました。
また、帰国生受け入れ(※1)を開始してから来年で20年目という節目も迎えます。全校生徒の11%、約160名の帰国生(35カ国)がいますが、帰国生を日本社会に適応させることを主眼とするのではなく、異文化体験で得た特性をさらに伸ばすことを第一義とし、一般生と共に相互に啓発し合う教育を展開しています。
※1...「帰国生入試」を実施するだけではなく途中編入にも柔軟に対応し、過去7年間で60名以上が編入している。
身近にいる帰国生から刺激を受け、近年は留学する一般生もますます増えていますが、昨年度は学期・年間留学を合わせて約70名もの高校生が旅立ちました。そして今、このコロナ禍という状況下で海外渡航について水澤先生はこう語ります。「今後も海外に行くことを一律に無理とするのではなく、保護者の方々のご理解を得ながら、方面別に考えていこうと思っています。国によって受け入れの考え方は違いますので」と。
もちろん、コロナの感染状況をシビアに注視していることは言うまでもありませんが、それでもこのように明言できるのは、世界8カ国(※2)20校以上と教育提携を結び、留学生を数多く送り出してきた同校ならではでしょう。
※2...留学先としてアメリカ・カナダ・イギリス・アイルランド・フランス・ドイツ・オーストラリア・ニュージーランドの8カ国がある(留学後は同じ学年に復学)。他に、スウェーデンやニューカレドニア、タイなどと連携した国際交流プログラムも多数。
水澤先生:「オセアニアとヨーロッパは対照的です。オセアニアは、他国と比べて感染者がそれほど多くなくても入国をクローズしました。しかし、イギリスやドイツなどは自己責任のもとに勉強したいということであれば受け入れる、というスタンスです。このスタンスの違いは、文化の違いそのものです。オセアニアは、移動しなくても国としてある程度安定を保ってきましたが、ヨーロッパは事情が異なります。生徒たちにもよく話すのですが、ヨーロッパの人々には『移動することは命と同じくらい重要な価値観だ』という考え方があるのです。この3月に、ドイツのメルケル首相がコロナ感染拡大を深刻に受け止めながらも、『移動の自由は、我々が苦労して勝ち取った権利である。それを制限するということは、民主主義的な価値認識にどれだけ厳しく介入することか。でも、今は命を救うためにやらなければならない』という趣旨のことを語りましたが、こういったことからも、その国が辿ってきた歴史が見えてきます」
この水澤先生の言葉からは、同校が積み重ねてきたグローバル教育の厚みと同時に、多様性を重視する教育哲学が見えてきます。
もし、提携先がオーストラリアやニュージーランドだけだったとしたら、生徒たちはこのように世界を俯瞰し、それぞれの国の有り様の背景にリアルに目を向けるきっかけを持てなかったかもしれません。
IB(※3)の学習者像の中で、とくに「好奇心を持って探究する力」「論理的・批判的に考える力」「複数の言語や多様な表現スキルでコミュニケーションできる力」を重視し、世界と協働した「体験」学習を総合的、かつ円滑に進める部署が「グローバル・センター」です。
※3...国際バカロレア機構が提供する国際的教育プログラム。多様な文化を理解し尊重する精神を通じて、より良い、平和な世界を築くことに貢献する「探究心・知識・思いやり」に富んだ若者の育成を目的とする。
つまり、豊富な国際系プログラムはもちろんのこと、海外留学や海外大学進学、国内外のさまざまな教育機関との連携などに対処する専門的な組織になります。アメリカ・イギリス・フランス・中国など、多国籍で専門性の高い同校の教員チームと共に、大妻女子大学や外部機関とも連携しながら、生徒一人ひとりに合ったグローバルな学びや体験をトータルにサポートしていくのです。
グローバル教育を先駆的に推進してきた同校ですが、今後、さらに発展・深化させていくためには、GCのような部署を立ち上げることが不可欠だったと水澤先生は言います。
水澤先生:「これまでの日本の中等教育のあり方が縦割りの校務分掌だったとすれば、今後は学習指導、進路指導、生活指導などといった個々の枠組みを超えて柔軟に対処していく必要があります。そうでなければ、これ以上先には進めません。ですから、グローバル・センターにはこれまでの各分掌の役割の一部を一元化し、ロジスティックな部分を強化してグローバル教育全体をより強固に支えていく機能があります。つまり、それはカリキュラムの複線化であり、進路指導の複線化でもあります。また、留学などに際しての煩雑な諸手続きを一元管理してサポートするといったこともGCの重要な役目ですね。ちなみに、このような枠組みを超えた取り組みを先行して行っているのが、スタートして今年で5年目になる『グローバルリーダーズコース(GLC)』です」
グローバルリーダーズコース(GLC)は、同校の教育の象徴的存在
1995年 中学校併設
1996年 中2に「カナダセミナー」を設置
2000年 高校でフランス語を正規の履修科目(選択制)とし、複言語教育を開始
2001年 帰国生受け入れを開始
2011年 グローバル教育において、大妻女子大学と密な連携を開始
2015年 SGHアソシエイト校指定を受ける
2016年 「グローバルリーダーズコース(GLC)」新設。GLCでは中1からフランス語が必修
SGHに向けて、大妻女子大学との連携を中心に「グローバル・センター(GC)」の土台作りを本格的に開始
2019年 ユネスコスクールへの加盟申請
2020年 GC設立
同校は「アドバンストコース」と「グローバルリーダーズコース(GLC)」の2コース制をとっています。
「GLC」は、異文化を経験した帰国生に適した教育環境を提供するために立ち上げたコースですが、「グローバル入試」で合格した一般生と共に国際感覚をさらに磨いていきます。
英語だけではなく、中1からフランス語も必修ですが、複数の言語に触れることで世界の複合性を理解し、国際社会、異文化への関心を高める教育を実践。目指す進路としては、海外大学か国内大学の国際系学部など。
一方の「アドバンストコース」は先取り学習の徹底を図るクラスで、目指す進路は主に国内の難関大学になります。
そして、両コースともに多様性の重要性を知るために、SDGs(Sustainable Development Goals持続可能な開発目標)の達成を目指すなど、地球市民を育成するプログラムに力を入れていますが、中3以降は毎年、全体でコースを再編成し、GLCとアドバンストコース間の移動も可能です。
水澤先生:「GLCも今年で5年目を迎えましたので、ある程度中高6年間の見通しが立つようになりました。中学の時からリベラルアーツ的なプロジェクトベースの学び方で学習し、高校に入る頃に外部にも目を向けるように仕掛けると、自分からさまざまチャレンジするようになりますね」
多様な学習歴をもつ仲間と「探究心」を刺激し合いながら、グローバルな視野で世界の課題と向き合うGLCでは、英語の授業はネイティブの先生が中心になってデザインしたカリキュラムで行われます。さらに、中1からフランス語も必修となり、中2対象の「カナダセミナー」では英語とフランス語を公用語とするカナダで、多言語、多文化を学ぶことを通して自らのアンテナを高くし、国際社会・異文化への知見を広げていきます。
●外国人と日本人の先生が協働する「クロス・カリキュラム」
外国人の先生が主として指導する英語の時間の「クロス・カリキュラム(世界の課題を英語で学ぶ)」、日本人の先生が主として指導する社会の時間の「クロス・カリキュラム(日本語・英語をリサーチツールとして活用)」などを実施。
●GIS(Global Issue Studies)
アクティビティやプレゼン、ディベートなど、あらゆる手法で国際問題に切り込みます。仲間と共に学び、考え、行動する過程から、協力し合うことや自ら動くことの大切さを実感する授業を実施。
高校のGLCでは、「GIS」は独立した学校設定教科に。中学での英語の時間の「クロス・カリキュラム」で培った英語力とグローバルな視点から、さらに専門的にグローバル課題とその解決方法の探究に取り組んでいきます。
●複言語・多文化マインドセットを目指す「フランス語」授業
英語以外にフランス語も学ぶことで世界の複合性を理解し、多文化マインドセットを目指します。フランスへの交換留学も可(2~3週間)。
GCがマネジメントして、夏休みには「オンライン留学」を実施
始動したばかりのGCですが、今はグローバル教育の体制強化のため、先生方のサポートを中心に行っている段階だと言います。では、生徒たちとの関わりとして現時点ではどのようなものがあるのでしょうか。
一例を挙げれば、スピーチやエッセイなどの各種コンテストの情報を発信したり、英文エッセイコンテストの原稿の添削・指導などがあります。
また、留学を希望する場合、外国語の検定試験を受けなければなりませんが、GCではこのコロナ禍で試験方法がどのように変更されるのかなどを学校の情報交流掲示板である「manaba」にアップし、更新し続けました。
水澤先生:「例えば、『IELTSは自宅で受けられるインジケータができました。インジケータは大学受験でいえば、今年は早大や上智大の国際教養学部でも使えますよ』といった情報をあげて、それを見た生徒からオンラインで質問を受け付けたりもしました。そうして、休校期間中には大勢の生徒たちが自宅で試験を受けたのですが、6月から一般会場で始まった試験でもスコアを上げています」
そして、今は例年実施されている海外研修や留学は叶いませんが、そのような状況の中でも生徒たちのモチベーションを途切れさせないようにと、夏休みには交流校と連携して「オンライン留学」を実施。
1週間以上のプログラムもあれば、2〜3日という短期間のものもありましたが、オンラインを通じて希望する国の学校の授業を受け、現地校のバディとも交流する試みです。
水澤先生:「『オンライン留学』を実施するにあたって、最も大切にしたのはライブで行うことです。ヨーロッパの学校であれば日本時間の夕方から参加できますので、まずはイギリスやフランス、ドイツの学校にお願いしました。また、カナダとのオンライン留学では現地の大学生とライブ・セッションも。これらの試みは思った以上に好評でしたので、今後も続けていきたいですね」
昨年度、年間留学した高1は55名。その生徒たちもこのコロナ禍によって帰国を余儀なくされましたが、その後も多くの生徒がオンラインで当該国の授業を継続して受けているそうです。
ちなみに、留学する生徒が多い同校ではホームルームをポータルサイトで行うこともあるのだとか。留学した生徒が海外での経験をクラスのページにアップして、タイムリーに情報を共有するのです。これも、同校ならではの魅力でしょう。
加えて、2015年から文部科学省が主催する「トビタテ!留学JAPAN」で留学する生徒も。なかでもアカデミックロング(4カ月から1年間の長期在籍)は難関で、全国でも20名しか審査を通らないのですが、同校からはほぼ毎年選出されています。昨年は3名が選ばれました。
水澤先生:「海外大学進学を視野に入れている生徒は、高校では学年に10人くらいですね。ただし、志望は変わることもありますので、その生徒たちがすべて海外大学に向かうとは限りません。ですから、多様性を前提とする考え方が必要になります。そういう意味でいえば、日本流の『進学実績』というモノサシで見ていくだけではなく、多様な観点で進学先をサポートしていかなければと思っています」
そして、トランスナショナルな教育にも活きる「妻中流」へ
国や地域が互いに違いを理解し、より良い関係を築いていこうとする「インターナショナルな視点」、世界課題を地球市民として解決していこうとする「グローバルな視点」。この2つの視点を等しく大切にしながら実践するのが同校のグローバル教育です。
コースにかかわらず、世界とコミュニケーションを図るために語学力を磨き、多様なプログラムを通じて多様性を認め合い、協働するマインドを培う同校での学校生活。
そこには、各所に設けられた扉に次々に手を伸ばしていく生徒たちの姿があります。
水澤先生:「確かな語学力とカラフルな体験。その2つが本校のグローバル教育を表すキーワードです。今は残念ながら『カラフルな体験』はなかなかできませんが、それでもさまざまなプログラムを紹介し、自分のストーリーを作るチャンスを与えたいと思っています。スピーチやエッセイなど、外部コンテストへの参加も奨励していますが、それらも自分で作るストーリーの一つです。大学入試が変わり、またコロナ禍という環境下ではありますが、そのタイミングでGCを開設することができたことは逆に良かったかなと思っています」
そして、最後にもう一つ。同校が見据えるトランスナショナルな教育についてもご紹介しておきましょう。
その真意は、「本校の教育は『中高の"6年間"で大妻中野の伝統を身につけさせます』というものでありません」という水澤先生の言葉にあります。
今はコロナ禍にありますが、現代は教育の場一つをとっても世界を視野に入れる必要があります。保護者の方の仕事の都合で海外に行くことになり、同校で短期間しか学べない生徒や、海外から帰国して途中から編入してくる生徒もいるからです。
つまり、日本人としての品位を身につけさせることは変わらず大切にしながらも、日本でのみ通用するガラパゴス化した教育ではなく、世界標準の教育をベースに置く、ということです。まさに、GC最大のミッションかもしれません。
水澤先生:「世界がボーダーレス化している今、そのムーバビリティを考えれば、今後世界を行き来する生徒はさらに増えていくと思います。その時、どこで学ぶことになっても『たとえ1年間でも大妻中野で学んで良かった』と思ってもらえるようにしたいのです。そのためにも、グローバル教育を中心に本校の教育全体をさらに発展・深化させていきたいと思っています。今も本校には帰国生・留学経験生・一般生が良いバランスで在籍していますが、今後、集団としてどのような特性を持っていくのか、ますます楽しみですね」