学校特集
世田谷学園中学校・高等学校2020
掲載日:2020年9月12日(土)
禅を重んじる曹洞宗の教えを基盤に学力と人間力を磨き、あどけなさの残る男児からたくましい男子へと成長させる同校。「旃檀林(せんだんりん)」とは同校の前身、1592年に創設された曹洞宗の僧侶養成機関のことで、その歴史はゆうに400年を超える正真正銘の男子伝統校です。そして「旃檀林の獅子児」とは、自信と誇りと気概が込められた同校の生徒たちの呼称。難関大学への現役合格率の高さにも定評がありますが、高2の文理分けまで全員が一緒に学ぶ体制から、2021年度には2コース制へと変更します。校長の山本慈訓先生と、数学科主任の中沢勝義先生、理科主任の秋元幸太先生にお話を伺いました。
2021年度から
「本科コース」と「理数コース」の2コース制へ
2019年から「算数特選入試」を新設した同校ですが、それはさらなる展開への布石でした。
同校では高2での文理分けまで、すべての教科を等しく学んで教養を積む教育を展開してきましたが、2021年より2コース制へと転換します。1学年約200名で5クラス編成。そのうちの4クラスが「本科コース」、1クラスが「理数コース」になる予定です。
その概要についてお伝えする前に、まず、2019年から「算数特選入試」を開設した意図を校長はこう語ります。
山本校長:「今、Society5.0(※)と言われています。そこではAIが膨大なビッグデータを解析し、新たな価値を産業や社会にもたらす時代ということですが、でも、AIはコンピュータです。人間は曖昧な指示でも動けますが、コンピュータはそうはいきません。ですから、人間が作業手順をプログラミングしなければならない。その時、数学の力とそれによって培われるような論理的思考力が必要になります。その力を培うことは世界のスタンダードにもなりつつあります。もちろん、みんながみんな高度なプログラミング能力が必要というわけではないかもしれませんが、これからの時代は文系・理系を問わず、最低限プログラムを読めなければならないと言われています。だからこそ、生徒たちの数学の力、論理的思考力をこれまで以上に育てていきたいというメッセージを込めて『算数特選入試』を始めました」
世界的に見て、日本はAI技術の活用に後れをとっていると言われますが、政府は昨年、2025年までに年間25万人のAI人材、つまりAIを各専門分野で応用できる人材を育成するという「AI戦略」を打ち出しました。21世紀のデジタル社会での「読み・書き・そろばん」は、「数理・データサイエンス・AI」。それを定着させるために、小学校から各段階で長期的に行っていくというものです。
山本校長:「日本の大学生の理工系学部の学生は全体の26%ですが、本校は男子校ということもあり、今年の高2の文理選択を見ると6割が理系を志望しています。であれば、中1から理数系のカリキュラムが充実したコースを作ろうと」
この「理数コース」の入試問題ですが、本科コースと同じ出題になります。ただし、以下のように配点が異なります。
「理数コース」=定員:40名/配点:算数200点、国語100点、理科100点、社会50点の450点満点
「本科コース」=定員:160名/配点:算数100点、国語100点、理科 50点、社会50点の300点満点
山本校長:「願書出願時にコース希望を書いていただき、『理数コース』志望の受験生には算・理の配点を2倍にします」
そして、早い段階から志望を定めている「理系コース」の生徒には、「本科コース」よりも数・理の時間を多く設けたカリキュラムを用意し、その力を徹底的に鍛えていきます。
一方、じっくりと進路を定めたい生徒が学ぶ「本科コース」では、これまでどおり高2で文理選択を行います。
東大などで実施しているレイトスペシャリゼーション(大学3年に進級する時に専門を選択すること)と同じ考え方で、幅広く学び、多様な体験を重ねながら文系に進むか理系に進むかを決めるのです。
「理数コース」が目指すのは
仏教・禅の心に支えられた「科学人・医学人」の育成
じつは、1974年から2000年まで、同校には高校に『理数科』を設けていた時期があります。
山本校長:「当時の理数科のテーマは『宗教的信条に支えられた科学人を育成する』というものでした。その命題を追求しながら、科学技術に積極的に関与する過程で人間の智慧を限りなく光らせていこうと。ですから、今も理科専門校舎は『放光館』と呼ばれているのですが、時代状況を鑑みながら、今また改めて原点に戻り、理数教育のさらなる充実を図っていきたいと思っています」
そして、先述の「AI戦略」にあるAI人材の育成も視野には入っていますが、それ以上に同校の「理数コース」が目指すのは、仏教・禅の心に支えられた「科学人・医学人」の育成です。
山本校長:「わかりやすく言えば、『利他の心』を持ち、想像力と創造力にあふれた科学人・医学人を育てたいのです。どのように社会に貢献するのか、どのように人を幸せにするのか。その志がなくては、学ぶ意味はありません」
激しく変化する時代を生き抜くためには「智慧」と「慈悲」と「勇気」が必要という、同校ならではの教育哲学です。
中1の「イカの解剖実験」
中1の生物「体のつくり」では、締めくくりとしてイカの解剖実験を行います。そして、解剖の後はイカをきれいに水洗いし、醤油炒めなどにしてありがたくいただくのですが、このように日常の学校生活の中に「感謝の心」が息づいていることは、同校の風土でもあります。
山本校長:「イカのにおいは手につくとなかなか取れないんですよ(笑)。4人1班でイカ1杯を解剖しますので、1学年分ですと60杯必要になりますが、最終的には生徒たちがいただくわけですから、魚屋さんからはけっこう良いイカを仕入れています。このような実験一つをとっても、命や食への感謝につながりますから、そこは大切にしたいと思っています」
2021年度から中1・2で「土曜プログラム」がスタート。
「理数コース」と「本科コース」では何が違う?
そして、来年度から中1・2の前期に「土曜プログラム」の開設も予定されています。その中身とは? まだ構想段階ではありますが、以下にご紹介します。
山本校長:「通常の授業は金曜日までで、コマ数はこれまでの月〜金と同じですが、土曜日はフレキシブルに対応できる形にしたいと思っています。内容も、『理数コース』と『本科コース』では違い、それぞれの特性を活かしたものになります」
以上のように「理数コース」はもちろんのこと、「本科コース」も多様な視点からの学びをいっそう充実させていきます。
「本科コース」=沖縄県(平和学習をメインに実施)
「理数コース」=鹿児島県(知覧と種子島と屋久島を訪れ、「平和」「宇宙」「生命」という3本柱で体験学習を実施)
中2の「永平寺研修旅行」(2泊3日)
中2の11月には、曹洞宗の大本山である永平寺に行きます。就寝は夜9時、起床は朝の3時半。掃除などの作務をした後、坐禅を組み、お経を唱えます。その後、精進料理をいただくのですが、食べ盛りの生徒たちもカロリー低めの食事に「意外に美味しい!」と驚くのだとか。
山本校長:「これも、貴重な体験です。永平寺では、お膳に置いてある器に箸を伸ばすのではなく、両手で戴いてから箸をつけることを教わります。『ありがたく、大切にいただこう』という心持ちと作法が、最後の絶妙な味付けになるのだと思います。家でもそのようにしてみると、美味しいご飯がもっと美味しく感じると思います(笑)」
「旃檀林の獅子児たち」は、
「智慧と慈悲と勇気を持った大人」を目指す
これまで実践されてきたプログラムも、これから新たに始まるプログラムも、まさしく先生方の「想像力と創造力」を結集したものです。
では、「理数コース」の生徒たちには、どのように成長してくれることを期待しているのでしょうか。
中沢先生:「数学といえば、どうしても想像やイメージに寄りがちですが、例えば一つの多面体を実際に手に取り、触ってみて、いろいろな方向から眺めて分解してみるなど、体験することを大事にしたいですね。その後で想像する、と。数学という窓を通して、物事を見る目を養ってくれればと思っています」
秋元先生:「理科もまったく同じで、やはり本物に触れる体験を重視したいと思っています。また、とくに中1・2では生徒の発想を引き出すため、急かすことなく『待つ』ことが大切だと考えています。教員が演示実験を行う場合も、すぐに解説するのではなく、生徒の反応を待つ。中学の3年間は『発射台』の土台を作っているようなものです。つまり、さまざまな体験をして基礎部分をしっかり固めておけば、高校生になると、経験値と理論が合致して、『ああ、なるほど!』とすんなり理解していくのです。そうなれば、生徒たちは自分でスイッチを押して勝手に飛び立っていきますね」
ほかにも、同校には「生き方」の授業や多様なグローバル教育など、独自の教育がたくさんあります。それらの場面ごとに自分を見つめ、他者との関係を築き、生徒たちは将来への展望を開いていくのです。
最後に、同校が育てたい人間像について、山本校長に改めて尋ねました。世田谷学園の出身である校長には、ご自身が在校生だった時の校長の言葉が今も息づいているそうです。
山本校長:「それは、『君たちは旃檀林の獅子児である。この誇りと気概をわが心としなくてはならない。獅子児は獅子児にふさわしく、頭を上げ、胸を張り、大地を踏みしめて堂々と闊歩するのだ。忘れても、下を見て歩くような人間になってはいけない。間違っても、肩を落として歩くような人間になってはいけない。自分を大切に、人を大切に。自分には厳しく、人には温かく。みんなで力を合わせ、自信と誇りと気概とを持ってたくましく前進するのだ』という言葉です。ここに、本校が目指す人間像が集約されています」
同校が育てたい人物像として掲げているのは、次の3つ。最後に再度、ご紹介しておきましょう。
・「智慧の人」...自立心にあふれ、知性を高めていく人
・「慈悲の人」...喜びを、多くの人と分かち合える人
・「勇気の人」...地球的視野に立って、積極的に行動する人
「理数コース」を巣立った生徒たちが、このような哲学観を持った科学人・医学人として活躍してくれる日を、心から待ちわびています。
坐禅、そして「臘八摂心(ろうはつせっしん)」
同校の校章は地球を形取った坐蒲(尻の下に敷くクッション)の上で、人が坐禅を組む姿を描いたもの。「坐禅」は同校の象徴ともいえます。「生き方」の授業のなかで年に4回坐禅の授業がありますが、ほかにも週に1回、希望者が参加する早朝坐禅があります。早朝坐禅は授業前の朝7時くらいから始まりますが、多い時には100名くらいの生徒が集まるといいます。
坐禅は両膝とお尻の三点で坐るのですが、中1のうちは形が定まらないものの、だんだんと坐相もきれいになっていきます。また、高校生になると「坐禅を組むと、気持ちがスッキリする」と言う声が多くなるとか。学年を追うにしがたって、「姿勢を整え、呼吸を整え、ひたすら坐っていると、心も整ってくる」ことを、身を以て知っていくのでしょう。
そして、同校の伝統行事の一つである「臘八摂心」は、仏教の開祖、お釈迦様が悟りを開いた12月8日を記念して、禅宗のお寺で行われているものです。「臘」とは「臘月」、つまり12月のこと、「摂心」とは心を修めることを意味し、禅寺では12月1日から8日まで1日中坐禅を組むのです。同校でも、12月1日〜8日は日曜日を除く毎朝7時から約40分間、修道館アリーナで坐禅を組みます。自由参加ながら、毎年500〜600名もの参加者があるそうです。