学校特集
東京家政学院中学校・高等学校2020
掲載日:2020年8月3日(月)
「KVA×SDGs」。これが、東京家政学院の今を表すキーワードです。「KVA」とは、同校の建学の精神「KVA精神(知識・徳性・技術)」のこと。1925年の創立以来、校名にある「家政学」をスクールアイデンティティーとして、時代ごとに理想の女性像を描きながら知性と品格を磨き、実践力を身につける教育を展開してきました。そもそも家政学とは、人間の基本的な営みから物事を考える実践的総合科学のこと。自分だけではなく、人を豊かに幸せにするための学問です。そして、グローバル化、ボーダーレス化に伴って世界共通のさまざまな難題が浮上する今、「家政学」を起点とした総合力を獲得し、建学の精神を以って世界課題を考える教育体制が再構築されています。入試広報係の高橋祥乃先生、そして家庭科の中野実香先生、英語科の金正姫先生、国語科の児島豊先生にお話を伺いました。
※上の写真は、休校中にオンラインで実施された中学の「SDGs」のまとめ学習の様子
昨年からコース制を整備。
理系の学びに力を入れる「管理栄養進学コース」
同校は昨年、キャリアデザインに合わせたコース制を整備しました。中1・2は共通授業を受け、中3・高1で「リベラルアーツコース」「アドバンストコース」と2コース制に。そして、高2・3ではさらに希望する進路に合わせて6つのコースに分かれます。
ところで、「管理栄養進学コース」と聞くと家庭科に特化したコースをイメージするのではないでしょうか。でも。
高橋先生:「カリキュラムを見ていただくとわかりやすいのですが、じつは理系科目を強化するコースなのです」
実際にカリキュラムを見てみると、家庭科系の時間は高2の「家庭総合」(2時間)、高3の「食物演習」「食物実習」(各2時間)。一方の理系科目は、例えば高2では「数学Ⅱ(4時間)」「化学(4時間)」「生物・物理(4時間)」となっていることからも、実験や実習をベースに、調理と栄養に関する専門的知識の基礎を学んでいくことがわかります。
中野先生:「食物や栄養などに関しては科学的な知識が欠かせません。東京家政学院大に進んだ卒業生から『大学に入ってから化学で苦労している』という話を聞いたこともありますが、大学に進学してからスムーズに学べるように高校時代からしっかりした基盤を作ろうと。ですから、単に『家庭科が好き』だけではなく、成績も全教科4以上(5段階評価で)をとっていないと厳しいかもしれません。スタートしたばかりですが、今年は高2の7名がこのコースで学んでいます」
ちなみに、このコースでは高3時に東京家政学院大学の後期の授業を受けて単位の先取りができるなど、大学の学びにつながるバックアップ体制も整っています。
高橋先生:「中学では時間的制約もあって、理科実験の事前準備は教員が行うこともありますが、このコースでは2時間続きの実験もあり、最初からすべて生徒たちが行います。準備段階から自分たちで考え、知識を覚えるだけでなく、知識を使う力、考えたことを表に出す力、そしてそれをシェアする力を育てなくてはいけませんから」
中野先生:「また、本校では『先輩たちによるキャリア講演会』や交流会などがあり、管理栄養士として活躍する卒業生も来てくれます。そのような場では個別に話をすることもできますので、リアルな現場の様子を知るとともに、自分の将来のイメージを描く動機づけになると思っています」
家族に料理を振舞い、お世話になった人にお弁当を届けた生徒も
コロナ禍での休校中は、授業動画の配信や双方向での遠隔授業、また直接電話でやり取りをしたり、「校内の様子をお届け」と題した学校ブログを開設して語りかけたりと、先生方は生徒とのコミュニケーションを最も大事にしていました。そのなかから、先生方に届いた生徒たちの様子の一例をご紹介します。
「教養としての家庭科」を謳っているように、同校では中1で「マイかっぽう着」を縫い、それを6年間着て調理実習に臨みます。長期休暇中には、授業で習った料理を家族に振舞うなどの課題が出されますが、最初は「段取りが悪くて、昼ご飯のつもりが夕ご飯になった」など微笑ましいエピソードも。でも、学年を追うにつれてどんどん腕が上がり、高校になると選択ではありますが、本格的な「おせち料理」にも挑戦します。
中野先生:「今回の休校中、中1への課題は家の手伝いをすることでした。片付け、掃除、洗濯、何でもよいのでと。自分が手伝いをした様子を送ってもらうのですが、お昼ご飯を作る生徒が多かったですね。それも、日が経つほどに品数が増えていって(笑)。高校生になると課題にしなくても進んでやる生徒が多くなりますが、高2のある生徒は家族に振舞うだけでなく、いつもお世話になっている近所のお医者さんにお弁当を作って届けたのだそうです。休校期間中でもと言いますか、休校期間中だからこそ、自分で考え工夫して、さまざまに成長している様子を知ることができて嬉しかったですね」
タブレットは日常のツール。
各所でプレゼンの腕を上げていく生徒たち
建学の精神であり教育理念でもある「KVA精神」ですが、知性と品格を備え、社会に貢献する力を育てるためには、自分の頭で物事を考え、他者と対話し、価値観を共有していくことが必要になります。そのため、同校では学習においてもグループ活動やプレゼンテーション能力の育成に力を入れ、中1から丁寧に積み上げていきます。
中学も高校も全員がタブレットを所持。教科学習はもちろん、ホームルームや体験学習、クラブ活動と、学校生活全般で活用されているため、生徒たちは一段ずつ実践の階段を登り、学年が上がるとパワーポイントや動画はお手のものになるとか。
このように、同校では実践の場を数多く設けながら、「情報収集(調べる)→資料作成(まとめる)→プレゼンテーション(発表する)」という一連のスキルを培っていくのです。
ところで、残念ながらコロナ禍で中止になってしまいましたが、この3月には中3生は新設された「シンガポール海外研修」に出かけるはずでした。シンガポールは多文化が共生し、共通語として英語を使っている「グローバル社会」の縮図ともいえる国。そこに着目した同校は、中学3年間の学びの集大成と位置づけ、これまでの国内修学旅行の代わりに実施することにしていたのです。
金先生:「シンガポールにある日系企業を訪問して取材をしたり、現地の大学生と英語でコミュニケーションを図ったりと、充実したグローバル体験となっていますので、中1の時から時間をかけて、総合学習の時間や英語の授業で事前学習を重ねてきたのです。タブレットで資料を収集し、レポートにまとめて発表することを繰り返していくうちに、最初のうちは初めての海外に不安を隠せなかった生徒たちも、『早く行って、いろんな体験をしたい!』とポジティブになっていきました。ですから、中止が決まった時にはとても残念がっていましたね。でも、そこで頑張ったことは必ず次につながっていくと思います」
昨年度末からスタートする予定だったものに、「全校プレゼン大会」(中1〜高2)もあります。これまでクラス内や学年で行われていたプレゼンの規模を拡大して、さらに切磋琢磨しようというものです。
金先生:「積み上げてきた学びをプレゼンという形に集約させますので、今後、このプレゼン大会は本校のすべてのプログラムの集大成になっていくと思います。いつもお世話になっている近隣の方など、外部の方々もお招きして、生徒たちの成長を見ていただきたいですね」
また、日本語だけではなく英語でプレゼンする取り組みもスタートしています。一昨年に初めて、中2が訪日中の留学生を前に活動成果を英語でプレゼンしましたが、これもまたシンガポール海外研修など、他のプログラムにつながっていくもの。
4〜5人のグループに留学生が一人つくのですが、初めての経験にも生徒たちは活発にやり取りしていたそうです。最初は尻込みしていても、多様な体験を重ねることで、生徒たちはグングンと力を伸ばしています。
そして、もう一つ。同校では中1からeポートフォリオを活用して日々の学びや活動を記録していますが、自分の成長過程を「見える化」することで目標も見えやすくなり、学習や諸活動へのモチベーションも上がっているそうです。
大学入試を見据えて高校からの活用も多いeポートフォリオですが、中1から実施しているところも同校の強みといえるでしょう。
互いに新たな発見があった
休校期間中、自宅学習を余儀なくされた生徒たちですが、「毎日学校に登校して授業が受けられることはありがたいことだったんだ」など、実感のこもったコメントがたくさん寄せられたそうです。
高橋先生:「自宅学習では、生徒たちは教員の解説動画などを見て振り返りを行ったりしていましたが、ある生徒がその教科の担当教員に電話をかけてきて、『先生の解説を聞いて、よくわかりました。先生って、すごいんですね』と言ったそうです(笑)。普段はあまり自分から発信する生徒ではなかったので、教員の間でも『あの子、こんなに話せるんだ』という驚きがありました。期せずして、生徒にとっても、教員にとっても、お互いに新たな発見があった休校期間中でしたね」
自分らしいキャリア形成につながる
「SDGs 探究プログラム」を高1・2で実施
キャリア教育の一環として、中1・2の2学年合同で行われる体験型学習に『ポスタビ』と『JobTavi』がありますが、これらは『大人に出会おうプロジェクト』と位置づけられています。生徒たちにとって、身近な大人といえばほとんどが父母や学校の先生方ですが、校外に一歩踏み出して働く大人の方に話を聞くプログラムです。
職業以上に「人」に焦点を当て、「社会で生きるとはどういうことか」を考えるきっかけとするもので、「ポスタビ」では近隣の協力を得て働く方に話を聞き、「JobTavi」では海外やグローバルな職場で働く方に取材をし、世界や社会の仕組みなどを学びます。
そして、学年を超えて力を合わせて取材した成果をポスターで発表したり、プレゼンで披露するのです。
児島先生:「地域社会(Local)から世界(Global)へと広げていくわけですが、本校はグループ活動を大切にしていますので、まずはグループで価値観を共有していきます。2学年合同で行っているのは、生徒たちには背伸びをする機会も必要だと考えるからです。たとえば、中2が中1の前で大人の方にインタビューをし、中1は先輩の姿を見て手本にする。また、それぞれがリーダーシップ、フォロワーシップの役割を担って行動する重要性を知り、その後の活動に活かしていってくれればと思っています」
そして、中学で基礎を形作った後、高1・2では本格的なSDGs(持続可能な開発目標)の学びに取り組みます。世界にとって究極の課題、それはやはり「自分だけではなく、みんなを幸せにする」こと。そこで、2年間をかけて世界の諸問題について学び、探究活動を通じて世界に目を向け、主体的に課題を設定して解決する力を養っていくのです。
児島先生:「これまでも平和や幸福のための学びは行っていましたが、それは日本人としての視点からのものだったかもしれません。でも、グローバル化によって、その問いは世界中に広がっています。そこで、私たちが継続してきた学びである家政学の観点からSDGsに取り組もうというのが、このプログラムです」
高1では、SDGsへの基礎的理解を持つために、生徒たちはウォーミングアップのための学習を行います。たとえば「世界平和のための課題とは?」という問いのもと、生徒たちはSDGsの17のゴールから任意のテーマを選んでグループを組み、グループごとにテーマに沿った探究活動を進めていくのです。
高1の学びは、「おうちで取り組むSDGs」から始まった
今年の高1にとって、SDGsの学びのスタートは自宅学習からでした。そこで、先生は「おうちで取り組むSDGs」という課題を出しました。金沢工業大学が開発した「STAY HOME for SDGs」という教材を中1〜高2の5学年で活用し、自分が書き上げたワークシートを写真に撮って提出するものですが、先生の手元にはさまざまな写真が届きました。
以下は、ワークシートに貼られた写真のほんの一例です。
■「犬」......SDGsの17のゴールの中に「動物愛護」を主としたものはありませんが、この生徒は「目標15陸の豊かさも守ろう」というゴールの中の「生物多様性損失の阻止を図る」というターゲットに着目したようです。自分の力では殺処分は防げないけれど、自分が今できることとして、飼っている犬を大切にしよう、という意志を示したのです。
■「少量の洗剤と手作りタワシ」......「目標13海の豊かさを守ろう」に着目した生徒は、海洋汚染につながらないように、少量の洗剤で食器を洗いました。そしてその時、中学の時に作った少量の洗剤でも汚れが落ちるタワシを使用したそうです。
■「チェック印付きカレンダー」......「この日は、お父さんが家事をやります」というカレンダーの写真が送られてきました。これは「目標5ジェンダー平等を実現しよう」に着目し、お父さんに掛け合ったものと思われます。
SDGsに関する文献や資料から情報を引けば、もっともらしいワークシートも書けたでしょう。でも、生徒たちはまだ本格的に学んでいない段階で、借り物ではなく自分が感じ、考えたことをストレートに表現しました。
5月いっぱい行われたこの取り組みは、最後に高1・2合同でzoomによるオンラインで総括しましたが、自分以外の視点を知ることができ、生徒たちには新たな発見がたくさんあったようです。
児島先生:「本校の生徒は『素直』『穏やか』と言っていただくことが多いのですが、このように素直と言いますか、いびつであっても、心に芽生えたものを大事にしながらアウトプットしてきます。器用ではなくても、自分らしい、地に足のついたキャリア形成ができていくはずだと、改めて感じさせられましたね」
そして、高2ではさらに学びを発展させ、生徒同士が教え合い学び合うことで、個人知を超えた集団知をもとに改めて課題を設定し、新たな問題意識や価値観の創出を目指します。
高2の最後には総仕上げとして「イギリス海外研修」へ行く予定です。これも、今年度末から始まる予定でしたが、中3のシンガポール海外研修と同様、コロナ禍で残念ながら中止になったため、来年度末が初回になります。
児島先生:「ケンブリッジ大学の寄宿舎に2泊するのは、大きな特色だと思います。日本で探究してきたことをもとにケンブリッジ大学の学生と意見交換することで、また新たな課題や価値観に出会うでしょう。こういった経験で視野を広げ、地に足がついた考え方ができるようになれば、大学進学や職業選択にも幅が生まれるだろうと期待をしています」
伝統ある学び「家政学」を起点にして視界を世界に広げ、そして、そこで学んだことをもう一度原点である「家政学」に立ち返って活かしていく。まさに「KVA×SDGs」。
建学の精神を以って世界課題を考え、自分や身近な人、さらには社会のために役立てられるようになることが、同校が育成を目指す生徒像です。同時に、それは「新しい家政学の創出」という同校のチャレンジでもあります。
持続可能性が見えてくる
コロナ禍の状況のなか、私たちの誰もが転換点に立っていることは事実です。課題は山積みですが、その中から新たな試みも生まれています。同校での例を2つだけご紹介しましょう。
■図書の宅配サービス......同校は7万冊の蔵書を誇りますが、休校中、図書の貸し出し宅配サービスを始めました。生徒がインターネットで学校図書館の蔵書を検索し、自分の読みたい本を借りるのですが、持続可能なシステムとして今後にも活かせるでしょう。また、保護者の方も利用できるようにしたところ、こちらも大盛況だったとか。
■児島先生が担当する高1国語......児島先生は担当する高1(アドバンストコース)の国語で、今年1年間をかけてカミュの『ペスト』を取り上げ、ゼミ形式で学んでいくことにしたそうです。この状況だからこそ、今またベストセラーになっている同書ですが、これも「今」をきっかけに、学びを最大限に深める試みと言えます。
児島先生:「『withコロナ』『afterコロナ』を模索しながら、学校生活を保証するために何をしていくべきか、我々教員はこれからも考え続けていきます」