学校特集
聖学院中学校・高等学校2019
掲載日:2019年12月28日(土)
1906年創立のミッション系男子伝統校は今、21世紀型教育の推進校として、思考力・判断力・表現力・コミュニケーション力・協働力など、次代に活きる総合力を育んでいます。それらすべてを支えるのは、教育理念の「Only One for Others」。「自分らしさ(神様からいただいた賜物)」を自ら見出し、さらに磨いて「他者のために使う」という精神は、同校のDNAでもあります。その理念のもと、男子の特性を活かした教育を展開する同校での成長ストーリーを、広報部部長の児浦良裕先生にお聴きました。
次代に活きる人材を育てるため、多様な入試で受験生の資質を発掘
中高時代は、さまざまなことを吸収し、心身ともに大きく成長する時期。
中学入学直後、生徒たちが持っている器には、まだまだたくさんの空きスペースがあります。個性によって器の形は違いますが、多様な体験の中で新しいものに出会い、難題にぶつかって試行錯誤するたびに、その器は大きく変化していきます。その器に何を入れるか、そしてどう進化させていくか。それが、教育といえます。
教育理念の「Only One for Others」の具現化の一つとして21世紀型教育を推進し、他にはない改革を先導してきた同校ですが、中学入試改革もその一つ。近年増加傾向にある「思考力入試」をいち早く取り入れ、メディアからも注目される同校は、現在、3種類の「思考力入試」(※)を実施しています。
※「思考力ものづくり入試」「難関思考力入試」「M型思考力入試」
はじめに、同校の「答えのない問いに立ち向かい、協働しながら納得解をつくっていく」人材を育てる教育を象徴するものとして、昨年新設された「難関思考力入試」を例に引きながら、生徒がどのように成長していくのかをご紹介します。
その前に、同校の「難関思考力」がどのようなものか、概要をお伝えしておきましょう。
●「思考力試験」
資料の情報を読み取り、先生からの説明を正しく聞き取る能力が求められる問題を数問解く
→そこまでの問題で扱っているテーマに関する課題を自分で設定し、その解決策をレゴブロックで表現
→レゴ作品について詳しく説明する作文(約150字)に取り組む
→4〜5人ずつのグループに分かれて自分の作品を説明し合い、気づいたことをワークシートへ記入する
●「面接試験」
複数の面接官の前でレゴ作品についてプレゼンテーションをする
→質疑応答
以下は、この「難関思考力」を実際に受けて入学したK君(現中2)の話です。
児浦先生:「『思考力試験』の中のグループディスカッションの後、受験生は他の人のレゴ作品で気づいたことや印象的だったことをワークシートに書きます。ここで、我々は『他者から学ぶ力』を見るのですが、K君は並外れた力を見せてくれました」
「難関思考力入試」で入学した生徒はその後、大きく伸びていった
「難関思考力入試」で求められるのは、問題解決能力、発想力、言語・非言語表現力など多岐にわたりますが、受験生は、「レゴでアイディアを形にする力」を出しきります。昨年度の課題テーマは『高齢化時代における医療現場の問題を解決するために、どのように人工知能を使えばいいでしょうか?』というものでした。
児浦先生:「K君は医療ロボットを作ったのですが、レゴの作品としては部品も少なめでシンプルなものでした。ただ、面接での対応力が彼は群を抜いていたのです」
以下は、その面接時の内容の一部です(忠実に再現したものではありません)。
面接官:「このロボットは、どんなことができるのですか?」
K君:「診察や薬の調合などができます」
面接官:「手術はできますか?」
K君:「手術はできません」
面接官:「では、この医療ロボットが手術できるようにするためには、どうすればいいですか?」
K君:「いえ、このロボットは手術をしてはいけないんです」
面接官:「なぜですか?」
K君:「家の中にはさまざまな雑菌があるからです。もし、どうしても手術が必要なら、近くの公園などに無菌室を作って〜(略)」
児浦先生:「K君は、じつは2科4科入試も受けていたのですが、レギュラー合格最低点ギリギリでした。その点数だけを見れば、学力的には厳しい状態であるといえます。ところが、このように面接でもストレス耐性が非常に強く、かつ誠実に答えようとする姿勢も際立っていて上位の成績でアドバンスト合格しました。そしてアドバンストクラスに入った後、年間を通じて学年トップクラスの成績を収め、学級委員長も努めるという活躍ぶりでした。このK君のような難関思考力入試の受験生は、入学後に伸びていきますね。ですから、この入試は今後、もっと拡大していこうと思っています」
※聖学院は「アドバンストクラス」と「レギュラークラス」の2クラス制
このエピソードは、まさに「ペーパーテストだけでは測れない資質や才能を見出す」入試の意義、そして入学後に大きく伸ばす同校の教育の真価を表しています。
「授業が楽しい、友達といるのが楽しい」=「学校が楽しい」
中1・2で最も大切にされること
中1・2では学力・人間力ともに、すべての基盤をしっかりと固めることに最も力が注がれますが、そのために先生方は「授業デザイン研究会」を月に1回実施してワークショップを行ったり、「対話型授業研修会」を年に3回実施して教科を超えてディスカッションするなど、研鑽を積んでいます。
児浦先生:「特に中1は『授業が楽しい』ことが『学校が楽しい』ことに直結しますので、いかに授業が楽しいか、友達といることが楽しいか、という環境を作ることを大事にしています。授業でいえば、例えば私が受け持つ中1の数学で、『ミウラ折り(※)』はどう作られているか、どこに使われているか」という話題を出し、実際に紙を折ってつくってみます。折り紙が開いたり閉じたりスムーズにできると、生徒はとても喜びます。その後、人工衛星や人工血管にも使われていることを具体的に説明すると、生徒たちの目はキラキラし出しますね」
※東京大学宇宙研究所(現・宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所)の三浦公亮先生が考案した折りたたみ方で、小さな力で大きく開閉する折りの技術。NASAからも注目されている。
中1の夏休みの「自由研究」にも学びを楽しむ生徒の様子がうかがえます。
先のK君は「地方創生」をテーマに、パンケーキを活用して地方創生に取り組んだ方にインタビューして、自分で調べたさまざまなことと合わせて発表しましたが、他にも個性的なものがたくさんあったそうです。
児浦先生:「『指の毛が生えている方向には、親指側と小指側があり、人によって異なる』ということに気づき、クラス全員分の統計をとって分析した生徒もいましたし、『お母さんに叱られた回数』と題してその原因を考察する生徒がいたりするなど、おもしろいものがたくさん出てきました(笑)。彼らの興味・関心は膨大で、やってみたいことがたくさんあるのです。ですから、中1・2の頃は我々が指示をして制限をかけるのではなく、なんでもありとフリーにしています」
このような自由な発想を引き出す一方、地道に基礎・基本を固めていきますが、そのベースの一つになっているのが「できたこと生徒手帳」だと児浦先生はいいます。
これは、「自学ノート」と合わせて活用するものですが、日課にしていくことで生徒たちの学習へのモチベーションも上がっていくのだとか。
児浦先生:「入学間もない頃は、自分で何を勉強するべきかなかなか判断できません。ですから、『宿題1時間、自学1時間』と伝えているのですが、そこに気持ちを向かわせるのが『できたこと生徒手帳』です。帰りのホームルームの10分間は『作戦会議』と称して、それぞれが『英単語の練習』『数学の計算問題』など、その日家で勉強することを計画し、書き込みます。そして、帰宅したら自分が決めた課題を『自学ノート』の2ページを使って勉強し、右側に『今日できたこと(成長したこと)』を書き込み、翌朝担任に提出します。そして担任は、終礼までに全員分をチェックして、コメントを添えて返却するのです」
「担任はけっこう大変です」と児浦先生は笑いますが、初期段階のこの手厚さが生徒自身の「やる気」を喚起し、中3以降の「自立」へと結びついていくのです。
児浦先生:「これを習慣化していくと、定期テスト前はもちろんですが、夏休みの勉強の仕方が変わります。このノートを途切らせたくないので、自分なりに計画を立てて勉強するようになりますね。ある生徒は高3で学習する『アステロイド』という図をページいっぱいに描いてきました。このように、自学習慣を身に染み込ませていくと宿題も忘れなくなり、さらには学習への意欲も増して、必然的に成績も上がっていきます。そうすると、中3くらいになると学習面でも自立し、社会に対する意識も高まっていきますね。最近は、他校生も含めた400人くらいの団体を立ち上げてイベントを開催する生徒も出てきました」
視界が広がり、校外に飛び出していく生徒が増えると、そんな先輩の姿に下級生も刺激を受けて積極的になっていくのだとか。「昔なら高校でやっていたようなことを、今の中学生たちが実践している。新しい伝統ができつつあるように感じています」と、児浦先生は語ります。
ところで、この「できたこと生徒手帳」には、生徒が悩みを書いてきたり、保護者の方が相談事を書いてくることもあるそうです。
児浦先生:「そういう生徒は昼休みに話を聞いたり、保護者の方には電話をしたりしていますね。中学生のうちは小さな反抗期はありますが、男子は素直ですから変化が見えやすい(笑)。この手帳で、けっこう状況が把握できますし、早めに対処できていると思います」
中3以降になると、積極的にチャレンジし、自分の賜物を磨いていく
初期段階で自学習慣を徐々に定着させるように、行事も丁寧に段階を踏んでいきます。
PBL型体験学習を行う宿泊行事は、中1・2で「自分と他者を知る」ことを目的に宿泊登山などが実施されますが、中3の「糸魚川農村体験学習」では、広く社会に目を向けていきます。
田植えや植林体験をしながら、農家に民泊するこの糸魚川での体験学習は、34年も続く同校の伝統的行事ですが、その学びは一過性のものではありません。
児浦先生:「地域とつながることで、社会をどう変えていくかを考えることがテーマになりますから、生徒たちはその後も活動を継続しています。今年の中3生たちは糸魚川を盛り上げるために、クラウドファンディングでお金を集めてカラフルな『糸魚川ガイドブック』を作り、数千冊刷って配布しました。ほかにも、糸魚川の方たちに来ていただいてイベントを催したり、かなり精力的に動いていましたね。それを見た中2生たちは『来年、どうしようか』と、すでに話し始めています」
さらに、高1の春に2泊3日で行うスタディツアー「ソーシャルデザインキャンプ」に続きます。
このプログラムは熱海や真鶴などの企業、団体と提携し、神奈川県湯河原町を舞台に数カ所に分かれてフィールドワークを行った後、プレゼン大会を開催します。
地域に積極的にコミットしたこの活動は、今年、もう一つ大きな成果を生みました。
このキャンプの後、「中高生ソーシャルデザインコンテスト Field Adventure AWARD 2019」に出場した高校生チームが見事、第1回の全国優勝に輝いたのです。
児浦先生:「この体験の後、他校の生徒を含めて団体を立ち上げて、多種多様な企業とコラボを始めた生徒もいます。また、先の中3で団体を立ち上げた生徒を高1の先輩が副会長になって手伝うなど、学年の上下を問わず、『違いの賜物を活かし強固な集団を作る』社会的な動きをするようになってきていますね」
先生方が日常的に「どうすれば生徒たちが力を発揮するか」と、その種を探し、多様な場を設けているからこそ、生徒たちも柔軟に、そして果敢に挑戦できるのでしょう。
児浦先生:「以前、北区をプロデュースする講座を行っていたのですが、その時に参加した高3生から『こういうことを、もっと早くやりたかった』と言われたのです。そして彼は、おもしろい企画をたくさん出してくれました。そのような生徒の声に応えるために、高1から取り組めるようにと、我々教員の動きにも拍車がかかりました(笑)」
身の回りの社会に目覚め、海外に目を向ける生徒も増えていく
そうしていくうちに、生徒たちの視界はどんどん広がり、PBL型の海外研修プログラムには希望者が殺到するのだそうです。
同校にはイギリス、アメリカ、オーストラリア、タイ、カンボジアなど、多彩な海外研修が用意されていますが、なかでも「タイ研修旅行」(中3〜高3/希望者)は、山岳少数民族の方々と交流する30余年続く同校独自のプログラムで、最も希望者が多いといいます。
児浦先生:「タイ研修旅行はボランティア活動を主な目的としていますが、親と暮らすことができない子どもたちとも寝食をともにするうち、生徒たちの視線は社会的背景に向けられていきます。同時に、この研修は力の弱い立場の人々のために奉仕する大人に出会う旅にもなっています。定員は30名なのですが、毎年倍以上の希望者がいますので、今年度からカンボジアを増やしました」
「カンボジアMoG(Mission on the Ground)」(高1〜3)は海外実践型・問題解決型プログラム。カンボジアで活躍する社会起業家の方々と当地の問題解決に挑むもので、SDGsや社会貢献の成果を追求することを通して人生の原体験を獲得することを目指します。ちなみに、これは高校生のためのプログラムなのですが、先の団体を立ち上げた熱意あふれる中3生が強く希望したため、特例で参加させたそうです。
生徒の強い意志や希望を、決して置き去りにしない。規則だからと阻むことのない、この柔軟性も同校ならではかもしれません。
また、これらの研修旅行に参加した生徒たちは、毎日夜中まで熱い議論を交わしていた体験が忘れられず、帰ってきてからも、学内外問わずに協働するプログラムに参加していくといいます。
何事も、「生徒が主語になる」ことが肝心。
先生方もサーバントリーダーシップを持って指導
自分、他者、日本の社会、そして世界へと視界が広がった生徒たちの中には、高校生になると海外大学へ進学することを希望する生徒も出てきます。
実際、これまでもミシガン大学、最近では台湾の国立成功大学など、世界に名だたる大学への進学者を輩出しています。
児浦先生:「海外大学の入試で問われるのはエッセイや活動履歴ですが、その際、『僕はバスケ部の部長として頑張りました』では通用しません。自分なりの原体験をもとに、それが志望する大学のこういう研究につながるということをどれだけ書けるかが重要になってきます。また、『あなたのことを教えてください』と問われた時も、それまでに自分が培ってきたものの具体例をもとに、明確に話すことができるかが大事です。生徒たち自身にも、その意識がだいぶ強くなってきましたね」
今の高3のある生徒は、同校の「みつばちプロジェクト(※)」でカフェを開いたり、起業を目指してプランニングをしているのですが、そのエピソードを海外大学の入試に生かそうとしています。
また、別の生徒は英語力は相当高いのですが、さらなる体験を増やすため、先生はカンボジア研修旅行への参加を促したそうです。すると、見事なビジネスプランを作って、元外資系コンサルティング企業の方に驚かれたそうです。
※校内に小さな養蜂場があり、社会との関わりをテーマに活動
このように、一人ひとりの様子を注視しつつ、時機に応じて先生方はそれぞれが望む未来へ大きく背中を押していきます。
児浦先生:「何事も、『生徒が主語』になっていないといけません。どんな改革も、どんなプログラムも、生徒が自分の賜物を見出し、活かし、他者を尊重し、他者と協働していくためのものでないと意味がない、と思っています」
同校の教育改革は、日々更新を続けています。
「Only One」と「for Others」を一つに結びつけてこそ、より良き人生、より良き世界を築くことができる。学力を着実に積み上げるとともに、同校の6年間の中で、その真の意味を実感を持って理解していく生徒たちは、リーダーシップとサーバントリーダーシップを併せ持つ、次代を担うグローバル人材になっていくことは間違いありません。