学校特集
世田谷学園中学校・高等学校2019
掲載日:2019年11月20日(水)
東京大学をはじめとする難関大学への現役合格率が高く、「最後にグッと伸びる学校」としても定評のある世田谷学園。前身は、400年以上前の1592年、曹洞宗の吉祥寺の学寮「旃檀林(せんだんりん)」にまでさかのぼる伝統校です。「当たり前のことを当たり前にできる人に。平常心のレベルを高くもとう」という指針のもと、禅を重んじる曹洞宗の教えを礎に、さまざまな体験を重ねながら総合的に人間力を高めていく同校ですが、今回は、特に中学で力を注ぐ「理科教育」にスポットを当てます。実験や観察を中心とした授業や課外活動を通して、生徒たちは考える力を育み、発見する喜びを体感します。秋元幸太先生と瀬川祐先生にお話を伺いました。
実験を通して、好奇心を育てる。
大切なのは「自分の頭で考える」こと
中学の理科の授業は、2時間続きの授業のなかで「実験」を中心に展開しています。先生方の合言葉である「楽しくなければ授業ではない!」という方針のもと、生徒たちは「手を動かすこと+考えること」を軸に、週に一度の実験に積極的に取り組んでいます。
秋元先生:「新しい法則を学ぶ際も、まずは実験を行って自分の目で確かめ、整理した結果から法則性が見えてくるようにと進めています。教科書に書いてあることを確認する実験も行いますが、教科書通りの結果にならないこともあります。失敗をした時こそ、なぜそうなったのか、実はこういうことが起きているのではないかと、自分たちで考察することが大切です。教科書に書いてあることについても『本当にそうなの?』と、つねに問いかけています」
瀬川先生:「実験は4人1班で協力し合いながら行います。例えば、鉱石などを顕微鏡で観察する際、角度や明るさなどで見たいものがうまく見られない場合もありますが、そのような時は、よく撮れた班の画像をみんなで共有することもあります。教員が用意することは簡単ですが、生徒たちが自分の目で見たものを大事にしてほしいのです」
理科実験では、結果を先に知らないほうが良い
一般的に、「早く答えにたどり着きたい」と、正解を求めることに性急な傾向にあると言われる今の子どもたちですが、先生方は特に中1生にはていねいに、じっくりと向き合っています。そして、理科の実験においても心がけていることがあるのだそうです。
秋元先生:「生徒の発想を引き出したいので、中1・中2生に対しては『待つ』ことを大切にしています。教員が実験して見せる演示実験の際も、すぐに解説するのではなく、生徒の反応を待ちます」
瀬川先生:「予習・復習は大事ですが、理科の実験においては、教科書で先に答えとなる実験結果を見てしまわないようにと伝えています。事前に答えを知ってしまうと、単なる答え合わせになってしまいますので。授業で初めて触れさせることで、自分たちで考える楽しさ、大切さを知ってほしいのです」
秋元先生:「実験の場だけではなく、『いつもと違う花が咲いているな』といった、見過ごしがちだった身近な自然など、さまざまなことに普段から目を向けてほしいと思います。そういう感性や経験は、大学や社会に出てからも必ず活きてきますし、まずは最初のスタートとして、理科がそのきっかけを担えればうれしいですね」
瀬川先生:「理科に限ったことではありませんが、新しいものを生み出すのは『チャレンジした人』です。ですから、受け身ではなく好奇心を大事に、チャレンジしていってほしいですね。世の中には、いろいろなタイプの人がいます。それでいいんだよと、教師も中学生には常々言っていますが、高校生になると自分たちで気づくようになります。その意識が、学園のモットーでもある『違いを認め合って、思いやりの心を』に自然に結びついていくのだと思います」
自然を感じる体験を重ねて、
感性を磨き、豊かな人間性を育む
豊かな人間性を育むために、仲間と一緒に体験を重ねることを大切にしている同校では、年間を通してさまざまな行事が行われています。
中1の6月には神奈川県の城ケ島で「自然観察会」が行われ、7月に行われる「サマースクール」では、長野県の黒姫高原に2泊3日で出かけます。
秋元先生:「城ケ島で行われる『自然観察会』は、中1の希望者のみで行われますが、毎回50人くらいは参加しています。現地集合・現地解散なので、入学後間もない生徒たちにとっては、電車やバスの乗り継ぎを自分たちで調べるところから始まります。磯遊びをして生物を観察したり、理科の教員や生物部の部員からも植物や生物の話をしてもらったりと、本物を見て、触れて、生きた勉強をします」
「サマースクール」では、カヌーやマウンテンバイクに乗って自然の中を駆け巡ります。
また、朝の散歩では音をいっさい立てないようにして、風の音、鳥の声、人里の音など、静けさの中で聞こえてくる音を『サウンドマップ』として書き取るなど、東京では意識できない、自然の音と対峙します。
さらに、「サマースクール」ではナイトハイクも体験します。
懐中電灯を持って森の中へ行き、途中で明かりを消して歩くのですが、暗闇に目が慣れてくると、「闇の色」にも濃い・薄いがあることに気づくといいます。沼のほとりでは、暗闇の中で先生が語ってくれる、宇宙の歴史やその寿命、生き物の命について耳を傾けます。
瀬川先生:「光を一切使わずに山道を歩くので、はじめは私たちも怖いくらいです。でも生徒たちは次第に、本当の闇夜とはこういうものだと、虫の鳴き声しか聞こえない環境に慣れていく感覚を新鮮に感じるようですね。真っ暗なので、星も本当に綺麗です。このように、自分の五感で自然を感じながら、東京ではまったく感じないことを感じたり、考えないことを考えたりできる貴重な機会となっています」
秋元先生:「雨が降った後、ぬかるんだ状態でナイトハイクに行った時、『雨の匂いを感じた』という生徒がいました。大人にとっては当たり前かもしれませんが、中1で初めて体験したその生徒は、東京に戻ってきても雨の匂いを覚えているでしょう。このような気づき一つひとつが、感性を豊かにし、自分の幅を広げていってくれるのだと思います」
大自然の中で、日常ではできない「感性が呼び覚まされる経験」をできるだけたくさんさせたいという先生方もまた、生徒と同じ経験をして思いを共有します。「静けさの中の音」「暗闇の中の明るさ」、このような豊かな学びができるのも、同校の魅力の一つであることは間違いありません。
個々の学びを深める、
理系に特化した自由研究「サイエンスフェア」
中学生は毎年、夏休みに「理系に特化した自由研究」の課題に取り組みます。
一部の生徒が学園祭で模造紙発表をするのですが、理科の先生へプレゼンテーションする機会も与えられます。このプレゼンには、おもしろい研究に先生から声をかける場合があるほか、生徒自身で手を挙げて参加することも。先生からは厳しい質問が投げかけられるため、探究心をさらに深める好機になっています。
瀬川先生:「中学生が興味をもつ内容は似ているものも多いのですが、なかにはサイコロを1000回振って確率を調べた生徒や、3年間紙飛行機に取り組んだ生徒もいて、発想力や検証力もけっこうありますね。大学のゼミのように、生徒一人に対して担当教員が一人つき、アドバイスをしていきます」
秋元先生:「優秀な研究は校内で表彰します。研究の内容はもちろんですが、資料やデータの見せ方、伝え方も評価対象です。サイエンスフェアは中1・中2は必須、中3は自由参加ですが、3年間継続して研究を深める生徒もいて、2年目になると自分の視点を持つようになり、その生徒の独自性が見られるようになります。教員との質疑応答では厳しい質問も出ますので、中学生ですと時には言葉に詰まって涙ぐむ生徒もいますが(笑)、学年を重ねるごとに、どんどん良いものになっていきますね」
獅子児祭(学園祭)では、小学生に理科の楽しさを伝える。
「好き」を極めた、理科系の3つのクラブが大活躍!
9月に行われる獅子児祭は、2日間の来場者数が総計10000人を超えるというビッグイベントです。小学生や保護者の来場も多く、理科系のクラブによるイベントは小学生からも大人気です。
では早速、今年の「獅子児祭」での3部の活動の様子をご紹介しましょう。
物理部では、NHK・Eテレの幼児番組「ピタゴラスイッチ」をイノベーションした「セタゴラスイッチ」を展示。数々の楽しいからくり装置のクオリティの高さは、NHKが取材に訪れたほどです。
また、見て楽しい実験を行って、理科の楽しさや感動を伝えた化学部。そして、生物部は「蚕の解剖」を行い、生物への興味や関心を高めました。
入学理由にもなっている「セタゴラスイッチ」
身近なものや実験器具などを使って、自分たちで一つずつからくりの装置を組み立てているのが「セタゴラスイッチ」。転がる球などの岐路を計算して実験。失敗を何度も繰り返しながら、完成させていきます。
これは、獅子児祭の名物企画の一つです。
秋元先生:「それぞれ担当者を決めていて、中学生だけで担当する部門もあり、どういう装置を作るのかというところからすべて任され、自由に制作します。わからないことは高校生にアドバイスをもらいながら、自分たちで工夫して完成させます。小学生の時に『セタゴラスイッチ』を見て入学を決めた生徒もいて、獅子児祭の展示大賞上位の常連になる人気のイベントです」
理科の「楽しさ」を伝える
4つの実験台で、それぞれ異なる実験を披露するのは化学部です。毎年、実験の内容はさまざまで、来場者に興味をもってもらえるよう、見て楽しい、インパクトのあるおもしろい実験を部員たちが考え、工夫しながら行っています。
瀬川先生:「薬品や火を使うものなどは、小学生に体験してもらうのは難しいので、生徒が実験を行い、来場者の方に順番に回って見てもらいます。今年は、鑑識などでも使われている、ルミノールと過酸化水素を混ぜて試験管の中で光らせる『ルミノール発光』や、2つの溶液を混ぜて数秒後に色がパッと変わる『時計反応』を演出を加えながら見ていただきました。小学生のお子さんや保護者の方からは、大きな歓声が上がっていましたね」
さらに、楽しく体験してもらおうと校庭に設置したステージでのイベント「水の上を走ろう」も好評でした。衝撃を与えると固まる物質の特性を生かして、片栗粉を溶かしたどろどろの水の上を小学生たちが走り、「沈まない」体験をしてもらいました。
瀬川先生:「この『水の上を走ろう』も生徒の発案で、準備も生徒たちで行いました。小さなお子さんにはまずは楽しんでもらい、高学年のお子さんには生徒がていねいに仕組みを教えたりしています。難しい説明をするよりも、男の子は体験した楽しさが印象に残るようですね」
学外でも研究成果を発表
生物部では、体験イベントとして「蚕の解剖」を行いました。作業工程をプロジェクターに映し、器官などのしくみを理解してもらいながら、小学生と保護者の方が実際に蚕の解剖をしました。
秋元先生:「わからないことは、生徒たちが教室内を回りながらアドバイスしていました。日ごろから、生物部はチームで本格的に研究活動を行い、外部団体にも積極的に研究成果を発表して数々の賞を受賞しています。生き物もたくさん飼っていますし、『自然観察会』でも教員をサポートしてくれるなど活躍しています」
同校では、ほとんどの部活動が中高合同で行われていますが、この縦横の関係を密に築くことができるのも、同校の大きな特徴の一つです。
部活動では先輩に教わりながら、また仲間と切磋琢磨しながら知識と経験を増やしていきますが、好きなことに打ち込めるからからこそ、勉強にも集中できる。その考えのもと、同校は部活動においても生徒の「好き」を全力でバックアップしています。
中学3年間は、「発射台」の土台を作る時。
発射のスイッチを押すのは、生徒自身
秋元先生:「中学の3年間にいろいろな経験を積み重ねることは、発射台の土台を作っているようなものです。いろいろなことを経験し、基礎部分をしっかり固めておけば、高校生になった時に、教員が逐一声をかけなくても勝手に飛び立っていってくれます。経験したことが自分の中に根づき、高校生になって理論が追いついてくれば、『そういうことだったのか』とスムーズに理解していきますね」
瀬川先生:「理科の場合は『自然法則』があるので、自然法則に沿っていないことは決して起こりません。だからこそ、実験や観察が大事なのです。頭の中で考えたことだけでは足りず、やってみないとわからないのが理科の特徴です。試してみることで新しい法則に気づいたり、『こういう工夫をすれば今までできなかったことができるようになるかもれない』と、自ら能動的に考え、動いていくことが重要です。『とりあえずやってみる』ことが理科ではとても大事なのです」
秋元先生:「理科を好きになった生徒が高校生になって、東京理科大学の高校生を対象とした公募に自分で応募し、そこで行った2年間の研究をもとにAO入試で国立大学に入学しました。はじめは決して成績が上位だったわけではありませんが、『なぜ? なぜ?』と物事を突き詰めて考える生徒でしたね。その生徒は自分が興味をもったテーマについて研究を深め、自分でスイッチを押して進路を切り拓いていきましたが、彼のように、自分でスイッチを押してこそ、本当の意味でスタートが切れるのだと思います」
自分を見つめ、対峙する「生き方」の授業。
坐禅で心を落ち着かせる
このように、理科教育だけを見ても同校の豊かな教育環境がわかりますが、ここでもう一つ、同校が伝統的に実践している教育をご紹介しておきましょう。それは、「生き方」の授業です。
「生き方」の授業とは、同校オリジナルの授業。仏教の話を聞いたり、坐禅を組むこともありますが、社会問題を題材にしながら自分を静かに見つめ、他者を思いやる心を育てることを目的としています。「なぜ勉強しなければならないのだろう?」「どう生きていけばいいのだろう?」と、思春期にはさまざまな疑問や不安が生まれます。そんな時に自分を見つめ、自分と対話する。そして、自分や社会を取り巻くさまざまな物事の本質を探ることによって、解決への糸口を見つけていこうという授業です。
ある卒業生は、「大学に入って新しい環境で困難に直面したとき、それに根気よく対応していく心構えや忍耐力といったものが、いつの間にか自分のなかに備わっていたことに気づきました。『生き方』の授業など、世田谷学園では、社会で生きていくうえで必要となる『備えるべきもの』『知っておくべきこと』を教えてもらいました」と、言っています。卒業したその先の大学や社会に出てからも、同校で培った力は生徒たちの中に確かに息づいているようです。
「生き方」の授業のなかで年に5回坐禅の時間がありますが、ほかにも週に2回(ただし、学年によって曜日が異なる)、希望者が参加する早朝坐禅があります。早朝坐禅は始業前の朝7時に始まりますが、多いときには100名以上の生徒が集まるといいます。
秋元先生:「坐禅の存在は大きいと思います。私は他の学校でも教員をしていましたが、坐禅指導を行っていることが、本校の生徒の素直さやのびやかさにつながっていると強く感じています。生徒たちには人の言葉を素直に、きちんと聞く力がありますが、坐禅で心を落ち着かせる経験をもてることは貴重だと思います」
瀬川先生:「大学受験の時期には、悩みを抱えたり、周りと比較して気持ちばかりが焦ってしまうということも当然出てきます。そんな時には、坐禅で心を落ち着かせると言っていた生徒もいました。坐禅を組むことでそれに耐えるというか、一定の時間、ひたすら坐って心を整えることには大きな意味があると思います。教員のための坐禅会もあるんですよ」
「一人ひとりが、かけがえのない尊い存在」という教育理念のもと、生徒たちは先生方に温かく見守られながら、のびやかに、そして積極果敢に過ごします。
6年間を通してていねいに行われる「総合的な人間力育成」とともに、中学3年間で大学や社会に向けた「発射台」の土台を作り、高校3年間でその「スイッチ」を押すための準備を綿密に重ねる同校。
その規律の中にも自由でのびやかな気風を体感していただくために、ぜひ同校に足をお運びください。
同校の伝統行事の一つである「臘八摂心(ろうはつせっしん)」は、仏教の開祖、お釈迦様が悟りを開いた12月8日を記念して、禅宗のお寺で行われているものです。「臘」とは「臘月」、つまり12月のこと、「摂心」とは心を修めることを意味し、禅寺では12月1日から8日まで1日中坐禅を組むのです。
同校でも、12月1日〜8日は日曜日を除く毎朝7時から約40分間、修道館アリーナで坐禅を組みます。自由参加ながら、500〜600名もの参加者があるそうです。