学校特集
自修館中等教育学校2019
掲載日:2019年9月1日(日)
今、中等教育の現場で重要なキーワードの一つになっているのが「探究」。その元祖ともいえるのが自修館です。ちょうど21年前の創立当初、同校の教育目標「自学・自修・実践」を具現化するために「探究」を教育の柱に据えました。2019年入試では満を持して新設した「探究入試」が注目され、63名が受験し、25名が入学。進化を続けるその教育の実態について、また、昨秋に完成した「探究」の活動拠点の一つでもある新図書館について、入試広報室長の佐藤信先生と司書教諭の勝田理香先生、そして在校生にお話を聞きました。
「探究」し続けることで、
自分の人生を生き抜く「一生ものの力」を獲得する
既成概念に頼るのではなく、物事の本質を追究して自分で新たに価値を創り出し、伝え合い共有しようと能動的に動いていく。
その姿勢とスキルを身につけるのが、「探究」の学びの目的です。
同校での学びは、入学前に自分が6年間使う机と椅子を組み立てることから始まります。初歩的なものづくりを通して、「考える楽しさ」を体感するのです。そして入学後には自分が探究したいテーマを選び、調査・考察・プレゼンテーションを積み重ねながら、最終的に4年生で2万字にも及ぶ探究修論を仕上げます。
1年生1学期~3学期:探究の進め方を学ぶ
1年生4学期~2年生:自分でテーマを決め、調査を開始
2年生~3年生 :テーマを掘り下げ、考えをまとめる
4年生 :探究修論を執筆・発表 ※探究テーマは英語でも発表
5年生・6年生 :「選択探究」※大学などの研究機関のアドバイスを受けながら、内容をさらに掘り下げる
より良い人間関係を築く方法を学ぶ「EQ(こころの知能指数)教育(※)」やEQ理論を実生活に活かすための学び「セルフサイエンス(※)」、多様な「フィールドワーク(※)」なども同校の教育の魅力ですが、ここでは、「探究」の実際をお伝えするために、在校生にお話を伺います。
「うちは、何でもアリなんです」と佐藤先生は笑いますが、これらのエピソードからは、生徒の意欲と熱意を大きく広げた手で受け止め、温かくバックアップする同校の校風が伝わってきます。
意欲さえあれば、阻むものはない。
「やりたいことでお腹いっぱい」
「生徒会や学校でのボランティア活動は行われていましたが、もっと外部に発信したいと思い、去年の夏にインターアクトを立ち上げました。それから友達に声をかけたり、手作りのチラシを配ったりして、今は16人のメンバーがいます」
※インターアクト:International (国際的)+Action(活動)を意味するもので、主に社会奉仕活動を行う。
----なぜ、インターアクトを立ち上げようと思ったんですか?
「中1の時、図書館で借りた世界情勢のことが書かれている本を読んで、いてもたってもいられなくなったんです。そこから、『探究』のテーマに戦争を選んでSDGsにつなげるように調べていき、それを活かしたくて中2の時に国連大使に応募したんですが、この時は落ちちゃいました(笑)。その後、他校や大学で行っているボランティア活動のことをいろいろ調べていくうちに自分でもやろうと思って、担任の先生に相談し、インターアクトを立ち上げました」
----フェアトレードに関心を持ったきっかけは?
「まずフェアトレードを行うことにしたのには2つの理由があって、以前にも学校で物販会をやったことがあるということを先生から聞いて、やりやすいかなと思ったことと、他校でも参考になる事例が多かったからです。日本は先進国の中でも遅れていて、フェアトレードについての認知度が低く、17%くらいの人しかちゃんと知らないんだそうです」
----そこから、どんな準備を?
「物販の仕方を先生に相談したり、『フェアトレード』について本を読んだりネットで調べたりして勉強しました。あと、インターアクトの代表として動かなくてはいけないので、『リーダーのあり方』とか、そういう本も読んで(笑)。昼休みにメンバーを招集して、お弁当を食べながら希望を聞き、役割分担をしていきました」
----インターアクトを立ち上げて、半年後に実現させましたね。3時間で完売したとか。
「そうですね。売り切ることも目標でしたから、前日はみんなでシミュレーションしました。保護者の方たちへの『いらっしゃいませ』『見ていってください』など声のかけ方とか、お辞儀する角度とかをみんなで話し合ったり。あと、一人ひとりがフェアトレードについてきちんと説明ができなければいけないので、瞬時に応えられるように確認したり」
----今後の活動目標はありますか?
「インターアクトをもっと拡大したいです。校内だけじゃなく、外部とも繋がって、大きく拡散していくボランティア活動を行っていきたいと思っています。周囲を巻き込んでいくことが大事じゃないかなと思って。そして、いずれはインターアクトをNPOとして立ち上げられればいいなと」
----それはすごい。加藤さんの「探究」のテーマは?
「この経験をきっかけに、探究のテーマを戦争から『フェアトレード』に変更しました。それを活かしたくて、今年また国連大使に応募したんですが、合格できました。去年のリベンジです(笑)。夏休みにスイスとスウェーデンに行ってきますが、例えばフェアトレードの購入額を見てみると、スイスは人口が少ないのに、日本よりずっと高額なんです。そういう状況をこの目で見て、日本に足りないものは何なのか、自分たちに何ができるのかを考えたいです」
この国連大使の活動では、最終的に、現地で学んだことと日本で学んでいたことをまとめて英語でプレゼンするのですが、加藤さんは英語も頑張っています。幼稚園の時から英語塾に通っていたそうですが、今も校内外の英語弁論大会で優勝を重ねるなど、何事にも意欲満々。
----たくさんのことに挑戦していますが、くじけそうになることはないんですか?
「目標を高くしすぎていつもくじけるんですが、目標が叶った時の自分を想像して乗り越えています。小さい頃から負けず嫌いなので(笑)」
----将来の夢を教えてください。
「自分でフェアトレードに関することで起業して、途上国の方たちが生計を立てられるように、経済的自立を助けていけたらなと思っています。そのために、今私が頑張っているのが、インターアクトと国連大使、そして英語の勉強です」
とても楽しそうに、闊達に話す加藤さん。でも何よりも、順を追って理路整然と話す姿に、加藤さん自身の資質や努力はもちろんのこと、自修館での学びの成果を目の当たりにした印象でした。そして、加藤さんは最後にこう言いました。
「ワクワクと緊張で、毎日お腹いっぱいです(笑)」
多目的な図書館が新装オープン!
「静粛に!」とは言われない、みんなの居場所
入り口に立ってまず感じたのは、明るく、気持ちの良い空気が流れているということ。それは、いわゆる書棚が並び、閲覧の机と椅子が並ぶ形の「本を読むだけの空間」ではないからでしょう。
入り口を入ると、左手には新着本やお勧めの本を紹介する「ディスプレイ台」や、日々図書ニュースが更新されるデジタルサイネージを設置した「カウンター」があり、右手にはソファがあるゆったり空間の「comポート」。広い中央廊下を挟んで「探究」をサポートする「掲示板つき展示架」や可動式の机と椅子がある「ラーニングコモンズ」、主に先生方が利用する「ラーニングラボ」や「自習室」、そして所々に木のベンチが配置されています。
中央廊下を進むと目に飛び込んできたのは、廊下の真ん中に縦に並ぶいくつもの四角い木の箱です。
勝田先生:「これは『ひと箱図書館』です。一つの箱にこの図書館から自分のお気に入りの本をカスタマイズして、小さな図書館を作ってみましょうという企画です。ここには10箱あるので、10人分。箱の中は、それぞれの生徒の個性が詰まっていて、おもしろいですね。『あ、こんな本があったんだ』という発見もあります」
これは、勝田先生ご自身が「一箱古本市」をヒントに立てた企画。希望者が手を挙げて箱の中に世界を作りますが、ひと箱の展示期間は生徒たちからの反応によって違うのだそうです。
ゆっくり歩いていくと、生徒たちの楽しそうな声が方々から聞こえてきます。
勝田先生:「自習室内だけは私語禁止ですが、本校の図書館では『静かに!』と注意することはありません。奥行きがありますので、入り口付近は賑やかで、奥に行くにしたがって静かになるという(笑)。授業で使うスペースもありますが、生徒たちには探究の活動拠点の一つとして、また自分たちの情報発信基地として活用してもらい、『みんなで創る図書館』になればと思っています」
スペースがかなり広くなったため、蔵書もこれから増やしていく予定だとか。探究のために生徒から本の購入のリクエストがあれば99%叶えるようにしている同校ですが、まだまだ足りないと勝田先生は言います。
勝田先生:「普通の学校図書館よりも調べ物に適した本を入れようとしているので、マニアックな本が多いと思います(笑)。小説も、それほど多くないですしね」
卒業生たちが自分が活用した本を置いていってくれることも多いのだとか。先輩の熱量のこもった本を、後輩が引き継いでいくのも同校らしいところ。また、ご家庭から小説のシリーズ本を寄贈されることも珍しくないそうです。
自修館なら、好きなことに
とことん突き進める!
と、その時。先ほど、佐藤先生が話してくれた「ゴキブリ」に夢中の4年生が図書館内にいると勝田先生が教えてくれました。早速、話を聞いてみました。彼は、小林世羅(せら)くん。
----図書館に避難させていたゴキブリは、今どこに?
「家にそっと持ち帰って、自分の部屋の机の下に隠しています」
----お母さんにバレそうですが。
「いや、たぶん大丈夫です。他にもいろいろ飼っているし。ヤモリとかカエル、サソリにタランチュラとか。みんな米びつや衣装ケースを改造して網を張ったり、プリンを食べた後のプラスチック容器に入れています」
----管理が大変そうですね。
「そんなに大変じゃないです。虫によって、ちょっと環境は変えないといけませんが、エアコンとかもあるし。今日は、暖房を入れてきました(ちなみに、お話を聞いたのは7月でした)。でも、僕はそんなに多いほうではないです。飼っているのは30種類くらいですが、同じように虫が好きな友達がいて、彼は200種類を超えていますから」
----すごい! エサとかは、お小遣いを工面して?
「そうです。モルモットフードとか、昆虫ゼリーとか、あと家で母が料理した時に出た野菜カスをこっそり持ってきたり」
----そもそも、どうしてゴキブリが好きなんですか?
「どうしてだろう。よくわからないですけど、小学校の時にも、こっそり学校の先生の机の下で飼っていたんですよ。自分が好きなものは、みんなが好きだと勘違いしていて。その時は、先生に逃がされちゃいましたけど。でも中学に入ったら、独立した生物部がなかったので我慢して中断しましたが、さっきの友達が『家でこっそり飼っちゃえよ』と(笑)。それで、去年からまた飼い始めたんです」
----大学でも、その方面に進みたいんですか?
「そうですね、生態のほうとかに。ゴキブリを研究したいですけど、先輩が趣味を仕事にすると嫌になるかもしれないと言っていたので、迷っています。というか、それ以前に英語がマズイので、英語を勉強しなくちゃ。先輩に『ゴキブリについての論文なら、英語でも読めるだろう』と言われたんですが、テストには出ない専門用語ばかりでした(笑)。それよりも、今はラテン語にはまっています。学名がラテン語なので」
----「探究」のテーマもゴキブリ?
「そうです。でも、先生が厳しくて。この前1800字まで書いたんですが、『言葉が違う。やり直し!』と言われてしまいました」
その情熱が目に見えるほど、キラキラと目を輝かせて話してくれた小林くんでした。
以前、勝田先生は慶應義塾大学でヒメバチを研究している卒業生と、小林くんと200種類以上の虫を飼っている友達を引き合わせたのだそうですが、小林くんの友達は「質問したいことがありすぎて」と、呼吸ができないほど興奮していたそうです。
このようなお話を聞くたびに、探究の意義そのものもそうですが、人と人をつなぐ同校の教育姿勢は学びの環境としてなんて素晴らしいのだろう、と思わずにはいられません。
小林くんが「英語を頑張らないと」と言った時、以前、佐藤先生から聞いた卒業生の話を思い出しました。
その卒業生はカミキリムシに夢中になっていた少年でしたが、カミキリムシひと筋で、英語のテストの後には必ず職員室に呼び出されていたそうです。しかし、大学院で難解な研究をしている今、彼は普通に英語を話しているのだとか。必要に迫られれば、きっと大丈夫です、小林くん。先輩のように、思うままに進んでください。
蛇足ながら、この記事を小林くんのお母さんがご覧にならないことを祈るばかりです。
3年生から参加できる「オーストラリア短期研修」にて
女子テニス部の合宿で、元気な部員のみなさん
ますます進化していく
自修館の「探究」と、それを支える指導体制
佐藤先生:「おもしろいです。楽しい生徒がいっぱいいます(笑)」
この佐藤先生のひと言に、同校の教育の成果のすべてが凝縮されているように感じますが、さらに今、先生方は「新しい探究」委員会を立ち上げ、どういう形で進化させることができるのか協議中だそうです。
深い根っこと太い幹は変わりませんが、枝葉の素材が今の時代にどうあるべきかを考える。先生方自身が刻々と移り変わる「今」と、その先に続く「未来」を見据えて進化を目指しているからこそ、生徒たちは大きく、自由に羽を広げて羽ばたくことができるのでしょう。