学校特集
東京家政学院中学校・高等学校2019
掲載日:2019年7月1日(月)
校名そのままに「家政学」と「女子校」の2つをアイデンティティーとする東京家政学院。グローバル化に拍車がかかる今だからこそ、そこには大きな意義があります。同校は1925年の創立以来の建学の精神「KVA精神(知識・徳性・技術)に基づき、時代ごとに変容する女性の姿を描きながら、「家政学」を主軸に教育を展開してきました。そもそも「家政学」とは、生活の向上とともに人類の福祉に貢献する実践的総合科学のこと。その伝統のもと、今、同校は大きな改革に乗り出しました。それは、生徒と共に21世紀版「家政学」を新たに構築していくとともに、新たにコース制を整備したことです。その中身について改革を推進する川邊健司先生と児島豊先生に、「教養としての家庭科」について中野実香先生にお話を伺いました。
「家政学」とは、自立に向けた
「生きる力」そのもの
同校が教育の柱とする「家政学」は、「自分だけではなく、人を豊かに、幸せにする」ための学問です。時代によって家政学の有り様は変わっていきますが、これは女性にとっても男性にとっても欠かせない重要な学び。周囲の人々と共に、より良く生きる環境を整えていくためのものだからです。
そして、同校は建学の精神「KVA精神」を現代版にアレンジし、新たに「スマート&エレガント」のスローガンを掲げました。目指すのは、「賢く、信念を持ち礼節に長けた女性」の育成です。
その教育のなかで、生徒たちはコミュニケーションツールとしての英語やICTを学んで次代に活きる力を獲得し、茶道や花道など日本人としての素養を培う伝統の学びを継続しながら、幅広い教養を身につけていきます。
では、「新しい学び」の前に、新たに整えられたコース制の概要をご紹介しましょう。
中1・2では全員が共通授業を受け、中3・高1で「リベラルアーツ」「アドバンスト」の2コース制に。そして高2・3では各コースとも、さらに焦点を絞った6つのコースを選択できるなど、段階を踏んでじっくりと自分の将来を考えられるようになりました。ちなみに、コース変更は高3進級時まで可能です。
ライフキャリアに目覚める、
中学での学び
外の世界を知り始める
川邊先生:「今の時代において家政学で目指す『みんなを幸せにする』ためには、生徒たちにどのような成長を保証しなければならないのか。その思いが、今回の改革のすべての始まりです。大事なことは、将来、社会でも家庭でもその場に応じた適切な行動をとれるようになることですが、そのためには、まず資質を育てなければならないと思っています。その土台がなければ、知識も活用できませんから」
川邊先生の言う資質とは、先述の通り「人を豊かに、幸せにする」ために必要な潜在力を指します。
その力を引き出すには、前提として自分を知り、他人を知り、社会を知っていかなくてはなりませんが、中学では、自分を知るプログラムのあとに「ポスタビ(※1)」や、今年から始まる「Job Tavi(※2)」を行います。これらには「大人に出会うプロジェクト」という別名があるのですが、まさに職業以上に「人」に焦点を当て、「生きるとはどういうことか」を考えるきっかけとする取り組みです。
※2 Job Tavi=海外やグローバルな職場で働く大人に取材し、世界や社会の仕組みなどを学ぶプロジェクト。
川邊先生:「地域社会(Local)から世界(Global)へと広げていくわけですが、本校はグループ活動を大切にしていますので、まずはグループで価値観を共有していきます。この2つのプログラムも中1と中2が合同で活動しますが、先輩と後輩でリーダーシップ・フォロワーシップを学ぶ最初の良い機会になっていますね」
児島先生:「外部の方々に協力していただきますので事前にマナー指導も行いますが、大人の方と触れ合う時、緊張感もあってか、生徒たちは学校内にいる時よりも大人びて見えますね(笑)。また、2学年合同で行うことについてですが、生徒たちには背伸びをする機会も必要だと思っています。ですから中2が中1の前で大人の方にインタビューをし、中1は先輩の姿を見て手本にするなど、それぞれが役割を担って行動することはその後の活動にも活きてきます」
中3で「シンガポール海外研修」へ
中1・2で培われた力を芽吹かせるきっかけとして、中3で次のステージを設けました。今年度から始まるシンガポール海外研修旅行です。
シンガポールにある日系企業を訪問して取材したり、現地の大学生と英語でコミュニケーションを図ったりと、充実したグローバル体験となっていますが、研修先にシンガポールを選んだことには理由があると児島先生は言います。
児島先生:「それは、シンガポールが多文化共生の国だということです。中国系、マレー系、インド系、アラブ系など、さまざまな民族がいて、共通語として英語を話している。そのような現実を目の当たりにすることから得られる『グローバル社会で生きていくとはこういうことか』という気づきは、生徒たちにとってキャリア形成の一環として大きな収穫になると思います」
そして、同校では体験のあと、必ずグループでプレゼンテーションを行います。中学では全員がタブレットを所有しているため、パワーポイントや動画作りはお手の物。この海外研修後のプレゼンも、見事な出来栄えになりそうです。
川邊先生:「これまでに行ってきたプレゼンでも、動画以外に取材の様子を劇に仕立てて披露したり、聴衆の興味を引くためにクイズを出したこともありました。このように生徒たちは自由に発想し、さまざまに工夫し、まさに自分たちでアクティブラーニングを実践しています。プレゼン内容そのものも大事ですが、生徒たちが嬉々として取り組んでいる姿を見るとこちらも嬉しくなりますね」
時間をかけて、ていねいにプレゼンの経験を積み上げてきたからこそ、このような成果にたどり着くのでしょう。
先生方も「今できること」「もう少し頑張ればできること」「今はまだできないこと」と、生徒一人ひとりの現状を踏まえ、「じゃあ、次はこのステップに行ってみよう」とアドバイスしています。このように生徒に寄り添った指導ができるのも、少人数制ならではのきめ細かさでしょう。
そして、日本語だけではなく英語でプレゼンする取り組みも開始しました。
児島先生:「訪日中の留学生を前に、生徒たちの活動成果を英語でプレゼンするのですが、昨年の12月に初めて中2が実施しました。4〜5人のグループに留学生が一人ついたのですが、けっこう活発にやり取りしていましたね」
ちなみに、これまでプレゼンは学年ごとに行っていましたが、来年度からは3学期に、中1から高2までが一堂に会する「プレゼン大会」を実施する予定です。
川邊先生:「それが、本校のすべてのプログラムの集大成になっていくと思います。いつもお世話になっている近隣の方など、外部の方々にも生徒たちの成長を見ていただきたいですね」
バドミントン部
吹奏楽部
中学で積み上げた学びを、
高校では「SDGs」の観点から考える
SDGsを取り込んだプログラムをスタート
川邊先生:「これまでも平和や幸福のための学びは行っていましたが、それは日本人としての視点からのものだったかもしれない。でも、グローバル化によって、その問いは世界中に広がっています。そこで、私たちが継続してきた学びである家政学の観点からSDGsに取り組もうというのが、このプログラムです」
そして、高2ではそのグループを解体して異なるテーマを学んだ生徒でグループを組み直し、それぞれが学んだことを関連づけながら、問いへの答えを導き出すのです。これは、いわゆる「ジグソー法(※4)」と呼ばれる学習法。生徒同士が教え合い学び合うことで、個人知を超えた集団知をもとに改めて課題を設定し、新たな問題意識や価値観を創出していくのです。
川邊先生:「一例として『貧困』を課題とした場合、『貧困のベースにあるのは何か?→歴史的に見れば植民地支配があった→では、今は植民地支配はないのか?→経済的従属がある→では、どうするべきか』と、かなり専門的な部分にまで入り込んでいき、自分はどう行動できるのかと世界的課題も『自分事』にし、最終的には解決策を提案していくことを目指します」
高2で「イギリス語学研修」へ
そして、高2の最後には総仕上げとして「イギリス語学研修」へ。これも、今年度から新たに始めるプログラムです。
児島先生:「ケンブリッジ大学の寄宿舎に2泊するのは、本校の特色かもしれません。日本で探究してきたことについてケンブリッジ大学の学生と意見交換することで、また新たな課題や価値観に出会うでしょう。日本から見ることと、イギリスから見ることは違いますから。こういった経験で視野を広げ、地に足がついた考え方ができるようになれば、これまで家政学を学んで『子どもに関わりたい』『食品関係の仕事に就きたい』と思っていた生徒たちも、さらにジェンダーの問題や環境問題などに興味・関心の針が振れるなど、大学進学や職業選択にも幅が生まれるかもしれませんね」
「家政学×SDGs」で
独自の「家政学」を再構築
自分を見つめ、周囲を見渡し、さらに視線を上げて広く世界を知る。そしてもう一度、自分を見つめ、周囲を見渡して、より良き社会をつくっていこうとモチベーションを上げていく。これが同校が目指す、生徒一人ひとりの中にある「未来に向けた資質」の育成なのでしょう。
川邊先生:「SDGsのプログラムを実施する学校は珍しくはありません。ただ、本校の場合は家政学を起点にしてSDGsを学び、そして学んだことを家政学に活かすというところが特徴です。ですから、中学段階からさまざまな大人に触れ、社会を知っていくなかで、生徒たちがそれまでに持っていた価値観を揺さぶられるような機会をさまざまな形で設けていきたいですね」
繰り返しになりますが、家政学とは、人間の基本的な営みから物事を考えていく実践的総合科学。そこから一歩踏み出して広く物事を見て、考え、それを携えてまた家政学に返ってくる。スタートしたばかりの同校の「家政学×SDGs」は、実社会を強く意識した「新しい家政学」を創出するための実践的な取り組みといえるでしょう。
川邊先生:「生徒たちにはSDGsをもとに自主的に探究し、そしていろいろな成果を持った自らの手で、新たな『家政学』をつくっていってほしいと願っています」
そして、伝統の女子教育。
「教養としての家庭科」と「エレガンス教育」
●「教養としての家庭科」
中野先生:「家庭科では、自立した社会人になるためにも身の回りのことは自分でできるようにと、体験と実習を多く取り入れています。たとえば、中学でも一食は自分で整えられるようにします」
2時間続きの中学の家庭科では、「調理・製菓」「ファッション」「児童・こども」を学びますが、たとえば調理では「生鮮食品」と「加工食品」がテーマになります。生鮮食品では生の肉を使ってバンバーグなどを、加工食品では冷凍のパイシートを使ってアップルパイなどを作ります。そして、長期休暇には「授業で習った料理を家族に振る舞う」という課題も。
中野先生:「授業では役割分担をして作りますが、家では一から十までやらなくてはいけません。写真を撮ってレポートを提出するのですが、『昼食のつもりだったのに、手際が悪くて夕食になった』とか(笑)、『祖母の家で作ったら、とても喜んでくれた』、『親戚も含めて20人分作った』など、それぞれが奮闘した様子が伝わってきます。課題という形ではありますが、このようなことも自信につながるきっかけになってくれればと思っています」
冬休みには、「わが家のお雑煮」を作る課題もあるほか、高3の選択授業では「おせち料理」にもチャレンジします。
そして、中学に入学してすぐに「マイかっぽう着」の製作に取りかかり、自分で作ったかっぽう着を6年間着用して調理に取り組むのも同校ならではです。最初はブカブカだったのが、だんだんちょうど良くなっていくのだとか。
ほかにも、防災教育に取り組んだり、保育を学んだりと、まさに「教養としての家庭科」が展開されています。
中野先生:「調理実習を見ていると、早い段階からリーダーシップを発揮する生徒が出てきます。『私がこれをやるから、あなたはこれを』と、テキパキと段取りを決めていくのです。とくに調理は先を見通す力が大事になりますが、どうすればうまくできるかを考えながら、失敗しても諦めずに工夫していくことは、すべての学びにつながっていくと思います」
●「エレガンス教育」
日本の伝統を知り、日本人としての品格を養うために「花道(大和花道)」や「茶道(裏千家)」も伝統的に学んでいます。それぞれ「総合」の時間に年に数回実施されますが、希望者は課外授業としても選択できます。「花道」では受講年数によって免状が取得でき、6年間修了した生徒は準師範の免状取得も可能。また、茶道でも受講3年間で初級の、受講6年間で中級の資格を取得することができます。
児島先生:「礼法や和室での立ち居振る舞いも学ぶわけですが、動作を学ぶだけではなく、気持ちの持ち方、精神性を学ぶ機会にもなっています。このような日本の伝統は大事にしていかなくてはなりませんし、これもまた、すべてSDGsの理念に集約されていくことだと思っています」