学校特集
大妻中野中学校・高等学校2018
掲載日:2018年7月30日(月)
「恥を知れ」。大妻中野の校訓です。これは自分を律し、「良心に恥ずるような行動をするな」という意味ですが、それは考え方も含めて、人間のあるべき理想の姿勢を表しているといえます。そして、この校訓に呼応するように、同校には「理想の教師像」というものがあります。ここには、生徒に対する教育姿勢を示すもののほかに、「一人の人間として常に向上心を持ち、自己を反省しようとする謙虚な心を持ちます」という、先生方自身に向けたものがあります。自ら「理想の教師像」を明文化する学校は稀です。このような教育哲学のもと、グローバル教育を先進的に行ってきた同校ですが、未来に向けた教育改革をますます加速している「今」について、校長の野﨑裕二先生に伺いました。
すべてをオープンにして、
共有し合うことが教育信条
野﨑校長:「『理想の教師像』は教員同士で話し合い、まとまった形ですが、『生徒の自己実現を自らの喜びとし、広い視野を以て、生徒が自己の可能性を引き出すことができるよう自立に向けたサポートを行う』ことを意味したものです。本校は何でもオープンにしているんです。たとえば、保護者の方にアンケートを取って厳しいご意見があったとしても、それもオープンに。どんなことであっても、表に出したほうが学校は進化すると思っています。誰かにとって『良いこと』は、共有して、みんなで良くなればいいと」
たとえば、他機関から新しい取り組みを見学したいと要請があれば歓迎し、学期ごとに1週間ずつ「授業参観週間」を設ける(それ以外でもいつでも可能)など、まさに言行一致。同校は、外に向けて大きく扉を開いています。
オープンな姿勢で進化する。ここに同校の教育姿勢が象徴されていますが、さらに、「教育は待たせない」という風土があります。
野﨑校長:「2013年に新校舎が完成し、それを機に電子黒板やタブレットを導入したのですが、その時も『それならこれもやろう』『それならあれもやろう』と教員たちから次々と意見が出まして、できることからどんどん具体化してきたわけです。生徒たちとって、スマホやタブレットは生まれた時から身の回りにあるものですから、ICT教育についても、その当たり前の環境を前提にしないと巻き戻した授業になってしまいます」
このように先生方同士、頻繁に意見を交わし合うのが日常だそうですが、先生方が有機的集合体として学校を創り上げていることがよくわかります。
野﨑校長:「ICTもそうですが、今現在だけではなく、これからの教育がどうあるべきかを先読みしながら歩を進め、停滞しないことが大切だと思っています。教員も、それぞれがすべてを知っているわけではありません。ですから、一人ひとりがもっている『一部』を共有し合うためにコミュニケーションを大切にしています。そして、一つに取り組むと、そこから派生してやるべきことが次々に出てくるのです」
大河の流れが止まらないごとく、
進化しつづける妻中の教育
ここで、同校での学びをご紹介する前に、最近5年間の同校の改革の動きを振り返ってみます。
2013年 新校舎完成
2015年 SGHアソシエイト校指定を受ける/ICT環境で授業を開始
2016年 一人1台タブレットを所有/「グローバルリーダーズコース(GLC)」新設
2017年 「新思考力入試」新設/「妻中(つまなか)サクセス」始動
2018年 「算数入試」新設/「GLC」「アドバンストコース」の2コース制へ
同校の学びには、タブレットがフルに活用されていますが、自分で挑戦した課題やプレゼンの記録を保存しておけばふり返りができるうえ、それがそのままポートフォリオという成果物になり、大学の新入試にも生きてきます。
また、GLCを設置したことでグローバル教育を実質的に大きく前進させると同時に、あらゆる学びの素地づくりとして「妻中(つまなか)サクセス」を始動したため、生徒自身の学び方の意識が急速に変化しています。
そして多様な能力を評価するために新思考力入試を、さらにSTEM教育(Science・Technology・Engineering ・Mathematicsに重点を置いた理数系人材育成)導入を見据えて算数入試を新設。
こうして見ていくと、同校は矢継ぎ早に改革を行っています。
しかし、「教育は待たせない」「できることからすぐに始める」同校だからこそ、それらは改革という身構えたものではなく、川の流れに例えたほうが適切かもしれません。つまり、大河(教育理念)はその姿を変えずにいつも目の前にあるけれど、その流れ(教育内容や方法)は一瞬たりとも止まっていない、というような。同校を知ると、そんなイメージが見えてきます。
独自の学び方システム
「妻中サクセス」とは?
昨年からスタートした「妻中サクセス」は、同校独自の学習システムのことで、先生の教え方ではなく、生徒の学び方改革といえるもの。妻中サクセスの要は、「やる気」のスイッチを生徒が自分自身で入れるところです。
もともとアクティブラーニングは、どれだけ脳を活性化させられるかが鍵ですから、その意味でもアクティブラーニングを実現するための、生徒が主体的に学ぶシステマチックな手法となっています。
具体的には、「必ずメモをとる」ことに集約されます。
授業中、生徒たちは目と耳と手をフル稼働させます。速記的に書くだけでなく、要約して自分の表現として書き進め、限られた時間内で要点を探り出す力を高めていくのです。
同時に、脳を活性化させるには身体的な動きも重要と、きちんとした姿勢や態度で話を聞くことも指導されます。
ちなみに、部活に忙しい生徒が短い時間に緊張感をもって集中するために、帰宅後も制服を着たまま自宅学習することも。生徒たちもそれぞれに、自分なりの方法を見つけているようです。
勉強だけに限りません。中学集会や高校集会の際に行う10分くらいの短い時間ですが、野﨑校長は定期的に生徒たちに語りかけます。そしてこの時も、生徒たちは手を動かしながら校長の話に耳を傾けるのです。
野﨑校長:「毎回テーマを探して話すのですが、いろいろな面から生徒の興味に火をつける一端になればと思い、始めました。私自身、『訓話』といったものはあまり好きではありませんし、それよりも生徒の心に届きやすいかと思いまして(笑)」
ほかにも始業式や終業式、全校集会でも、生徒たちは筆記用具を持参して集まるのだそうです。一つのことを発端に進化を続ける同校では、授業以外の場面でもタブレット端末にメモする姿が珍しくなくなっています。
GLCは多様性を認め合い、
発想や思考の幅を広げる牽引役
全校生徒の1割が帰国生。異文化を体験した生徒と国内生が一緒に過ごす環境のなか、とりどりの個性が共存しているのが同校の伝統でもありますが、それが学びの形にも反映し、ますます活性化しています。
中1・2はGLC(グローバルリーダーズコース/帰国生入試・グローバル入試の合格者)1クラスと、アドバンストコース(アドバンスト入試・算数入試・新思考力入試の合格者)5クラスの2コース編成。GLCはグローバルに特化した教育を展開し、アドバンストコースは先取り学習の徹底を図っています。
中3以降は毎年、全体でコースを再編成しますが、GLCとアドバンスト間の移動も可能です。
●2コースの特徴と、同校全体の学びの概念図
ここで、同校の現在の象徴であるGLCについて詳しく見ていきましょう。
恵まれた環境
多様な学習履歴をもつ仲間と「グローバルな視野」で、「探究心」を刺激し合いながら、世界の課題と向き合うリーダーを育むGLC。コース設置から今年で3年目を迎え、中学では全学年がそろいました。
帰国生と英語力を磨きたい国内生で構成するコースですが、英語の授業はオール・イングリッシュ。さらに、中1からフランス語も必修となっています。また、中2では「カナダセミナー」が設定され、英語・フランス語のバイリンガルな国カナダで、多言語、多文化を学ぶことをとおしてアンテナを高くし、国際社会・異文化への知見を広げていくのです。
野﨑校長:「GLCは当初は1クラスだったのですが、今年の中3は2クラスに増えました。これは、アドバンストクラスの生徒がGLCの生徒を間近に見て『自分もGLCで学びたい』と希望した結果ですので、取り組みの成果かなと思っています。それとともに、高校生の留学希望者もグンと増えました。昨年度はターム留学・イヤー留学合わせて20名が留学したのですが、今年は6月の時点ですでに約20名が希望し、秋にも募集しますので、さらに増えるでしょう。意欲旺盛な、チャレンジする生徒がとても増えましたね」
放課後学習をサポート
さらに、2015年から文部科学省が主導する留学支援制度「トビタテ!留学JAPAN」で留学する生徒も。なかでもアカデミックロング(4カ月~1年間の長期在籍)は難関で、全国でも約20名しか審査を通らないのですが、今年度は同校から2名が合格しています。しかも、この2名は帰国生ではなく、一般入試で入学した生徒だったとか。
生徒同士が刺激し合い、校内が活気に満ちていることがよくわかります。
野﨑校長:「今後の社会で、グローバル力は必要欠くべからざるものです。教員たちも、GLCだけではなく学校全体でグローバル教育を実践していくという意識をもっていますので、コース名にかかわらず、まさにブレンデット(混合)ラーニングになっていると思います」
もちろん英語には力を入れていますが、中高合わせて27名の英語の先生がいるうち10名がネイティブスピーカーで、週に6時間ある英語の授業は英語での課題研究、発表、ディスカッションなどを中心として実施されています。
野﨑校長:「これからは、国内にいても海外の方と一緒に課題に取り組み、新しい価値を創り出していくことが当たり前になっていきますから、同一言語は欠かせないという意味からも、英語にはとくに力を入れています」
◆GIS(Global Issue Studies)
アクティビティやプレゼン、ディベートなど、あらゆる手法で国際問題に切り込みます。互いの力で学び取り、考え、行動する過程から、協力することの良さや自ら動くことの大切さを実感する授業を実施。
高校のGLCでは、独立した学校設定教科として実施。中学部での英語クロスカリキュラムで養った英語力とグローバルな視点から、さらに専門的にグローバルな課題とその解決方法の探究に取り組んでいきます。
◆外国人と日本人の先生との協働によるクロスカリキュラム
外国人の先生が主として指導する英語の時間のクロスカリキュラム(世界の課題を英語で学ぶなど)、日本人の先生が主として指導し、日本語、英語をリサーチツールとして活用する社会の時間のクロスカリキュラムを実施。
◆複言語・多文化マインドセットを養うフランス語授業
GLCでは中1からフランス語を必修学習言語として設置。世界の複合性を理解し,多文化マインドセットの育成を行います。→フランスへの交換留学も可(2~3週間)
すでに数学や理科では英語のテキストを併用し、社会でも英語の地図帳を使うなど、同校らしく「できることにはすぐに」着手していますが、GLCでも今後はますます教科横断型の学習が増えていく予定です。
また、同校では放課後に大学生になった卒業生がチューターとして後輩の学習をサポートする体制をとっていますが、そこでは「英語チューター」も活躍しています。
GLCに限らない、未来を開く
グローバルスタンダードな学び
記念撮影
2015年にSGHアソシエイト校に指定された同校は、現代社会が抱える問題を地球規模でとらえ、その課題を解決するための試みを「フロンティアプログラム」と名づけ、さまざまな取り組みを実践しています。
たとえば、世界的に活躍している企業や大学の強力を得て講演会やフィールドワークを行っていますが、以下はその一例です。
◆キリンホールディングス・博報堂
フィールドワークを通じて、地球的課題を解決するプログラムを実施。
◆東京芸術大学・東京外国語大学・早稲田大学・上智大学・慶應義塾大学
Artsを通じたコミュニケーションスキルアップ講座、外国語基礎講座などを実施。
◆海外フィールドワーク短期プログラム
タイのチェンマイで、「まちおこし」の実態や地域発展のあり方について自分自身で体験しながら学びます。また、提携を結ぶチェンマイのサンパトン・ウィタヤコム校と共同で、さまざまな取り組みを推進。
また、同校は間もなくユネスコスクールにも認可される予定です。ユネスコスクールとは、グローバルなネットワークを活用し、世界中の学校と交流して情報や体験を分かち合い、地球規模の諸問題に若者が対処できるような新しい教育内容や手法の開発、発展を目指すもの。現在、世界182カ国約10000校が加盟しています。
野﨑校長:「そうなるとSDG's(国連サミットで採択された、2016~2030年の15年間での達成を目標とする17の持続可能な開発目標)にも取り組むことになりますから、本校のグローバル教育の骨格の一つになってくれればと思っています。個々の生徒の興味にも拍車がかかりますし、このような体験の場は貴重ですから」
そして、世界12カ国に多数の提携校をもつ同校では、充実した留学プログラムも用意しています。
◆ターム・1年留学プログラム
高1~3:アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、アイルランド、フランス
◆短期留学プログラム(2~3週間)
中2:カナダ
中3:ニュージーランド 、フランス
高1~2:アメリカ 、オーストラリア 、フランス
高1~2:ニュージーランド英語力強化留学プログラム 、コリブリ・日仏高校ネットワーク留学
2016年度からは、オーストラリアのクイーンズランド州立大学への指定校推薦枠も設けられました。ちなみに、今春の卒業生のうち3名が海外大学に進学していますが、この人数も今後伸びていくことでしょう。
さらに加えて、今年度からは高3以外の全クラスでSTEM教育の一環として「プログラミング」の授業もスタートしました。国語や数学などの時間に教科横断型で行われていますが、「算数入試」で入学した生徒は、プログラミングの授業とは別にプログラミング講座も優先的に受けることができます。
すべての学びの底を流れるのは、
妻中独自の人間教育
グローバル教育と切り離せない、「心の教育」をもう一つの大きな軸としているのは同校の変わらぬ姿勢です。
グローバルな視野も、自国を知ってこそもてるもの。華道や茶道、小笠原流礼法を身につける女子教育も同校ならでは。集会の時の所作のそろった美しいお辞儀はその賜物かもしれませんが、生徒もこう言っています。
「さまざまなお作法から、『和の心』を学ぶことができます。習ったことをとおして日ごろの行いを見つめ直す機会になりました。始業の挨拶をきちんとすると、授業にも集中して臨めます(中2)」
そして、道徳の時間も充実しています。
文部科学省による「いじめ防止対策推進法」公布の通知を受け、14年度からは弁護士の方を招いてワークショップを実施しているのをはじめ、仲間と支え合うトレーニングである「ビア・サポート」やボランティア活動なども頻繁に行っています。
野﨑校長:「『恥を知れ』の校訓のとおり、人は自分を律したり俯瞰したりしながら、相手を理解する優しさをもたなくてはいけません。人にとっての幸せ、自分にとっての幸せ、そして、それを取り巻くもの。生きていくうえで『幸せ』と『物事のあり方』について深く考えることが大切です」
こう校長が語るように、同校の生徒たちは学び方を学び、グローバルに視野を広げていくなかで、近くは隣にいる友達のことに、遠くは地球規模の課題に思いを馳せながら、「人の幸福とは何か」「物事はどうあるべきか」を考えつづけ、それを仲間と共有する学校生活を送ります。
そして、「温かな配慮としなやかで前向きな思考態度」をもち、未来に心と力を尽くそうとする女性へと育っていくのです。