学校特集
関東学院六浦中学校・高等学校2018
掲載日:2018年10月5日(金)
海外からの留学生の日本国内における就職率の上昇などを引き合いに、「優秀な若者が、『英語が話せない』というただその一点だけで、諸外国の若者に遅れをとってしまうのが日本の現状です。それを救わなくてはなりません」と、関東学院六浦中学校・高等学校の校長、黒畑勝男先生は語ります。校訓の「人になれ 奉仕せよ」は、キリスト教に基づく同校の揺るがぬ不易の精神。そして、同校の「今」を象徴するのは、激変する未来に備える多様な英語運用力育成プログラムと、それらを支える自立した精神の涵養です。課題が山積する日本の現状を切実にとらえ、10年後、20年後の生徒たちの姿を未来の視点から俯瞰しながら、ダイナミックに教育改革を推進する黒畑校長にお話を伺いました。
英語は単なる教科ではない。
「生きる力」としての「識字力」である
世界の情勢に照らして日本の教育現状に危機感をもっていた黒畑校長は、2014年、校長として同校に赴任してすぐに英語教育の大改革に着手しました。
黒畑校長:「日本への留学生の数(※1)、そしてその留学生たちが日本に留まって就職する数(※2)は増加しつづけ、また少子高齢化による外国人労働者の受け入れも拡大の一途をたどっています(※3)。さらに2020年には、世界の18歳から22歳の人口の半分が、英語圏と中国語圏の人々で占められると言われています。かつて識字力が人生を左右した時代があったように、職業と職場の環境を考えれば、『英語運用力』は現代の識字力といえるのです」
※1.日本への留学生数は2017年は26万7042人(2014年は18万4155人)。政府は2020年までに留学生30万人の受け入れを目指している。
※2.2016年は1万9435人。この数字は希望者の30%に留まっているが、50%まで引き上げることが閣議決定されている。一方、日本の大学生1学年あたり約55万人(2015年)。日本で就職する留学生の比率が、意外に低くないことがわかる。
※3.2010年から2015年の間で、外国人労働者は約34万人から90万人に増大。2025年には140万人に達する見込み。
つまり、英語は単なる教科ではなく、いまや「生きる力」そのものだと校長は言います。
同校には、次代を見据えた多数の独自プログラム、たとえば英語力・異文化理解力・考察力を鍛える「CLILによる英語の授業」や、英語運用能力をより高め、将来の選択肢を世界に広げる「GLEプログラム」などがあるほか(詳細は後述)、今年度からはマレーシアへのターム留学(中3~高2/3学期/希望者)も強化します。そのマレーシアへのターム留学について、校長はこう語ります。
黒畑校長:「マレーシアは6億人を超えるASEAN諸国の中心的存在であり、多文化共生の社会でもあります。欧米をはじめ中東やロシアなど世界中から学生が集まり、みんながリンガフランカ(Lingua franca/共通語)として英語を話しているわけです。感受性が柔軟な中高の時期に、この圧倒的な現実を目の当たりにすることは、必ず未来につながっていきます。未知の環境に身を置いて裸の自分を知り、『今、自分は何をしなくてはいけないのか』と考えることが重要なのです。そして、それは早い時期に体験したほうが有効です」
校長がこう語るように、このマレーシアへのターム留学と、同時に同校の教育改革そのものの成果を象徴する2人の生徒の例をご紹介しましょう。
3年前、3年生の時にこのターム留学を経験した女子は、さまざまな国からやってきた仲間と寮生活を共にするなかで、「ここで、もっと学びたい」と、その後継続して1年間留学。そして、なおも現地で学びたいと、同校から現地の当該校へ転校しました。
「文化や習慣、宗教の違う人たちが集まり、お互いの相違点を理解し、受け入れようとすることこそが、これから私たちが生きていかなければならない国際社会へ踏み出す第一歩だと、強く感じています」と語る彼女は、すでに自立への道を歩みはじめています。そして今、大学進学を控えた彼女の選択肢は、当然ながら世界中に広がっています。
また、ある男子は「アメリカやカナダなどに留学していたら、今の僕はなかったと思います。英語を母国語とする人たちに囲まれても『自分は日本人だから、英語がしゃべれなくてもしょうがない』と割り引いて考えたかもしれません。でも、マレーシアでは世界中から集まってきた人たちが共通の言語として英語を流暢に話している。僕の心のどこかにあった『できなくてもしょうがない』という気持ちは消えてなくなり、英語習得への決意をもらいました」と語っています。
このように、中高時代に世界の現実に飛び込み、心と身体で強烈に感じ取ったことは、参加したすべての生徒たちに大きなモチベーションを与えているようです。それは、語学習得だけではなく、「さまざまな人たちと共生し、協働していかなければ世界の未来は築けないんだ」という、真のグローバル意識をもつことにも直結していくのです。
高度経済成長期を頂点として、日本も昔は元気いっぱいでした。不撓不屈の精神で世界に誇る科学技術立国を築き上げたことは素晴らしいのですが、大学進学も就職も国内競争ですんできました。しかし、時代は変わり、独自性が強く内向きの時間が長かったぶん、すでに日本の教育の状況も意識と制度(規制など)でガラパゴス化していると校長は言います。
黒畑校長:「日本の子どもたちは、閉ざされた世界の中で豊かさを享受しています。一方、アジアの子どもたちにとって豊かさとは世界と隣り合わせで、自分が成長することをグローバルな規模で考えている。なぜなら、アジアの国々はかつての宗主国のイギリスやフランスの影響を受けながら、その教育システムと言語で勉強しているため、ある意味、国の中がグローバルスタンダード化しているからです。自分が頑張れば国が豊かになる。国が成長すれば、自分のステータスも得られる、という考えが当たり前になっているのです」
だから、生徒たちには「グローバルスタンダード」とは何かを意識させなくてはならない。また、そのベースになる英語力を身につけさせないと、いくら優秀でも日本の若者は取り残されてしまう。そのような逼迫感を先生方全員が共有しているからこそ、同校ではさまざまなプログラムを追加しながら、改革の手を緩めないのでしょう。
黒畑校長:「『グローバル化』という言葉はもうすぐ死語になると思いますが、これまでの教育が『未来を獲得するための国内競争』だったとするなら、これからは『グローバル化で予測のつかない未来との衝突に備える』ためのものでなければなりません。そのためにはツールである言語習得は当然ながら、主体的に行動する力を身につけさせることが最も重要です」
グローバル化対応教育と連動させた
関東六浦独自の英語教育
まず、先述の「CLILによる英語の授業」とオリジナルプログラム「地球市民講座」についてご紹介する前に、同校には特筆すべきことがあります。それは、IB(国際バカロレア)やSGH(スーパーグローバルハイスクール)といった規定のシステムを用いるのではなく、先生方が工夫に工夫を重ね、「普通の授業」で使える英語を身につけさせている、ということです。
2015年度から導入したCLIL(クリル:Content and Language Integrated Learning)とは、「内容と言語の統合型学習」と呼ばれる外国語の学習方法のこと。内容を習得目標言語(この場合は英語)で学びながら、話題のなかに出てくる英語そのもの(語彙や表現)を自然に、確実に習得していくのです。
教材には教科横断型のテキスト『TIME ZONES』を用いていますが、学年ごとに歴史・文化や地理、時事問題などの社会科学系の話題、また地球環境や物理や化学などの自然科学系の話題と、さまざまな角度から幅広く学んでいきます。電子黒板型プロジェクターなど充実したICT環境のもと、映像資料なども活用しながら実施されるこの授業は、IB教育の指導経験があるGET(Global English Teachers:外国人教員)チームが中心となってほぼオールイングリッシュで展開されます。
もちろん、CLILによる英語の授業は1年生から行われます。1年生の場合は週6時間のうち5時間が外国人と日本人の先生のティーム・ティーチングで実施されますが、文字からではなく音声から入り、毎日英語のシャワーを浴びていきます。そうすると、月を追うごとに生徒の耳と脳は英語の言語中枢で回るようになるといいます。
そして、同じく2015年度には、2・3年生で学校設定科目の「地球市民講座」もスタートさせました。これは、SDGs(持続可能な開発目標)をはじめ、世界で起こっているさまざまな事象について実際的に学ぶグローバル教育ともいえますが、英語の授業でも、この「地球市民講座」で扱うような内容を広く学びます。「CLILによる英語の授業」と「地球市民講座」の両面からの学びが、同校オリジナルのシステムとなっています。
黒畑校長:「『地球市民講座』は、世界に目を向け、世界で起きているさまざまなことを自分に関連づけて考えることを目的としています。2年生ではグループでの協働学習やプレゼンテーションを中心に、3年生では個人での探究活動・論文作成・プレゼンテーションを中心に行います。知識を得るだけでなく、自分の考えをしっかり相手に伝えることが大切ですが、まずは英語の前に、母語でそれができなければなりません。ですから、この講座はアカデミックスキルの土台をつくる時間になります」
CLILがスタートして今年で4年目。中学3年間である程度英語力をつけた生徒たちをさらに伸ばそうというのが、2019年度の4年生から本格始動する「GLE(Global Learning through English)プログラム」です。
GLEはSELF(Success and Empowerment in the Lingua Franca)獲得に向け、英語運用能力を身につけるための同校独自の複数年プログラム。海外の大学、または講義が英語で行われる国内の大学へ進学可能な力を培うことを目的とした指導が展開されます。
ちなみに、GLEの目標概念でもある「SELF」には「リンガフランカとしての英語力を身につければ、自分の可能性は世界中に広がり、思い描く成功により近づける」という意味が込められています。
GLEでは、英語を通して教科横断型のグローバル・イシューを学んでいきますが、GLEの何よりも一番の特徴は、「3カ月間、または1年間の留学を必須とする」こと。
黒畑校長:「留学が必須というのは、けっこうハードルの高い縛りでもあると思っています。ただ、SELFプログラムといっているように、『リンガフランカとして英語を身につけ、より高い自己実現をする』ことが目的ですから、そのプログラムを終えた段階で、生徒たちには『進学するのは日本の大学でなくていいのでは?』という気持ちをもってほしいですし、そういう気持ちをもてる生徒たちのためのプログラムでもあります。おそらく10~20年後には、一定数の子どもたちが海外で学び、日本の最前線で働くようになるはずです。現在、留学経験のある大学生が日本のグローバル企業に就職していく現実があることを考えれば、日本の生徒・学生も、学生時代から世界規模のキャリアが必要になるでしょう」
そして、GLEの準備段階として、今年度からすでに3年生で「プレ GLE」が始まっています。これは2年生修了時までに英検準2級以上を取得している生徒が参加するもので(希望制)、その数は170名中24名。この24名をコアなメンバーとし、来年度からのGLEをつくっていく予定ですが、3年生修了時までに英検準2級以上を取得すれば、4年生からのGLEに参加することが可能になります。
黒畑校長:「本校には常勤の外国人教員が7名(4カ国)おりますので、生徒の英語力をより高いレベルに引き上げることができるのもGLEの強みです。現在は2年生では15%、24名ですが、3年生修了時には、学年の半分以上が英検準2級以上を取得することを目指したいですね。それをクリアしたら、また目標を高くしていこうと」
「教育環境を変えるだけで、英語の力は飛躍的に伸びるはず」「英語の力が伸びれば、学びの扉は世界中に開かれるはず」という信念のもと、GLEは来年度、本格的にスタートを切ります。
GLEの3~4年間の流れについては、以下の図をご覧ください。
「選択制グローバル研修」で
世界を体験し、「気づき」を得る
同校は、体験型のプログラムを国内外に多数用意しています。この「選択制グローバル研修」では、個々の生徒が自分自身の適性や指向性を見極めながら行き先を選ぶことを重視し、主体性を身につけることを狙いの一つとしています。
生徒たちは自分の未来を見つめていく
黒畑校長:「人材の登用をはじめ、日常のあらゆる場面でボーダーレス化とフラット化が進みます。国境をまたいで働くことが普通になる時代が、すぐそこまで来ています。そこで必要になるのは『個』としての認識と力です。つまり、研修にも自らテーマをもって主体的に参加してほしいのです。本物に触れ、未知の環境の中で実学的な体験をすることで、さまざまな『気づき』が得られます。そして、その『気づき』が今と未来をつなげ、自分が『生きる道』を探る手がかりになります。そして研修後には、それぞれの生徒が勉強の中で自分が『照らすべき視座』を切り拓いていくことにもつながっていくのです」
すべてのプログラムを合わせると、年間150~170名の枠がありますが、ほぼ満たしている状況だといいます。また、このグローバル研修を目的に入学する生徒も増えたのだとか。
加えて、今後、大学入試にはe-Portfolio(生徒自身が自分の履歴書を作成する)も導入されますが、この研修はそこにも対応するものとなっています。
名称 | 対象学年 | おもな研修内容 |
---|---|---|
アラスカ研修 (理系研修) |
3~6年 | オーロラを中心に自然を観測。アラスカ大学 地球物理研究所での研修も実施 |
カナダ夏季研修 (ビクトリア) |
3・4年 | カナダの伝統校で英語を集中的に学び、寮生 活で他国の生徒と交流 |
カナダ夏季研修 (カルガリー) |
4・5年 | 語学研修とともに、将来海外で活躍するイメ ージをもつキャリア直結型研修 |
KGM English Camp | 1・2年 | 富士吉田で、屋外アクティビティなどを通じ て英会話を学ぶ |
フィリピン セブ島語学研修 | 1~6年 | マンツーマンのレッスンを主体に、1日8時 間の英語学習を継続して実施 |
カンボジア サービス・ ラーニング研修 |
1~6年 | 現地の小・中学生と交流したり歴史や文化を 学ぶほか、教育ボランティアを実施 |
UCデイビス研修 | 6年 | 大学進学前に、カリフォルニア大学デイビス 校で語学力やプレゼン力を高める |
京都・奈良研修 | 1~6年 | 自分の興味のあるテーマに基づいて行う、探 究的な個別研修 |
北海道研修 | 1~6年 | 北海道ならではの自然や動物、歴史など、各 自でテーマを設定する探求的な研修 |
台湾研修 | 1~6年 | 力強い中華文化と伸びゆく市場経済の社会の 実相を、現地調査を含めて見聞 |
マレーシア研修 | 1~4年 | 現地の学校や企業を訪れて多様な文化に触れ たり、多様な民族と交流したりすることで、 グローバルリーダーへの第一歩を踏み出す |
マレーシア ターム留学 | 3~5年 | インターナショナルスクールでケンブリッジ・ シラバスによる授業を履修 |
オーストラリア ターム留学 (Queensland州立学校) |
2~5年 | ホームステイをしながら現地校の授業を履修 し、海外での生活を体験 |
オーストラリア ターム留学 (Melbourne私立学校) |
4・5年 | 1家庭1人のホームステイ、ほぼ日本人のい ない私立校で英語力を高める |
ニュージーランド提携校 への長期留学 |
3・4年 | 3カ月~1年の留学で、異文化体験や語学学 習を重ねる(受け入れ先は複数校) |
「カナダ夏季研修」での1コマ
「カンボジア サービス・ラーニング」。
小学校で理科実験
学ぶ目的は、
校訓「人になれ 奉仕せよ」の具現化にある
このように、生徒たちの未来を世界規模で考える同校は、高校卒業後の進路としてオーストラリアやカナダ、アメリカ、イギリスをはじめ、台湾やマレーシアへの大学への道筋を構築するとともに、ハワイのコミュニティカレッジ(2年制)に進学し、そのままハワイの大学に編入、もしくは関東学院大学3年次に編入するという道筋も用意しています。
世界規模での人的な流れだけではなく、AIはもちろんRPA(Robotic Process Automation)がオフィスワークにどんどん入り込み、事務職の大幅削減もすでに始まっています。想像を超えて激変するこれからの世の中では、どのような人材が求められていくのか。また今、どのような教育が必要なのか。改めて、校長に尋ねました。
黒畑校長:「それは、AIやRPAに作業させるに至るまでの流れを統括できる、コミュニケーション力をもった人材です。言語を使えなければ説明ができません。さらに、説明だけではなく、周囲に働きかける力、真のコミュニケーション力が求められます。だからこそ、生徒たちにとって今最も重要なのは、世界にどんな問題があり、どうすれば解決できるかを思考する学びと、そのための体験なのです」
礼拝やボランティア活動をはじめ、キリスト教精神に基づいた教育で人間力を磨き、幅広い教養を身につけさせる教科学習に力を入れるとともに、中高の6年間で、リンガフランカとしての英語力育成を喫緊の課題とする同校。
「今」を見据えながら未来を予測し、校訓「人になれ 奉仕せよ」を具現化するために、極めてプラグマティックな教育を展開しています。ぜひ学校説明会などに足を運ばれ、その教育思想の意味と重要性を実感してください。
黒畑校長:「インターネットが家庭に普及したのが、約20年前。その時、今の世の中がここまで変化していることは予想がつきませんでした。同じように、今から20年先のことを想像することは難しいですが、激変しているだろうことだけは確かです。ですから、現状を見据えて懸命に想像しながら、子どもたちの学びの場と、将来子どもたちが働く世界を地球規模で考えていかなければなりません。そして、何のために勉強するのかといえば、最終的には人のため、平和のため。そのことを知って初めて、人生の目標や仕事を選択するうえでの使命感をもてるはずです」
ICT環境についても、道具を入れるだけではなくモラル意識を徹底させるため、3年間をかけて綿密に準備してきた同校ですが、今年度から2~4年生が個人用のChromebookを使用しはじめました。授業だけではなく、英語の個別学習、オンライン教材での学習やレポート提出、日常の情報収集と、幅広く活用しています。
メディアリテラシーやタイピング操作を身につけることで、さらに進化する情報化社会への対応力を身につけるほか、大学入試での導入が進む「CBT(問題用紙やマークシート用紙を使わず、コンピュータで受験するテスト)」や、「JAPAN e-Portfolio(大学出願のための生徒のポータルサイト)」にも備えているのです。使用が4年生までとなっているのは、この新しい大学入試に向けた準備のためという意味です。