学校特集
獨協埼玉中学高等学校2024
掲載日:2024年10月17日(木)
「学びは人間形成に資するもの」と、成績によるクラス分けを行わず全教科を等しく学ぶ同校。基礎学力の充実を図るのはもちろんのこと、実体験を大切にしながら教養を高める全人教育を展開しています。その目的は、生徒たちが小さな失敗を繰り返しながら物事への耐性を身につけ、志を胸に「自分を生きる」ことができるようにすること。同校は伝統的に国際交流も活発ですが、今回はその「国際交流」に焦点を絞ってご紹介します。同校の国際交流を牽引する、英語科の杉内光成先生に伺いました。
「知らない」扉を開けて、「知る」世界へ。
すべての場面で実体験を重視する教育を展開
■「人としての骨格」を作るには、教科学習と同時に実体験が大切
今から約140年前、ドイツをはじめとしたヨーロッパの文明文化を学ぶことを目的に獨逸学協会学校が設置されましたが、それが同校の前身です。ちなみに、獨逸学協会学校の初代校長を務めたのは哲学者の西周(にし あまね)ですが、「哲学」という日本語は西周が作ったものとされています。
教育理念は「自ら考え、判断し、行動することのできる若者を育てる」。効率を求めるのではなく、ゆっくり、じっくりと生徒たちの可能性を引き出していく同校は、生徒自身が本当に「やりたいこと」を見つけ、行動し始めるためには、回り道や寄り道も必要と考えています。
「知的土台」を形作るには、教科学習だけでは十分ではありません。さまざまな「人」「物」「事」に出会い、自分の視界を広げていく実体験が重要になります。そこで、例えば中学の総合学習では次のような取り組みを行っています。
①中1「ネイチャーステージ」:生活に根ざした学びとして稲作体験を実施。収穫した米は試食もしますが、次年度の新入生へのお祝い品として贈呈。
②中2「キャリアステージ」:「自分は何に興味があり、何を仕事にしていくか」を考えるきっかけとしてワークショップや講演会を実施。保護者の方による「職業講演会」も。
③中3「ボランティアステージ」:福祉を自分事としてとらえるため、高齢者・障がい者・妊婦の身体状態の疑似体験や車椅子体験を実施。夏休みには生徒自身が訪問先を探し、ボランティア活動を行う。
ここで、以前、中3のボランティア体験に関連して校長の尾花信行先生から聞いた話が蘇ります。それは、「車椅子の方に講演をしていただいたことがあるのですが、その方はスポーツカーを運転して来校されました。このように、固定観念を打ち破るような姿を実際に目にすることも、生徒たちにとっては意義深いことです」というものでした。
「知らないこと」はハードルが高いものです。ましてや、自分の選択肢に入ってくることはありません。だからこそ、全教科履修主義を貫き、実際に体験することを大切にする。いつ、どこで、何に目覚めるかは一人ひとり異なるため、同校では体験し、感じ、考える機会を豊富に設けているのです。
■海外研修の意義は、語学以上に「付加価値」にある
各国に姉妹校があるなど、同校では伝統的に国際交流が盛んですが、その軸となるものの一つが英語教育です。人間生活の根底には意思疎通を図るための「言葉」がありますが、杉内先生は自身の経験を交えながらこう語ります。
杉内先生:「さまざまな人たちと英語でコミュニケーションができる。たったそれだけで、物事を偏見なく、フラットに見ることができるようになります。私自身、大学1年生の時にニュージーランドに短期留学をしたのですが、言葉が通じることの嬉しさを実感する以上に、世界が広がったと感じました。経験していないことには怖さがありますが、経験してみると『あ、みんな同じなんだ』と思えたり、『ああ、そういうものの見方もあるのか』と感じさせられる。他言語を学ぶことは、こんなにも自分の世界観や価値観を広げてくれるのかと思いました。英語の教員になったのは、その経験も大きかったですね」
●中学:ニュージーランド姉妹校訪問(中1〜3)
●高校:ニュージーランドターム留学(高1・2)、シンガポール研修(高2)
オーストラリア姉妹校訪問(高1・2)、ドイツ姉妹校研修(高1・2)
杉内先生:「昨年度から、高2のサンフランシスコ研修をシンガポール研修に変えました。理由の一つは、コロナをきっかけとした円安による費用高騰と、ホームステイを受け入れてくださるご家庭が少なくなったことです。二つ目は、英語の話者はネイティブよりもノンネイティブのほうが多く、語学研修としての側面で考えれば、英語圏でなくてもいいということです。そこで、折衷案としてシンガポールにしました。シンガポールではホームステイではなく学生寮に宿泊しますが、中華系・マレー系・インド系などに分かれる人種のるつぼの国で、さまざまなことを体験し、感じてほしいと思っています」
英語を話せるようになるためだけなら、オンライン英会話なども整う日本国内で十分です。でも、実際に海外に行くことの意義は、肌感を伴った体験からしか得られない付加価値にあります。
杉内先生:「学生時代にニュージーランドに行った時、私は空の色や空気の匂いが日本とはまったく違うことに衝撃を覚えました。そこでしか見聞きできないものが生徒たちの人生に大きなインパクトを与え、場合によってはそれが進路に繋がったり、価値観の変容に繋がっていきます。そのためにも、各プログラムをしっかりオーガナイズすることを意識しています」
ニュージーランド研修に参加した中3生はこう語っています。「ホストファミリーや姉妹校の仲間たち、誰もが明るくフレンドリーに接してくれました。日本人の私たちと通じ合うと実感し、温かい気持ちになりました」「研修の後、初対面の人と会う時など、最初から自分を出せるようになりました。人との距離感がかなり縮まった気がします」と。
ところで、獨逸学協会学校を前身とする同校では今、生徒たちにとってドイツという国はどんな存在なのでしょうか。
杉内先生:「本校の生徒たちにとっては、手を伸ばせば届く国、というイメージだと思います。高校生になればドイツ語の授業を選択できますし、お互いに行き来するプログラムもありますので。ドイツからは日本語を勉強した生徒が来て、本校もドイツ語を勉強した生徒が行く。ただ、英語も交えているのが実情ですが(笑)。3言語をミックスした感じです。ですから、この夏のオリンピックの時も、他のヨーロッパの国よりはドイツへの親和性が高いため、ドイツを応援している生徒が少なくなかったですね」
ドイツとニュージーランドに姉妹校があり、互いに訪問し合ったり交換留学制度も整える同校ですが、最近では、生徒たちの海外の方たちに対する意識のハードルはそれほど高くないと言います。現在は、ニュージーランドへは毎年行き、ニュージーランドからは2年に一度来校。ドイツに関しては、2年に一度行き、ドイツからも隔年でやって来ます。
杉内先生:「姉妹校提携している学校の生徒たちが本校にやって来て、毎年誰かしら海外の方がそばにいる環境にありますから、最初は『お!』と思うでしょうし、言葉の壁もあるでしょうけれど、ずっと一緒の空間にいることでハードルは下がっていきます。コミュニケーションの要は『慣れ』ですので、徐々に、自分とは異質の『外国の人だ』という意識は持たなくなっていきますね」
■推薦型選抜に活用するため、2年前に「ターム留学」を設定
ところで、高校のニュージーランドのターム留学(7月末〜9月末)は一昨年に新たに作ったプログラムです。それまでは2〜3週間のプログラムだったのですが、そこにはこのような意図がありました。
杉内先生:「正直に言えば、2〜3週間で語力を伸ばすことはできません。語学力をつけるには、それなりの期間が必要だったことが一つ。二つ目は、私は進路指導部にも所属しているのですが、最近活発に使われる推薦制度に国際交流の経験を活かしたいと思い、中期留学に変えたのです」
高1であれば、高2から文系・理系のどちらに進むかをそろそろ決めなくてはならないし、高2であれば高3からのコースを決めなくてはなりません。そのための準備期間が短くなるデメリットはありながら、このターム留学には昨年は25名、今年は13名の生徒が参加しました。
杉内先生:「ターム留学では学生寮ではなく、ホームステイをします。そこにこだわりましたので、少人数での実施となっています。その2カ月があったからと、オーストラリアの大学への進学を決意した生徒もいます。現地校ではその生徒のレベルに合わせてカリキュラムを作ってくれますので、英検の3級を取れていれば参加できます。行って、頑張る(笑)。でも、実際かなりできるようになりますね。英語を第二言語として勉強している生徒向けの授業もあるので、そのあたりも安心して預けられるポイントです」
英語を話せる。たったそれだけで、
世界観と人生観が変わる
■英語圏の人々の考え方まで学ぶ「5ラウンドシステム」
中学では英検準2級の取得を目指し、高校の希望者には第二外国語としてドイツ語の授業も展開。「語学の獨協」としての伝統も持つ同校ですが、ここで、中学で実施されている英語教育について少しご紹介しておきましょう。
「5ラウンドシステムとは、英米で発行されている教科書を使い、ネイティブの先生と日本人の先生が連携しながら、英語圏の人々の考え方や表現法、英語の文法構造までを徹底的に、そして丁寧に学ぶ、英語力全般を獲得するためのプログラムです。
教科書で学んだ英語を生徒が自分で使いこなすことができるようになることを目的に、ラウンド5では「リテリング(教科書の内容を自分なりに英語で説明する)」を行います。
・ラウンド1...音声の認識(教科書の音声を聞き、絵を見ながら内容を理解する)
・ラウンド2...文字と音の一致(内容を理解したうえで、音と文字を一致させる)
・ラウンド3...音読による音声の再現(さまざまな方法で音読を行い、文字を音声化できるようにする)
・ラウンド4...文構造を意識した音声の再現(穴あき音読などを通して、フレーズや言語形式を意識する)
・ラウンド5...リテリングの実現(教科書のストーリーを、学んだ表現や自分の言葉で伝える)
杉内先生:「本校では生徒に多様な機会を与えたいと考えていますので、英語学習についても、英語を道具の一つにできれば世界がさまざまに広がっていくんだと、そう実感できる展開になるよう意識しています」
ほかにも、生徒が英語に親しめるよう「英単語カルタ大会」や「イングリッシュキャンプ(中2/国内)」「グローバルスタディーズプログラム(高1)」など、英語を使ったイベントも折々に実施。
さらに、長期休暇中にはネイティブの先生による「EAP(English for Academic Purposed/上級者向け英語講座/中2以上)」も開講。これはネイティブの先生と生徒、生徒同士が議論し発表し合う講座ですが、中高の学年の枠を外し、英語をツールに経済学や環境学などを学んでいます。
ところで、先述の通り、人間生活の根底には気持ちを伝え合うための「言葉」があります。だからこそ、他者と心を交すコミュニケーションがない限り、人は孤独なままだと杉内先生は語ります。
杉内先生:「海外に行くと、よけいにそうです。ですから、英語を話せるだけでこんなにも人生楽しくなるんだよ、変わるんだよということを生徒たちには伝えたいですね。自分の若い頃の経験も、たまに生徒に話しています。授業は、いろいろなことをシェアできる時間でもありますので。知的枠組みを広げてあげられるような授業をと意識はしていますが、教員と生徒も、また言語が異なる海外の方とも、要になるのは人と人のコミュニケーションですから」
言語を習得する意味合い、その先にある風景。そういうことに思いを巡らせる、杉内先生の言葉です。
時勢を見据えながら、
国際交流プログラムは更新し続ける
■杉内先生が思い描く、国際交流の「これから」
今後の国際交流の拡充について、杉内先生は「あくまでも、私自身の希望の段階ではありますが(笑)」と言いながら、次のことを挙げてくれました。
・長期留学の実施(9カ月〜1年間)...現在は外部のエージェントに依頼しているが、校内でできる体制に。
・「海外大学進学説明会」...現在もエージェントに依頼して実施しているが、海外大学も、実はそれほどハードルが高くないことを知ってもらうための機会を増やしていく。
・長期留学生の受け入れ...海外からの長期留学生を受け入れる体制を強化していく。
・第二外国語を増やす...現状ではドイツ語だけだが、スペイン語やフランス語、中国語なども検討していく。
杉内先生:「また、国際交流プログラムについては、現状では半数が参加者を選考するものですが、いずれは選考をなくして、希望者全員が行けるようにしたいですね。生徒たちは、それぞれ学校の成績とは別の能力を持っていますし、人間はデコボコしていていいじゃないかと(笑)。そして、プログラム自体も型にはめず、あまり練りすぎず、遊びの部分を残したものにしたいと思っています。その糊代が、生徒たちの成長の幅を広げると信じていますので」
そして、先生はある卒業生のエピソードも教えてくれました。
杉内先生:「英語に興味があったので中学で2回ニュージーランドに行き、高校ではドイツとサンフランシスコに行って、ひと通りの国際交流プログラムを総なめにした卒業生がいました。その生徒は獨協大学に進学して、在学中に1年間ドイツに留学したため1年遅れて社会人になったのですが、本校での学びが、その後の布石になったのかなと。種まきが活きたというのは、嬉しかったですね」
最後に、杉内先生が生徒に望む将来の姿とは、どのようなものなのでしょうか。
杉内先生:「国境関係なく、人を大事にできる人になってほしいです。語学の授業や国際交流に力点を置く目的はそこですね。知らないこと、会ったことのない人には『怖いな』という気持ちを抱きがちです。私も留学していた時、知識がなかったのでサウジアラビア人のクラスメートとは距離があったのですが、そのうち親しくなり、ケンカもしました(笑)。でも、そのおかげで、それ以前よりもっと仲良くなることができました。すべて知らないだけ。知って、話せば、なんとかなります(笑)。そうすれば、偏見なく、ある程度フラットに物事を見ることができるようになります。ですから、生徒たちには日本をベースにしながら、いろいろな所に飛び立っていってほしい。そための素地を作るお手伝いをするのが、私たちの役目です」
教育の目的は、中高の6年間で「人としての骨格」を作り、「自分を生きる」人を育てること。そして、高い進学実績を誇る同校の進路指導の根幹は「本当に望む道を見つけてほしい」という先生方の思い。
杉内先生のお話を伺いながら、同校は生徒が自分で自分の将来の扉を開けるために、いろいろな種類の鍵をたくさん用意している学校だと、改めて感じさせられました。