学校特集
関東学院六浦中学校・高等学校2023
掲載日:2023年12月19日(火)
2014年、黒畑勝男校長が着任したのを機に、次代を見据えた教育改革をスタートさせた同校。10年後、20年後の生徒たちの姿を未来の視点から俯瞰しながら、改革内容を更新し続けています。当初から、英語教育では共通言語としての英語を「現代の識字力」であるとするなど、グローバルスタンダードを獲得するために多様なプログラムを展開。今回ご紹介するICT活用力もまた、現代の識字力になりつつあります。昔の人にとって、「読み・書き・そろばん」ができることがその人生を左右したように、世界が加速度的にフラット化している今、多文化共生社会で活躍するためには英語力とともにICT活用力は必須となっています。しかも、その技術は急速に高度化・多様化しています。そこに、どう対応するか。その教育実践について、教学推進部部長であり高1学年主任の小林晋一先生と、高1GLEクラス担任の原田有先生に伺いました。
中高生が大人になる時勢を想像し、
今できることを、最大限に実行する
ICT活用力もまた、現代の「識字力」である
同校の先生方が、教育者として自身の使命と捉えているものがあります。それは、「生徒たちが社会に出ていく10年後、20年後の世界がどうなっているかを懸命に想像する」ことです。今を見つめ、未来を想像し、生徒たちに授けるべきものを見出していく。それはそのまま、キリスト教に基づく教育を展開する同校の校訓「人になれ 奉仕せよ」の具現化に繋がるものでもあります。
次代を生きる生徒たちにとって必須である、ICT活用の推進もその一つ。同校では全員がChromebookを所持し、手書きの大切さは保持しつつも、将来AIを扱う前提となる、学びのデジタル化に力を注いでいます。
ちなみに、iPadではなくChromebookを導入したのは、より効率的な学習が可能になるだけでなく、タイピングを重視したからでもありました。
ところで、「いずれ、AIを使える国は成長し、そうでない国は取り残される」という見立てがあります。そして、取り残されないためには、デジタル化というAIを扱うための下地作りが急がれると。
AI・IoTなどが実社会に組み込まれていけばいくほど、私たちの生活環境や仕事環境が激変することは明らかですが、「AIの普及に対して企業が従業員に求める能力」(総務省HPより)のアンケートによれば、以下の5つが次代に必要な能力として挙がっています。
①論理的思考などの業務遂行能力
②企業発想力や創造性
③人間的資質(チャレンジ精神・主体性・行動力・洞察力など)
④対人関係能力
⑤語学力や理解力などの基礎的教養
これらは、文部科学省が提言する「学力の3要素」にも通じますが、小学校でプログラミング教育を受けて入学してきた生徒たちにそれ以上の学びを継続して授けることは、中等教育の現場における共通課題です。
現代の「読み・書き・そろばん」が「数理・データサイエンス・AI」であることを考えれば、ICTスキルやリテラシーを身につけることは、もはや学びの前提条件と言えるかもしれません。実際、今、大人たちが学び直しを迫られる場面も数多くあります。
先生方が学びながら、生徒と共に「学び」を創り出していく
10年前からICT改革に乗り出した同校ですが、一気に体制を整えるきっかけになったのは、やはりコロナ禍だったと言います。2018年からChromebookの利用を開始し、クラウド型教育サービス「Google for Education」を導入しました。
そのため、コロナによる臨時休校中も授業のライブ配信をはじめ、Google Classroomを通じた課題配信や回収、Googleフォームによる生徒へのアンケート作成や学習内容の質問への回答などを含めて、朝のホームルームから帰りのホームルームまでシラバス通りに授業ができたそうです。
小林先生:「2018年の段階では、校務で取り入れていたGoogle Classroomを使っている教員と使っていない教員の数は半々でした。そこで、コロナで休校が確実になった時に、直ちに教員全体で研修会を行ってスキルアップを図り、さまざまなルール作りも行いました」
そして、その体制になってから今年で4年目。ICTをどう使っていくか、先生方は学び続けています。
同校の教育目標は、与えられた課題に積極的に取り組むだけでなく、主体的に学ぶ姿勢を持つ生徒を育てること。その目標実現のためにも、同校が適切なツールだと判断したのが「Google for Education」でした。これは「こういう機能があります」とさまざまな機能を提供するもので、「この機能はこう使えます」といった教育プログラムを提供するものではありません。つまり、先生方は多様な機能を学び、それらを組み合わせて、生徒に授けるべき学びを思考錯誤しながら編み出しているのです。
今回は、2020年に事例校として認定された、「Google for Education」に関連した取り組みについてお伝えしましょう。
Googleが目標として掲げるものに「教育と学びの変革に取り組む教育者をサポートすること」があります。そのための環境作りとして、プラットフォームを提供するのだと。ちなみに、ニュージーランドでは「Google for Education」を使用したことで、1年間の授業で1.5〜2年間分の授業の成果が得られたという事例もあるそうです。
小林先生:「ツールは、何ができるかをわかったうえで、どう使うかが大事です。ツールにある材料は教科によって、教員によって変えていけばいいのですが、知っている機能を『この授業に、こう活かせるのではないか』というふうに、ICTを活用した授業改革は教員の創造性にかかっているとも言えます。でも、学び続けることは教員の役目ですから」
また、「Google for Education」には試験を受けて取得する「Google認定トレーナー」という資格がありますが、これは各サービスの活用法を教師に教え、その知識を教育に応用できるよう研修するスキルを有することを証明する資格です。この他に、認定教育者レベル1・2と2段階で構成されますが、同校では専任教員の1/3が認定教育者として資格を取得しているという、驚異的な数字を示しています。
原田先生:「私は2020年にトレーナーの資格を取りましたが、ICTによる教育というと、全部をコンピュータ化すると思われがちです。でも、そうではなく、ICTを活用することは教員が『やってみたい』と考える授業の実現化により近づく、つまり、引き出しが増えて新たな挑戦がしやすくなるということです。コンピュータ化は、その一つにすぎません。取り組み始めた3年前に比べると教員にもかなり浸透してきましたので、今では教員室で聞こえてくる会話が変わった気がしています。『こういう授業をやりたいんだけど』『じゃあ、こういうのは?』と」
小林先生:「今、私は認定教育者レベル2ですが、初めて挑戦した際は、久しぶりに合否が出る体験をしたものですからドキドキして、受かった時は嬉しかったですね(笑)」
●「Googleドキュメント」でポートフォリオを作成
原田先生:「例えば、ドキュメントに理科のファイルを作り、実験時の画像や動画、実験レポートなどのリンクを貼って挿入してまとめておけば、1年間の理科学習の履歴にすぐにアクセスできるので、容易に振り返りができますし、記憶にも定着しやすくなります」
●「Google Classroom」の「演習セット」で、指導と学習の個別最適化が可能に
小林先生:「以前は課題を与えると、『やれているか』『やれていないか』の確認に留まっていたのですが、演習セットには情報を分析する機能もついていますので、1回目で正解した生徒、5回チャレンジして5回目に正解した生徒がわかります。また、同じワークシートでも必要な人だけが参照すればいいヒント欄があるなど、学習到達度のレベルが違っても一緒に取り組めるため、一人ひとりの学習状況が把握しやすくなりましたし、個別指導もしやすくなりましたね。誤答数が6割を超える問題があったとしたら、我々の説明の仕方を見直すといったことにも活かせます」
●「Googleスプレッドシート」でリーディングのトレーニング
小林先生:「生徒が英語の教科書の文章を読む時、1分間に読めたワード数をスプレッドシートを用いて簡単に測定できます。すると、初見で読んだ時と、レッスンを終えた後で読む時では速度が違うことを確認できます。このデータもみんなで共有しますので、読めるワード数は理解度によって変わってくるのだと認識させることができます。一人ひとりに紙を配って対応するのは大変ですが、このように使い方次第では我々の時間短縮にもなり、その分の時間を生徒に還元できるなど、できることの幅が広がったと思います」
テクノロジーを最大限に活用することは
校訓「人になれ 奉仕せよ」に直結する
生徒と共有することを目指して
授業のICT化も軌道に乗りつつあり、各種講座や調べ学習、レポート作成、ワークシートでの演習、プレゼン、Web型学習教材の活用など、生徒たちがアプリケーションを使う場面は多岐にわたります。そして何より、「教科書+黒板+ノート」の時代よりも、生徒たちの授業に対する興味・関心は確実に向上しているとも言います。
小林先生:「ICTは生徒たちで考え、話し合い、対話的で深い学びを実現するのにふさわしいものだと思います。また、オンラインでは意見を「言う」のではなく「書く」行為になることも多いので、話すことが苦手な生徒も積極的に発表していますね」
ICTとは、社会のさまざまな情報を集め、取捨選択して利用するためのもの。そして、情報や意見を共有し、協働していくためのツールとして有用なものでもあります。同校では、これからの時代を生きていくために必要な、自分を高めるための「パワーツール」と位置づけていますが、パワーツールを使いこなせるようになることは、取りも直さず、多文化共生社会で活きる「主体的に学ぶ姿勢」の獲得に繋がっていきます。
「視聴覚障がいを持つランナーが一人で走るために、テクノロジーを使ってできることはないだろうか?」
一人の盲目のランナーの問いかけに応えて、2020年、Googleが研究開発プロジェクト「Project Guideline」を立ち上げました。これまでは伴走者がいなければ難しかったことですが、全盲の方が一人で、しかも全力で走ることができるようにするために。
これは、スマートフォンで動作する画像認識技術を活用するのですが、ブラインドランナーの方はヘッドフォンを装着し、スマホを首からかけて道路の線の情報を頼りに走るというもの。この技術は東京パラリンピックでも披露されましたが、視聴覚障がいを持つ方々からさまざまなフィードバックを受けながら、研究開発は今も続けられています。
改めて、テクノロジーは何のためにあるのか?
そう考えた時、同校の「人になれ 奉仕せよ」という校訓が呼び覚まされます。テクノロジーとは、誰もが置き去りにされることなく、より幸せに快適に生活することのできる、インクルーシブ社会を実現するためのものではないのかと。
このテクノロジー開発を教育に置き換えた時、「何ができるか」「何をすべきか」と、先生方は常に考えているそうです。
小林先生:「今はまだ高校生だけで行っているところですが、どの学年でもどの教科でもこのスキルが持てるようになれば、生徒は自分たちで動き出すはずですし、我々がビックリするようなものも創り出すと思います。それを早く見てみたいですね。生徒たちが新しいものを創り出すことが苦手だと言われるとすれば、それは我々大人がさせていないだけかもしれません。与えられたものの中から選択するだけではなく、0から作るためには、それなりの知識と経験が必要になります。そのあたりも、引き続きこれからの課題の一つです」
原田先生:「私自身、本校の卒業生なのですが、今ではパーカー着用もOKになっているなど、生徒たちが議論を交わす中で、ルールもいろいろ変わってきています。ICTに関しても同様で、生徒も教員も共に学び、お互いに失敗しながら何が大切なのかに気づいていくものだと思います。ICT活用の面でも生徒の背中を押せるだけの知識と経験を持つ教員が増えましたので、生徒たちには、ますます自分で自分の学びを作る楽しさを知っていってほしいですね。ツールとして導入したところから、もっと本質を見据えて動き出した、という段階にようやく入ったところです」
小林先生:「私は英語の教員ですが、0から作ることを英語では『create』と言います。そして、神が0から作ったcreatureは人間です。ですから、キリスト教主義の本校としては、0から作り出された我々自身もまた、0から何かを作り出すことが一つのミッションではないかと思っています」
原田先生:「9月に開かれた『Google for Education事例校サミット2023』では、さまざまな事例について情報交換を行いました。今は校内の教員間で有用性をシェアしているところですが、将来的には学校の枠を越えて連携していければいいですね。100人集まれば100のアイデアが生まれます。だからこそ、良い仲間作り、良いアイデアを共有する仕組みを整えていければと思っています」
「次代を生きる生徒たちのために、教員も自ら学び続けなければならない」「学校間の壁を越えて連携し、有用なアイデアをシェアしていきたい」......先生方の言葉からは、大袈裟ではなく、日本の教育の未来への希望が見えた気がしました。