学校特集
東京都市大学等々力中学校・高等学校2024
掲載日:2024年8月1日(木)
1939年に東急電鉄創業者の五島慶太氏が女子校を創立したことから始まった東京都市大学等々力。2010年度に共学化に舵を切り、教育理念に「共生・英知・高潔」、理想の教育像に高貴なる紳士・淑女を意味する「noblesse oblige(ノブレス・オブリージュ)」とグローバルリーダーの育成を掲げ、中高一貫の教育内容を見直してきました。
2014年度からは、中1・中2の理科の授業で約100の実験テーマを扱う「SSTプログラム(Super Science Todoroki Program)」を導入。本物に触れることを重視した学びで、生徒の理科への知的好奇心と論理的思考力を育んでいます。
SSTプログラムを開発した理科教諭の平山瑛一先生と2024年度から校長に就任した草間雅行先生にお話を伺いました。
中1・中2で導入したSSTプログラムとは
2014年度から導入した「SSTプログラム(Super Science Todoroki Program)」では、中1・中2の理科の授業で約100に及ぶ実験テーマを扱っています。プログラムを作るにあたり、こだわったのは「本物を見て、触って、確かめること」です。開発を担当した平山瑛一先生は、「自分の手を実際に使うことで、データから読み取る力や、観察し情報を受け取る力、自分で見たものを言葉で表現する力が身に付く」と言います。この力は、大学受験だけでなく、その後の大学生活、社会人生活でも役立ちます。
授業で大切にしているのは、生徒たちの疑問と好奇心をかきたてる仕掛けづくりです。生物室にはシーラカンスの模型やオガワコマッコウの骨格標本などが並び、まるで博物館のような雰囲気。「今日は何の実験をするのだろう」と生徒がワクワクする場づくりに一役買っています。また、板書は授業のポイントのほかに、図鑑に載っていてもおかしくないくらい卓越したイラストが記されており、その日の実験の内容が一目でわかります。
「大学受験を見据えたカリキュラムでは、上の学年になるほど受験対策が必要です。中1・中2のうちに多くの実験を積むことで記憶の引き出しを増やし、高校で活かせるようにしています」
加えて、中1・中2は、友人関係や生活について学ぶ大切な時期。実験は班行動のため、準備から片付けに至るまで共同作業を行います。そこには、責任を持って1人ひとりが行動する生活指導の場としての役割もあります。時には友人同士で教え合うことも。人に教える、伝えることで理解や定着につながっています。
本物を大切にした実験例「スケッチの手法」
理科2分野では、中1の1学期に実験や観察の手法と、植物のからだのつくりを、2学期には細胞のつくりや光合成、呼吸といった生命活動を、そして3学期になると、「動物のからだのつくり」をテーマに、実験や観察を行います。
まず中学入学前に、課題として植物の採集と標本づくりに取り組みます。中1の1学期に行う最初の授業では、この標本の現物を基にして、植物のすがたを、絵を使わずに言葉だけで説明できるように書き起こします。完成したら、花の名前は明かさずに隣の席の人と交換。文章から想像して、何の植物を採集・標本したのかを当ててもらいます。
「ゲーム感覚を取り入れることでも、生徒の興味・関心を引き出せます。もし不正解だった場合は、不正解だった植物と自分の採集・標本した植物の似ている点と違う点を観察。どのような説明が足りなかったのかを考えて説明文に書き足し、植物の名前が当たるまで2回ほど繰り返します」
逆にスケッチを学ぶ際は、観察して気が付いたことをたくさん言葉にしてから、絵だけで表現することに挑戦するといいます。
中1の3学期に行う「動物のからだのつくり」では、スーパーで売られている魚や手羽先を使って解剖に挑戦します。時には肉屋から取り寄せた動物の肺や小腸、心臓などを使って観察を行うこともあります。動物の解剖が苦手な生徒は、事前に相談すれば実験に参加したのと同じくらいの情報が得られるような図や写真、資料を準備し、疑似的に体験できるよう配慮するそうです。
「実験では、理科が教科書の中だけではなく、身近に存在していることを知ってもらうきっかけを大切にしています。道端に生えている草花やスーパーの食材を実験に使うことで、理科がどれだけ自分の生活に潜んでいるかを実感し、日ごろから『なぜこうなっているのだろう』と疑問を持って生活する姿勢を育みたいと思っています」
アウトプットを重視した「実験ノート」
実験の中心で活躍するのは、生徒が自らの手で作る「実験ノート」です。授業で行う「予習、実験・観察、まとめ・考察」のサイクルをノートの見開きに集約し、自分だけの一冊を作り上げます。
予習は教科書の内容を中心に10~15分ほどの時間をかけて自宅で調べ学習を行います。実験・観察の時間は教員が作成したプリントに従って、実験に必要な器具や手順、観察のポイントなどを確認し、作業に臨みます。まとめ・考察は、教員のヒントをもとにグループで話し合ったり、自分の考えを深めたりして行います。
平山先生が特に大切にしているのは、アウトプットを重視した学びです。
「自分なりの文章でまとめ・考察を表現することは、記憶の定着につながります。スケッチやノートをまとめるのが苦手な生徒にも、抵抗感を軽減するために『アウトプットの場だから、感じたことや考えたことをどんどん書き込んでほしい』と伝えています。きれいにまとめるより、丁寧に自分の思考と向き合うことが大切。まずは手を動かして書くことだけを考えられるよう促します」
実験が終わったら、実験ノートをロイロノートで提出。教員は思考力、判断力、主体的に学習に取り組む態度の3項目で評価します。
その際、観察の視点として持っておいた方がいいポイントを生徒1人ずつにコメントして返却します。そうすることで生徒の観察する視点が増えるのだそうです。
約98%の生徒が「理科授業に興味・関心を持てた」
中1・中2で体験した実験の授業は、中3以降に花開きます。高校生になった生徒たちは、授業中に「中1の頃の、あの実験が関係しているよ」と声をかけると、すぐに思い出してくれるそう。
「学年が上がれば上がるほど、理科の学びには想像力が必要になります。例えば、物理では物が落ちる・ぶつかるイメージをどれだけ想像できるかがカギになりますが、知らないことを想像するのはとても難しいもの。実体験の積み重ねがあるからこそ、授業や問題の様子を想像できるんです。ここで、中1・中2で培った多くの実験の記憶の引き出しが役立ちます」
中3以降になると、学ぶ用語も増え、授業では座学の時間が多くなります。それでも教科書の知識が何につながるのか、どんなことに役立つのかを伝えて、「生活と密接に結びつく理科」を感じられるような理科教育を行うといいます。
「実は、SSTプログラムの開発は、私自身が理科の面白さに目覚めた原点を土台にしているんです。私は幼いころから標本を作ったり、集めたりすることが大好きでした。博物館も大好きで、博物館に行くとあの空間にいるだけでワクワクしたものです。本物に触れて、『どうしてこうなるんだろう』と不思議に思ったんです」
平山先生は大学生になると、国立科学博物館で展示の紹介を行うボランティアに参加。標本や資料を通じて、展示の理解を深めるポイントを教えたそうです。その後、東京都市大学等々力で教壇に立ち、最初の2年間は一般的な理科の授業を行ってきましたが、「経験を活かして実験中心の授業を考えてみては」と先輩教員からの提案を受け、実験中心の授業を開発していったといいます。
教科書と資料集だけで理科を学ぶのではなく、本物に触れながら驚きと発見に満ちた実験を体験することで、理科に対する苦手意識も払拭されていきます。2021年に中2を対象にしたアンケート調査では、「理科の授業に興味・関心を持って臨めた」生徒が約98%。「主体的に取り組めた」生徒が約96%と、高評価を得ています。
大学との交流講座は付属校ならでは
SSTプログラム以外にも、東京都市大学等々力では中高の全学年を対象に希望制で年2~3回ほど、5~6時間かけた実験や調査を行う「理科体験プログラム(フィールドワーク)」を実施しています。ウニの胚発生観察のほか、多摩川での化石発掘、生田緑地での地層観察、博物館研修などを開催。博物館研修ではただ見学するだけにとどまらず、平山先生が体験したボランティアと同じように、博物館の展示品を用いて、自分の知識で解説する体験も行っています。
今年度からは、付属校ならではのメリットを生かした東京都市大学の研究者との交流も復活します。最先端科学や医療、設計に関わる講座など、大学教授らが高校では扱わないテーマで講義を行い、大学への興味・関心を高めていきます。実施時期は高1の頃のため、文理選択や将来への進路選択にも役立つそう。
「グループ間連携も進んでいて、二子幼稚園で理科実験教室の手伝いをしてもらうこともあります。4~6歳の子どもが理解できるように、言葉遣いに気を付けながら解説することで、自分の表現の幅を広げていきます」
理科部の活動も、活発です。授業で探究心を刺激された中高生の約70名が、熱心に研究を進めています。理科部では物理、生物、地学の班に分かれ、テーマを決めて実験を行います。取材日には、コアホウドリの解剖やアライグマの皮なめし、ニボシの胃内容物の研究、多摩川の昆虫調査、関東圏の公園にいる淡水系ミジンコの調査、天文学のための天体望遠鏡の準備を行っていました。これ以外にも、物理班では電気自動車の実験やプログラミング、ロボット制作に打ち込む生徒がいるそう。
理科部では上の学年の先輩たちが研究の代表者としてオーナーシップを発揮し、実験の企画や計画、後始末まで後輩の指導に当たっています。
理科実験で学ぶ「失敗を活かす経験」
2024年度に東京都市大学等々力の校長に就任した草間雅行先生は、同校のSSTプログラムを見守る中で、プログラムの大切な役割に気が付いたと言います。
「理科の実験には失敗がつきものです。中1の物理実験を見学した時に、水槽に水を汲む場面があったのですが、担当の教員は深さの指定をしませんでした。でも、その実験はある程度の水の深さがないとうまくいかないんです。班ごとに水の量がバラバラで、水量が少なかった班の生徒は、実験中に気が付いて水を汲みに行っていました。その姿から、失敗をもとに成功につながった体験が見て取れました。
私たち教員は、生徒の失敗を叱るのではなく、失敗の理由を考えるよう促します。そこから気づきを得る体験が何より大切。実験以外の場でも失敗を恐れずに挑戦できる心を育むでしょう。SSTプログラムは、理系に強い生徒を育てるだけでなく、人生において失敗がどのように活かされるかを学ぶきっかけとしても重要だと思います」
また、SSTプログラムで育まれる論理的思考力は、進路選択の場面で理系の大学を選ばなかったとしても、非常に重要な力になると言います。
草間校長はこれまで、東京都市大学グループの男子校・東京都市大学付属中高で理科教員として35年間勤務し、副校長兼教頭を務めてきました。その経験から、東京都市大学等々力の共学校の雰囲気も生徒の成長を高めるのに一役買っていると感じたそうです。
「生活や勉強のあらゆる場面で、女子と男子が互いに刺激し合っていますね。例えば、女子は教員や来客に対して、よくあいさつをします。この姿を見て、男子も自ずとしっかりとあいさつをするように感じます。そういう意味では、男子校で勤務していた頃と比べると、本校の男子生徒の成長が早く、大人っぽい部分があると感じています」
東京都市大学等々力の良さを、「教員の熱意に生徒がしっかりと応えているところ」と答える草間校長。
「校長が変わったからといって、本校の良さである面倒見の良さを大きく変えるつもりはありません。勉強だけでなく、行事や部活動、生徒会活動がさかんな本校をバランスよく運営していきたいと思っています」
東京都市大学等々力の理科室は、足を踏み入れただけで、人をワクワクさせる魅力が詰まっています。その背景には、生徒たちの知的好奇心をくすぐるための熱意と工夫がありました。中1・中2でたっぷりと実験を行った経験は、その後の生徒たちの人生において、教科書の内容だけにとどまらない、大切な知識と学びをもたらすことでしょう。