学校特集
女子聖学院中学校・高等学校2023
掲載日:2023年9月1日(金)
一人ひとりが神様から与えられた「良きもの(賜物)」を活かして、互いの違いを認め生かし合う。1905年の創立以来、キリスト教精神に基づいた教育を大切にする女子聖学院は、中高6年間を通して「神を仰ぎ人に仕う」人間教育を実践しています。「自律した学習者として自ら発信し表現できる人になる」を目標として、中学では探究学習「マイ・コンパスプロジェクト」に取り組んでいますが、今年度から高校の総合学習でも探究活動をスタートさせました。互いに「学びを共有」しながら「社会に貢献できる女性」を育む探究活動を中心に、教頭で広報室長の塚原隆行先生にお話を伺いました。
中学の探究活動「マイ・コンパスプロジェクト」で「自分軸」を養う
中学の総合学習(週2時間)に組み込んだ探究活動も3年目を迎えています。自分の指針を獲得する意味を込めて名づけた「マイ・コンパスプロジェクト」は、中学3年間を通して段階的に自分軸を養い、「自律した学習者として自ら発信し表現できる人になる」ことを最終目標としています。
■学年ごとにテーマを設定する「マイ・コンパスプロジェクト」
中1...「学習方略の探究」 自分にとって効果的な学習方法を知る。
中2...「視野を広げる」 さまざまな社会課題を自分事として、横軸の視野を広げる探究活動を行う。
中3...「未来の○○展」開催 自分の将来と社会問題を繋げて縦の広がりを持たせ、ゼミ形式の共同研究でまとめる。
「学習方略」とは、学び方の工夫のこと。「学習効果を高めるための意識的な工夫」を意味する認知心理学の専門用語ですが、学び方は一つではなくさまざまな方法があることを知り、自分に合った学び方は何かを探っていくのです。それは結果的に、自分自身を知ることにも繋がります。
中1の4〜9月は探究活動の導入期です。「学びとは何か?」をテーマに、今行っている自分の学習方法を書き出すことから始めて、それぞれのやり方をクラスで共有し、「自分に合った学び方」を見つけ出していく期間です。日々、振り返りや検証を続けていく中で、ノートに書き出したり音読したり、学び方は自分なりに工夫すればいいのだと気づけば、自分には何が合っていて何が合わないのかという納得感も得られます。導入期のまとめとして、10月にポスターを制作して「私の学習方略」を発表します。
塚原先生:「学習方略には、学び方と学びの進め方、そしてモチベーションという3つの要素があります。この学習方略を導入して良かったのは、生徒全員に繰り返しの大切さが定着してきたこと。学習方略が本当に身についた生徒は、例えば数学の公式の意味を理解してその背景を考えたり、歴史上の事柄はさまざまな出来事の延長線上にあるという時間軸で理解できたり、他のことにも応用できるようになっています」
中2の探究テーマは「視野を広げる」こと。自分の興味や関心をさまざまな社会課題と繋げて理解し、自分事として探究する力を身につけていきます。中3では、未来社会を創る自分という視点に立ち、ゼミ形式の共同探究でテーマを深掘りしていきます。
地域への取材や専門家へのインタビューなど、課外活動も行いながら学びを進め、3年間の集大成として自分が理想とする未来をポスター形式やプレゼンテーション形式で発表する「未来の○○展」を開催します。
中3夏の北海道旅行(3泊4日)も、重要な探究フィールドワークの一つです。
同校の北海道旅行は長年、クリスチャンだった作家・三浦綾子のキリスト教文学を主眼に人間教育プログラムとして実施されていました。三浦の小説『塩狩峠』の読書会や映画『氷点』の鑑賞などで事前学習を行い、現地では小説や映画の舞台となった場所に足を運んで、「他者のために、人のために、何ができるのか」という問いに真剣に向き合ってきました。
そして2021年からは、北海道旅行の行き先をニセコ町に設定。キリスト教教育という従来のベースはそのままに、今の時代に適したプログラムを再検討した結果がニセコ町訪問でした。
スタートした2021年はコロナ禍の真っ最中でしたが、先生方は北海道旅行が中3にとってどれだけ大きな意味があるかを保護者の方々に説明し、「万全の体制をとって十分注意をして行くので、送り出してほしい」と説得したそうです。
冬のリゾート地として国内外に有名なニセコ町は、町ぐるみでSDGsに取り組み、国の「SDGs未来都市」に選定されています。3回目となった今年7月の北海道旅行では、事前学習をもとにニセコ町にある乳牛牧場、ダチョウ牧場、森林・木材産業企業、リゾート協会の4カ所をグループごとに分かれて訪問。訪問先の対象がそれぞれどのような問題を抱えているのか、SDGsの何番目の目標と関連があるのかなどを調査してまとめるなど、有意義なフィールドワークを行いました。
塚原先生:「ニセコ町では地元の社会人や在留外国人が中心となって、SDGsを切り口とした街の活性化に取り組んでいます。町の至るところにSDGsを意識したポイントが設置されていて、私が同行した昨年は、生徒たちが地図を頼りに自転車でラリーのように走り、設置の意味を確認して回りました」
訪問後は、グループごとにスライドにまとめて発表会を行いました。生徒が訪問する場所は4カ所のうち1カ所ですが、他の生徒の発表から残り3カ所の訪問先についての情報も学ぶことができます。
塚原先生:「中学の探究活動の特徴は、学び方の振り返りから始まり、良い学びはお互いに共有するということです。他の生徒のさまざまな実践例を聞くチャンスを作ってあげることで、上手くできなかった生徒も『この方法なら、私もできるかもしれない』と思える。そのように『できない』を『できる』に変える体験を増やしてあげたい。中学の探究活動の最後は共同学習として締めくくり、高校での探究活動に繋げていきます」
こうした中学3年間の探究活動を経て、今年度から高校でも総合学習(週1時間)に探究活動が組み込まれました。その特徴は、一人ひとりが「自分の課題」に取り組み、「書く」トレーニングを積むことです。自分が取り組みたい「問い」を探究テーマとして掲げ、調査・実験・考察をさまざまな形で繰り返します。
高2で、自分なりの「問い」の概要と考察をレポートにまとめることを一つのゴールとしていますが、可能な生徒は「論文作成」にも取り組みます。具体的な方法論は各教科によって異なりますが、例えば国語科では「書く」トレーニングの一環として、新聞記事の要約などを繰り返し行っています。
塚原先生:「高校の探究活動は教員も日々走りながら進めている状況で、レポート作成のためのレジュメの作り方から、調査が正しく進められているか、先行研究の検証までいけているかなど、生徒一人ひとりを教員がサポートしています。中学・高校で培った社会課題への関心を、大学進学時の学部選びなどに繋げていけるかどうかもポイントの一つです。将来の学びに繋げられるような『問い』を探究している生徒は、本格的な論文作成まで取り組むことになります」
学びの目的は、定められた正解にたどり着くことではありません。高校での探究も、自分が思い描いた未来を実現するため、そしてさまざまな社会課題を解決するためにはどうすれば良いのか、自分は何を極めていけば良いのかと、思考を深掘りしていく過程に重きが置かれています。「問いを磨き上げる過程での試行錯誤を通して、前進・納得・理解が得られた」と感じることが重要であり、どうすれば実現できるかと葛藤し、努力する姿勢を培うことが大切だと考えています。
探究活動を支える「デジタルシティズンシップ教育」と「リーダーシップ教育」
同校の探究活動の目的の一つは、「学び続ける人を育てる」こと。建学の精神である「神を仰ぎ人に仕う」を実現するためには、仕える人自身が学び続ける人でなければなりません。そのためのツールとして、ICTの積極活用があります。
毎年、入学間もない5月にクローソンホールで生徒一人ひとりへのiPad贈呈式を盛大に行うのも、ICTを取り扱う意味と責任をきちんと意識づけるため。これも、デジタルシティズンシップ教育の一環です。
生徒たちは情報化社会で必要な「責任を持って行動するための理由と方法」を学んでいくうちに、自分たちで話し合ってICT活用ルールを定めるようになるそうです。このiPad贈呈式は、デジタルスキルや批判的思考力を養うために欠かせない儀式でもあるのです。
塚原先生:「デジタルシティズンシップ教育の目標は、ICTの善き使い手を育てることです。これはダメあれはダメと禁止から入っていくのではなく、何がいけないことなのかを正しく伝えたうえで、良い目的のために積極的に使っていこうと考えています。ICTの活用は、善き学びの共有にも有用です」
探究活動を支えるもう一つの柱がリーダーシップ教育です。
同校では、運動会や記念祭などさまざまな学校行事を生徒が主体的に運営していますが、縦横に繋がる協働作業の中で育まれるリーダーシップとは、特定のだれか(リーダー)だけが発揮するものではなく、生徒それぞれが状況に応じてそれぞれの能力を発揮するものであると捉えています。それが、同校のリーダーシップ教育です。
塚原先生:「この考え方は、もともと本校に伝統的に受け継がれてきたものです。運動会や記念祭などの伝統行事で、生徒たちがそれぞれの持ち場を役割分担していくことで互いに成長していく、それが本校のリーダーシップ教育だと考えています」
こうした「シェアド・リーダーシップ」の考えに基づいた、立教大学経営学部の舘野泰一准教授のワークショップ「リーダーシップ研修」も、今年で3年目。毎回さまざまなテーマで繰り返し行っています。
塚原先生:「探究活動とデジタルシティズンシップ教育、リーダーシップ教育の3つは、有機的に連動しています。生徒一人ひとりの成長を促すためのツールとしてのデジタルシティズンシップであり、それを用いる積極性を育てるためのリーダーシップでもあります。そこに自分に合った学び方が合致すれば、生徒自身が自分の社会課題を持って成長してくれるであろうと期待しています」
このような学びの積み重ねを続けてきた結果、今まで以上に生徒たちが積極的になってきたと塚原先生は感じているそうです。
生徒たちの積極性を表すエピソードとして、塚原先生は2つの例を挙げてくれました。
一つは、学校説明会などで受付や校内案内係を担当する「お手伝いしたい隊」の登録生徒数(中2〜高2)が、100名を超えたこと。もう一つは、高大連携協定による東京女子大学の学校説明会(全学年対象)を開催した際に、保護者の方を含めて150名を超える参加があったこと。おもしろいことに、中1の参加人数が一番多かったそうです。
塚原先生:「中1は学び方を学び始めたばかりの生徒たちですが、早くも6年後の将来に目を向けていて、自分たちも参加していいのだと考えたのだと思います。行事などの横や縦の広がりを通して、奉仕の精神や将来への関心が共有された結果ではないでしょうか。中学探究での財産は、さまざまな学びの共有によって生徒の積極性や開放感が増したことだと思います」
高2の世界史を担当する塚原先生は、授業の冒頭で毎週生徒3人に「私の研究テーマ」を短く発表させています。1週間の授業の中で学んだ内容から自分でテーマを設定し、発表時間も自由。ただし、選んだ理由を明確にすること、という課題です。ある生徒は「文字の歴史」について発表しました。文字はどういうきっかけで、誰がどのような目的で考えたのかと。
塚原先生:「テーマも理由も三者三様、とてもおもしろかったですし、発見がありました。高2なので受験準備も必要な時期ですが、それだけに時間を費やすのはもったいない。せっかく29人いるのだから、29人の気づきをみんなの財産にしようと伝えたのです。『友達の気づきを、あなたの関心分野に応用してください』と。自分が思いもしなかったことを友達の発表で気づかされ、豊かな発想を得られる。それはとても有意義な時間だと考えています」
中学時代から探究活動や多くのプレゼンテーションに取り組んできた生徒たちは、自分の気づきを披歴することに抵抗がないそうです。「多少未熟な内容でも、みんなが受け止めてくれるという安心感がある」という生徒の言葉から、同校の穏やかな気風と風通しの良さが伝わってきます。
善い気づきを自分だけのものとせず、みんなで共有する。善き学び手、学び続ける人になることを目指す同校の探究活動は、まさに建学の精神「神を仰ぎ人に仕う」を体現するもの。「自らの賜物を用いて他者と共に歩むことのできる女性」を育てる、人間教育の実践そのものなのです。