学校特集
自修館中等教育学校
自修館は、1999年に神奈川県伊勢原市に開校した中等教育学校だ。小田急線「愛甲石田駅」から徒歩15分ほどのところにある。完全中高一貫のため、中学・高校の枠を超えたダイナミックな活動が可能。その環境を最大限に活かして、大学のゼミや卒業論文に匹敵する「探究」を学びの軸に据え、EQ理論に基づいた「セルフ・サイエンス」(こころの教育)をカリキュラムに組み込んで、教育理念である「こころが育つ進学校」を実践している。学校説明会でも披露される「探究」の発表は非常にレベルが高く、受験生をもつ保護者の心を動かすようだ。
面倒見のよさも浸透し、2015年入試では前年の1割あまり、出願者を増やしている。さらにこの春、卒業した11期生の大学入試結果が、GMARCH以上の合格率74.3%と、前年を大きく上回った。2008年に行った教育改革の翌年に入学し、新カリキュラムで6年間学んだ学年だけに、来年度も注目を集めるに違いない。「本校の合言葉は『変わらぬ信念、変わる勇気』。生徒のために、いい方向に変わることを使命とし、できることに精一杯取り組んで面倒見のいい学校であり続ける」と力強く話す安井正浩校長に、自修館の教育について伺った。
自修館の目指す教育
自修館は、こころが育つ進学校。
しっかりと、のびのびと「生きる力」を身につけます。
教育目標
自主・自律の精神に富み、自学・自修・実践できる「生きる力」を育成し、
21世紀が求める人間性豊かでグローバルな人材を創出する。
自修館が目指すのは人づくり。
生徒一人ひとりの個性を尊重し、自ら学ぶ姿勢を育てるから最後まで伸びる!
安井校長 本校の教育理念は「こころが育つ進学校」です。人づくりが基本であることを忘れないように、職員室の出入口に、この標語を掲げています。「進学校」というのは、GMARCH以上の大学に多くの生徒が入ればいいということではありません。「進学」とは「進む」+「学ぶ」ことなので、勉強が「おもしろい」「楽しい」あるいは「興味があるからもっと深めたい」というように、生徒自ら学ぶ姿勢を身につけさせて高等教育に送り出すことが中等教育の役割であると考えています。20年後、30年後の人生が豊かであるためには、自分の考えをしっかり主張できること、まわりと協働できることが必要です。自修館では、そうした能力を養うために「探究」と「EQ」(こころの知能指数)の充実を図っています。
一つの研究テーマを4年間にわたって調べ続ける活動です。
◆1年次
「興味をもつ・調べる・答えをまとめる・発表する」という手法を学び、グループワークで練習した後、1〜3年生各5人程度の「ゼミ」に所属して、自分のテーマを追究します。
◆2・3年次
フィールドワーク(校外の取材活動)や実験、文献調べなどを行い、知識を蓄積します。ゼミ内でのディスカッションや発表を通して、自分の考えを組み立てます。毎年10月の「探究文化発表会」では、ほかのゼミの発表を見ることができるので、それもまとめるヒントになります。
◆4年次
それまでの成果をもとに探究修論(20,000字以上の論文)を完成させます。
校内のあちこちに知的好奇心を揺さぶるものが配置されています。
"フーコーの振り子"
"囲炉裏"
EQとは「Emotional Intelligence Quotient(こころの知能指数)」の略語で、1990年にアメリカの心理学者により提唱された理論です。「人といつまでも仲良くつき合っていくには、相手の感情を読み取ったり、自分の感情をうまく表現したりする能力が必要」という考え方に基づき、自分の心や行動を分析し、コントロールする方法を科学的に体系化しています。自修館では、このEQ理論に基づいた「セルフ・サイエンス」というオリジナルの授業を前期課程で週1回実施し、自分の心や行動の特性を科学的に解析し、今後の人生の基礎となるコミュニケーション能力や、感情をコントロールする力を育んでいます。
1年生から取り組む「探究」活動。 自分の力でしっかり考え、行動する力を育くむ
安井校長 大学が入試改革に取り組んでいます。なぜかというと、グローバル化に対応するために、主体性、協働性、多様性、あるいは思考力、判断力、表現力を、どの程度もっているかを入試の段階で見極めたいからです。「自学・自修・実践」を教育目標に掲げる本校では、創立時から自分の力でしっかりとものを考え、行動する力を育てることに力を注いできました。その教育の軸にあるのが「探究」です。入学後のオリエンテーションから取り組み方を学び、グループ学習から体験して、自分のテーマを決めていきます。そしてゼミに入り、担当教員や先輩と関わりながら、調べを進めていきます。初めは教員に引っ張られながらでも、自分が興味をもっているテーマで取り組むため、次第に知識が増えていく楽しさを感じて、主体的に取り組む力が育っていきます。
例えば恐竜をテーマに選んだとしましょう。恐竜は生物ですが、血液や組織は化学です。心臓の仕組み、圧力は物理です。つまり1つのテーマと向き合うと、さまざまな角度から知識を蓄えることになります。授業では教科に分けて学ぶことも、「探究」ではつながっていくので、「探究」はすべての教科に枝葉を伸ばす根幹なのです。表現力においても、ゼミの中でディベートをしたり、パワーポイントを使って発表したりする場面が多いので、自ずと磨かれます。本校の場合、1学年120名ですから人ごとではありません。一人ひとりに必ず発表する場面があります。その準備に頭を悩ますことで、知恵が生まれるという体験も成長につながっています。
校長自ら「セルフ・サイエンス」の授業を担当。
相手のことを許容できるスキルが身につく。
安井校長 もう一つ、本校が創立以来、取り組み続けている活動に「EQ教育」があります。これは「こころの教育」です。導入したきっかけは、実践的な心の教育を行う必要があると考えたからです。コミュニケーションが取れないために、一流大学を出ても社会で通用しない子がいます。開校準備を進めていた時期には「キレやすい子が増えている」ということが社会問題になっていました。なぜキレるのか。忍耐力がないという、単純な理由ではないはずです。堪忍袋のようなものがあり、それがいっぱいになって破裂する状態を「キレる」と考えれば、袋が大きな子はキレにくく、小さな子はキレやすい。つまり個人差があるので、自分の行動パターンへの理解を深め、感情を適切にコントロールする力が身につけば、うまくコミュニケーションが取れるようになるのではないかと考えて、なにかいいものはないかと探していた時に、アメリカのEQと出会いました。
学校教育にEQを取り入れるのは自修館が最初でした。事例がなかったので、専門家と共同で教育システムを開発し、EQ理論に基づいた「セルフ・サイエンス」というオリジナルの授業を行っています。以前は前期課程の3学年をすべて私が担当していましたが、校長になってからは、1年生だけを担当し、学校の理念なども含めて、自己理解、他者理解を深める学習を行っています。EQ教育への理解を深めていただくために、保護者を対象とした「子育てEQセミナー」も行っています。理解して、自分のものにするには時間がかかるため、在学中に実践できるようになるかというと難しいのですが、卒業する時に生徒が「この学校で学べてよかった」「楽しかった」と言ってくれます。卒業後に学校を訪れて「相手が何を言いたいのかを考えて、対応できるようになった」「(就職活動の)面接で役に立った」などと言ってくれます。そういう言葉を聞くと、役に立っていることを実感し、内容の充実に力が入ります。
大学受験は貴重なチャレンジの場。
先輩の背中を見て育つ環境が自覚を促す。
安井校長 創立から16年。この春、17期生を迎えました。「探究」と「EQ」を軸に「こころが育つ進学校」を目指して、生徒一人ひとりとしっかり向き合ってきた結果、自修館で学びたいという受験生が増えていることをありがたく思います。1期生は54名が入学し47名が卒業しました。人数は少なかったですが、この1期生が何もない中で学校づくりに取り組み、後輩たちが続いて、今の自修館があります。完全中高一貫なので、横のつながりだけでなく縦のつながりも築きやすく、それが生徒の成長にいい影響を及ぼしているのは間違いありません。クラブ活動や委員会活動ではもちろんのこと、「探究」のゼミでは、同じような興味をもつ先輩との出会いがあります。
教室の配置も工夫しています。3階には1年生と2年生。初めての先輩、後輩という関係を、ここで仲良く築くことを目的としています。4階は3年生と6年生。3年生は前期課程の最上級生ですが、中高一貫校では自覚が薄れがちです。目標がまだ見えていない3年生にとって、受験勉強に一生懸命取り組んでいる6年生の姿は、なにかを感じさせてくれると期待しています。5階は4年生と5年生です。5年生は学校のリーダーとして、4年生と話し合いをし、たくさんの行事を動かしていきます。そのため1年間で非常に深いつながりができます。実はこの関係が、大学受験を突破する大きな力になっています。
本校では卒業式で一人ひとりが卒業スピーチを行います。感謝の言葉あり、将来へ向けての決意あり、後輩への励ましありと、内容はさまざまですが、どのスピーチにも6年間の成長が感じられます。そのスピーチを4年生、5年生も聞きます。先輩が何を話すのかと耳を傾けていて、卒業していくと、次は自分たちの番であることを強く感じるのです。そして翌日には自習室の顔ぶれが変わります。それは頼もしい光景です。
本校では「大学受験は団体戦」を合言葉に、一般入試に臨むことを基本としています。強い意志がなければ、推薦入試はさせません。志望校をしっかり決めて、その学校に合格するためにできるかぎりの努力をするという体験をしてほしいからです。最後まであきらめずに勉強を続ければ、結果はついてきます。たとえいい結果を得られなかったとしても、納得できます。その経験は必ず次の機会に活かされると思うので、11期生(2014年度の卒業生)も121名全員がセンター試験に出願。うち2名は推薦制度を活用しましたが、119名は受験しています。GMARCH以上の大学に合格率74.3%という、非常に高い水準で合格を勝ち取ることができたのも、1つ上の先輩の背中を見て、よし、自分たちも頑張ろうと努力した結果なのです。
生徒、保護者、卒業生、教員が一つになって、
在校生を大事に育てていく。それが自修館。
安井校長 入学時に、一人ひとりを自修館の生徒として大切に育てるという思いを込めて、「一人ひとりが自修館」というキャッチフレーズをつけたポスターを作ります。そこに散りばめられた生徒の顔は、あどけない子どもの顔ですが、卒業を機に6年生の保護者が同じレイアウトでポスターを作ってくださることがあります。そこには「一人ひとりの自修館」というキャッチフレーズがつけられ、散りばめられた生徒の顔はしっかりとした大人の顔です。遊びに来てくれた卒業生が、校長室に貼ってあるポスターを見比べて「こんなにも違うのか」と驚いていました。それだけの年月をどのように過ごすかは一人ひとり違います。だから「一人ひとりの」なのです。
子どもたちの興味・関心は一人ひとり違います。いつ、どこで花開くかわかりません。そこで本校では土曜日や長期休みにさまざまなセミナーを実施しています。史跡巡りなど、教員が「こんなセミナーができますよ」と手を挙げてくれて実施しているものもあれば、遺伝子組み換えなど、外部講師を招いて特別講座を開くこともあります。昨年からヨットでEQを高めるセミナーも始まっています。希望制なので、生徒が1人、2人しか参加しないマニアックなセミナーもありますが、それをきっかけに興味がふくらんでくれれば本望。教員が、生徒のいろいろな興味を引き出したいという気持ちを持っているからこそ、できることだと思います。
「EQ教育」に取り組んでいるとはいえ、思春期の子どもたちは山あり谷ありです。自我が目覚めて大人の話を聞きたがらない時期もありますが、いずれ乗り越えていくので、保護者の方には「不安に思うことや困り事があれば、どんなことでも相談してください」とお伝えしています。私も含めて、すべての教員とメールでつながり、個別に相談ができるようになっていますので、保護者の方々にはご家庭と学校が一つになってお子さんを育てていく感覚をもっていただけているのではないでしょうか。
1年生から始まる進路ガイダンスでは、仕事の話をしてくださる保護者や社会人の卒業生、大学生活の話をしてくれる卒業生など、さまざまな人が生徒の人づくりに力を貸してくださいます。一体感を大切に、流行に流されることなく、しっかりとした人づくりを行っていく......。それが自修館なのです。日々の様子は本校HPの「学校長の部屋」でお伝えしていますので、ぜひご覧ください」