学校特集
国立音楽大学附属中学校
"音楽"を核として、一般教養科目もしっかりと、しかも柔軟に取り組む国立音楽大学附属中学校・高等学校。一橋大学や桐朋も近くにある文教地区・国立にある同校は、2016年に創立90周年を迎える国立音楽大学の附属校として66年前に設立されました。"音中・音高"の愛称で地元からも親しまれ、制服や校則らしいものは基本的に存在しません。"規格"を一方的に押しつけることはせず、自分たちのスタイルは自分たちの手でつくっていこうという姿勢を開校以来貫いています。2010年から中学に「普通コース」を設置し、「音楽コース」との2コース制を敷く同校の、教育姿勢と魅力についてご紹介します。
音大附属ならではの魅力とは?
"音中・音高"における「普通コース・普通科」の魅力
"音中"ってどんな学校!?極めて初歩的な質問を投げかけると、校長の荒木泰俊先生は次のように答えてくれました。
「首都圏に音楽単科大学は10校くらいありますが、附属中学をもっているところは、うちを含めて都内に3校(ほかに上野学園、東邦音楽大学附属東邦)です。じつは、音楽大学が附属中学をもつということには、難しい部分があると思っています。極論かもしれませんが、音楽を学びの中心に据えることを選択するのは、12歳の子どもにはほぼ不可能なことだと思うからです」
この校長の言葉は逆説的に聞こえるかもしれませんが、そこには同校が2010年に「普通コース」を設けた思想が込められています。
「音楽などの芸術、文学、哲学などは『自分は、どんな人間なのだろう』という自我が芽生えて、初めて向き合えるものだと思います。一方、音楽に限らず、芸術は構築するのにかなり時間がかかりますから、将来、選択肢として浮上したときのために準備はしておいたほうがいい。それを可能にするのが、本校の立場だと思っているのです。ですから、中学では『普通コース』『音楽コース』と分けていますが、中学の3年間は猶予といいますか、もう少しのあいだ自分と向き合って、本当にやりたいことを考える時間があってもいいのではないかと。つまり、途中で希望が変わってもいいのです。中学の各学年末に転コースの希望を出し、適性検査に合格すれば、普通コースから音楽コースへの転コースも可能ですし、その逆も可能です」
中学の普通コースは1学年10数人ですが、毎年2〜3名から転コース希望の手が挙がるとか。音楽があふれる学校生活のなかで音楽コースの友達の影響を受け、自分の将来を展望して悩み、そして決断するのでしょう。同校が刺激に満ちた環境であることがうかがえます。
「ただ、音大の附属ということで、私たち教員が芸術的な観点で影響を受けていることはあると思います。それは、たとえば自我に目覚めていない子どもであっても、人間は全員違うし、十把一絡げにしてはいけない、ということでしょうか。全然作風が違う、画家のセザンヌとゴッホのどっちが優れているか?という比較は成り立ちませんよね。ですから生徒に対しても、1クラスに30人の生徒がいれば、本当なら30通りのプログラムで学ばせたいくらいですが、そこまではできませんから、生徒一人ひとりをよく見て、スポットの当て方を変えていきたいと思っています。ですから、1学年約70人の生徒を2つか3つのグループに分けて『芸術系』や『理系』『文系』と単純には分けられないという思いがあるのです。私たちも試行錯誤しながら、生徒たちにはできるだけ自由に学ばせたいと思っているのですが、そこが音大の附属というところから私たちが影響を受け、無意識にやっていることなんだと思います」
このように、なるべく"仕分ける"ことを避けようとする同校の思いを伺うと、教育理念や教育方針という以前に、もっと自然な"音中に吹く自由な風"のようなものを感じさせられます。
荒木校長は、もうひとつ素敵なお話を披露してくれました。同校の合唱部が大切にしている歌に「わたしを束ねないで」という歌があるそうです(作詞は詩人の新川和江)。"十把一絡げにしないで。私は私なんだから"といった内容の歌詞ですが、これが合唱部で歌い継がれているのだそうです。この歌詞は皇后陛下が英訳されて、アメリカでも愛唱されているそうですが、自由な校風のなかで仲間とのハーモニーを大切にしながら、一人ひとりがきちんと自分と向き合う同校らしいエピソードではないでしょうか。
進学準備はどうなっている?
「普通コース」「普通科」の学習カリキュラム
今春、高校普通科から国立音楽大学はじめ芸術系大に進学した生徒は2割強。その人数をのぞいた生徒のうち国公立大、早稲田大、GMARH、東京理科大などの難関大学へ進学したのは半分弱。しかも、全体の大学現役合格率は90%を超えています。
この実績の背景を詳しくお伝えするために、同校の入口からご紹介しましょう。まず、音中の入学試験は以下のように3つに分かれています。
【音楽コース】①実技型 ②教科型
【普通コース】教科型
音楽コース①の実技型は、国・算のほかに「視唱」と「音楽実技」と「面接」。普通コースは国・算と面接。 「音楽コース②の教科型って何?」と思われるかもしれませんが、これは基本的に「高校の音楽科で声楽を専攻したい」受験生のための試験です。変声期前後の小学6年生の段階では、音域も音量もまだ定まりませんので、実技は行わないということです。
ちなみに、同校の学びでは、すべてにおいて基本を大切にしていますから、入試問題も小学校で学習する基礎力を見る構成になっています。
中学段階では、「音楽コース」「普通コース」は共に同じクラスで学びます。もちろん音楽の時間も一緒です。 ただし、中1では「音楽コース」の生徒の音楽の時間は2・5時間、「普通コース」の生徒は1・5時間。 音楽コースの生徒には1時間レッスンがありますが、そのぶん、普通コースの生徒は外国語を1時間多く学びます。音楽の時間は中2・3になると、音楽コースが3時間、普通コースは1時間と、2時間の差ができますが、そこでも普通コースの生徒は国語と外国語を学びます。なぜ"国語"と"外国語"が重要視されているのでしょうか。その意図を、荒木校長に聞いてみました。
「いちばんの理由は、中学期はまだ義務教育であり、この段階であまり大きな差はつけるべきではないという考えがあります。そのわずかな調整ゾーンを何に使うのか、ということですけれども、結局、あらゆる分野の物事は言葉で理解されて、言葉で定着していきます。音楽の美しさを言葉で言うのはきわめて難しいことではありますが、言語的な構築は必要です。そういう意味からも、わずかな選択肢のなかで優先されるべきなのは、言語に関する教科ではないかという考えから、このような形式をとっているのです」
そして、普通コースでは後期から毎週土曜日に英語と数学の補習授業が行われます。また、夏期・冬期の期末テスト終了後、音楽コースでは約1週間をかけて実技の試験が行われるのですが、その間、普通コースの生徒には少人数での授業が実施され、学力アップを図っていきます。
さらに、高校普通科ではそれぞれの志望に合わせた豊富な選択授業が用意され、高3では取得単位の半分以上が選択授業に。そのため、生徒一人ひとりが"自分だけの時間割"を作り、ごく少人数の授業(マンツーマンの場合も)で学びを深めます。放課後補習、土曜講習、夏期・冬期講習、志望大学別問題演習など、"フォローアップ補習"や"進学対策講習"といったきめ細かいサポートのもと、難関大学進学を目指していくのです。
さて、先に中学の各学年末に転コース希望を出せるとお伝えしましたが、最後のチャンスが高1の学年末です。校務主任の冨田美智子先生によれば、3歳からずっとピアノをやってきた、もしくはヴァイオリンをやってきたという音楽科の生徒が、普通科に転科する場合もあるそうです。
「『音楽を続けてきたおかげで、もっとやりたいことが見つかった』と言って。そういう生徒たちは、長年、音楽のレッスンで"個に向かう"ことに慣れていますから、中学のときまでそれほど勉強していなくても、グングン成績が伸びて、すごい力を発揮しますね」
毎年9月に催される「芸術祭」では
クラスや各部が一丸となり、
日頃の成果を発表します。
音中・音高の一大イベントです♪
「普通コース」も「音楽コース」もみんな一緒!
"音中"の学校生活は創意工夫にあふれている
授業についてですが、わかりやすい象徴的なものとして、"音中の体育"についてご紹介しましょう。
まず、素朴な疑問として、楽器を弾く人は突き指をしてはいけないので、部活などでもスポーツ系を避ける傾向がありますが、そのあたりはどうなのでしょうか。体育の先生でもある冨田先生に伺いました。
「体育の授業では、あえて球技にも取り組んでいます。ただ、バレーボールなら中学の3年間だけはソフトバレーボールをするとか、バスケットであれば突き指をしないために指の訓練に時間をかけるなど、細心の注意をはらい、やり方を工夫しています。バスケットボールを手の平の上に乗せて、手で持ち上げようとするのではなく5本の指の力を借りてキュッとつまむとか、ボールをキャッチするときは腕だけでなく身体全部でキャッチするとか、そうようなことはしつこいくらい、生徒たちに伝えています。これらは、音大附属に限らず、すべて生徒たちに通じることなんですけれどね」
このように、音楽コースの生徒だからといって特別扱いすることはありません。何に関しても、不具合を避けて通るのではなく、危険を回避する方法を教えていくのです。
「ただ、音楽コースの生徒にとって大切な時期、つまり進級がかかった年度末の実技試験の前などは、ケガの可能性が少ない種目をやるなど、タイミングは考えています」と冨田先生。
そんなときに実施する種目に、独自の「縄跳び検定」などもあります。ちなみに、この縄跳び検定、楽器を弾く生徒が得意なのだそうです。日頃から"個に向き合う"修練ができているからでしょうか。
「諦めないとか、精神的なものも大きいと思います。楽器ができる生徒は、結局一生懸命練習しているのです。そういうことは、万事に影響するのではないでしょうか」(荒木校長)
特別扱いをしないということについてもう一つ。それは、荒木校長が毎年保護者の方に伝えていることがあります。「各学年の保護者会で、とくに1年生の保護者の方にお願いしていることがあります。それは『ご家庭で、お子さんに家事をさせてください』と。勉強やレッスンだけをやっているだけでは、生徒は伸びません。家族の一員であることを自覚させ、家事もさせてほしい。そういうことを毎年お話しさせていただいています」
さらに体育では、リトミック(音楽を感じて、身体で表現する)やエアロビクス、創作ダンス、ボールルームダンス(社交ダンス)なども行います。これらは音中ならではといえるでしょう。 「ボールルームダンスは4〜5年前から始めたのですが、プロの方に指導してもらった事もあります。ダンスの雑誌に取り上げてもらったこともあるのですが、クラシック音楽で踊りますから、生徒たちにとてもよい刺激となっているようです」(冨田先生)
ほかの教科でも、たとえば高校の物理では「音の解析でサインカーブを描く」、美術では「曲の内容を絵にしてみよう」など、先生方が音楽からヒントを得て工夫を凝らした授業が展開されています。このような取り組みも"音中"ならではと言えるでしょう。これらのタイトルを聞いただけでも興味が引かれます。
中高ともに盛んな部活としては合唱部が筆頭にあがりますが、ほかにも中学にはブラスバンド部や軽音部、家庭科部、テニス部、ダンス部、バドミントン部など約10の部活があり(高校は13部)、それぞれ活発に活動しています。そして音楽系の部活、ブラスバンド部や合唱部に入ったことがきっかけで、希望進路を変更する生徒もいるとか。「普通コースの生徒がブラスバンド部や合唱部に入り、それをきっかけに音楽コースに転コースするケースもあります。最近はかなり増えていますね」と冨田先生。
同じように、刺激し合う環境にあるからこそ、クラス対抗の合唱コンクールで、普通コースの生徒が指揮者に選ばれることもあるそうです。
現在の男女比は3:7と男子は少数派。その男子たちに人気がある部はバスケットボールやブラスバンド。そして今年、もう一つの人気クラブが加わりました。
「フットサルが同好会として立ちあげられたのですが、男子が殺到しています。本校には広いグラウンドがありますから、昼休みや放課後には元気一杯にボールを追いかけていますよ(笑)。来年には部(クラブ)に昇格するのではないでしょうか」と、冨田先生。
人数が多くないためか、男子の縦のつながりは強固だとか。休み時間などには学年に関係なく、廊下で楽しそうにおしゃべりする姿が見られるそうです。
ほかにも合唱コンクールやくにたち音楽会をはじめ、年間を通して行われる音楽の発表会以外にも、中1の遠足では横浜中華街に行って餃子作りを体験したり、中3では歌舞伎鑑賞教室などの体験プログラム、裁判を傍聴したりするなど、課外授業も豊富に用意されています。生徒の知性と感性を刺激し、常に"学びのきっかけ"を与えようとする先生方の思いが感じられます。
「生徒と教員の関わり一つとっても、本校は手作り感はありますね。規格化されないなかで、すべてのプログラムを自由に、じっくりと考えながら取り組んでいます」と荒木校長。
自由な校風のなかで、仲間と共にのびのびと、しかし、ときにはしっかりと個に向き合うことも大切にする同校。音楽家を夢見る受験生だけではなく、お稽古事で親しんだ音楽を継続したい受験生、さらに今はまだ「好きなのか嫌いなのかもわからない」音楽とは無縁な環境にいる受験生にとっても、国立音楽大学附属中学校・高等学校で過ごす6年間はきっと魅力的なものになるに違いありません。
年間を通じてさまざまな行事活動が実施されます
"体育祭"
"校内演奏会"