学校特集
東京電機大学中学校・高等学校2024
卒業論文にまとめて発表
掲載日:2024年6月17日(月)
時代の変化に合わせた教育の一環として2016年度から課題探究型学習に取り組んできた東京電機大学中学校・高等学校。2021年度からは中学の教科に「探究」として発展させています。探究活動の集大成として、中3生は卒業論文の執筆・発表に臨みます。昨年まで中学の探究を担当してきた高校の教頭・今福浩太郎先生と、優れた卒業論文を執筆した高校1年生2人に話を伺いました。
中学では3年間「探究」の授業を週1回実施
JR東小金井駅から徒歩5分という便利な場所にあり、理系大学の付属校としても人気を集めている東京電機大学中学・高等学校。価値観の変化を敏感に捉え、主体的に学ぶ姿勢を育み、生徒の個性と能力を引き出すカリキュラムを整えています。
2020年度まで同校では『TDU 4D-Lab』の名称で探究活動に取り組んできましたが、2021年度からこの取り組みを中学の教科「探究」に昇格させました。以来、中学の全学年で週1回「探究」の授業を行い、学年ごとにさまざまなテーマで探究活動を行っています。
昨年度、探究の授業を担当していた高校教頭・今福浩太郎先生に、探究の授業について伺いました。「中1の最初は人の話を聞いたり動画を見たりして、どんな内容だったか説明させる"再話"や絵を見て言葉で説明するワークショップを行います。たとえば絵を言葉で伝えるには、大きなところから説明して順に小さいところに移っていく手法が有効です。言語技術を学ぶことで、物事のアウトラインを捉えたり、分かりやすく表現する力が身に付きます」。
探究活動の第一歩は「問い」を立てることです。簡単な問いではすぐに答えが出てしまい深掘りすることができないので、探究にふさわしい「問い」を探すことが、何よりも重要なポイントとなります。中1の1学期に行うのは、バナナやネジなどいろいろな写真を見せて、どんな仮説を立てられるか考え、皆で意見交換します。その後も手を変え品を変えてさまざまな経験を積ませて、仮説や問いの立て方を練習していきます。
さらに、中1では「理想の学校とはどんな学校か」「自分の家の近くで問題がないかを調べる」など、身近なところで課題やテーマを見つける練習も行います。「点字ブロックがない」「ゴミがたくさん落ちている」「歩道が狭い」など、各自が目をこらして課題を探してきます。
昨年、中2がグループで取り組んだテーマは「ないと困るけど、あると困るもの」。たとえば観光は地域を潤すものだからなくてはならないけれど、オーバーツーリズムになると渋滞やごみ問題などが起きてしまいます。一方を取るともう一方が犠牲になるというトレードオフ的な事象を知ることで、ひとつの物事を多面的に考える必要があることを身をもって学びます。
興味がある出来事や好きなことを起点に自由にテーマを決めた後、フィールドワークに行きたい場所を2か所リストアップし、そのうちの1か所に足を運びました。自分たちで電話してアポをとり、なるべく現地に出向いて見学して話を聞くようにしたのです。「原子力発電所をテーマにしたグループは、東京電機大学で原子力を研究している教授に話を聞きに行きました。昆虫をテーマに選んだグループは昆虫館で学芸員の方を訪ねるなど、各班とも思い思いの場所でフィールドワークを行っていました」(今福先生)。
探究の授業以外でも、言語技術や表現力を磨くカリキュラムが多く用意されています。
中学生は毎週新聞記事を1本切り抜き、記事を要約した上で自分の意見や感想を専用ノートに書く課題に取り組んでいます。中学入学時点では国語や記述が苦手だったという高校1年生は「キーとなる単語を見つけて文章を簡潔にまとめ、且つ相手にも伝わるように文章を書く練習になりました。おかげで文章力が上がり、卒業論文も『分かりやすくいい文章だ』と高い評価を受けることができました」と話します。
また、同校では一人ひとりが「surface GO(キーボード付きタブレット)」を持っており、授業や課題などに活用しています。中2の「総合学習」の授業では、パワーポイントを使ったスライドや資料作成の手法、聞き手に伝わりやすい発表の仕方を学びます。スライド1枚に画像1枚だけを載せる、文字サイズは32ポイント以上に設定するなど、見やすいスライドを作ったり発表したりする練習を何回も行っています。
テーマを丁寧に掘り下げて卒業論文を執筆
そうした探究活動の集大成として取り組むのが、中3の卒業論文です。「今年高校1年生になった生徒は、中学3年間ずっと『探究』の授業を受けてきた1期生にあたります。3年間の成果が表れ、卒業論文もこれまで以上にレベルの高い、内容の濃いものが出そろいました」と今福先生は話します。そのうちの2人の卒業論文をご紹介します。
夏休みの直前まで、テーマ選びに悩んでいたというS.Sさん(高1)。夏休みに友人の誘いで新潟・佐渡島に旅行することになり、佐渡島について調べる中で「佐渡金山は世界遺産登録に向けた活動をしているが、毎年落選し続けている」という事実を知りました。その事実に興味を抱き、卒業論文のテーマとして探究することを決めたといいます。
探究の手順に従って問いを立て、自分で考えた仮説を軸に文献や資料を調べて検証してから、フィールドワークも行いました。日本にある鉱山で島根・石見銀山は早くも2007年に世界遺産登録されているので、石見銀山と佐渡金山の違いから考えることにしました。
Sさんは「石見銀山は世界地図にIWAMIと記されるほど知名度が高い。知名度や産出量が世界遺産登録の決め手になったのではないか」という仮説を立てました。しかし調べていくと産出量は佐渡金山のほうが多いことが分かり、さらに調査を進めると「顕著な普遍的価値の証明等が不十分なため登録に至らなかった」という資料を見つけることができました。
そこで世界遺産登録のための課題を探るべく、佐渡島で世界遺産登録推進室に勤める石川喜美子さんに連絡しました。Sさん自身が疑問に思っていること、もっと知りたいと思う内容を質問としてリストアップして事前に送り、佐渡島旅行時に石川さんを訪ねてお話を聞きました。
話の中で「企業からの支援を受けながら新潟県や佐渡市と連携して登録推進を行い、2024年夏ごろに世界遺産登録を目指している」「活動参加者は60歳以上が多いので、若者の関心が低いことも課題」など、石川さんからは新たな情報や資料にない話を聞くことができたことで、ますます興味が広がりました。
さらなる疑問が芽生えたSさんは、東京に戻ってから新潟県観光文化スポーツ部文化課・世界遺産登録推進室と連絡をとり、探究を深めていきました。
こちらでは、世界遺産登録地が増えすぎたため承認のハードルが高くなっていることが分かりました。
Sさんはこれまでの話をまとめて「石見銀山と同時期に登録推進活動を行っていれば、すでに佐渡金山も登録されていたかもしれません。でも今はハードルが上がっているので、佐渡金山の魅力や価値を登録機関であるユネスコにもっと強くアピールし、理解してもらう必要があります。そのために私たち若者も関心を持って盛り上げていく必要があると感じ、論文をまとめました」と話します。
学年での発表会で優秀論文の1つに選出されたため、卒業式後の発表会では保護者や中学の全生徒の前で壇上に立ちました。「大勢の人の前での発表で緊張しましたが、ユーモアも入れ込みながら皆に飽きさせない発表を心がけました」と話すSさん。発表を聞いた後輩からは「いちばんおもしろかった!」と言ってもらうことができ、先生からも「論文としていい文章だった」と高い評価を受けました。これまでの探究や言語技術、資料作成や発表の力などを高校でさらに磨いて、将来に向けてさまざまな力をつけたいと考えています。
IT系の仕事に就いている両親の下で育ったH.Fさん(高1)が選んだテーマは、時代の最先端をゆくAIです。
「少し前から将棋でAIがプロに勝ったことがニュースになり、いずれAIが人間にとって代わる、という意見も耳にします。人間にとって、本当にAIは脅威なのかを調べてみようと思い、『AIと人間の共存』を卒業論文のテーマに据えました」(Fさん)。
AIはプログラムミングでできているので、プログラミングは得意なはず。そこで、Fさんが考案した「スイカ割りゲーム」のプログラミングで、人間とAIを比較することにしました。
まず最初に、1週間ほどかけてスイカ割りゲームのルールを考案しました。画面上にマス目を作り、プレイヤーは盤上のスイカを探して歩き回ってスイカを割る、というゲームです。スイカを見つけるヒントとして、スイカとプレイヤー間の距離が表示され、距離の変化を見ながらプレイヤーを操作してスイカの場所を探り当てるという仕組みにしました。
「比較する項目を何にするかは、かなり悩みました。1つは効率、つまりできあがるまでにかかった時間の比較です。こちらはおそらくAIの得意分野なので、何かもう1つ、AIが苦手な分野でも比較したいと考えました」(Fさん)。
そこで思いついたのが、「プログラムの簡潔さ」でした。「プログラムは不要な記号や空白が入るとエラーになってしまうので、エラーが出たときにすぐ見つけられるように、なるべく簡潔で分かりやすく作成する必要があります。そこでプログラミングの内容を比較することにしました」。
その結果、予想通り「効率」ではAIの圧勝でした。Fさんがプログラムを入力して完成させるまでにかかった時間は30分ほどですが、AIはわずか30秒で完成に至りました。予想をはるかに上回る速さで、FさんはAIの能力に舌を巻きました。
もう1点の「簡潔さ」を調べるのは、一筋縄ではいきませんでした。「お互いが書いたコードを1つずつ比べていかねばならないので、夏休み中、家にこもりきりで検証しました」
それだけの時間を費やして分かったのは、簡潔さの点では意外にAIが苦戦していたことです。「AIの作ったゲームはクオリティが高く、操作性も悪くないのですが、プログラミングの簡潔さについてはやや難点がありました。着地点は同じでも、書き方が冗長だったり、不要な関数を組み込んで回り道している部分が散見されました。ですから、人間とAIで競い合った時、完全にAIが勝つとは言い切れなかったし、AIだけで本格的なゲームを作るのは難しいことも分かりました」。
検証の結果、Fさんが出した結論は「人の仕事のAIへの書き換えはかなり進んでいるが 人間にしかできない仕事もあり、AIは人間を超えることはできない」ということでした。「AIは指定された条件通りのコードを書いて完成すると終わりで、その先はありません。でも人間は、いったん出来上がってもさらに改善を加えようとします。そこが人間とAIの大きな違いでした。また、クリエイターのように発想力や想像力が必要な仕事は、人間にしかできません。たとえば画像を生成するAIもありますが、ネットで収集した画像が元になっていて、元データを作れるのは人間だけです。そもそもAIを作っているのも人間自身ですから、クリエイティブな仕事は人間にしかできないと言えるはずです」。
今回の卒論を経て、Fさんは「道具はうまく付き合い、使いこなすことが重要だ」と実感しました。「包丁も間違った使い方をすれば凶器になるけれど、うまく使えば生活を豊かにしてくれます。AIに効率化が必要な作業など得意分野は任せ、複雑な処理や核となる部分を人間が補うようにすれば、社会はもっと良くなるはずです。そのためには人間が苦手な分野を意識したり把握することが重要で、AIに任せる部分と人間がやるべき部分の線引きをして、道具に飲まれないようにする必要がある」と結論づけました。
今年度の卒業論文の取組みで、新たに導入するのがメンター制度です。「中1、中2の探究の授業で問いを立てる練習を繰り返しますが、それでも仮説を伴った良質な問いを立てることは難しいものです。そんなとき、誰かと話すことで新たな気づきがあったり方向性が定まることがあるので、生徒一人ひとりに伴走するメンター役の先生を募りました。すると、教員の半分以上にあたる40人超の先生が手を挙げてくれました。中3は1学年約160人なので、生徒4人に先生1人がメンターにつくことになります。今年度は今まで以上に深みのある卒業論文が増えるのでは、と期待しています」(今福先生)。
中学で3年間探究の授業を受けた、いわば探究学習1期生の生徒たちが、今年高校に進学しました。「好きなことがあることは、強みになる。これからも生徒が好きなことや得意なことを追究する姿勢を、いろいろな側面から後押ししていきたい。そして生徒には自分の意志と力で、進むべき道を切り拓いてほしい」と今福先生は力強くしめくくりました。