学校特集
世田谷学園
曹洞宗吉祥寺の学寮「旃壇林」からスタートし、仏教・禅を柱とした教育を展開している世田谷学園は、難関大学への現役合格率の高さでも注目を集める男子進学校。さまざまな宗教行事や「生き方」の授業があることから厳しいイメージを抱く人も多いと思いますが、実際は人間的な温かみにあふれ、じっくり丁寧に生徒の成長をサポートし、自立に導いてくれる学校です。
「世界三大宗教の1つである仏教の理念は、もともと"世界標準"の教えであり、世田谷学園が目指す人物像も、創立当初からグローバルな人材の育成でしたが、今後は文部科学省が進めるアクティブラーニングや2020年度の大学入試改革などへの対応も視野に入れて、これまで以上にグローバル教育に注力したい」と語るのは同校教頭の北原透先生。
2017年度には「2期制→3期制」への移行や、2月1日の募集枠の拡大などのさまざまな改革に着手することもすでに決定しているそうです(※詳しくは後述参照)
半蔵門線の田園都市線乗り入れなどでアクセスも良く、神奈川方面からも多くの生徒が通う同校の教育と魅力を探ります。
仏教、坐禅、登下校時に校門で一礼
...厳しいイメージがあるけど実際のところは?
世田谷学園と聞くと「仏教」「坐禅」といった言葉を思い浮かべる人も多いはず。また、登下校時に校門の白線で立ち止まって一礼するのも同校の朝夕の風物詩。こうしたイメージから、「固い、厳しい」というワードで語られることが多い同校ですが、実際のところはどうなのでしょう?
「たしかに世田谷学園には厳しい面もありますが、それは禅が"形から入るもの"だからかもしれません。禅は、形がきわめて大きな意味を持ちます。修行僧が修行をするとき、"こういう所作をするのがいちばん合理的""坐禅の時はこういう姿勢を取ると体に負担がかからない"という現実的な理由から形ができています。しかし形にはほかにも意味があります。たとえば、本校ではなぜ登下校時に校門で礼をするのでしょう。『朝の礼には敬意が込められ、帰りの礼には感謝の気持ちが込められている』と生徒たちは理解していますが、"常に敬意と感謝を込めている"とは限りません。何年も通っていれば、白線で礼をするのが慣例になっているからです。すると"形だけの礼なら意味がないのでは"との疑問を抱くこともあるかもしれません。
たしかに『正しい心があるから正しい行いができる』のは"真理"ですが、一方で『まず礼をしてみることで、敬意が込められる。正しい行いという器を作ることで、その器に心が宿る』ことも"真理"と言えるのではないでしょうか。
世田谷学園は男の子の成長過程で、最も大切な中高6年間を預かる学校です。この時期は自我が目覚め、人としての核となる部分が作られ、心が育つ期間でもあります。本校では"形"も大切にすることで、"心"の成長を促し、人との違いを認め、思いやれる生徒を育成したいと考えています」と教頭の北原透先生。
また、世田谷学園の生徒手帳には下記の「基本的な心構え」が記されていますが、この事さえ守れば、細かい指導はあまりしないそうです。
諸の悪は作すこと莫く
(もろもろのあしきことはなすことなく)
衆の善は奉行し
(もろもろのよきことはぶぎょうし)
自ら其の意を浄くする
(みずからそのこころをきよくする)
是れ諸仏の教なり
(これしょぶつのおしえなり)
「この言葉は『悪いことをせず、すすんで良いことをする。人が見ていても、見ていなくてもそれができるようにする。それが仏様の教えです』という意味ですが、世田谷学園の生活指導はそういう基本的な当たり前のことを大事にしています。放任主義ではありませんが、こうした"人として"の基本ができていれば、あまり細かいことに口を出す学校ではありません。実際、生徒たちは厳しく言わなくても、自らの判断で良識ある行動をとっています。その意味では"のびのび"とした校風と言えると思います」(北原先生)
生徒たちは無限の可能性を秘めているからこそ、
生徒一人ひとりの個性を尊重し大切に育てる!
世田谷学園は禅を重んじる「曹洞宗」を基盤にした学校で、教育理念は「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」です。「唯我独尊」という言葉には禅宗ならではの人間観と社会観がこめられています。「一人ひとりがかけがえのない価値をもち、誰もが素晴らしい人間になれる可能性を持っている」という人間観と、「その一人ひとりが社会を作っているから、互いに尊重し合い理解し合うことで平和な地球社会ができる」という社会観が同校の理念。生徒はみな尊い存在で可能性を秘めているから、違いを理解して思いやりをもって生活していこう、という理解のもとで学校生活を送ります。
この言葉を分かりやすく英訳したのが「Think&Share」です。各自の可能性を自覚し、夢を実現しましょう=Think、お互い尊重し合って生活しましょう=Shareという意味を英語で表しています。生徒たちにはさらにかみ砕いて、「明日を見つめて今をひたすらに」「違いを認め合って思いやりの心を」という2文で表現し、日々目に触れるように各教室の黒板の上に掲示され、生徒の心に蓄積されていきます。
ボランティア活動
歳末助け合い募金
「生き方」の授業では仏教の話をすることもありますが、社会問題を題材にして自己を見つめ、他者を思いやる心を育てることに力を入れています。もちろん"坐禅"にも取り組みます。はじめは「坐禅なんて、面倒くさい」と言っていた生徒たちも、土曜日の早朝坐禅に積極的に参加するようになり、12月に行われる坐禅会「臘八摂心」には数百人の生徒が自主的に参加するそうです。
北原先生は入学間もない中1生に対し「勉強やスポーツに限らず、ゲームや漫画を読む時も暇つぶしではなく、やる以上は真剣に取り組みなさい」と話すそうです。「どんな事にも集中して真剣に取り組むと必ず学ぶことがあります。大切なのは『何かにとらわれる』のではなく、『何かにこだわること』です。自分の目標にこだわって、努力して夢を実現してほしいと思います。思春期の男の子は"がんばるのは恥ずかしい"と思いがちですが、真剣に取り組むことは『かっこいい』ことだと実感してほしいんです」(北原先生)。
獅子児祭(文化祭)
日頃の練習や研究の成果を発表します!
仏教の開祖・お釈迦様が悟りを開いた12月8日を追慕するため、多くの禅宗の寺院では12月1日~8日まで「臘八摂心(ろうはつせっしん)」が行われます。「臘八」は臘月(12月)八日、「摂心」は心をおさめることを意味し、1日中坐禅を組むのです。世田谷学園でもこの期間は日曜日を除く毎日朝7時から7時40分まで、修道館アリーナで早朝坐禅会が行われます。自由参加ながら毎日500~600人が参加し、アリーナがいっぱいになり2階席まで使い切ることも。おごそかな空気の中でひたすら坐禅を組むことで、自己を見つめ、心を調えた状態で1日をスタートすることができるのです。
自立に向けて中1、中2は
生活習慣、学習習慣作りを丁寧に指導
世田谷学園では入学してから、いきなり自立や自主的な学習を促すのではなく、時間をかけて丁寧に生徒の生活習慣や学習習慣の確立を後押ししていきます。「この時期の男の子は精神的にも肉体的にも未完成ですが、世田谷学園を巣立つ時には自立した"大人の男性"になるように育てたい」と北原先生。さらに「中学時代に生活習慣、学習習慣をきちんとつけないと、伸びしろのある生徒も伸び悩んでしまう」と話します。そこで、同校が最初に取り組むのが「持ち物」「お金」「時間」の管理です。自分の物は自分でしっかりと管理し、学校からのプリントを無事に家に持って帰ること、できればお弁当箱も洗って持ち帰ること。持ってきたお金や貴重品を管理し、それができるようになったらお金の使い方にも気を配るように指導します。
なかでも一番難しいのが「時間の管理」と北原先生は言います。「これは学習時間のコントロールにも関わる大事な部分です。ほとんどの生徒が小4あたりから塾に通って本校に入学しています。これまでの生活習慣は『小学校から帰って少し休み、塾で勉強し、夜になって家に帰る』というサイクルを送ってきた生徒も少なくありません。それが中学になると、『15時頃には授業が終わり、部活がない日は17時頃に家に帰る、そこからの時間は自由に使える』ということになります。最初はその自由な時間をうまく使いこなせませんから、本校では予習や復習の意味も込めて"宿題"をだしています。なるべく細かな指示を出し『今日は家でこれをやってくるように』と、あえてメニューを与えるわけです。
すると生徒たちは、この課題を仕上げるにはどのくらいの時間がかかるかを体感し、その時間を1日のどこに入れるかを工夫するようになるのです。
すると『帰宅して30分休んだら、まず宿題をやろう』とか、『部活がある日は疲れて1時間しか勉強できないから、他の日に少し多めにこなそう』などと、自己管理ができるようになるのです。こうすることで学習習慣が自然と身に付いてくるのです」(北原先生)
長野県の黒姫で行われるサマースクール(1年・7月)
大自然を満喫
クラス単位での授業を基本にして人間関係を築き
大学受験モード突入時にぐんと伸びる土台を作る
調理実習も真剣そのものです。
世田谷学園では課題やノート提出、小テストなどの結果から、生徒の学習状況をこまめにチェックしています。「提出物が遅れたり、テストの成績が悪かった時は、再テストや残勉(のこべん)でフォローしています。複数の教科に渡る時には、家庭学習の"やり方"に問題があることも多いので、家庭とも連絡を取り合い、軌道修正を図ります」(北原先生)。
世田谷学園では中2から1クラスだけ特進クラスを設置していますが、それ以外の4クラスは均等分けで、習熟度別の授業も高校の数学だけです。「特進クラスは進度が早く、自分から勉強する生徒ばかりですから、最近は普通クラスで焦らず、マイペースで力をつけたい、という生徒も増えています」と北原先生。
教科ごとの習熟度別授業をあえて採用しないのには理由もあります。授業のたびにクラスメートが入れ替わると、クラスとしての一体感が損なわれます。特に中学生のうちは、同じメンバーで毎日一緒に授業を受け、お弁当を食べることで絆ができます。時にはケンカなどの不協和音が生じることもあるでしょう。しかし、そのような出来事を乗り越えて、人間関係は構築されるのです。同校ではそれも学校生活で学ぶ"大切なこと"と考え、HRクラス単位の授業にこだわっているのです。
世田谷学園の生徒たちは中学生段階から、生活習慣、学習習慣を身に着け、人間関係を築いて学校に自らの居場所を作り、その中で基礎学力をしっかり培っていきます。そして高1、高2で大学受験が視野に入り、いわゆる「スイッチ」が入った時、この基礎力と習慣が土台となり、都内男子校屈指の"現役合格力"を実現しているのです。
高1では全員がカナダ英語研修に参加
異文化理解を深め英語に対するモチベーションを高める
世田谷学園が育てたい人間像は次の3つですが、これこそ、これからの時代に必要とされる「グローバル人材」を体現したものと言えるでしょう。
① 自立心にあふれ、知性を高めていく人
② 喜びを、多くの人と分かち合える人
③ 地球的視野に立って、積極的に行動する人
「企業で必要とされるグローバルリーダーも従来の独裁型リーダーではなく、この3つの資質が求められます。地球的視野を持ち地球的規模の問題に取り組む視点や、ダイバーシティが求められる現代においては、文化的理解や文化的な素養も必要です。これらの事案をトータルに考え、同校では芸術も含めたグローバルな人間に必要とされる英語力と教養を身に着けることを大切にしています」と北原先生。
中2では希望者向けにニュージーランドにホームステイする「ニュージーランド研修旅行」を実施します。例年70~80人ほどが応募しますが、受け入れ校の都合で参加枠は約25人。あくまで体験なので語学力や成績は問わず、抽選で参加者を選んでいます。
4年次の7月に行われる「カナダ英語研修」
さまざまな異文化を体験します。
高1では全員が「カナダ英語研修」に参加します。この研修ではカナダの姉妹校と連絡を取り合い、作成した独自のプログラムでESLのレッスンを受け、アカデミックライティングとスピーキングを学びます。10泊の滞在期間の前半は、大学の寮に宿泊。後半はホームステイして、カナダの文化や経済を肌で感じることができるプログラムとなっています。
英語の4技能を鍛えます。
「大学入試英語は、今後TOEICやTEAP、GTECなどの外部試験のスコアに変わっていく可能性が高く、将来の就職先も商社や外務省、外資系企業など、さまざまな方面に及ぶでしょう。本校では『読む、書く、聞く、話す』の4技能をバランスよく育てることで、将来どのような英語力が求められても困らないだけの土台を培っていきます。スピーキングやリスニングの力を磨くため、英会話は中2からクラスを半分に分けて少人数でネイティブ教師だけで授業を行っています。一方で基礎力がなければどの技能も伸びません。そこで、英単語、文法、構文など、覚えるべきものは小テストなどを何度も繰り返すことで、知識の定着を図っています」(北原先生)
鉄道、昆虫、アニメ...何かに夢中になれる受験生は大歓迎!
意外にもスポーツが苦手な生徒も多い!?
平和の大切さを学びます。
厳しいイメージのある同校ですが、先生のお話を伺っていると、実はとても温かく丁寧に生徒を見守り育ててくれる学校であることが分かります。では実際にはどのような生徒が多く、どのような指導に取り組んでいるのでしょうか。
「鉄道やアニメなどに熱中する男の子は、小学校だと女子にバカにされることもあるでしょう。でも、わが校は"オタク"大歓迎! 女子の目を気にせず、好きなことに思いっきり取り組めるのが男子校の魅力です。その集中力や知識は評価されてしかるべきです。
また、受験生の保護者からよく"うちの子はスポーツが苦手だけど大丈夫?"と聞かれます。柔道部が活躍していたイメージがあるからでしょうが、今はそんなことはありません。実際、運動が苦手という子も多いので大丈夫です(笑)。
小学校高学年から中1くらいの男の子は、女の子に比べるとちゃんとできないことが多々あります。突然走り出したり、雨でも傘をささなかったり(笑)。そうこうしていると反抗期がやって来て、中だるみの時期もある。保護者の方がはらはらさせられることも度々かもしれません。でも、そんな男の子達も日々成長しています。『そういう時期を経て皆、立派に自立して巣立っていきますから安心してください』と保護者の皆様にはお話しています。
「ペッパー君」がお出迎え!
人間はキューブ(立体)のようなもので、スパルタで勉強だけさせれば大学に合格できるわけではないのです。キューブの一側面(学力)だけを無理やり引き伸ばそうとすると、ひずみが生じ、亀裂が入ってしまうこともあります。本校ではこのキューブがバランスよく大きくなるような指導を心がけています。 世田谷学園にとって生徒は"宝"であり"財産"です。生真面目で不器用な生徒が多いですが、ひとりひとりがそれぞれ個性的です。私はわが校を"スルメみたいな学校"と思うことがあります。最初は固いけれど、かめばどんどん味が出てくるので、ぜひ学校説明会などで学校や生徒の雰囲気を感じ取っていただきたいと思っています」と北原先生。
仏教・禅の理念を基盤にバランスよく人間力と学力を高め、努力を厭わない強さを身につけて巣立っていく生徒たち。そんな現状に甘んじることなく常に進化を遂げている世田谷学園は、今後もさらなる成長が期待できそうです。
時代が求める人材を育てるために
来年度も行事や学期制など複数の改革を実施
世田谷学園では教育理念などの根幹を大切にする一方で、時代が求める人材を輩出するために常に改革も行っており、来年度もいくつかの改革を行います。
●2期制→3期制へのカリキュラム変更
基礎学力の充実を図るため、3期制にしてアクセントをつけ、定期試験が1回増えることで知識の定着を図ります。
●クラス対抗の体育競技会が縦割りの"体育祭"に昇格
3期制への移行に伴い、行事なども全体的に見直します。生徒からの熱い要望もあり、来年度からの"体育祭"の実施が確定しました。生徒自ら企画書を練り上げ、実現したプログラムです。ゆくゆくは他の男子校にも負けない一大イベントに育てるのが目標です。
●2月1日入試の定員を10人増(特待生枠)
2月1日の定員を60人→70人に増枠します。従来、2月2日のみに設けていた特待生選抜を、2月1日にも行います(合格者のうち上位10名)。※2月4日の定員は40人→30人になります。
●グローバル教育の新プログラムを開始
希望者向けに2つのプログラムを新設します。1つは中1の冬休み前の「英語集中プログラム」。ネイティブと接する時間の拡大を図ります。もう1つは高2向けの「エンパワーメントプログラム」です。海外の大学生と1週間、ディスカッションを行う講座を開設します。