学校特集
武南中学校
職員室や教室には壁も仕切りもなく、明るく開放的な空間が特徴的な武南中学校。このオープンな環境は、同校の教育方針「グローバルリーダーとして必要な、確固たる人間性と知性の育成」にふさわしいもの。そこには、多様な価値観や文化をもった世界の人々のなかでグローバルリーダーとして活躍していくには、なによりも他者に対して"開かれた心"をもった人間に育てたいという、同校の「オープン・マインデッド」の教育があります。
先進的(advanced)な教育の創生と、生徒全員が先進的コース(advanced course)の一員であること、この2つを意味する、「BUNAN Advanced」という独自の先進的教育を打ち出す同校の「21世紀型スキル」とはなにか。
「BUNAN Advanced」のビジョンを、教頭の今井一男先生に伺いました。
開かれた空間のなかで育つ、開かれた心
BUNAN Advanced ① 変革する心
1階の職員室とホールのあいだには壁がなく、すべてがオープンスタイルの武南中学校。
壁のない職員室の引き戸が閉まるのは、中学入試の期間だけだとか。各学年2クラスの教室の中央には、「ラーニングコモンズ」と呼ばれる共通の空間があり、どのスペースも仕切られることなくつながっている珍しいスタイルです。「ラーニングコモンズ」には、さまざまな形をした机が置かれ、ワークショップやグループワークなど、生徒たちのコミュニケーション能力を鍛える場として、多目的に活用されています。
将来、生徒がグローバルリーダーとなって活躍するためには、なによりも"開かれた心"を育てたいと同校は考えました。その「オープン・マインデッド」の教育を象徴するのが、明るく開放的な校舎だったのです。
新校舎建築にあたっては時間をかけて他校を視察したり、何度もブレインストーミングを重ねました。そして、21世紀型スキルの獲得にふさわしい自慢の校舎が完成。
職員室前には机や椅子が並び、授業以外の時間には勉強をしている生徒たちの姿が見られます。朝の7時30分過ぎには先生を待って質問をする生徒もいるなど、先生と生徒の距離が近いのもオープン校舎の目的のひとつです。「このようなオープンな空間で育つ生徒たちは、考え方も伸び伸びとして垣根がないですね。『ラーニングコモンズ』で理科の教師が実験の準備をしていると、『手伝う、手伝う』と、すぐにたくさんの生徒が集まってきます」と、今井先生。開放的な空間にオープンな心が育つ、創造性あふれる魅力的な学習環境といえます。
先進的なICT教育で実現する、アクティブラーニング。生徒が主役の授業へ
全教室に電子黒板を設置し、生徒も先生も全員がiPadを日常的に使用している武南中学校。校内は、だれもが「いつでも・どこでも使える」をコンセプトに、全館無線LANでつながっています。ホームルームをはじめ、すべての授業や保護者会などでもICTが活用されているため、先進的なICT授業を行っている実例として、デジタル教育のハウツー本『電子黒板 まるごと活用術2』(小学館刊)にも紹介されました。
今井先生が担当する数学の授業も、ICT化によって劇的に変わったと言います。「電子黒板の利用によって、たとえば放物線の二次関数のグラフでは、bの値を変えるとどうなるか、cの値を変えるとどうなるかなど、簡単に動かして三次元で見せることができるので、生徒の反応がとても良く、歓声があがることもあります。デジタルコンテンツもいろいろなものがありますので、生徒たちも以前は苦労して理解していたことが、あっというまに理解できるようになりました」
また、すべての授業でアクティブラーニングを導入している同校では、生徒たちが主役の授業へと変化を遂げているといいます。「これまでは、教員が良い発問を用意して、その発問によって大切なポイントを気づかせたり、教員が黒板に書いて知識を伝達してきました。たとえば『ルート2が無理数であることを証明せよ』という問題では、背理法という証明方法を学ぶわけですが、今はその前に、まずはどういうふうに考えていったらよいか、生徒たちに考えさせます。何を見てもいいし、グループで自由に考えてごらん、と。以前は問題を解いて丸をもらうのが数学だと思っていた生徒も、能動的に考える楽しさを覚え、より数学への興味や関心が高まっています」。
生徒同士で考えたり、わからないことを教え合ったりと、これまでの数学の授業にはない時間が生み出されているそうです。
さらに今井先生は、「以前はすぐに正解を求めていた生徒が多かったように思いますが、今は『正解よりも過程が大事。間違ってもいいんだよ』と我々教師が伝えていることもあり、自分たちで考える癖がつきました」と言います。問題を出してすぐに生徒の答えを集計することも可能になったり、先生方が黒板に書く時間が削減されるなど、ICT化によって生まれた時間で、より充実したアクティブラーニングが実践できているそうです。
人として大切なことを学ぶ、「凡事徹底」
BUNAN Advanced ② 人間力を高める心
武南中学校には、"平凡を非凡に務める"という「凡事徹底」の考え方が根づいています。「たとえば、あいさつはただすればよいのではなく、"相手に届くように"する。清掃・整理・整頓・清潔を日々心がけるなど、日常生活で大切にしてほしい規範意識を育てています」。
また、「ノーチャイム制」も同校の特徴の一つです。チャイムが鳴らないことに慣れている生徒たちは、時間管理の意識が高いといいます。最近ではとくに「自分で考えて自分で行動を律する生徒が育っている」と今井先生は感じているそうで、同校の大切にしてきた「凡事徹底」の教えに、能動的に学ぶアクティブラーニングの導入が加わったことで、生徒はさらに成長しているようです。
BASL(武南アドバンストダイアリー)で、自立した学習者を育てる
もう一つ、生徒の時間管理の意識を育てているのが、BASL(武南アドバンスドダイアリー)の存在です。「帰りのホームルームで一日の学習を振り返ります。自宅に帰っても学習内容と生活面での事柄を記入し、翌朝担任に提出するのですが、それを継続していくことで計画的に勉強を行うようになり、時間管理や目的意識が芽生える良い習慣となっています」と、今井先生。担任の先生が必ず目をとおしてコメントを書き添えるため、生徒の励みにもつながっているそうです。
世界を見て、日本を知る。グローバルリーダーになるための学びを実践
BUNAN Advanced ③ 世界を知る心
武南中学校の特色の一つに、全員参加で行われる2回の海外研修と、国内研修が1回あります。中2でベトナム、高1で英語圏(ボストンを予定)、高2で京都・奈良を訪れます。二度の海外研修で異文化体験をした後に日本の古都を訪れ、改めて日本人としてのアイデンティティーを見つめなおす機会をもちます。座学の学習では得られない広い教養を身につけるとともに、豊かな人間性を育成するための足がかりとすることが最大の目的です。 また、現地で行うフィールドワークの前後には、時間をかけて「事前学習」と「事後学習」を徹底して行います。しっかりと時間をかけて準備することで、充実した中身の濃い研修になります。また、報告会などでプレゼンテーションを行うなど、アウトプットする場が必ず設けられているので、生徒たちは自分の体験を自分のことばで語る表現力を身につけていきます。
来年の3月には、リーダー育成のためのプログラム「ボストン研修」がスタート
「現在、準備を進めているのが、来年の3月に行く高1のボストン研修です。単なる語学研修ではなく、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学のキャンパスツアーと大学生とのリーダーシップセッションで、リーダーになるための研修を2日間かけて行います。宿泊はホームステイを体験し、現地の高校で2日間授業にも参加します」 その後ニューヨークに移動して、コロンビア大学のキャンパスツアーも行うなど、グローバルリーダーを育成する同校ならではの、明確な目的をもった研修内容となっています。また、ハーバード大学からの留学生と交流するなど、事前研修としてイングリッシュキャンプも3日間かけて行いますが、このように直前まで準備を重ね、英会話のスキルを高めて現地での学びをより深いものにします。
ベトナム研修で学ぶ、国際協力と国際協調。アジアの一員としての自覚をもつ7日間
「熱く動く国づくりの姿を見てほしい」。事前学習では、多方面からベトナムを学ぶ
今年の3月には2回目となる、中2のベトナム研修が行われました。JICA(Japan International Cooperation Agency)の協力を得て、ハノイ、ホーチミンの都市部や校外の農村を訪問したり、平和学習のための講演会、現地の中学校との交流など、多彩なプログラムが実施されました。海外研修先として最初にアジアの国を選んだのは、先生方に「アジア人としての自覚をもたせたい」という思いとともに、「日本のように成熟した国に育った生徒たちに、平均年齢が低いベトナムで若者が新しい国づくりに取り組んでいる姿を見てほしい」という思いもあったからだといいます。 事前学習では、英語で質問を行う準備や、ベトナムの歴史や音楽などを各教科で連携して学んだり、元海外青年協力隊員やベトナム人留学生、ベトナム人の大学教授などを招いて同国の実情を理解するなど、1年半の期間をかけて準備を整えました。
自分の目で見て感じる、現地での学び。JICAの活動地で国際協調への理解を深める
ベトナム2日目の研修先であるハノイ郊外のドンラム村は、JICAの政府開発援助(ODA)先で、歴史景観保存による村おこしを助けるため、海外青年協力隊が派遣されています。3日目の研修先のハロン湾も、JICAが協力して水質汚染対策に取り組んでいる活動地域です。生徒たちは事前に説明を聞き、実際に現地での活動を見学した後に、海外青年協力隊員の方から講義を受けました。
「ベトナムと日本の考え方の違いを学ぶことができ、お互いがお互いの考え方を尊重、理解、納得することが大切だと学びました」「世界のいろいろな国の人に会ったとき、自分の意見だけが正しいとは考えず、どんなことにも適応できるような冷静さやコミュニケーション能力を身につけていきたいです」と、生徒たち。実際に海外で働く日本人の活動を間近で見ることで、異なる文化や考え方をもつ外国の人々との国際協調について深く考えさせられた様子です。
現地の中学校では授業にも参加。ドク氏の講演会をとおして平和について考える。
5日目にはホーチミンに移動して、日本語教育のパイロット校である国立のレクイドン中学校でベトナムの生徒たちと一緒に授業に参加しました。昼間35度の暑さで、教室には冷房もない環境のなか、現地の生徒たちはとても積極的で、英語や日本語でどんどん話しかけてきたそうです。現地の中学生の英語力の高さに驚き、また、積極性にも圧倒された生徒たちは「英語力を高めたい」「もっと積極的に自分の意見を伝えていきたい」と、自分の考えを英語で表現すること、それを相手に伝えることへのモチベーションが高まったといいます。
さらに、平和学習としてドク氏の講演会が行われました。ドク氏はベトナム戦争時に米軍が散布した枯葉剤の影響によって、結合双生児として生まれたベトナム人の男性です。後に切り離し手術が行われましたが、兄であるベトさんは亡くなってしまいます。「『この世の中には、戦争によってまだ苦しんでいる人がたくさんいることを忘れないでほしい』というドクさんの言葉を僕たちは胸に刻んで、自分たちでやれることはいつも全力で、毎日を大切に生きていこうと思いました」と、ある生徒。 今井先生は「戦争の悲惨さを痛感しながら、平和への願いを新たに胸に刻む経験をもてたようですね。単なる観光旅行に終わらず、生徒たちもいろいろな意味で視野を広めることができたと思います。帰国後には、下級生や保護者の前で報告会を行いましたが、発表態度も臆せず、中身のあるプレゼンテーションができたと思います」と、準備期間を含めて1年半の月日をかけて行ったベトナム研修は、将来世界で活躍するための素地を養う貴重な経験となったようです。
1日目:移動(成田→ハノイ)
2日目:JICA現地説明会 青年海外協力隊活動現場訪問(ドンラム村)
3日目:ハロン湾研修・観光
4日目:移動(ハノイ→ホーチミン)
5日目:現地中学校との交流、平和学習としてドク氏の講演会
6日目:JICAプロジェクト現場視察(ホーチミン市水環境改善プロジェクト)、ホーチミン市内観光
7日目:移動(ホーチミン→成田)
学校を飛び出して学ぶ。日本人としての教養を深める、フィールドワーク。
BUNAN Advanced ④ 豊かな教養を愛する心
各教科の学習でも、積極的に校外へ飛び出し、フィールドワークを行っている武南中学校。理科では長瀞(ながとろ)の「埼玉県立自然の博物館」へ。荒川の岩畳で学芸員よりレクチャーを受けるのですが、ここでもiPadが大活躍!
調べものを検索したり写真を撮ったりと、発表するための資料作りに活用しています。
美術では「東京国立博物館」にて学芸員より説明を受けながら展示品を見学し、本物の作品にふれます。音楽ではオペラ鑑賞のほか、古典芸能の鑑賞などをとおして自らのアイデンティティーである"日本文化"への造詣を深めています。
「本校では、豊富な知識と高い学力の獲得とともに、日本人としての教養を深めるためのフィールドワークを重視しています。本物にふれることで興味・関心の幅を広げてほしいため、古典文化への理解という意味で、中1で歌舞伎、中2で文楽、中3で能・狂言を鑑賞します。理解が難しい部分もあるかもしれませんが、しっかりと事前学習をしてから臨むと、生徒たちはきちんと興味をもって消化していきます」と、今井先生。
校外のフィールドワークは、校内の学習だけでは身につかない、実践的な体験値の蓄積となります。こうした経験の積み重ねによって、生徒たちは自国の文化を世界に発信する素地を身につけていきます。
公立中学校と比べて1.5倍の授業時間。詰め込み型ではない、幅広い教養を身につける。
豊富な学校行事やフィールドワークのほか、武南中学校では第一線で活躍する専門家を招く特別講義も設けています。日立製作所の職員による「ICTリテラシー講習会」やJICA職員による「国際理解教育講習会」、さいたま地方検察庁の指導による「模擬裁判」や音楽座ミュージカルによる「表現方法ワークショップ」など、ワークショップを含みながら幅広く学びます。これらの特別授業や通常授業を合わせると、授業時間は公立中学校の約1.5倍にもなります。
「中高一貫校の特徴でもある先取り教育のなかで、いたずらに知識の詰め込み型の教育にしないためには、どうしても時間が必要です」と言う今井先生。たとえば「表現方法ワークショップ」は、いかに心を解き開くかというテーマで行われたそうで、「ひと言でコミュケーション能力といっても、英語や日本語の知識があればコミュニケーションがとれるとは限りません。その点、本校の生徒たちはさまざまなワークショップの場で、臆せず、積極的に指導を受けています。このような学びを"オープン・マインデッド"なスタイルと重ねながら、生徒たちにはグローバル社会で活躍できる人間に成長してほしいと願っています」
21世紀型スキルに欠かせない、コミュニケーションツールとしての英語
授業日数の増加にともなって英語の年間授業数は、1年生と2年生で245時間(週7時間)、3年生では280時間(週8時間)。公立中学校の各学年140時間(週4時間)に比べて、約2倍の時間数を確保しています。十分な時間のなかでICTを活用しながら、効率的で視覚的な授業を展開。読み書きを中心とした基本の反復練習にも力を入れながら、習熟度別の補習や放課後の個別指導など、一人ひとりへのきめ細やかな学習サポート体制が整っています。
このような恵まれた環境のなかで英語力を着実に伸ばしている同校の目標は、中3で英検準2級の取得。現在、中3で2級に3名が合格し、準2級には中3の16名のほか、中2で3名、中1で1名と合計20名が合格しています。また、ネイティブの先生が常駐している同校では、朝の始業前にはネイティブの先生による放送室からの放送タイム(10分間)も。英語に慣れ親しむことはもちろん、朝の時間に集中して行うことで"使える英語"の習得を目指しています。
さらに、中2で行われる「イングリッシュキャンプ」をはじめとした校外フィールドワークでも、積極的に会話力やプレゼン能力を養います。ベトナム研修から帰国した後、生徒や保護者を前に行った報告会では、生徒たちは英語と日本語による2つのグループに分かれてプレゼンテーションを行いました。
「21世紀型スキルとして、英語力は必要不可欠です。海外で通用する英語のプレゼン能力を習得するには、日頃から実践的な英語力を養っていかなければなりません。会話して意思疎通を図るコミュニケーション能力、自分の意見を言葉で表現するプレゼンテーション能力をアップさせることに力を注いでいかなければ、グローバル時代に求められる発信力は身につきません」と、今井先生。学習した知識を活用して、英語を話して聞いて、仲間とともに考えて発表するなど、実際に「使う」場面を授業に多く取り入れている同校では、コミュニケーションツールとしての英語習得に全学年で取り組んでいます。
すべての教科で育む21世紀型スキルで、世界へと羽ばたく!
今回ご紹介した研修やフィールドワークも含め、すべての教科でアクティブラーニングを取り入れた『課題解決型学習』を実施している武南中学校。たとえば、国語の授業では「読解力」「記述力」「伝達力」を伸ばし、「自分の考えを自分のことばで語る」力を育成します。数学では筋道を立てて「考える」ことで「論理的な思考力」を鍛え、理科では観察や実験をとおして「観察力」「考察力」を身につけるなど、大学入試や社会に出てからも必要となる、21世紀型スキルに日々磨きをかけています。
職員室のすぐ目の前にある多目的小ホール(180人収容)では、「生徒は自分たちのiPadをスクリーンに映しながら、『目線はこっちだよ』などと言いながら、よくプレゼンの練習をしています」と今井先生が言うように、開放的な学びの空間が、生徒たちの能動的な学びを後押ししています。 さらに、生徒全員の顔を覚えて一人ひとりをあたたかく見守る先生方の存在も、生徒が伸び伸びと学ぶための大きな支えとなっています。「少人数教育が実践できたら、日本の教育問題の半分くらいは解決できると思います」という今井先生の言葉どおり、きめ細やかなサポート体制のなかで、"オープンマインデッド"な心をもち、すくすくと育っている生徒たち。「凡事徹底」を人間力の基礎にしながら、世界で活躍するグローバルリーダーへと成長中です。