学校特集
宝仙学園中学高等学校共学部理数インター
都内屈指の名刹といわれる真言宗豊山派の宝仙寺。中野の地の高台に位置する、この宝仙寺が経営母体の宝仙学園が、それまで女子校であった宝仙学園中学高等学校に加えて、新たな中高一貫教育を行う共学部を新設し、「理数インター」と名付けたのが2007年。それから10周年の節目を迎え、いま同校は、21世紀の新たな時代を担う子どもたちスキルを育てるニュータイプの共学進学校として、次のステージをめざして進化しています。
今回は、その宝仙学園共学部理数インターの立ち上げから教頭として関わり、2015年からは校長として宝仙学園中学・高等学校でリーダーシップを発揮する富士晴英先生にお話を伺い、新教科「理数インター」の授業を見せていただきました。
理数インター設立10年を節目に「知的で開放的な広場」をめざし次のステージへと進化を図る!
創立から90年近い歴史を持つ宝仙学園。そこで2007(平成19)年の共学部理数インターの立ち上げ時から教頭として同校の新たな中高一貫教育を形作り、2015年からは校長として同校をリードしてきた富士晴英先生。富士先生は、理数インター設立から10年を迎えたこの節目に、同校の教育の新たな理想をめざして、メッセージを発信しています。
「創立10周年を迎えた『理数インター』は次代に向け、新たなコンセプトを掲げました。『知的で開放的な広場』です。 理数インターの「理数」は、『理数的思考力』。自分自身の中で、あるいは相手に対して、物事を論理的に考え伝えることのできる能力。国際社会に求められる必須の力です。
理数インターの『インター』とは、『人と人とをつなぐ』こと。『インター(inter)』には、何かと何かを『つなぐ』という意味があります。自分が誰かとつながるだけでなく、人と人を結びつけることのできる人材になってほしいという願いを込めています。
プレイヤーは生徒。教員はコーチ。保護者はサポーター。卒業生は、後輩のために一肌脱いでくれる兄貴と姉貴。学校とは、その構成員たちが、それぞれの持ち場で貢献し合う広場です。理数インターは、プレイヤーズ・ファーストの、「知的で開放的な広場」を目指します」と富士先生。
そして、それらの力をもとに、「①理数的思考力〈Logical Thinking〉×(②コミュニケーション能力〈Communication Skills〉+③プレゼンテーション能力〈Presentation Skills〉)=『グローバルリーダー育成』をめざすのが、理数インターの教育です。
論理的に考える力「理数的思考力」。心と心を通わせる力「コミュニケーション能力」。発表する力「プレゼンテーション能力」。これら3つの力が備わっていることは『21世紀の世界標準』でもあり、大学で学ぶためにも、社会に貢献するためにも必要な力です。
「教員主体」から「生徒主体」の学校へ
今後、大学入試が変わり、日本の教育が変わり、社会で求められる力が変わろうとしている現在、不透明な未来に対して、積極的に立ち向かえる力を養うために、理数インターではこの3つの力を育みます。
「生徒各自がテーマを決めて調べ学習を行う『総合探究プロジェクト』、アメリカの名門大学でプレゼンテーションをする『スタンフォード大学研修』などは、その代表的な行事です。
こうした教育の成果のひとつとして、今春、第4期生から東京大学の合格者が出ました。また第1期生以来、毎年医学部にも生徒を送り出しています」と富士先生は、これまでの手ごたえを語ります。
確かに共学部理数インターは、当時は私学のなかでも珍しかった「探究型」授業を設立当初から導入し、グローバルリーダーの育成を謳ってきました。いま日本の教育の課題とされるアクティブラーニングやグローバル教育のプログラムをいち早く導入し、社会と教育の変化への対応を先取りしてきました。
それから10年、教員の熱意と面倒見の良さ、それに応えた生徒の努力と成果によって、高い評価と信頼を得てきた理数インターですが、この節目に、教員主体の学校から、生徒主体の学校へとシフトするための取り組みにも踏み出しました。 「そのひとつが『進路指導』を『進路支援』、『生徒指導』を『生徒支援』という名称に改めたことです。 また、新たな教科を今春から中学に開設しました。『理数インター』という教科です。この教科では、アクティブラーニングやICT教育を導入して、卒業生、地域やNPOの方々の協力を仰ぎ、本校ならではの最先端教育をまた一歩前進させていきます」と富士先生。
今春から中学でスタートした新教科「理数インター」では、自由な思考力・発想力と協働力を育てる!
理数インターの授業で培われる力とは?
それでは、その新教科「理数インター」とは、どのような授業なのでしょうか。授業は週に1時間で、中学3年間"教科書にはない学び"をしていきます。東京大学や医学部の入試問題に見られるように、すでに大学入試でも、自由な思考力や発想力が問われています。そうした力を磨くのがこの教科です。
「たとえば中1では、思考の幅を広げていきます。入学してすぐにクラス全員の前で「未来の自分」を自己紹介します。自分の将来を思い巡らすことで、新しい発想を育むことが目的です。
中2ではプレゼンテーションの機会を増やしていきます。グループで情報や思考を共有化する方法、心に響く表現方法などを学びます。このとき活用するのがiPadなどのICTツールです。
中3では、培ってきた思考力をより進化、深化させていきます。たとえば、本校の食堂をさらに活性化させるにはどうすればよいか、具体的なプランをグループで練っていきます。仲間と一緒に考えた結果が、学校生活の質を向上させていくような学びを実践していきます」と、教務部長の米澤貴史先生。
つまりこの新教科「理数インター」は、答えのない問いにチャレンジしていく教科です。
「ICT・Science・Global」の要素を取り入れ、これまでに考えられなかったことに多く触れ、自己を変えていける授業――①知識→疑問へ転換する授業、②「教科書の内容を教わる」ではなく「新たな価値観・気づき」を与える授業、③教えるのではなく「きっかけ」を与える授業、④学外からの「刺激」を積極的に取り入れる授業――そうしたコンセプトとスタイルの授業をめざしているといいます。
理数インターの授業で培われる力とは?
取材に訪れた9月下旬。この日は午後から、米澤先生による中1の「理数インター」の授業が、そのための特別教室で行われていました。開催が間近に迫った文化祭の校内案内表示のアイコンを、一人ひとりが考え、クラスの仲間たちと共有して、さらに思考やアイディアを深めていく授業でした。
各自が考え、iPadの描画ソフトで作成したアイコンが、できたものから次々と米澤先生に送られると、即時にそれが大型モニターに映し出されて共有されます。それらの作品を見ながら、何人かの生徒に考えや説明を求めると、その意見に気づきを促された生徒が、さらに次の作品を作っていきます。
先の「これまでに考えられなかった事に多く触れる」というコンセプトは、こうした授業のなかで、自分の持っていない新しい思考に多く直面することで、身近なテーマから実現していきます。
クラスの仲間の作品に感心したり、ときには笑いやコメントを寄せあうなかで、「共同・協働」、「仲間とのふれあい」、「発想とのふれあい」、「新たな思考との出会い」が自然に行われ、仲間とのコラボレーション、発想のコラボレーションを通してグループとしての活動を振り返り、より良いコラボレーションとは何かということを考える力を育てていくことができます。
しかし、そうしたコラボレーションが授業で実現するには、生徒の知的好奇心を刺激する仕掛けや、生徒一人ひとりの自由な発想を引き出す雰囲気作りが必要です。そのために授業を創る教員ミーティングでは、教員も発想をぶつけ合っているといいます。
「まず中学に導入した『理数インター』の授業を創る教員ミーティングには、高校生だけを受け持っている教員も積極的に参加し、熱心な意見交換が行われています。こういう教員間のコラボレーションの雰囲気が生まれたことも、学校全体に大きなプラスになっていると思います。やがては高校でも、この『理数インター』の発展形の授業を導入したいですね」と富士先生は言います。
見せていただいた授業は、生徒の楽しそうな表情と和気あいあいの雰囲気のなかで、盛んに意見が交わされている様子が印象的でした。
創立以来の伝統「総合探究プロジェクト」と 新教科「理数インター」の集大成となる高2での「スタンフォード大学研修」
そして、宝仙学園共学部理数インターが、設立5年目から実施してきた高2のアメリカ修学旅行で行われる「スタンフォード大学研修」が今後、今年からスタートした新教科「理数インター」の集大成になっていくと位置づけられています。
「本校では創立以来、生徒全員が中学1年次からテーマを決めて、『総合探究プロジェクト』に取り組んできました。いまでは伝統にもなってきたこのプロジェクトでは、まず生徒一人ひとりが探究テーマを決め、友人や教員の協力も得ながら、年度末の研究発表会で成果を発表します。発表会では質問したり討論したり、互いに知識を共有していきます。
そしてこの春からは、このプロジェクトと合わせて、新教科『理数インター』がスタートしました。本校が掲げる教育目標を具現化した授業です。自ら疑問を持ち、解決しようとする姿勢を育み、その解決方法をいかに多くの人に届くようにプレゼンテーションできるかを学んでいきます。正解がひとつでない問題に取り組むのです。
この新教科の集大成が、今年で6年目を迎える高2の『スタンフォード大学研修』になります。スタンフォード大学は、IT産業の拠点であるシリコンバレーの中心に建ち、多くの起業家を輩出する名門校です。このキャンパスを訪問し、同大学の先生方を前にして英語でプレゼンテーションするのです。今年はさらに多くの先生方に指導していただけると思います。きっと生徒のプレゼンテーションにも、いっそう力がこもると楽しみにしています」と教頭の右田邦雄先生。
国際共通語としての英語力を磨きながら、理数的思考力に基づくプレゼンテーション能力を育成し、『21世紀の世界標準』の力(Skills)を持つグローバルリーダーを育てようとする宝仙学園共学部理数インターの真骨頂が、この「スタンフォード大学研修」にあるといってもいいでしょう。そこでは、研究の概要を紹介する「Short Presentation」と、視聴覚資料を駆使した「Long Presentation」を発表します。
「Communication Science」を専門とするスタンフォード大学の先生から直接の指導を受けられることは、生徒にとって非常に大きな刺激になります。国際社会で求められるレベルの英語力を目の当たりに体験することができるので、英語学習のゴールが実感として理解でき、世界で活躍する自分像をよりイメージしやすくなるといいます。
楽しみながら英語の課題に取り組み授業のほとんどの時間、生徒が英語を使う宝仙イングリッシュ・イマージョンシステム
英語といえば、今回の取材では、まだ入学して半年の初々しい中1の英語授業も見せていただきました。これまでの教員経験のなかで「本当に使える英語」の力を育てるための研究に打ち込んできた對馬洋介先生の英語の授業のコンセプトは、何より「楽しんで学べる英語」ということでした。
授業のなかでは、必ず教員の講義より生徒が発声する時間を多くして、授業時間中は一貫して楽しみながら英語が学べるスタイルの授業を組み立てるという對馬先生。この日の授業も、大半はゲーム形式で、生徒は次々と席を立って対戦相手を入れ替わり、課題のゲームに取り組んでいきます。
女子のほうが少し人数の多い中1のクラスですが、男子も女子に負けずに元気よく英語を発声し、男女の組み合わせでも屈託なく英語のゲームに取り組みます。熱気に包まれた50分間の授業はあっという間に時間が過ぎ、「こんなに楽しそうな英語の授業が行われているとは!」と驚かされるほどの賑やかさでした。
「宝仙イングリッシュ・イマージョンシステム」といわれる理数インターの英語の授業では、ゆっくり椅子に座っている時間はありません。リズムを交えながらテンポよく発音練習したり、音読の際は立ち上がり、わざと教科書を逆さにして読むなど、ゲーム的要素を取り入れながら、教員はファシリテーター(促し役)としてiPadも使ってアクティブな授業を展開します。また、PL(ピア ラーニング)、PBL(プロジェクト ベースド ラーニング、プレゼン ベースド ラーニング)、エッセイ ライティングも実施しています。
ネイティブ教員はすべて英語による授業を展開します。日本人教員も指示は英語で出し、イマージョン(英語漬け)の時間を重視します。生徒が主役の英語教育、つまり授業のほとんどの時間を英語を使いながら過ごすことで、「聞く・話す・読む・書く」の英語4技能を徹底的に強化していきます。
このほかにも、「セブ島丸ごと英語体験研修」や「ニュージーランド異文化体験ツアー」といった、世界を心と体で感じる希望制の体験研修や、「模擬国連」への参加など、世界に通じる英語力を身に着けるための機会は様々用意されています。
すでに、「2020年大学入試改革」に先駆けて大学受験でも重視され始めた英語の4技能を、このような授業や体験研修のなかで、無理なく高めることのできる同校の生徒は、きっと今後の大学入試にも自信を持って向かうことができ、さらに大きな成果を発揮できることでしょう。「深度ある骨太な英語力」=「国際社会で羽ばたくために必要な「会話する」「理解する」「意見を述べる」ことのできる英語力を育成する同校の英語教育は、きっと同校の生徒の大きな力となるに違いありません。
生徒の主体性を重視し、自立を目標に掲げ「自己肯定感」を何より大切にした結果、新たな文化と愛校心が芽生えてきた!
このほか宝仙学園共学部理数インターが、創立から10年の節目に、①「新教科『理数インター』の開設」とともに掲げた「3つの改革」のあと二つが、②「進路支援で価値ある受験を」ということと、③「主体的に学ぶ姿勢を」という新たな方針でした。
今年の春、同校では初めての、東京大学・東京工業大学への合格者(各2名)を出しました。海外の大学に進学する生徒も出て、多くが第一志望の難関大学に合格しました。それが②「進路支援で価値ある受験を」とあるように、「進路指導」を「進路支援」に変え、教員がコーチのような役割で生徒に寄り添い、生徒もまた教員に信頼を寄せてくれた結果だといいます。
また、③「主体的に学ぶ姿勢を」とは、富士校長の言葉を借りると、「生徒の背中にそっと手を添えながら、いっしょに歩んでいくイメージ」だということです。そして、そういう支援には、教員と生徒との厚い信頼関係が不可欠です。そのために教員は、生徒一人ひとりをリスペクトして大切に思う姿勢が必要で、そのうえで生徒に「やりなさい」ではなく「やってみよう」と呼びかけてきました。
そして同校が創立10周年に掲げたキーワードが「生徒主体」ということ。いま、同校の生徒の間には「当事者意識」が芽生え、行事や生徒会活動を自分たちの問題として捉え、取り組める意識や雰囲気が、明らかに校内に広がってきたといいます。
「創立から一貫して、面倒見の良い指導を実践してきたという自負はありました。教員の熱意でも他の学校に負けていないつもりでした。それでも8年間、3年目の卒業生を送り出す頃までは、早慶や一橋大学には合格できても、東大には合格者が出ませんでした。その意味では、高い目標を掲げた進学校としては"失敗の歴史"だったかもしれません。チャレンジしてみないとわからないことも多く、最後に勝ち切れる受験指導ができていませんでした。
そこで私たちは「なぜダメだったのか?」と考えました。そして、やはり教育は「自立の支援」こそが本来の目的で、大学受験という目標に向けても、生徒が自立していないと高い目標を達成できないという考えにたどり着いたのです。そして「指導」から「支援」へという方針を打ち出しました。
授業のほとんどの時間を生徒が英語を使う宝仙イングリッシュ・イマージョンシステム。
この日もゲーム的な楽しい授業を見せてくれた!
本校の入学生と保護者には、国立大学や理系への進学希望が多く、その期待に応える必要がありました。もちろん教員はみな、大学入試問題を徹底的に分析して学習指導に生かすプロ集団です。補習や特別講習なども、システムとして学校全体で行うよりも、生徒の必要に応じてカスタマイズして行うという姿勢はいまも変わっていません。
しかし、熱意あるきめ細かく手厚い指導が、必ずしも望ましい成果につながっていないのではないかと、もう一度、進路結果やプロセスを分析~検証した結果、「ゴールは自立」だというところにたどり着きました。
そして、それなら生徒にどういう接し方をすればよいのか、どういう関係性が大事なのかを考えて、自分たちの教育姿勢を見直したのです」と富士先生。
実は本誌編集部でも、宝仙学園共学部理数インターの面倒見の良さと教師陣の熱意には、創立の当初から注目していました。
しかし、同校が「指導」から「支援」へと考え方を変え、生徒一人ひとりの「主体的に学ぶ」姿勢を大切にして、自立を目標にシフトチェンジしたと伺い、あらためて取材をさせていただいたところ、明らかにそれ以前よりもいっそう在校生の表情が明るく、授業も楽しい雰囲気になっているように感じました。
「何よりも生徒一人ひとりの『自己肯定感』が高まったのではないかと感じています。それを促す雰囲気があることが、学校にはいちばん大切ですよね。生徒に『自己肯定感』と『当事者意識』が芽生えたことで、本心から「学校生活が楽しい」と思ってもらえるようになり、そこから創立10周年の節目に、愛校心や進学校としての新しい文化や校風も生まれてきたと思います」と、富士先生は同校に芽生えた新たな気風に大きな手ごたえを感じているようです。
今春新設の「リベラルアーツ入試」や、間口を広げた「公立一貫対応入試」、来春新設の「グローバル入試」の成果も楽しみ!
こうして創立10周年を迎え、「生徒の自立」「楽しい学校生活」「高い自己肯定感」という新たな文化が生まれた宝仙学園共学部理数インター。
その時期に前後して、中学入試でも、従来の主流であった「4教科型」の受験生に加えて、公立中高一貫校をめざしてきた小学生を対象にした「公立一貫対応入試」や、習い事やスポーツ・芸術、英会話などの活動に打ち込んできた小学生を対象した「リベラルアーツ入試・グローバル入試」を導入して門戸を広げ、多様な受験準備のスタイルやバックボーンを持つ小学生を、広く迎え入れようとています。
「創立当初は、外からの評価や入試難易度の目安となる偏差値や競争率も、なるべくなら高いほうが望ましいと考えてきました。しかし、創立から10年を迎え、生徒の自己肯定感が何より大切で、学校が楽しければ生徒は必ず自分で成長できるという手ごたえを得たいま、偏差値も競争率もどうでもいいことだと思えてきました。だからこそ、多様な資質や意欲を持った小学生に入学してきてほしいと思います」と富士先生。来春入試では募集定員も約30名増加させます。
そうした先見性と多様性も、「『知的で開放的な広場』から未来へ!」というメッセージを掲げた同校の、理想に向かう教育姿勢の表れといえるのでしょう。
取材に訪れた日も、中1の英語授業で活発に発言して他の生徒にも声をかけ、クラスのムードメーカーになっていた元気な男子生徒が、今春新設の「リベラルアーツ入試」で入学してきた生徒だと伺いました。こうした生徒さんたちの成長も大いに楽しみです。