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『shuTOMO9月号』連動企画 数学は、フェアな学問です(3)

『shuTOMO9月号』に掲載しきれなかった「数学のおもしろさ」も、いよいよ最終回。

洗足学園中学高等学校の平井健先生から聞いた『人間の建設』(岡潔)の話。早稲田大学高等学院・中学部学院長武沢護先生から聞いた古代ギリシア人と数学の話。そこから生まれた座談会。山崎塾塾長山崎幸子先生、首都圏模試センター三瓶勇美さんを交えて、話題は数学からおでん、数学禁止令の出た地球にまで楽しく広がりました。(まとめ/市川理香)

「それだけ」の話で終わらない物の見方

平井:大言語モデルのChatGPTが普及して、言語学とかもすごくおもしろいなって最近思っています。
武沢:言語と数学は深い関係を持ってると思うんですよ。例えば時制。過去、現在、過去完了、フランス語だとこれに半過去なんてあるし、時間軸の取り方が民族によって違うわけですよね。日本人は「私は学校に行きます」っていうけれども、「学校に行きつつあります」とは言いません。でも英語では現在進行形で言います。日本語には丁寧な言葉はたくさんあるんだけど、英語では丁寧にするために、Could youとか Would youのように過去形を使います。どうして過去形が丁寧になるのかを、ある英語学者は、英語のボキャブラリーは少ないから、過去形を用いて時間を空間的に話すことによって人と人との心理的距離を表すことで、丁寧語にしていると言います。
時間、空間。かなり構造的です。我々は「お名前をいいただけますか」のように言いますけど、“What is your name?”は「お前、何者だ」ですよね。警察官も“Could I have your name? ”、“Could you give me your name? ” 。on、under、upにしても、onは密着してるような感じというように前置詞も空間の違いで区別しています。僕は中学生の時、英語が全然できなかったんですが、ある時そういうふうにロジカルに構造的に教えてくれる先生がいて、だんだん好きになりましたね。

平井:私も、英語の語源や、接頭辞などを学んだとき、いろいろなことがどんどん繋がりました。ただ、その関係性というんでしょうか、最初の方の話に戻るんですけれど、数学は多分一番暗記しなくていい教科じゃないかと思うんです。円安円高、物価の上下っていうのも、結局関係性で見たらどうかということで自分は理解しようとしていて、その絶対的な意味っていうのも、何かと何かの間に似たようなものを持ち出してきて、どういう関係でグループ化されているかなというふうに見てしまいます。
武沢
:おそらく、そういうマインドが育つ科目が数学です。少数のことから演繹的に考えることができるようになります。
平井:そうですね。例えば三角形だけの話で終わらず、四角形、五角形のように拡張していって、今、見ている部分を俯瞰して捉える。だから逆に、“それだけ”の話になっているときには、「これだったらどうなる」と問いとしてやると思うんですけれど、学びとしても、関係性や共通点、差異に気づくきっかけにもなって、最初に対象としていたものへの理解が深まったり、見え方が変わったり。数学をするっていうのはそういうことなのかなと改めて思います。
武沢:数学は人生を豊かに、人生を幸福にしてくれますよね。こういう考え方が、子どもたちの心の中に根付いてくれればね。そんなたくさん覚えなくていいんだよ、君たちが自分で考えていけばなんでも解けるんだよっていうようなマインドになると力強いと思います。

市川:言語学は嫌いではないので、その分野本も読むとき数学的な考え方っていうのを無意識でやっていたのかも…。今まで数学は嫌いと思ってきましたけれども、実はすごく好きだったのかもとさえ思えてきました、単純ですが。
武沢
:言葉だってほら、例えばexがつけば必ず外に出るようなことばで、inがつけば内側に向くようなイメージでっていうと、もう簡単に類推できるじゃないですか。単語も丸暗記じゃなくてそういうふうに構造的に想像しながら考えることができることは重要だって気がしますよね。やっぱり数学って構造をやる学問だから、言語とおそらく近いんです。
平井:数式自体も一種の言語ですからね。
武沢
:それこそ宇宙の人たちが地球を見たら、一番理解できるのは図形かも知れないですね。ユニバーサルですよ、多分。地球外生物も三角形はわかるんじゃないかな。ナスカの地上絵は多分マヤ文明の人たちが描いたのかもしれないけど、ひょっとして宇宙人が書いたんじゃないかなっていう人もいるし。幾何学は人間の根底、人間の認識の根本みたいなところがありますよね。多分、宇宙人もそういうものを持ってるんじゃないかな。
平井:同じ次元の中で生きていればきっとそうですよね。

地球に数学禁止令

武沢:僕が若い頃、数学禁止令を地球で出したっていうショートショート(短編)を書いたんです。数学は地球外惑星の侵略者が地球征服のために持ち込んだものなので、今後一切、地球上で数学を使ってはならんということになった、という設定で。しかし数年後、あやとりは幾何的行為罪、ルービックキューブは置換群罪というように、子どもから逮捕者が出てきた。あまりにも若いものから逮捕者が出るものだから、当局は取り締まりを緩めたけれど、とうとう微分積分罪の高校生が出た。侵略者は自分たちの星の文化である数学を地球に入れようとしたんだけれども、既に地球にはあったし、禁止しても自然にまた数学が育ってきたからもう侵略しようと思わない、おしまい、というお話。
平井:何だか素敵です。若い子たちの方から自然発生的に出てくるという、結局数学は原始的で子どもたちが自由にやるものみたいな感じで。
武沢:このショートショートも皆さんに見せるのは恥ずかしいなと思ったんだけれど、これ最初に勤めた県立高校の文芸部が自主制作した冊子に寄稿したんです。1981年ですね。ちょっとふざけた文章なんだけれど、「自分の内なる数学を創って育てる」っていうようなことを、当時の僕は言いたかったんでしょうね。

平井:今おっしゃった自分の内なる数学っていうのは、数学観が人それぞれで違いますね。三瓶さんのお子さんがパズルにのめり込むのも一つの数学だとすれば、まさに築き上げようとしているのでしょうか。
武沢:ショートショートの終わりの方で、自分の文章で恥ずかしいんだけど、「自分の体内の仕組みを全部理解していなくても生きていける。呼吸の仕組みを知らなくても呼吸しているのと、数学は同じじゃないか」って書きました。こんな想いを持って授業してきました。
市川:数学を嫌いになったきっかけのところに戻って、人生をやり直したい、そんな感じです。
平井:どうして数学が苦手になったのかを考えるときに、いわゆる受験で使う数学と今回こうやって話してきた数学とは、違うと思うんですね。だから改めて数学は何をすることなんだろうっていうのを、もう少し別な言葉で言い換えられると、より意識的に数学を楽しめるんじゃないでしょうか。さっき出たゲームでもパズルでも、関数って何だろうみたいに試行錯誤して自分で法則を見つけるみたいなことが数学だ、でもいいと思うんです。演繹的だとか帰納的だとか類推的な発見とかっていう難しい言葉もありますけれども、低学年の段階で算数とか数学って自分で法則を見つける教科だよみたいに言ってもいいのかなと、今日、話を聞いていて思いました。

プログラミングの作法と算数

武沢:ゲームをやっている人たちがクリエイターになるとしたら、おそらく数学的な考え方を使っているなって思うでしょうね。映像を三次元で作るにしても、プログラムを作るにしても、数学は不可欠。それが数学なんだと自覚できるかどうかですよね。小学校でプログラミングを教えるのは大変だと問題になっていましたが、うまく教えると算数嫌いをなくすようにできるかもしれないですね。
平井:どういうアルゴリズムで組み立てれば、それが実行できるか簡単に試行錯誤ができますからね。もうまさにデバッグ作業が数学だなと思います。だんだんレベルが上がると、どうやったら短い命令文でうまくいくか。そこに工夫のしがいがあります。
三瓶:「スクラッチ」もおもしろいですね。
武沢:「スクラッチ」ってMITのシーモア・パパート(1928-2016)っていう人が作った「ロゴ」をベースとしてるんですね。「ロゴ」はタートルグラフィックスって言われていて、パパートが作った亀のロボットに子どもたちがforward、back、turn left、turn rightという四つのコマンドを使います。それがもうちょっと高度になったのが「スクラッチ」ですね。ただパパートがやったのは、コンストラクティブな幾何学。辺と角の幾何学だったんです。
平井:私も「マクロ」みたいなものをよく考えますけれども、今はChatGPTにプロンプトを入れると全部考えてくれます。コンピュータが誤解をしないように最初にどう定義を設定するかとか、作業の順番や階層みたいなものがわかっていれば、プログラム自体は割と簡単に作れます。

まさに公理や定理に近い話ですからプログラミングの授業というよりも、数学じゃないかと思ったりします。
武沢:だからおそらくコンピュータとの対話がこれからは必須と考えれば、コンピュータはロジカルなマシンだから、こちらもロジカルな構造的思考を持たないといけない。これからどういうAIが出てくるか想像できないんですけれど、プログラミングの初期、パパートたちが一番重要視したのは機械と対話するとはどういうことなのかっていう問題意識で、そのためにはプログラミングの作法、つまりロジカルだということでした。ただAIはこれがもうちょっと緩やかに人間に近づくかもしれませんね。そのあたりは難しいです。
MITの人工知能研究所創設者の一人でマービン・ミンスキー(1927-2016)という人工知能のかなり先駆的なコンピュータ学者が来日して当時フジテレビジョンの会長だった鹿内さんと対談したとき、鹿内会長がミンスキーに「あなたは、今度はどういう人工知能を考えてるんですか」と聞いたら、「鹿内さんの言葉を的確な英語で通訳している通訳者みたいな人。つまり僕が訳のわからないことを言ったとしても的確に判断して翻訳してくれる、この通訳者みたいな人工知能を作りたい。それが私の究極の人工知能だ」って言ったんだけど、おもしろいなと思ってずっと覚えてるんです。ロジカルじゃない、コミュニケーションもできないことはない、文脈を理解してくれる機械が、ひょっとしたらこれから出てくるかもしれないですね。

平井:AIが倫理感を持てるのかというところは、難しいですね。
武沢:こちらがロジカルに話せば、ChatGPTレベルの人工知能はおそらくロジカルに対応するけれども、曖昧なロジックで、ファジーというかボンヤリしたことを言ってしまうと、的確なコミュニケーションが取れず間違った方向にいく危険性があるかもしれません。
平井:例えば「幸せ」に対する共通理解っていうのが、果たして持てるんでしょうか。思想や文化が違うと価値観も全く違いますから。
三瓶:参考にするのはいいけど、根拠にしてはマズイですよね。
平井:ChatGPTに俳句を10個ぐらい書かせて、生徒にピアレビューさせたのですけれど、こういう時のサンプルを作るのは、うってつけです。出てきた答えが嘘かもしれないというのは常に意識しておかないといけないですよね。数学の問題も平気で間違えますよね。
山崎:全然解けないですよね。
武沢:小学生が便利だからとどんどん使うようになった先は、ちょっと想像できないですね。学校では意識的に、AIも間違えるんだということを前提にすることを教えないといけませんね。最初はChatGPTぐらいのAIなんてたかだか有限だと思ったのだけど、最近の動きを見てると、よほど心してかからないと。我々年寄りは一定の価値観がある程度固まっているから冷静に対応できるけれども、まだ若い柔軟な頭を持っている人たちからすると、便利だ、これはすごいという話になりますよね。

発見は自由

市川:ABC予想※5ってすごいことなんですよね。
武沢:一応オーソライズされましたよね。海外ではまだ反論もあるっていうけれど、数学者のロマンなんでしょうね。僕も説明できないです。その分野のオーサーっていうか、研究者であっても判断できないかも知れないっていう面では、数学のレフリーは大変だと思います。広中さんがフィールズ賞を取ったときのレフリーだって、とても大変だったみたいです。未解決問題で、電話帳と言われるぐらいの膨大な論文を何人かで読まなきゃいけない、数年かかるということになります。いやそれはすごい世界ですよね。
市川:その間にどういう感情になるんでしょうか。楽しい?
平井:僕はそんな境地には、とてもとても。
武沢:岡さんは、とても難しい「クザン問題」を解きましたからね、スゴイです。ドイツのゲオルク・カントール(1845-1918)のように、問題解決までに心を病んでしまう数学者はたくさんいました。
平井:カントールは、数学の本質はその自由性にあるっていう、とてもおもしろい証明方法だったんですけど、大バッシングを受けましたからね。そんなの駄目だ、おかしいだろって言われて。後々には認められましたけど。
※5:ABC予想;多くの数学者が挑んできた整数論の難問。「数学の女王」とも言われる。京都大学数理解析研究所望月新一教授が「宇宙際タイヒミュラー理論」を用いて証明した論文が2021年に発表された。この論文の検証にも7年半を要し発表後も反論が出るなど議論が続いている。

武沢:その時代に理解ができない人が多ければ多いほど孤立しますよね。それだけおもしろい学問。僕なんか、ロマンとか、そんなに高い次元まで全然行かなかったけど。
平井:昨年、アメリカの高校生が三角法の正弦定理を用いてピタゴラスの定理を証明する方法を見つけたことや、日本の高校生が「円に内接する多角形の中で、面積が最大になるのは正多角形であることの初等的な証明」をしたことがニュースになりました。実はその事実自体はもう既に明らかにされていることなんですが、証明方法が新しくオリジナルだというので注目されたんです。本当に自由で、アメリカの女子高校生たちは、ピタゴラスの証明に無限級数を使ってるんですよね。よくこんなの思いついたなみたいなやり方で。
市川:数学の研究ってチームでするんですか。何か1人コツコツと言うイメージが…
武沢:必ずしもそうじゃないんですよね。やっぱり議論していく中でね、協働、協調っていうのもあります。もちろん、岡さんは超人ですけど。最近は研究グループでやる人たちが多いかもしれません。もしくは代表的な先生の下でいろいろサジェスチョンを受けながらやるとか。

平井・山崎・三瓶:今日はとっても楽しかったです。
武沢:ぜひ、今度は授業も見に来てください。

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