渋谷教育学園幕張中学・高等学校
渋谷教育学園幕張中高は、首都圏エリアの帰国生にとって絶大な人気を誇る学校です。帰国生にとっては、「御三家」以上に魅力的な響きを持つ通称「渋幕」を訪問し、帰国生英語の授業見学と帰国生担当の先生への取材をさせていただきました。
中学1年生「クリエイティブ・ライティング」の授業
見せていただいたのは、オーストラリア出身のTan先生による、中1帰国生の授業。この日はクリエイティブ・ライティングを行っていました。「犬(The dog)」とか「選挙(an election)」といった名詞に修飾語を加えてフレーズを膨らませていく技法を確認します。名詞の前につく形容詞はもちろん、名詞の後ろから付け加えていく分詞や関係詞も、難しい文法用語を使うことなしに説明します。帰国生は難なくこれを理解し、自分なりの文やフレーズを作成していきます。
Tan先生は、プロジェクターやホワイトボードを利用して講義を行うかと思えば、演習に取り組ませたり、隣同士でディスカッションさせたりするなど多彩な授業スタイルをバランスよく配分していました。 説明が終わるとすぐに生徒同士の対話を促すような課題を与え、それぞれの生徒たちがその課題にどのように取り組んでいるかを確認するために、机の間を歩き回ります。
時にアドバイスを与えたり、あるいは軽いジョークを交わしたりすることで、生徒がライティングを楽しめるような雰囲気作りをしていることが伝わってきます。
生徒のライティングがある程度できたところで、プロジェクターでサンプルの英文が示されます。
このサンプルについてどう思うかと質問すると、生徒たちは、良いと思われる点や気になる点などを指摘し始めます。Tan先生は出てきた意見をホワイトボードにまとめながら、生徒の意見を引き出すことに専念します。 サンプルは、英語ネイティブによって書かれた文章ではありますが、実はところどころに過剰な形容語句が入っていて、伝えたい情報がすっきりと伝わってこない英文でした。ですから、良いところもあれば、必ずしもそうとは言えない部分もあったのです。 明らかに悪いと言えるサンプルであれば、それを指摘するのは簡単かもしれません。しかし、このサンプル英文は決してそれほど明らかなものではありませんでした。渋幕の生徒たちは、大学入試問題でもほとんど問われることのない、英語表現の微妙な違いを指摘するほどの英語力をすでに中1の段階で身につけているわけです。
生徒の英語レベルの高さに圧倒されつつ教室を出た後、国際部部長の豊島幹雄先生と国際部副部長、帰国生担当の門永直樹先生に、渋幕の帰国生教育についてお話を伺いました。
帰国生入試で重視される点
帰国生入試は、英語のみでの選考で、国語や算数などの学力試験はありません。英語の試験は、次の3つのセクションに分けられます。
1.筆記試験(リスニングを含む)
2.エッセイライティングの試験
3.面接(日本語および英語)
配点は公表していませんが、エッセイと面接は重視されます。自分の考えを論理立てて表現できるかどうかという点が見られているようです。もちろん文法を含めた英語力も大事な評価対象ですが、一番大事なことは自分の意見が言えるかどうか、そしてその内容だということです。 渋幕では、プリエッセイという事前課題を提出することになっていて、そのプリエッセイをもとに面接での質問が行われます。面接では、自分がプリエッセイに書いたことがきちんと把握されているかどうか、また、その内容についての質問に、どのように対応しているかという点が評価されるのです。 面接は、ネイティブの先生と日本人の先生がチームで行います。受験者は3~4人のグループで同じ面接会場に入るのですが、質問は1人1人に対してそれぞれ聞いていく形をとっています。
入学者の英語力の目安
受験生の英語力はやはり高く、英検準1級以上を持っている帰国生が多いようです。中には、エコノミストやネイチャーといった雑誌を読んで、週末に親とディスカッションしていたという受験生もいるとのことですが、逆に、英検2級以下でも合格する子もいて、英検の取得級だけでは判断できないとのことでした。英語資格が何級であれ、恐れずにチャレンジしてみることが大切です。
英検は、帰国生だけではなく全員が入学後も受けることを奨励されていて、帰国生は、ほぼ全員に近い生徒が中学1年生か2年生の段階で1級に合格します。入学前からすでに英検1級を持っている生徒もいるということです。
入学後のサポート体制
帰国生は、週に6時間のネイティブ教員との英語の授業以外は、一般生と同じクラスで授業を受けることになります。1クラスあたり7~8名の帰国生が3つのホームルームクラスに分かれて在籍しているということですから、日本での学習や学校文化に慣れていない生徒にとっては心強い環境だと言えます。 また、中1と中2の段階では、希望により、数学と国語の授業の半分は、少人数の取り出しクラスで受けることができるようになっています。こういった面も海外での学習が長かった帰国生にとってはありがたいサポートです。
渋幕の教育のベースは、「自調自考」です。帰国生に関しても、自分たちで考え、自分たちが決めた目標に向かって頑張るという姿勢を重視しているわけですが、そうはいっても、中1中2の段階では、日本のやり方に馴染めない生徒が出てくることもあります。そういうケースでは、先生と生徒の中間にいるカウンセラーの先生が支援をすることもあるということです。渋幕は、帰国生を受け入れてからの長い伝統を持っているため、帰国生へのサポートは、ことさら強調するまでもなく、当然のように埋め込まれているのです。
もう一つ、帰国生のサポートとしてユニークなのが、「アドバイスの会」です。この会は、毎年11月に開催され、帰国生として入学してきた先輩である高校生が、入学したばかりの帰国生の相談役になって、生徒同士で助け合える場を設けようという交流会です。この会は、生徒が自主的に行っていて、先生はあまり関与せずに、生徒に任せるようにしているとのことです。体験に基づいた先輩自身の話を聞くことは、不安を無理に取り除こうとするアドバイスより、かえって不安を和らげてくれる面があるのでしょう。今では先生方もすっかり頼りにしているそうです。 生徒の自主性を重んじている一方で、幾重にもサポートの仕掛けがなされているところに、長年帰国生教育を行ってきた渋幕の強さがあるのです。
「縦」のつながり
卒業生の人的リソースネットワークも渋幕の強みになっています。若い学校とはいえ、開校してからすでに30年以上が経過し、卒業生が各界で活躍し始めているのです。 最近では、課外授業でマイクロソフト社から話を聞くという企画があったそうですが、そういうイベントが開催できるのも、卒業生ネットワークの広がりがもたらす恩恵の一つです(マイクロソフト社の日本法人社長は渋幕の卒業生です)。
渋幕を開校する時の目標であり、田村校長先生の強い意志でもある「21世紀に活躍できる生徒を育てる」というスローガンは今や現実のものとなっています。当初から帰国生教育に力を入れてきた渋幕にとって、グローバル社会で活躍する卒業生とのつながりは、30年以上かけて実らせてきた大きな財産だと言えるでしょう。 最近でこそ珍しく感じられなくなったかもしれませんが、帰国生を一般生とは別の英語プログラムで学ばせるという仕組みも、渋幕では帰国生を受け入れた当初からこだわってきたことです。「一緒に学ばせてしまうのでは、(帰国生を受け入れる)意味がない」と考えてきたのです。
常に新しいことにチャレンジするという精神は、常々田村校長先生が学校全体に送り続けているメッセージなのだそうです。そのようなチャレンジ精神によって未来を切り拓いていく人材がこれからも渋幕のネットワークを形成していくのでしょう。
グローバル教育
英語入試を経て入学してきた帰国生が、日本型の教育に慣れ、結果的に国公立大などに多数進学していく一方で、一般生もまたホームステイをしたり、海外に進学したりする機会が増えています。帰国生と一般生が良い意味で刺激を与え合う存在になっている環境も渋幕の特長です。
アメリカ、ニュージーランド、シンガポール、ベトナム、北京と、世界中に広がる留学や研修プログラムは一朝一夕にできたものではありません。長年新しいことにチャレンジしてきたからこそ、今の蓄積につながっているのです。 一番古いプログラムはアメリカで、その後、イギリス、ニュージーランドと英語圏のプログラムを広げていきました。その後、日本もアジアの一員だという思いから、ベトナム、シンガポール、北京との交流を始めていったということです。
シンガポールとのプログラムでは、シンガポールを代表する名門校であるラッフルズ・インスティチューションと交流を続けているそうです。 そのようなグローバル教育の伝統は、もちろん帰国生だけによるものではなく、一般受験で入った生徒の活躍もあります。しかし牽引役となるのは、やはり帰国生であることは確かです。模擬国連なども、帰国生が引っ張っていく面があるということでした。
模擬国連は、地球的課題について、国家の代表という役割を与えられて対話・交渉するシミュレーション会議です。外交や国際関係を考慮に入れて判断する力などが必要になります。英語を使って行う会議である以上、当然英語が強くないとスタートラインに立てませんが、かといって英語だけが強いということでは不十分です。議題に合わせて、担当する国の政策や歴史を調べるといった情報収集力や思考力、そしてそのうえで英語での交渉力が必要となってきます。
渋幕は、模擬国連で優秀な成績を収める常連校で、学校内に同好会が設置されているほどです。今回の取材のすぐ後に開催された模擬国連の全日本高校大会でも、兵庫県の灘高校と並んで最優秀賞に選ばれました。 こういった活動を考えれば、2年前にSGH(スーパーグローバルハイスクール)に指定されたことは、むしろ当然でしょう。SGHだから何かをするというのではなく、以前からずっとやってきたことが、SGHという形で評価を受けたといった方が正確でしょう。
海外大学への進学者も、かつては年間数名ほどだった人数が、やがて5~6名に、そして最近では毎年10名ほどに増えてきているようです。 一般生が、帰国生が英語を話しているのを見て憧れを持って、自分も凄く英語を勉強して、海外の大学に進学した例もあるそうです。また、「自分が専門的に学習したいことが学べる場を、国内だけではなく、海外にも広げて探したところ、アメリカの○○大学が最適であった」と、大学選択の幅を世界規模で考えた結果、海外大学へ進学するという理由の一般生も多いみたいです。海外に進学したいという生徒に対しては、専門のカウンセラーをつけて進路指導を実施するということです。
取材を終えて
ここまで書いてきたこと以外にも、思う存分スポーツができる広大なグラウンドや、アメリカなどで行われている「ランゲージ・アーツ」をベースとした帰国生英語のカリキュラム等々、渋幕が帰国生にアピールする要素はたくさんあります。しかし、他の学校と違う渋幕ならではの魅力を一つ挙げるとすれば、それは、「渋幕的自由」という言葉に象徴される「自主性を尊重する学校文化」ということになるのではないかと感じます。
帰国生がそれぞれの滞在国で身につけてきた自分らしさを最大限に発揮できるのは、単に自分のレベルに合った英語が学べるという次元の話ではありません。自分の自由が尊重されるということは、他の生徒の自由も尊重するということを意味します。そしてそれは、帰国生だから特別ということなのではなく、一人の「人間」としてそのバックグラウンドを含めて尊重しますよということを意味しているわけです。多様な個性を尊重する環境というのは、そのような自由がベースにあるからこそ可能になるわけです。 渋幕の人気を支えているのは、学校全体の方針が創立以来ずっと明確であることが最大の理由であると言えるでしょう。